如何様陰陽師と顔のいい式神

銀タ篇

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そして動き出す

08-01:市座にて

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 陰陽寮の陰陽師達と、かの高名な安倍晴明と賀茂光栄という偉大な陰陽師達の加持祈祷によって、帝の患いは立ちどころに消え去ってしまった。
 というのが世間的な解釈。

 一時は次の御代に変わるのではないかとまで噂されていた帝の奇跡的な復活は、それは民に多大なる歓喜をもたらした。

 市座へ買い出しに出るたびに見かける、暗い顔をしていた市人達も今は皆飛び出さんばかりに帝の復活を祝っているのだから、やはり帝という存在は特別なのだと感じさせられる。

「やっぱり、帝の存在というのは凄いんだな……」

 そんな市人達の姿を見ながら、興奮気味に銀が言った。やはり先日父親に……今上帝に会えたから思いも格別なのだろう。

「そうだな。存在だけで人の心を明るくも暗くもする。唯一無二の方なんだろう」

 先日の全く唯一無二感のない『謎の公卿』姿は置いておいて。

「よっ、如何様兄さん! 今日は式神さんの他に妹も一緒なのかい、可愛いねぇ」
「人聞きの悪い呼び方をするな。それより魚をくれ。安いやつ」

 行きつけの魚売に茶化され、思わず語気が強くなってしまった。先日はその呼び名のお陰で随分と陰陽寮の先達に揶揄われたのだ。しかし魚売は悪びれもせずに気さくに昂明に語り掛ける。

「この前はうちのやつの腰痛を診てくだすって有り難うございます! そうさね、鰯なんかどうですかい。兄さんとこなら食べるでしょう」
「ねえねえ、どうして昂明さまは『如何様兄さん』なの?」
「おやお嬢ちゃん、知らないのかい? この御仁はね……詐欺師が市のもんから騙して巻き上げた金を、如何様で全部取り返しちまったことがあるんだよ!」
「わあ、なにそれ凄い!」

 口の軽い魚売に昂明は頭を抱える。
 あれは一年ほど前のこと。まだ昂明が陰陽寮の陰陽師ではなかった頃のこと。突然市に現れた陽気な男が「賭けをしないか」と市人達に呼びかけた。

「私との賭けに勝ったら、全て賭けた金は差し上げましょう! さあ、誰か挑戦する者はいませんか?」

 男が誘いをかけたのは賽の出目が何であるかを予想する、ある意味分かりやすい賭け事。なんとなしぼんやりと賭けに興じる人々のやり取りを見ていた昂明は、それが如何様であるとすぐに気づいた。勿論男が程々でやめる気配も一切ない。

(あいつ、皆から取れるだけ金を毟り取るつもりなのか)

 それで腹が立ってつい、銀が止めるのも聞かずに「なら俺の屋敷とお前の持ち金全てで賭けをしないか」という、とんでもない暴挙に出てしまった。

 結果としては昂明の圧勝。
 男がそうしたように、昂明も男に如何様をしてやったのだから当然だ。男は昂明に「いんちきだ」と掴みかかろうとしたが、敢え無く銀の手で返り討ち。
 自分のいんちきを棚に上げてそれ以上追及することも出来ず、這う這うの体で逃げ出してしまった。
 以後、男の姿を見たことはない。

 それ以来昂明は『如何様兄さん』などと不名誉な名前で市座の人々に呼ばれている。あちこちで『如何様』などと呼ばれることも多いが、実はそう呼ばれることになったきっかけはこれだ。

(あんまり嬉しくねえ……)

 当人たちは親しみと感謝の気持ちを込めてなのだが。
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