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本編
6、ルークと奴隷の交流
しおりを挟むあったかいところで体を綺麗にしてもらって、すごく美味しいのを食べて、初めて体の中からぽかぽかになった。
綺麗な人はルーク様って言うんだって。
「ルーク様…」
「様は要りません。ルークとお呼びください」
「る…ル、ルーク……」
「はい、お嬢様」
今、ふかふかのベッドの上で、横になっている。
ルークの吐息が感じられるほど近くに、顔がある。
食事が終わって運ばれたのは、大きいベッドのある部屋だった。
ベッドの上にそっと体を置かれると、体がどんどん沈みこんでびっくりした。
ふかふか過ぎて、上手く身動きが取れなくて、溺れそうになっているところを助けてくれたのは、やっぱりルークだった。
ルークは僕の横に滑り込むと、ぐっと引き寄せて抱きしめて一緒に寝てくれた。
ルークはあったかくて、気持ち良くて、すぐに目を開けてられなくなった。
もっとルークを見ていたかったのに…
目が覚めても辺りは真っ暗だった。
ここはどこだろう…
あぁ、そうだ。
ルークに連れて来られたお屋敷だ。
いつもは床とか地面の上で寝ていた。
屋根があれば良い方で、雨の日に外に出された時は次の日に体が熱くなって苦しかった。
硬くて、寒くて、こんなふわふわであったかいところで寝るということを知らなかった。
真っ暗で何も見えないので、手探りで眠る前に隣にいたルークを探す。
だけどいくらベッドの上を触ってもどこにもいない。
「う…あ…ど……こ………」
ルーク、どこ行ったの?
いなくなっちゃったの?
また捨てられた…?
ぽかぽかしていた体がすぐに寒くなる。
それどころかお腹のあたりがずどんと重くなって、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
離れたくない‼︎
昨日会ったばかりだけど、ルークの傍にいたい。
一度、あの温もりを知ってしまったら、もう前のようなことは耐えられそうにない。
寒くて固くて痛いあの場所には戻りたくない。
ルークを探そう。
ルークは自分にとってのぽかぽかだ。
手放すことなんて、出来ない。
シーツの波に埋れながら、なんとかベッドから降りようとする。
お屋敷は外から見ただけでもすごく大きくて、だった1人の人間を探すなんて無理かもしれない。
それでも、足がたとえ動けなくなっても這いつくばってでも、彼を探したい。
ベッドの端を見つけて、そのままの勢いで床へと落ちる。
「‼︎」
思ってたより床が遠くて、背中から落ちる。
頭は咄嗟に守ったけれど、肩と背中を強く打ち付けてしまった。
いつも叩かれるみたいに痛くはないが、いつもとは違って胸の奥が痛くて辛くて、目から涙が勝手に溢れていく。
「…く……ひ……ひっく……」
グズグズ泣き始めると怒られるから、泣かないように何も感じないようにしていた。
なのに今は泣くことを止められそうにない。
動けないほどの痛さじゃないのに、動けない。
探しに行きたい。
でももし見つからなかったら?
怖くて前に進めないよて
「お嬢様⁉︎」
光が見えた。
暗い部屋の中で、ドアから差し込む光を受けて、ルークは輝いていた。
すぐに抱き上げられて、癒しの魔法をかけられる。
「大丈夫ですか?どこか痛くありませんか?」
魔法をかけてくれたから痛い所なんてないよ。
そう言いたかったけど、ただ壊れたように覚えた手の名前を繰り返すことしか出来ない。
「……ルーク…ルーク…ルークっ」
いた…
良かった…
離れないで、いなくならないで。
そう思いを込めて抱きしめる。
ルークの体は僕より全然大きくて、両腕をいっぱい伸ばしているのに抱きしめるというよりしがみついている感じだ。
「お側を離れてしまい、申し訳ございません」
ルークは抱きしめ返してくれて、そのままベッドに二人で入る。
ベッドは二人分の体重でさっきよりも深く深く沈んでいく。
さっきはふかふか過ぎて溺れそうで不安だったのに、ルークと二人なら怖くない。
ぴたっと隙間なくルークに身体をくっつけて、ルークの体温と匂いに包まれて、心臓の音に耳を澄ます。
「大丈夫ですよ。目が覚めても私は貴方の隣におります」
優しくてふわふわする声と温もりに、僕の目蓋は段々重くなっていった。
※ ※ ※ ※ ※
ぱちっと目を開ける。
仕事しなきゃ!
怒られる‼︎
反射的にそう思って勢いよく起きるけど、仕事って何をするんだっけ?
この家での僕の役割は…と思い出そうとしたけど、頭が混乱しててぱっと出てこない。
だから昨日のことを最初から思い出そうとする。
えーと………そうだ!ルークだ‼︎
「おはようございます、お嬢様」
すぐ横にキラキラしたルークがいた。
寝起きだろうに、それでも綺麗だった。
昨日ルークが僕を買ってくれたんだ。
ルークにぎゅって抱きつきたかったけど、しても良いかわからなくてルークの服をぎゅっと掴んだ。
ルークの顔をずっと見ていたくて服を掴みながら見上げたら、ルークの顔が真っ赤だった。
「て、天使……」
そしてがしっと抱きしめられて、恐る恐る抱きしめ返した。
ルークが嬉しそうな顔をするから、お腹の中からポカポカした。
それからルークにまた色々世話されて、ご飯食べてお医者さんという人に身体を見られて聞かれた。
栄養不足だからよく食べて寝ることが大事だって。
ルークに「何を召し上がりたいですか?」って聞かれて、昨日食べたスープもすごく美味しかったけど、ずっとずっと「お菓子」を食べてみたかった。
甘くて美味しいんだって。
「甘い」っていうのがわからないけど。
そう言うと、ルークは「お店ごと買い取ります」って言って、後ろにいた男の人に止められていた。
ルークはずっと側にいてくれたし、やっぱりずっと抱っこしてくれたし、この家に来てから一歩も歩いていない。
「ずっと抱っこしてて、疲れない…ですか?」
「幸せ過ぎて疲れなどまるで感じません。それにお嬢様は羽のように軽いです」
「お嬢様って…僕のこと…ですか?」
「はい、お嬢様」
ルークは僕のことを「お嬢様」と呼ぶけど、僕、男…だよ?
昨日、お風呂に入れられたから僕のことを女の子だとは思ってないはず。
でも当たり前のように僕のことを「お嬢様」って何度も呼ぶから、今更聞けない。
「ご歓談のところ失礼致します」
すっと会話の間に入って来たのは、ずっと後ろにいたとてもピンとしているおじさんだ。
服も白髪の混じった髪型もピシッと決まっていてカッコいい。
「何だ、ダレス」
このおじさんはダレスさんと言うらしい。
「『お嬢様』のお名前を伺っても宜しいですか?」
名前…
僕の…?
「私としたことが!失念していました‼︎」
「…名前……?」
ルークにはルークって名前があって、ダレスさんにもダレスって名前があって、周りのメイドさんたちにもそれぞれ名前がある。
でも僕は周りから何て呼ばれていたっけ?
『奴隷』とか『おい』とか『お前』とかそんな風に呼ばれていた。
「名前は………わからない…です」
今よりもっと小さい時に、親と一緒に住んでいたような記憶があるけど、霧がかかったように曖昧で、親の顔も声も思い出せない。
思い出すのは、ご主人様たちの怒った顔と奴隷商たちの怖い顔と怯えている同じ奴隷たち。
奴隷には名前がない、ということはあまりない。
だって人は産まれた時に名前を付けられる。
その時の名前を名乗るか、新しく買ったご主人様が付け直すこともある。
きっと自分にも名前があっただろう。
しかし遠い記憶の彼方に置いてきてしまった。
売られた時が早過ぎた。
「何と御労しい…」
「…ではルーク様が名付けられては如何ですか?」
「わ、私がお嬢様のお名前を…⁉︎」
そんな身に余る!とか、あぁ他の奴に任せられない!とか何か困っているようだ。
嫌、なのかな?
僕の名前、付けたくないのかな?
「…名前、ダメ…?」
「全く持ってそんなことはございません。ただ、世界で一番可愛らしく愛らしくお優しい天使のようなお嬢様に見合う名前がこの世に存在するかどうか…」
「僭越ながら宜しいでしょうか?」
そこに割って入って来たのはダレスさんで、他の人は全く動きもしゃべりもしないから使用人の中で偉い人なのかも。
ルークは早口で、何を言っているのかよくわからなかったけど、名前を付けることを嫌がってなさそうたったから少し安心した。
「『シオン様』というのはどうでしょう?東国の神の名です。黒髪、黒目は東国に多いと聞きます。お嬢様もそちらの血が混じっていらっしゃるかもしれません」
「ふむ、神の名か…」
ルークは悪くないな…と独りごちる。
正確には『シオニス』というのが神の名前らしい。
神やその時の王様の名前を付けたりするのはこの国ではよくある風習だ。
「如何ですか?お嬢様」
新しい名前。
すごくすごく嬉しい!
「シ…オン」
新しい名前を舌の上で転がす。
まるで生まれ変わったかのように、視界が広がっていく。
昨日まで死なないように生きていた。
生きる為にミスしないように、絶えないように、息を潜めて生命活動を維持してきた。
しかし今、生きている。
普通の人たちと同じように見られて、話してくれて、扱われてる。
奴隷は人間じゃない。
だから悲しい気持ちとか辛いとか感じちゃいけないんだって心を殺してきた。
もうしなくていいんだって思ったら、ルークにぎゅっと抱きついて泣いていた。
ルークにあったかいモノをいっぱいいっぱい貰って、大切にされて。
ルークは僕の神様だ。
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