上 下
8 / 56

第8話 見た目が悪い

しおりを挟む
 オプティムさんは私が知りたい事は何も教えてくれなかった。

 まあ魔王に忠誠を誓っている者なら口外できない事もあるのは理解できる。
 彼を責めるのは酷でしょうね。

 その後はしばらくオプティムさんと世間話でもしようとしたけど人間である私は魔物にどんな話題を振ればいいのか皆目見当がつかない。
 こういう時は定番である今日の天気についての話から入ろう。

「今日はいい天気……ではなくどんよりとした空模様ですね」

「魔界の空はいつもこんな感じですよ。人間界のように空に太陽が見える事はまずありません」

「そうなんですか……」

「……」

 すぐに会話が続かなくなった。

 部屋の中を沈黙が包み込む。

 この空気の中でじっとしていたら息が詰まりそうだ。
 じっとしていられないならする事は一つ。
 身体を動かそう。

「えっと、この城の中を見て回りたいんだけどいいかしら?」

「ええ、それは構いませんよ」

 私は魔族の天敵である聖女だ。
 敵情視察と受け取られて却下される可能性も考えたが、呆気ない程簡単に許可が下りた。

「あちこちに罠がありますので私が先導いたします」

 私はオプティムの後に続いて城内を見て回った。

 入り口から私の部屋までの通路とは異なり、それ以外の通路や部屋は人間である私から見るととても見るに堪えない醜悪な造形をしているのが分かった。

 本当に魔族は趣味が悪い。

 通路の壁には赤や白のべとべとした粘土のような謎の物体がへばりつきうねうねと動いている。
 その中には目玉のような物体が混ざっており、時折こちらを見つめているのが見えた。

 城内の所々に置かれた彫像はゾンビや人骨、死神など人間界では忌諱される不吉な物ばかりだ。
 やはり人間と魔族は分かり合えないのかもしれない。

 途中、そのべとべとした謎の物体をペンキのように壁に塗り続けている使い魔がいた。

 私は顔を引きつらせながらその使い魔に問いかける。

「ねえ、あなた何をしているの?」

「おや、あなたはアザトース様がお連れしたお客人ですね。見ての通り掃除をしています」

 使い魔はそう言いながら手にしたバケツの中に入っているどろどろとした汚物のような液体を刷毛に付けて満遍なく壁に塗りたくっている。

「見ての通り? 掃除……?」

 私には壁を汚しているようにしか見えない。
 使い魔は平然と続けながら言う。

「人間の方には馴染みがないかもしれませんが、このヘドロンスライムには殺菌効果がありましてね。こうして塗れば一ヶ月は清潔が保たれるという訳です」

「そ、そうなんだ……」

 名前から判断する限りでは液体の魔物であるスライムの一種らしい。

「それにどうです、このぬめり具合は? 思わず頬ずりしたくなっちゃうでしょう」

「え……ええ?」

 いや、ぬめり具合って何?
 こんな壁を触ったらべとべとしたのがへばりついちゃうじゃない。
 このヘドロンスライムとやらは無臭とはいえこんな気持ちが悪い物に触れるのは絶対に嫌だ。

 一応この使い魔の行動にはちゃんとした意味があるみたいだけど、私の脳が理解を拒んでいる。
 このまま会話を続けていたらおかしくなってしまいそうだ。

「あはは……お仕事頑張って下さいね」

 私は苦笑いをしながらそそくさとその場を立ち去る。
 そんな私の内心を表情から読んだのか、オプティムが声を掛けてきた。

「……城内の様子、あまりお気に召されていませんね」

 気に入るはずがない。
 私は正直な感想を漏らす。

「はい、私達人間には理解できない事だらけで……あちこちにある彫像もそうですけど魔族の方はこういうのが好みなんですか?」

「ああ、あれは元々この城の主だった先代魔王クトゥグアの趣味ですよ。アザトース様は徐々に撤去していくおつもりでした」

「あ、そうなんだ」

 良かった。
 まだアザトースさんとは分かり合える可能性を見出せそうだ。

 しかしまだ彼の趣味が人間の感性と合うという保証はどこにもない。

 そして何よりも問題なのが使い魔が壁に塗りたくっていたヘドロンスライムだ。

 そこら中の壁にあんなものを塗りたくった城なんかで生活を続けられる自信は私にはない。
 そもそも殺菌するなら聖女の持つ浄化の力で代用できる。
 アザトースさんが帰ってきたらじっくりと話をしてみる必要がありそうだ。

 そんな事を考えながら更に城の奥へと進もうとしたところ、オプティムさんがそれを制止した。

「ここから先はアザトース様のお部屋ですのでお控え下さい」

 魔王様の部屋ですか。

 なるほど、この先は魔界の王族専用のエリアという事ですね。
 イザベリア聖王国の王宮でもありました。
 王様の部屋、王妃の部屋、王子や王女達の部屋……。



 王子……?


 うっかりエイリーク王子の事を思い出して腹が立ってきた。

「……もういいわ。私は部屋に戻ります」

 私は不機嫌そうにそう答えて自分の部屋に戻る。

「はいシェリナ様……申し訳ありません」

 ごめんなさいねオプティムさん。
 別にあなたにイライラしている訳じゃないの。

 そう言えばアザトースさんって家族はいるんだろうか?

 魔王というぐらいだから王妃とかいるのかな。
 魔王妃とでもいうのだろうか。

 子供は……まだいなさそうかな。
 年齢も私と同じぐらいっぽいし。

 いや、でも魔族が人間と同じ年齢で子供を作るとは限らないか。

 アザトースさんが帰ってきたら話したい事がたくさん出てきた。

 早く帰って来ないかな。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【完結】婚約破棄にて奴隷生活から解放されたので、もう貴方の面倒は見ませんよ?

かのん
恋愛
 ℌot ランキング乗ることができました! ありがとうございます!  婚約相手から奴隷のような扱いを受けていた伯爵令嬢のミリー。第二王子の婚約破棄の流れで、大嫌いな婚約者のエレンから婚約破棄を言い渡される。  婚約者という奴隷生活からの解放に、ミリーは歓喜した。その上、憧れの存在であるトーマス公爵に助けられて~。  婚約破棄によって奴隷生活から解放されたミリーはもう、元婚約者の面倒はみません!  4月1日より毎日更新していきます。およそ、十何話で完結予定。内容はないので、それでも良い方は読んでいただけたら嬉しいです。   作者 かのん

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

姉妹同然に育った幼馴染に裏切られて悪役令嬢にされた私、地方領主の嫁からやり直します

しろいるか
恋愛
第一王子との婚約が決まり、王室で暮らしていた私。でも、幼馴染で姉妹同然に育ってきた使用人に裏切られ、私は王子から婚約解消を叩きつけられ、王室からも追い出されてしまった。 失意のうち、私は遠い縁戚の地方領主に引き取られる。 そこで知らされたのは、裏切った使用人についての真実だった……! 悪役令嬢にされた少女が挑む、やり直しストーリー。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

私が消えたその後で(完結)

毛蟹葵葉
恋愛
シビルは、代々聖女を輩出しているヘンウッド家の娘だ。 シビルは生まれながらに不吉な外見をしていたために、幼少期は辺境で生活することになる。 皇太子との婚約のために家族から呼び戻されることになる。 シビルの王都での生活は地獄そのものだった。 なぜなら、ヘンウッド家の血縁そのものの外見をした異母妹のルシンダが、家族としてそこに溶け込んでいたから。 家族はルシンダ可愛さに、シビルを身代わりにしたのだ。

処理中です...