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炎上、輝く君
04-11:銀の秘密
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「ああ……緊張するな……」
銀髪の式神は、先程からずっと簀の子を行ったり来たり繰り返している。客人がやって来るのを待っているのだが、相手が相手だけに落ち着かない様子。
そしてそれは、昂明も同じこと。
先程から南廂をぐるぐるぐるぐると意味もなく歩き回っている。
実は今回の昂明達の尽力に感謝して、近衛中将こと輝く君が改めてお礼にやって来ると報せがあった。昂明としては感謝は程々で良いから前々から頼んでいる桜のことを頑張ってくれと思わんでもない。
桜は桜で今回の一件、完全に置いていかれてしまったので少し拗ねている。しかし、どんな時でも連れまわすという訳にはいかないのだから、そこは堪えて貰わないといけないだろう。昂明だって、銀がいなければ危なかったのだから。
「そういえば、どうしてあいつらが行動を起こすと思ったんだ?」
そわそわしっぱなしの銀が、ふと思い出したように昂明に尋ねてきた。
そういえばそうだ。あの夜、説明をしようとした矢先に犯人たちが行動を起こしてしまった為、銀への説明がまだだった。
「大したことじゃないんだけどさ。この前石清水臨時祭があっただろう」
「聞いたことはあるな」
「今回の発端は、その臨時祭の舞人の座から輝く君を引きずり下ろしたかったんじゃないかと思ってさ」
弾正大弼は宮仕えする前から輝く君を敵視していた。だから帝の覚えもめでたく、臨時祭の舞人としても重用される輝く君のことが羨ましく、なんとしても臨時祭が開催される前に、輝く君に濡れ衣を着せたかったのではないか。
昂明はそう思っている。
「結局ばれて自分自身が危うくなるようなことをしているんだから世話ないな」
「銀の言うとおりだ。……それでもしぶとい奴だから白を切り通してるわけなんだけどな」
あの後石清水臨時祭はつつがなく開催され、弾正大弼の願いは叶わぬところとなった。元使用人は罰せられるだろうが、肝心の弾正大弼は多少痛手を負ったとはいえ変わらずのうのうと暮らしている。それは少し納得がいかない。
それでも理不尽だがどうにもならないのだ。
しかし、かの輝く君が臨時祭の舞人ともなれば、竹文の青摺袍と葡萄染の下襲をまとい冠に桜花の挿頭をつけて舞う姿はさぞや見事なものだっただろう。出来ることなら昂明も一目見てみたかったものだ。
「それから俺さ、少しだけ兄上達の気持ちが分かった気がしたよ」
「昂明?」
「地位でも名誉でも、官職でも、無いことには何もできないんだ。今回だってそうだ」
色々考えたが、結局兄弘継や銀の言う通り、昂明達だけで何かしようとするには名声も、力も、地位も足りなかった。故人である祖父が地位も名誉もある人でなかったならば、恐らく今回の件は何もできずに詰んでしまったことだろう。
程よく目立たないところでのんびりとやる……などと思ってはみたものの、結局有事の際には地位も名誉も必要だということが痛いほど分かった。
大切な人に何かあった時のことを考えて、自分自身にもっと出来る可能性を増やしていきたい。昂明はそう思ったのだ。
「なら昂明も殿上人を目指すのか?」
「それはまだ分からないなぁ。でも、いざという時に何かできる力は持っていた方がいいものだと理解はした。……機会があるかは分からないけどな」
そんなことを思っていれば、戸を叩く音が聞こえてきた。
婆やがやってくる足音がするから、きっと輝く君だろう。
昂明は銀と顔を見合わせた後、急ぎ足で客人を出迎えに行った。
輝く君は沢山の感謝の品々を邸に運び入れ、何度も昂明と銀に助けてもらった感謝を述べた後一旦邸へと戻っていった。夜は姫達の元に通うので忙しいそうだ。
そこは懲りないものなのだなと、昂明と銀は呆れながら笑うしかない。
それから、日を改めて報告もあるので近々必ず連絡を寄越すとも言っていた。恐らくだが、桜に関するなにがしかが分かった可能性もあるのではないか。
夕暮れに染まる廂の下で、龍笛を握りしめる銀がいる。
実はこの前――火事騒動の少し前から時折笛を見つめては物思いに耽っていることに、昂明は気づいていた。
桜は脇息にもたれ、うとうととしている。
話すなら今がいい。
「銀」
呼びかけに反応して見上げた瞳は、空の色を受けて紅い。
「近衛中将さまから少しだけ話を聞いた。……帝の御容態は芳しくないらしい。今回の放火の一件含め、皆この混乱に乗じて自分の立場を少しでも有利にしたいと思っているのかもしれないな」
「こんな非常時にか」
「こんな非常時だからさ」
昂明の言葉に、銀は俯く。その視線の先は、握られた笛。
そこに込められた思いがどんなものであるか、昂明は知っているつもりだ。だから……小さな声で、思い切って切り出す。
「いいのか? 生きているうちに……父親に会わなくて」
表情は見えなかったが、少しだけ銀が微笑んだ気がした。
「知ってる癖に。それをやろうとしたらどうなるか」
知っていた。
その通りなのだ。
「だよなあ……」
地位も名誉も持たぬ自分では、何一つ叶えてやれることも無い。
もどかしい気持ちを飲み込みながら、昂明は沈みゆく夕日を見つめていた。
銀髪の式神は、先程からずっと簀の子を行ったり来たり繰り返している。客人がやって来るのを待っているのだが、相手が相手だけに落ち着かない様子。
そしてそれは、昂明も同じこと。
先程から南廂をぐるぐるぐるぐると意味もなく歩き回っている。
実は今回の昂明達の尽力に感謝して、近衛中将こと輝く君が改めてお礼にやって来ると報せがあった。昂明としては感謝は程々で良いから前々から頼んでいる桜のことを頑張ってくれと思わんでもない。
桜は桜で今回の一件、完全に置いていかれてしまったので少し拗ねている。しかし、どんな時でも連れまわすという訳にはいかないのだから、そこは堪えて貰わないといけないだろう。昂明だって、銀がいなければ危なかったのだから。
「そういえば、どうしてあいつらが行動を起こすと思ったんだ?」
そわそわしっぱなしの銀が、ふと思い出したように昂明に尋ねてきた。
そういえばそうだ。あの夜、説明をしようとした矢先に犯人たちが行動を起こしてしまった為、銀への説明がまだだった。
「大したことじゃないんだけどさ。この前石清水臨時祭があっただろう」
「聞いたことはあるな」
「今回の発端は、その臨時祭の舞人の座から輝く君を引きずり下ろしたかったんじゃないかと思ってさ」
弾正大弼は宮仕えする前から輝く君を敵視していた。だから帝の覚えもめでたく、臨時祭の舞人としても重用される輝く君のことが羨ましく、なんとしても臨時祭が開催される前に、輝く君に濡れ衣を着せたかったのではないか。
昂明はそう思っている。
「結局ばれて自分自身が危うくなるようなことをしているんだから世話ないな」
「銀の言うとおりだ。……それでもしぶとい奴だから白を切り通してるわけなんだけどな」
あの後石清水臨時祭はつつがなく開催され、弾正大弼の願いは叶わぬところとなった。元使用人は罰せられるだろうが、肝心の弾正大弼は多少痛手を負ったとはいえ変わらずのうのうと暮らしている。それは少し納得がいかない。
それでも理不尽だがどうにもならないのだ。
しかし、かの輝く君が臨時祭の舞人ともなれば、竹文の青摺袍と葡萄染の下襲をまとい冠に桜花の挿頭をつけて舞う姿はさぞや見事なものだっただろう。出来ることなら昂明も一目見てみたかったものだ。
「それから俺さ、少しだけ兄上達の気持ちが分かった気がしたよ」
「昂明?」
「地位でも名誉でも、官職でも、無いことには何もできないんだ。今回だってそうだ」
色々考えたが、結局兄弘継や銀の言う通り、昂明達だけで何かしようとするには名声も、力も、地位も足りなかった。故人である祖父が地位も名誉もある人でなかったならば、恐らく今回の件は何もできずに詰んでしまったことだろう。
程よく目立たないところでのんびりとやる……などと思ってはみたものの、結局有事の際には地位も名誉も必要だということが痛いほど分かった。
大切な人に何かあった時のことを考えて、自分自身にもっと出来る可能性を増やしていきたい。昂明はそう思ったのだ。
「なら昂明も殿上人を目指すのか?」
「それはまだ分からないなぁ。でも、いざという時に何かできる力は持っていた方がいいものだと理解はした。……機会があるかは分からないけどな」
そんなことを思っていれば、戸を叩く音が聞こえてきた。
婆やがやってくる足音がするから、きっと輝く君だろう。
昂明は銀と顔を見合わせた後、急ぎ足で客人を出迎えに行った。
輝く君は沢山の感謝の品々を邸に運び入れ、何度も昂明と銀に助けてもらった感謝を述べた後一旦邸へと戻っていった。夜は姫達の元に通うので忙しいそうだ。
そこは懲りないものなのだなと、昂明と銀は呆れながら笑うしかない。
それから、日を改めて報告もあるので近々必ず連絡を寄越すとも言っていた。恐らくだが、桜に関するなにがしかが分かった可能性もあるのではないか。
夕暮れに染まる廂の下で、龍笛を握りしめる銀がいる。
実はこの前――火事騒動の少し前から時折笛を見つめては物思いに耽っていることに、昂明は気づいていた。
桜は脇息にもたれ、うとうととしている。
話すなら今がいい。
「銀」
呼びかけに反応して見上げた瞳は、空の色を受けて紅い。
「近衛中将さまから少しだけ話を聞いた。……帝の御容態は芳しくないらしい。今回の放火の一件含め、皆この混乱に乗じて自分の立場を少しでも有利にしたいと思っているのかもしれないな」
「こんな非常時にか」
「こんな非常時だからさ」
昂明の言葉に、銀は俯く。その視線の先は、握られた笛。
そこに込められた思いがどんなものであるか、昂明は知っているつもりだ。だから……小さな声で、思い切って切り出す。
「いいのか? 生きているうちに……父親に会わなくて」
表情は見えなかったが、少しだけ銀が微笑んだ気がした。
「知ってる癖に。それをやろうとしたらどうなるか」
知っていた。
その通りなのだ。
「だよなあ……」
地位も名誉も持たぬ自分では、何一つ叶えてやれることも無い。
もどかしい気持ちを飲み込みながら、昂明は沈みゆく夕日を見つめていた。
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