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第8話 見た目が悪い
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オプティムさんは私が知りたい事は何も教えてくれなかった。
まあ魔王に忠誠を誓っている者なら口外できない事もあるのは理解できる。
彼を責めるのは酷でしょうね。
その後はしばらくオプティムさんと世間話でもしようとしたけど人間である私は魔物にどんな話題を振ればいいのか皆目見当がつかない。
こういう時は定番である今日の天気についての話から入ろう。
「今日はいい天気……ではなくどんよりとした空模様ですね」
「魔界の空はいつもこんな感じですよ。人間界のように空に太陽が見える事はまずありません」
「そうなんですか……」
「……」
すぐに会話が続かなくなった。
部屋の中を沈黙が包み込む。
この空気の中でじっとしていたら息が詰まりそうだ。
じっとしていられないならする事は一つ。
身体を動かそう。
「えっと、この城の中を見て回りたいんだけどいいかしら?」
「ええ、それは構いませんよ」
私は魔族の天敵である聖女だ。
敵情視察と受け取られて却下される可能性も考えたが、呆気ない程簡単に許可が下りた。
「あちこちに罠がありますので私が先導いたします」
私はオプティムの後に続いて城内を見て回った。
入り口から私の部屋までの通路とは異なり、それ以外の通路や部屋は人間である私から見るととても見るに堪えない醜悪な造形をしているのが分かった。
本当に魔族は趣味が悪い。
通路の壁には赤や白のべとべとした粘土のような謎の物体がへばりつきうねうねと動いている。
その中には目玉のような物体が混ざっており、時折こちらを見つめているのが見えた。
城内の所々に置かれた彫像はゾンビや人骨、死神など人間界では忌諱される不吉な物ばかりだ。
やはり人間と魔族は分かり合えないのかもしれない。
途中、そのべとべとした謎の物体をペンキのように壁に塗り続けている使い魔がいた。
私は顔を引きつらせながらその使い魔に問いかける。
「ねえ、あなた何をしているの?」
「おや、あなたはアザトース様がお連れしたお客人ですね。見ての通り掃除をしています」
使い魔はそう言いながら手にしたバケツの中に入っているどろどろとした汚物のような液体を刷毛に付けて満遍なく壁に塗りたくっている。
「見ての通り? 掃除……?」
私には壁を汚しているようにしか見えない。
使い魔は平然と続けながら言う。
「人間の方には馴染みがないかもしれませんが、このヘドロンスライムには殺菌効果がありましてね。こうして塗れば一ヶ月は清潔が保たれるという訳です」
「そ、そうなんだ……」
名前から判断する限りでは液体の魔物であるスライムの一種らしい。
「それにどうです、このぬめり具合は? 思わず頬ずりしたくなっちゃうでしょう」
「え……ええ?」
いや、ぬめり具合って何?
こんな壁を触ったらべとべとしたのがへばりついちゃうじゃない。
このヘドロンスライムとやらは無臭とはいえこんな気持ちが悪い物に触れるのは絶対に嫌だ。
一応この使い魔の行動にはちゃんとした意味があるみたいだけど、私の脳が理解を拒んでいる。
このまま会話を続けていたらおかしくなってしまいそうだ。
「あはは……お仕事頑張って下さいね」
私は苦笑いをしながらそそくさとその場を立ち去る。
そんな私の内心を表情から読んだのか、オプティムが声を掛けてきた。
「……城内の様子、あまりお気に召されていませんね」
気に入るはずがない。
私は正直な感想を漏らす。
「はい、私達人間には理解できない事だらけで……あちこちにある彫像もそうですけど魔族の方はこういうのが好みなんですか?」
「ああ、あれは元々この城の主だった先代魔王クトゥグアの趣味ですよ。アザトース様は徐々に撤去していくおつもりでした」
「あ、そうなんだ」
良かった。
まだアザトースさんとは分かり合える可能性を見出せそうだ。
しかしまだ彼の趣味が人間の感性と合うという保証はどこにもない。
そして何よりも問題なのが使い魔が壁に塗りたくっていたヘドロンスライムだ。
そこら中の壁にあんなものを塗りたくった城なんかで生活を続けられる自信は私にはない。
そもそも殺菌するなら聖女の持つ浄化の力で代用できる。
アザトースさんが帰ってきたらじっくりと話をしてみる必要がありそうだ。
そんな事を考えながら更に城の奥へと進もうとしたところ、オプティムさんがそれを制止した。
「ここから先はアザトース様のお部屋ですのでお控え下さい」
魔王様の部屋ですか。
なるほど、この先は魔界の王族専用のエリアという事ですね。
イザベリア聖王国の王宮でもありました。
王様の部屋、王妃の部屋、王子や王女達の部屋……。
王子……?
うっかりエイリーク王子の事を思い出して腹が立ってきた。
「……もういいわ。私は部屋に戻ります」
私は不機嫌そうにそう答えて自分の部屋に戻る。
「はいシェリナ様……申し訳ありません」
ごめんなさいねオプティムさん。
別にあなたにイライラしている訳じゃないの。
そう言えばアザトースさんって家族はいるんだろうか?
魔王というぐらいだから王妃とかいるのかな。
魔王妃とでもいうのだろうか。
子供は……まだいなさそうかな。
年齢も私と同じぐらいっぽいし。
いや、でも魔族が人間と同じ年齢で子供を作るとは限らないか。
アザトースさんが帰ってきたら話したい事がたくさん出てきた。
早く帰って来ないかな。
まあ魔王に忠誠を誓っている者なら口外できない事もあるのは理解できる。
彼を責めるのは酷でしょうね。
その後はしばらくオプティムさんと世間話でもしようとしたけど人間である私は魔物にどんな話題を振ればいいのか皆目見当がつかない。
こういう時は定番である今日の天気についての話から入ろう。
「今日はいい天気……ではなくどんよりとした空模様ですね」
「魔界の空はいつもこんな感じですよ。人間界のように空に太陽が見える事はまずありません」
「そうなんですか……」
「……」
すぐに会話が続かなくなった。
部屋の中を沈黙が包み込む。
この空気の中でじっとしていたら息が詰まりそうだ。
じっとしていられないならする事は一つ。
身体を動かそう。
「えっと、この城の中を見て回りたいんだけどいいかしら?」
「ええ、それは構いませんよ」
私は魔族の天敵である聖女だ。
敵情視察と受け取られて却下される可能性も考えたが、呆気ない程簡単に許可が下りた。
「あちこちに罠がありますので私が先導いたします」
私はオプティムの後に続いて城内を見て回った。
入り口から私の部屋までの通路とは異なり、それ以外の通路や部屋は人間である私から見るととても見るに堪えない醜悪な造形をしているのが分かった。
本当に魔族は趣味が悪い。
通路の壁には赤や白のべとべとした粘土のような謎の物体がへばりつきうねうねと動いている。
その中には目玉のような物体が混ざっており、時折こちらを見つめているのが見えた。
城内の所々に置かれた彫像はゾンビや人骨、死神など人間界では忌諱される不吉な物ばかりだ。
やはり人間と魔族は分かり合えないのかもしれない。
途中、そのべとべとした謎の物体をペンキのように壁に塗り続けている使い魔がいた。
私は顔を引きつらせながらその使い魔に問いかける。
「ねえ、あなた何をしているの?」
「おや、あなたはアザトース様がお連れしたお客人ですね。見ての通り掃除をしています」
使い魔はそう言いながら手にしたバケツの中に入っているどろどろとした汚物のような液体を刷毛に付けて満遍なく壁に塗りたくっている。
「見ての通り? 掃除……?」
私には壁を汚しているようにしか見えない。
使い魔は平然と続けながら言う。
「人間の方には馴染みがないかもしれませんが、このヘドロンスライムには殺菌効果がありましてね。こうして塗れば一ヶ月は清潔が保たれるという訳です」
「そ、そうなんだ……」
名前から判断する限りでは液体の魔物であるスライムの一種らしい。
「それにどうです、このぬめり具合は? 思わず頬ずりしたくなっちゃうでしょう」
「え……ええ?」
いや、ぬめり具合って何?
こんな壁を触ったらべとべとしたのがへばりついちゃうじゃない。
このヘドロンスライムとやらは無臭とはいえこんな気持ちが悪い物に触れるのは絶対に嫌だ。
一応この使い魔の行動にはちゃんとした意味があるみたいだけど、私の脳が理解を拒んでいる。
このまま会話を続けていたらおかしくなってしまいそうだ。
「あはは……お仕事頑張って下さいね」
私は苦笑いをしながらそそくさとその場を立ち去る。
そんな私の内心を表情から読んだのか、オプティムが声を掛けてきた。
「……城内の様子、あまりお気に召されていませんね」
気に入るはずがない。
私は正直な感想を漏らす。
「はい、私達人間には理解できない事だらけで……あちこちにある彫像もそうですけど魔族の方はこういうのが好みなんですか?」
「ああ、あれは元々この城の主だった先代魔王クトゥグアの趣味ですよ。アザトース様は徐々に撤去していくおつもりでした」
「あ、そうなんだ」
良かった。
まだアザトースさんとは分かり合える可能性を見出せそうだ。
しかしまだ彼の趣味が人間の感性と合うという保証はどこにもない。
そして何よりも問題なのが使い魔が壁に塗りたくっていたヘドロンスライムだ。
そこら中の壁にあんなものを塗りたくった城なんかで生活を続けられる自信は私にはない。
そもそも殺菌するなら聖女の持つ浄化の力で代用できる。
アザトースさんが帰ってきたらじっくりと話をしてみる必要がありそうだ。
そんな事を考えながら更に城の奥へと進もうとしたところ、オプティムさんがそれを制止した。
「ここから先はアザトース様のお部屋ですのでお控え下さい」
魔王様の部屋ですか。
なるほど、この先は魔界の王族専用のエリアという事ですね。
イザベリア聖王国の王宮でもありました。
王様の部屋、王妃の部屋、王子や王女達の部屋……。
王子……?
うっかりエイリーク王子の事を思い出して腹が立ってきた。
「……もういいわ。私は部屋に戻ります」
私は不機嫌そうにそう答えて自分の部屋に戻る。
「はいシェリナ様……申し訳ありません」
ごめんなさいねオプティムさん。
別にあなたにイライラしている訳じゃないの。
そう言えばアザトースさんって家族はいるんだろうか?
魔王というぐらいだから王妃とかいるのかな。
魔王妃とでもいうのだろうか。
子供は……まだいなさそうかな。
年齢も私と同じぐらいっぽいし。
いや、でも魔族が人間と同じ年齢で子供を作るとは限らないか。
アザトースさんが帰ってきたら話したい事がたくさん出てきた。
早く帰って来ないかな。
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