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兄上は幽霊がお好き
03-02:兄君、恋をする
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「頼む! こんなこと身内以外には相談出来ぬのだ!」
頼みごとがあるときだけ『稀代の陰陽師』などと言われるのは正直気持ちが悪い。まして他人からの頼み事ならいくばくかの謝礼も貰えるだろうが、大概身内からの頼まれ事は『無償の奉仕』前提なのだ。
「……調子いいな」
しかし断ることが出来ないのも悲しいところ。
「昂明。弘継兄の頼みだ、力になろう」
銀も銀で兄の頼み事とあれば力になるのが筋と思っているようだ。それに、生まれた時から家族同然に過ごしているとはいえ、己の身の上を考えれば引け目もあるのだろう。
「銀がそう言うのなら仕方ない。……兄上、銀に感謝して下さいよ」
だからとりわけ恩着せがましく昂明は弘継にそう言ってやった。
「有り難う! 恩に着る!」
恩に着ても返して貰った記憶は一度もない。
「……ところで、先ほどから庭を走っている娘は一体誰の子供なんだ?」
* * *
父にもだが、そういえば二人の兄、晶朝と弘継にも桜のことを伝えていなかった。伝えていなかったというよりは、家に戻ってこないため相談も報告も出来なかったのだが。
昂明達は『怪我で記憶を失っており、記憶が戻るまで暫く面倒を見ている』という輝く君に説明したことと大体同じ説明を弘継に話した。
「なるほど、事情は分かった。まだ子供の身で可哀そうに……」
出世に意気込む弘継ではあったが、検非違使という官職についていることもあって桜にはいたく同情したようだ。「私にも力になれることがあったら何時でも協力しよう」と言ってくれたので、少しは弘継に協力してもいいと思えたのは言うまでもない。
「それで、頼み事というのは『幽霊探し』なんだ」
「幽霊探し?」
今から少し前の話になる。
弘継は強盗事件の犯人を捜索の為に洛中を歩いていた。そんな折のことだ。四条大路の傍を通りがかった時、とある邸の前で泣いている女を見つけた。
不信に思い声を掛けたところ、彼女は髪を振り乱し逃げ出してしまったそうだ。慌てて追いかけたのだが、角を曲がった辺りで彼女は忽然と姿を消してしまった。どこにも身を隠す場所もないはずなのに。
後に残っていたのは、彼女の薫物の香りだけ。
「もう、その日からあの女性のことが忘れられないのだ。しかし彼女のことは見つからない。もしや幽霊なのかもしれないと最近は思うようになって……」
「根拠はあるんですか」
「ない。ただ、あの辺りでは最近女の幽霊が出るという噂はあるようだ」
「万が一本当に幽霊だったとして、探してどうするんです? 兄上は」
弘継が彼女を探すことで一体何をしたいのか。弘継は少し躊躇ったあとで、意外なことを口にした。
「う……歌を送りたい」
「は?」
一瞬何を言っているのか、意味が分からなかった。
「仮に彼女が幽霊だったとしてもだ。せめて彼女に私の気持ちを伝えたいんだ……!」
「えーと、何を仰ってるか御自分で分かってますか?」
「勿論! ただ……あのように悲しそうに泣いている女性を放っておくことが出来ない。何故泣いているのか、慰めるために歌を送りたいのだ……」
昂明も銀も、呆気にとられて言葉が出ない。
そういえば、兄は昔から色恋沙汰には縁遠く、検非違使として働くようになってからも昇進や忙しさにかまけて、女の元へ通うこともなかったように思える。
そんな兄に突然にして訪れた恋。
そして相手は幽霊。
兄上はまた面倒な相手に惚れたものだと、昂明は溜め息をつく。
頼みごとがあるときだけ『稀代の陰陽師』などと言われるのは正直気持ちが悪い。まして他人からの頼み事ならいくばくかの謝礼も貰えるだろうが、大概身内からの頼まれ事は『無償の奉仕』前提なのだ。
「……調子いいな」
しかし断ることが出来ないのも悲しいところ。
「昂明。弘継兄の頼みだ、力になろう」
銀も銀で兄の頼み事とあれば力になるのが筋と思っているようだ。それに、生まれた時から家族同然に過ごしているとはいえ、己の身の上を考えれば引け目もあるのだろう。
「銀がそう言うのなら仕方ない。……兄上、銀に感謝して下さいよ」
だからとりわけ恩着せがましく昂明は弘継にそう言ってやった。
「有り難う! 恩に着る!」
恩に着ても返して貰った記憶は一度もない。
「……ところで、先ほどから庭を走っている娘は一体誰の子供なんだ?」
* * *
父にもだが、そういえば二人の兄、晶朝と弘継にも桜のことを伝えていなかった。伝えていなかったというよりは、家に戻ってこないため相談も報告も出来なかったのだが。
昂明達は『怪我で記憶を失っており、記憶が戻るまで暫く面倒を見ている』という輝く君に説明したことと大体同じ説明を弘継に話した。
「なるほど、事情は分かった。まだ子供の身で可哀そうに……」
出世に意気込む弘継ではあったが、検非違使という官職についていることもあって桜にはいたく同情したようだ。「私にも力になれることがあったら何時でも協力しよう」と言ってくれたので、少しは弘継に協力してもいいと思えたのは言うまでもない。
「それで、頼み事というのは『幽霊探し』なんだ」
「幽霊探し?」
今から少し前の話になる。
弘継は強盗事件の犯人を捜索の為に洛中を歩いていた。そんな折のことだ。四条大路の傍を通りがかった時、とある邸の前で泣いている女を見つけた。
不信に思い声を掛けたところ、彼女は髪を振り乱し逃げ出してしまったそうだ。慌てて追いかけたのだが、角を曲がった辺りで彼女は忽然と姿を消してしまった。どこにも身を隠す場所もないはずなのに。
後に残っていたのは、彼女の薫物の香りだけ。
「もう、その日からあの女性のことが忘れられないのだ。しかし彼女のことは見つからない。もしや幽霊なのかもしれないと最近は思うようになって……」
「根拠はあるんですか」
「ない。ただ、あの辺りでは最近女の幽霊が出るという噂はあるようだ」
「万が一本当に幽霊だったとして、探してどうするんです? 兄上は」
弘継が彼女を探すことで一体何をしたいのか。弘継は少し躊躇ったあとで、意外なことを口にした。
「う……歌を送りたい」
「は?」
一瞬何を言っているのか、意味が分からなかった。
「仮に彼女が幽霊だったとしてもだ。せめて彼女に私の気持ちを伝えたいんだ……!」
「えーと、何を仰ってるか御自分で分かってますか?」
「勿論! ただ……あのように悲しそうに泣いている女性を放っておくことが出来ない。何故泣いているのか、慰めるために歌を送りたいのだ……」
昂明も銀も、呆気にとられて言葉が出ない。
そういえば、兄は昔から色恋沙汰には縁遠く、検非違使として働くようになってからも昇進や忙しさにかまけて、女の元へ通うこともなかったように思える。
そんな兄に突然にして訪れた恋。
そして相手は幽霊。
兄上はまた面倒な相手に惚れたものだと、昂明は溜め息をつく。
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