如何様陰陽師と顔のいい式神

銀タ篇

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そして動き出す

08-05:事件は動き出す

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「藤原の姫が乗った牛車が夜盗に襲われた!」


 その報せを持って来たのは下の兄弘継だった。普段は検非違使の一人として都の警備をしている弘継だが、報せに驚き、仕事を放り出して陰陽寮にいた昂明の元に駆けこんできたのだ。その慌てぶりに驚きつつも昂明は、弘継を外へと連れだした。
 思い余って宴の松原まで来てしまったのだが、ここならおいそれと人に話は聞かれまい。

「いきなりどうしたんですか、兄上!」
「どうしたもくそもあるか! 話を聞いてなかったのか? 藤原の姫――『自称』故中納言殿の一の姫が乗った牛車が夜盗に襲われたんだぞ!」
「えええええええ!?」

 流石に驚き、昂明は慌てて叫びかけた口を手で押さえた。
 藤原の姫だけなら、数多の姫がいるだろう。しかし一の姫となれば話は別だ。

「一の姫って、あの!?」
「そうだ。故中納言殿の一の姫」

 勿論本物の中納言の姫は今、昂明の邸で銀と一緒に遊んでいる。恐らくは桜の叔父――参議の娘の一人が成り済ましている『故中納言の一の姫』が乗った牛車が、襲われたとみて間違いないだろう。勿論それは弘継も知るところだ。

「それで、牛車に乗った姫は? 牛飼い童や使用人たちは?」
「牛飼い童、前駆、車福、殆どのものがやられてしまった。生き残ったのは数名で、件の姫は、酷い怪我だがまだ辛うじて生きているとのことだ」

 それでも容態は決して良くはなく、安心できないと弘継は付け加える。
 なんということだろう。昂明は、にわかに背筋が寒くなるのを抑えられなかった。
 以前、桜が乗るはずであった牛車が襲われたように、桜の名を騙ったであろう参議の姫は夜盗に襲われてしまったのだ。

「そうだ、兄上。先日の内親王さまが東宮さまと間違えられて拐かされそうになった事件。それ以後何か掴めたことはあったんですか?」
「それなんだが……」

 内親王を拐そうとした男達は、本当にならず者の集団だったらしい。「恐らく、万に一つ捕まっても足がつかないようにしたのではないか」と弘継は言う。なんでも大雑把な居場所と龍笛を持っている男だということを伝えた上で、「そいつを捕まえたら後はどこで捨てても構わない」と、前金でかなりの金を渡したそうだ。
 結果『大体の要素が合致した男』が内親王だったとか。

「つまり――東宮を狙った事件はまだ油断できぬ、ということだな」

 聞こえてきた男らしい声と、肩に手が乗せられた感覚。びくりと振り返ればそこには束帯姿の見目麗しい若者が一人。

「昼貞内親王さま!?」
「内親王をつけるとばればれではないか。昼貞、で構わぬ」

 この人は何を言っているのか……。そうは思ったが、色々言うのも既に面倒になってきた。

「ええと……どこまで話を聞いておられたのですか?」
「ざっと最初から全部だな。先日の近衛中将殿の反応が気になって陰陽師殿の元へ行こうと思っておったところだったのよ。そうしたら二人が慌てて陰陽寮を出てくるではないか」
「は、はあ……」

 内親王がどのような人物かということを知らない兄弘継は、何が何だかさっぱり分からぬ様子で昂明と内親王とを交互に見比べている。
 一体どこに内裏を抜け出し男の格好をして、供の者も連れずぶらぶらと歩き回る内親王がいるのか。今まさに目の前にいるものだから、また質が悪い。

「先日何故私が狙われたのか、その理由もようやく分かった。聞けばなにやら困っている様子ではないか、申してみよ。何より、攫われかけた私には聞く権利があるはずだ」
「ええと……」

 しかし、これは面倒なことになった。
 何故なら今目の前にいる内親王は目をきらきらさせて……『面白そう』という表情をしているからだ。

 だが同時に内親王の言う通りでもあると思う。
 結局、内親王に聞かれるがまま、昂明はこれまでのことを話した。確かに、自身が攫われかけた内親王には話を聞く権利がある。そして、今後東宮の身が危なくなるのだとしたら、相談をしておきべきは東宮の身内でもある内親王ではないか。
 輝く君もそうだったが、皆既に片足を突っ込んでいるのだ。この件に。
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