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第17話 天使の祝福
しおりを挟む俺達が捕縛して自宅に連れ帰ったホーリーエンジェルは暴れる素振りも見せず、まるで人形のように大人しくしていた。
イリーナの話では、ホーリーエンジェルという種族は争いのない平和な世界の住人だ。
その為他者に対する警戒心がアホウドリのように欠落している。
彼女の世界がハムール達の襲撃を受け、捕獲された時も大した抵抗は見せなかったという。
彼女達が使う聖なる光も元々は攻撃の手段ではなく、聖なる属性による癒しの力だ。
それがアンデッド達にとって有害となるのは、単純に属性が正反対だからダメージを受けてしまうだけの話だ。
彼女達はハムールの召喚獣にさせられた後も、特に疑問に思う事もなく彼らの言う事に従ってきた。
この美しい見た目に、他人に従順な性格。
きっと冒険者達に俺達が想像もつかない様な酷い事を何度も強要されてきたんだろう。
俺はそんな彼女を憐れに思った。
本人達は何も思っていないだろうが逆にそれが憐れだ。
でもそう思う事自体が俺のエゴかもしれないな。
「ねえ、本当に辛くないのかな?」
ふと愛がそう零した。
「植物にだって感情があるというよ。もしかして感情を表に出さないだけで、内心では物凄く悲しんでいるのかも」
「それは……そうかもしれないけど」
「試してみよう」
愛はホーリーエンジェルに近付き、額と胸に手を当てる。
霊体である愛の腕はそのまま身体の内部まで入っていく。
ホーリーエンジェルは顔色一つ変えず、怯える様子も見えない。
愛はそのまま半分しかないその顔をホーリーエンジェルに近付けていく。
ドクン。
「あ……」
「どうした? 愛」
「感情が無いだなんて嘘」
「どういう事だ?」
「今、心臓の鼓動が少し早くなった」
愛がホーリーエンジェルの胸の中に埋め込んでいた腕は、ホーリーエンジェルの身体に起きた微妙な変化を逃さなかった。
「それにね、今私少し満腹感がある」
怨霊は対象の恐怖心を糧にしている。
それは彼女が恐怖を感じているという何よりの証拠だ。
彼女達には感情がある。
それを表に出す手段を知らないだけだ。
愛はホーリーエンジェルに手を差し伸べて言った。
「私達と一緒に来る? 一緒にあいつらをやっつけようよ」
「……!」
ホーリーエンジェルは少し間をおいてこくりと頷き、愛の差し出した手を握りしめた。
「そうそう。そうやって少しずつ感情の表現方法を覚えていこうね」
見間違いかもしれないが、ホーリーエンジェルの口元が少し微笑んだ気がした。
◇◇◇◇
夜になって霊力が回復した俺達はイリーナとホーリーエンジェルに俺の自宅の留守を任せて再び鈍異学園へと足を運ぶ事にした。
由美子ちゃんからの報告でプライズやフィロリーナ達が朝まで行動を起こさない事は分かっている。
折角だから夜の内に何人か始末しておくか。
俺達が玄関から外に出ようとした時だ。
「アイ……ユミコ……シロウ……」
「!?」
聞き覚えのない声に俺達は振り返った。
「……イッてらッシャイ」
「しゃべたああああああああああああ!?」
天使の歌声のような美しい声の主はホーリーエンジェルだった。
イリーナも含めて俺達四人は驚きの声を上げた。
イリーナも彼女が言葉を話しているところは見た事が無かったようだ。
「えっと、喋れたの?」
「マダ……アナタたちノコトヴァ……ウマくハナセないダス……デス」
俺達は黄泉の国の女神様の力でこの異世界の言葉を話せるようにサービスして貰ったので冒険者達とも会話ができている。
イリーナもこことは別の世界の住人だが、その役目上冒険者達との意思の疎通をする必要があったので、冒険者達にこの世界の言葉を徹底的に叩きこまれたという。
しかしそもそも言葉を話せないと思われていたホーリーエンジェルはこの世界の言葉を学んだ事はないはずだ。
つまり彼女は独学でこの世界の言葉を学習していた事になる。
何という優れた頭脳を持つ種族なんだろう。
俺なんて国語のテストさえ壊滅的な成績だったというのに。
愛が質問を投げかける。
「どうして今まで話さなかったの?」
「わたシタチ、ホントウ ニ すき ナ アイテいがいとハ コトバヲ かわしマセン」
そういう意味はないだろうけど、美しい女性に好きだなんて言われて思わず照れくさくなる。
ホーリーエンジェルは無表情のまま続けた。
「ワたし ノ コトハ ラミィ ト ヨンデくだサイ」
「ラミィちゃんって言うのね。分かったわ。宜しくね、ラミィ」
「ソレカラ、こレ、ユウあイ の シルシ」
そう言いながらホーリーエンジェルは俺と愛の額に手を翳すと、掌から暖かい光が溢れだし俺と愛の身体を包み込む。
いい気持ちだ。
それこそ俺が普通の幽霊だったらそのまま成仏してしまいそうなくらいに。
「あっ、詩郎君その姿……」
「どうした、愛? ……あっ!?」
光が収まった時、俺と愛はお互いを見合って驚愕した。
右半分が欠損していた愛の顔も、パックリと開いていた俺の腹部も、綺麗に修復されている。
「このスガタ の ホう ガ スキ」
ラミィの聖なる力は元々治癒の力だ。
それは幽霊となった俺達にも効果がある。
「有難うラミィ。私もこの姿がずっと気になっていたのよね」
「そうだな、実は俺も動く度に腸がこぼれるのがずっと嫌だったんだ」
「お二人ともこの姿の方がずっと素敵ですよ!」
イリーナも生まれ変わった様な俺達の姿を見て祝福をしてくれる。
「あのう、私は?」
「ゴメんナサイ……ユミコ ハ ムリデシた」
残念ながら半透明な由美子ちゃんは何がどうなっているのか良く分からない状況なので、ラミィでも治す事はできないようだ。
尤も、どうせ俺達は幽霊だ。
身体が半透明だろうが不透明だろうが大差はない。
「よし、それじゃあ俺達は鈍異学園に行ってる来るから、二人はもう休んでて」
「ハイ、オキ を ツけテ。ワタシ スコシデモハヤク アナたたち と チャン ト ハナシガデキルヨウ ニ ナりたイデス」
「勉強熱心だね。それじゃあ俺の部屋の中にある教科書で勉強する?」
「それ日本語じゃない」
「大丈夫、ラミィならすぐに日本語も習得できるよ」
「私も覚えます!」
勉強熱心なラミィに刺激されたのか、イリーナも対抗意識を燃やしている。
俺は押し入れの中から初頭部一年生の国語の教科書を取り出して渡す。
「まずは五十音さえ覚えれば、後は教科書を読むだけで覚えられると思うよ。これが【あ】で、これが【い】……」
「アリガとウ、シロウ」
「文字を覚えたら本棚にある本も好きに読んでいいよ」
「漫画ばっかり……もっと勉強になる文学書とか参考書とかそういうのはないの?」
「う、うるさいぞ愛。お前はオカンか!」
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