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兄上は幽霊がお好き
03-01:兄上の頼み事
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昂明達が船岡山で少女の『桜』を見つけてから少しの時が流れた。
遠くに見える富士の高嶺にはまだ雪が見えるものの、雪解け間もなかった頃と比べれば随分と暖かさを感じる。
刀岐の邸も花が咲くようになり、みすぼらしさに変わりないが、植えた覚えもない花を沢山咲かせて目を楽しませてくれていた。
「わ~あ、綺麗!」
庭では桜がはしゃいで走り回り、蝶と戯れる。
「怪我はすっかり治ったみたいだな」
「昂明大先生の医術のお陰、だな」
「茶化すな」
実際医術とはいっても昂明が知っているのは薬草に関することくらいなもので、病気に対する処方や丸薬だなんだと調合する知識は持ち合わせていない。何より、あれこれ揃えようと考えるならそれなりの出費が必要だ。
医者を志そうとしたものの、じきに気力が尽きたのはそういった事情もある。
流石に昂明には、そこまでするほどの情熱は無かった。
「銀! はいこれ!」
桜が銀に向かって束にした花を差し出している。
顔のいい式神は、子供すら魅了してしまうものなのだ。
なんとも罪深い……などと思いながらにやにや笑っていると、銀に睨まれてしまった。
「にやつくな」
「いや、ほほえましいなと思って、つい」
そう言いつつも、動揺している式神の顔をにやつきながらもう一度見る。
抜けるような白さの顔が心なしか赤い。純粋に真っすぐな好意を向けられることに慣れていないから、照れているのだろう。戸惑いながらも「有り難う」と受け取ると、落ち着かない様子だった。
「そういえば桜の件、どうなったんだ?」
再び花を摘みに走り出した桜の背を目で追いながら、思い出したように銀が尋ねる。桜の件、というのは先日恩を売った輝く君に宮仕えしている女童のうち、行方不明になったものがいるかどうか調べてもらうという件だ。
「勿論頼んではいる。しかし、輝く君には内密にと頼んでいるからな。少し時間はかかるらしいぜ」
「そうか……」
あまり後宮のことには詳しくはなかった昂明だったが、輝く君に話を聞いて自分が考えていた以上に内裏や後宮には沢山の人々が出仕しているということを知った。一人に聞けば全部が分かる、そんな簡単なものではないらしい。
しかし「この少女は崖から落ちたことで記憶を失ってしまった。貴族の娘に間違いはないはずで、どうにかして両親の元に帰してやりたいのだが、自分達では内裏や後宮においそれと立ち入ることは叶わず、また後宮に知り合いもおらず大変困っている」と尤もらしい話を添えて相談したところ、いたく同情を寄せたようだった。
『かような少女が、なんという苦労をしているのだろうか。見れば将来はきっと美しくなるに違いない、大層愛らしい子供。必ず両親に引き合わせることが出来るように力になってやりたい』
と目に涙を浮かべて協力を約束してくれたのだ。
「だからきっと、大丈夫だと思う」
しかし銀は疑わしい顔をしている。
「……将来きっと美しく、の辺りは不安が残るな」
「それは俺も思った」
銀は鋭い。なにせあの輝く君なのだ。うっかり「自分が面倒を見る」などと言われぬように気を付けなければと昂明も思った。
そんな平和な一時を破ったのは、下の兄である弘継だ。
「昂明! 昂明はいるか?」
検非違使という役目ゆえの事情もあるのだろうが、いつも家を空けていることが殆どで、たまにふらりと帰ってきては一休みしたのちにまた出ていく、などということの繰り返し。本人は出世の為に燃えているらしいのだが、今現在の右衛門少尉が限界なのではいかと昂明は思っている。
そんな弘継は今日も白襖に冠という姿。どうやら邸に戻ってきたというよりは立ち寄ったという言い方の方が正しいかもしれない。不器用で生真面目、常に額に皺を寄せた風貌は『気難しそう』の一言で概ね言い表せる。
「兄上、どうしたんですか」
「お前を稀代の陰陽師と見込んで……頼みがある!」
「は?」
突然両の手を取りそう言われた時には、聞き間違えなのではないかと二度ほど聞き返してしまった。
遠くに見える富士の高嶺にはまだ雪が見えるものの、雪解け間もなかった頃と比べれば随分と暖かさを感じる。
刀岐の邸も花が咲くようになり、みすぼらしさに変わりないが、植えた覚えもない花を沢山咲かせて目を楽しませてくれていた。
「わ~あ、綺麗!」
庭では桜がはしゃいで走り回り、蝶と戯れる。
「怪我はすっかり治ったみたいだな」
「昂明大先生の医術のお陰、だな」
「茶化すな」
実際医術とはいっても昂明が知っているのは薬草に関することくらいなもので、病気に対する処方や丸薬だなんだと調合する知識は持ち合わせていない。何より、あれこれ揃えようと考えるならそれなりの出費が必要だ。
医者を志そうとしたものの、じきに気力が尽きたのはそういった事情もある。
流石に昂明には、そこまでするほどの情熱は無かった。
「銀! はいこれ!」
桜が銀に向かって束にした花を差し出している。
顔のいい式神は、子供すら魅了してしまうものなのだ。
なんとも罪深い……などと思いながらにやにや笑っていると、銀に睨まれてしまった。
「にやつくな」
「いや、ほほえましいなと思って、つい」
そう言いつつも、動揺している式神の顔をにやつきながらもう一度見る。
抜けるような白さの顔が心なしか赤い。純粋に真っすぐな好意を向けられることに慣れていないから、照れているのだろう。戸惑いながらも「有り難う」と受け取ると、落ち着かない様子だった。
「そういえば桜の件、どうなったんだ?」
再び花を摘みに走り出した桜の背を目で追いながら、思い出したように銀が尋ねる。桜の件、というのは先日恩を売った輝く君に宮仕えしている女童のうち、行方不明になったものがいるかどうか調べてもらうという件だ。
「勿論頼んではいる。しかし、輝く君には内密にと頼んでいるからな。少し時間はかかるらしいぜ」
「そうか……」
あまり後宮のことには詳しくはなかった昂明だったが、輝く君に話を聞いて自分が考えていた以上に内裏や後宮には沢山の人々が出仕しているということを知った。一人に聞けば全部が分かる、そんな簡単なものではないらしい。
しかし「この少女は崖から落ちたことで記憶を失ってしまった。貴族の娘に間違いはないはずで、どうにかして両親の元に帰してやりたいのだが、自分達では内裏や後宮においそれと立ち入ることは叶わず、また後宮に知り合いもおらず大変困っている」と尤もらしい話を添えて相談したところ、いたく同情を寄せたようだった。
『かような少女が、なんという苦労をしているのだろうか。見れば将来はきっと美しくなるに違いない、大層愛らしい子供。必ず両親に引き合わせることが出来るように力になってやりたい』
と目に涙を浮かべて協力を約束してくれたのだ。
「だからきっと、大丈夫だと思う」
しかし銀は疑わしい顔をしている。
「……将来きっと美しく、の辺りは不安が残るな」
「それは俺も思った」
銀は鋭い。なにせあの輝く君なのだ。うっかり「自分が面倒を見る」などと言われぬように気を付けなければと昂明も思った。
そんな平和な一時を破ったのは、下の兄である弘継だ。
「昂明! 昂明はいるか?」
検非違使という役目ゆえの事情もあるのだろうが、いつも家を空けていることが殆どで、たまにふらりと帰ってきては一休みしたのちにまた出ていく、などということの繰り返し。本人は出世の為に燃えているらしいのだが、今現在の右衛門少尉が限界なのではいかと昂明は思っている。
そんな弘継は今日も白襖に冠という姿。どうやら邸に戻ってきたというよりは立ち寄ったという言い方の方が正しいかもしれない。不器用で生真面目、常に額に皺を寄せた風貌は『気難しそう』の一言で概ね言い表せる。
「兄上、どうしたんですか」
「お前を稀代の陰陽師と見込んで……頼みがある!」
「は?」
突然両の手を取りそう言われた時には、聞き間違えなのではないかと二度ほど聞き返してしまった。
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