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勅使がやってきた

06-01:誰でもない姫

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 次の日の早朝。昂明は簀の子に胡坐をかきながら頬杖をつき、うんうんと唸っていた。蔀戸はそのまま、御簾も上げるにはまだ早い。少しの肌寒さと朝靄の中、庭先を見つめながら、すっかり冷えた桂心と団喜を口へと放り込む。

「う~ん、参ったな……」

 実はこの唐菓子は、昨晩頼央の邸宅から帰るときに土産として渡されたものだ。

「さっきから唸ってばかりだな。どうした」

 妻戸を開けて出てきたのは銀。
 昂明の唸りは蔀戸の向こうまで届いていたらしい。

「昨日の右大将さまからの文だよ、文」
「ああ……」

 ようやく昂明の悩みが分かったとばかりに、銀から溜め息にも似た声が漏れた。
 丁度昨晩のことだ。頼央の邸から戻った昂明と銀は、あのあと灯台の灯りを頼りに二人で目を凝らしながら文を読んだ。

 大まかな内容としてはこうだった。
 藤原嬰子の父である中納言藤原明道は、藤原道隆の甥に当たるという。しかし道隆は数年前に早世し、同じように明道も昨年の秋、妻と共に流行り病で亡くなってしまった。

 残されたのはの嬰子姫――『一の姫』ただ一人。

 その一の姫のを引き取った参議の藤原時臣には三人の姫君がいる。様々な目論みもあって一の姫のを引き取ったものの、本当のところ一の姫の存在は彼にとって邪魔だったのかもしれない。
 色々調べさせたが、正直良い噂は聞かなかったと書いてあった。

 そして実はもう一つ気がかりなことがある。
 それは、参議の主張によると……姫は一切その様な事件には見舞われておらず、今現在何事もなく屋敷で暮らしているというのだ。

 それならば何故宮中に戻ってこないのかと尋ねたのだが、生まれつき体が弱く、現在は臥せっているため当分の間は後宮に出仕することができないと言っている

 勿論、参議の話を全て信じるわけではない。
 しかし、仮にそうだと仮定するならば――『死人の姫』は藤原嬰子でもない『謎の姫』になってしまう。

『恐らくは、一の姫が死んだと思っていて、それを公にはしたくないのやもしれぬ』

 と文には書いてあった。

 桜はまだ子供だ。
 そんな少女が、そのような扱いを受けて良いのだろうか。
 自らのことを『死人』だと言った桜。頑なに自分のことを語らない桜。
 そんな桜が不憫に思えてならなかった。

「どうするんだ、昂明。いずれは藤原の家に桜を戻すのか?」
「桜が居ることが知られたら……そうなる可能性もある。ただ、ばれないうちはおいそれとそんなことは出来ないな。桜が絶対に嫌がるだろう」
「確かに……」

 頑なに自分が自分であることを拒む桜には、何かしらの理由があるのだ。
 勿論、桜に纏わる謎が解決するまでは少しでも安全な場所に居た方がいいと思っている。そこは間違いない。
 ただ、その先は?
 となると話は変わる。

(もしも桜が藤原の姫なら、ずっとこのうらぶれた邸に留まる訳にはいかないだろう。桜には桜の幸せがあるんだから……)
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