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実事求是真凶手(真犯人)
151:斬釘截鉄(一)
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「皆さん!」
鉄鉱力士が蓬静嶺の門前に降りるなり、清粛と彼の父である清大秧が走り寄る。彼らはすぐさま瞋熱燿と吾太雪が怪我をしていることに気づき、彼らの状態を見る。
「清粛! それに清公子!」
「話はあとで、彼らを奥に運びましょう!」
清粛の呼びかけに応じ、清林峰の門弟と蓬静嶺の門弟たちが二人のことを屋敷の中に運び入れた。煬鳳たちも彼らを手伝おうとしたのだが、清粛たちの手際が良すぎて全く間に入る余地が無い。
「阿黎。大変だったようだな」
二人が居たたまれなさを感じながら清粛たちの後を歩いていると、静泰還がやってきた。彼の出で立ちは普段と変わらぬものであったが、その手には彼の愛剣が握られている。恐らくは、いつ襲撃があっても対処できるようにということなのだろう。
「嶺主様。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
頭を下げた凰黎に倣って煬鳳も頭を下げる。しかし静泰還は「そなたたちが悪いわけではない」と煬鳳たちを遮った。
「彩二公子から聞いたとは思うが、我々も瞋九龍には何かしらの隠し事があると考えていたのだ。先ほど鸞快子と国師殿からの話を聞いて、疑念は確信に変わった」
「嶺主様。先ほど我々が運んできたのは雪岑谷の谷主、吾谷主なのです」
「なんだと……!?」
静泰還の表情が変わる。長らく閉閑修行に入っていたはずの谷主が、まさか誰ともつかぬような状態で蓬静嶺に運び込まれるとは彼ですら思わなかったのだろう。
「詳しい話は谷主様の治療を終えたあとで……」
まだ驚きを隠せない静泰還ではあったが、凰黎の言葉にすぐさま頷く。
「阿黎の言う通りだ。……我々も彼らの元に向かおう。守りは塘湖月に任せてある」
煬鳳が振り返ると、蓬静嶺の中でも実力の高い門弟たちが門壁の周りを固めている。彼らに指示を飛ばしているのが凰黎の兄弟子である塘湖月だ。少なくとも塘湖月の実力は煬鳳も知っている。瞋九龍と互角に戦えるかは分からないが、彼なら煬鳳たちが気づくまで持ちこたえることは可能だろう。
申し訳ない――そう思いつつも一先ずこの場は彼らに任せることにしたのだった。
* * *
清粛の父、清大秧は数少ない門弟を連れて蓬静嶺にやってきたそうだ。峰主の清義晗は前峰主の清樹と共に清林峰を守っている。
『睡龍のことも一大事であり決して他人事ではないが、ここには薬草や薬が沢山ある。清林峰をもぬけの殻にして、いざというときに何かあっては対処することもできない。我々はここに残って薬を作り続けよう、どんな怪我人がきても、不測の事態にも対処してみせる』
清峰主は万が一のことを考えて清林峰に残ることにしたそうだ。代わりに息子の清大秧と門弟数名を孫である清粛の元に送った。
数名というのは少なく思えるが、清林峰の神医であった榠聡檸は既に拘束されており、息子の榠曹も同様だ。元々門弟の少なかった清林峰からすれば数名でもかなりの人員を割いたといえよう。
「清林峰の門弟は少ないですが、全力で皆様の援護をさせて頂きます。吾谷主のこともお任せ下さい」
清粛は決意を込めた表情で語り、吾太雪の治療を引き受けた。幸い彼の精神力は強靭で、すぐに元通りとはいかないまでも会話ができる程度には持ち直したそうだ。
瞋熱燿も肩の怪我を手当てして貰い、震える足もいったんは落ち着いたようだが、顔色は悪い。己の門派に関わること、しかも地下室で見たあの惨状のことを何一つ知らずにいままでいたこと。自分が英雄だと思っていた瞋九龍の恐ろしい形相、それらをすぐに他人事と思えるはずもないのだ。
暫く蓬静嶺の客房で清粛たちは吾太雪の手当てをしていたが、暫くすると皆を呼びに戻ってきた。どうやら吾太雪が彼らに頼んだらしい。
「長時間話をするのは難しいでしょうが……どうしても皆さんに話さねばならないことがあると仰ったので」
寝台に上体だけを起こすようにして、吾太雪は煬鳳たちが集まるのを待っていた。傍の盆には清大秧が煎じた薬湯の器が置いてある。
「助けて頂いたうえ、このような姿でお呼び立てして申し訳ない」
蓬静嶺で伸び放題だった髪を整え沐浴を済ませ、洗いたての衣袍を纏う彼の姿は、痩せてこそいるものの目に宿る光は強く、やはり谷主たる威厳を感じさせた。
瞋熱燿も肩の怪我を手当てして貰い、震える足もいったんは落ち着いたようだが、顔色は悪い。己の門派に関わること、しかも地下室で見たあの惨状のことを何一つ知らずにいままでいたこと。自分が英雄だと思っていた瞋九龍の恐ろしい形相、それらをすぐに他人事と思えるはずもないのだ。
「そう仰らないで下さい。吾谷主。我々は貴方に何があったのか、瞋砂門に何が起こったのか……。国師様の遣わした方のこと、聞きたいことは沢山あるのです」
吾太雪の体が辛くないようにと凰黎は彼の背を支え「まだお辛いでしょうが、お願いいたします」と優しく語り掛けた。
「全てお話します。まず――どこから話しましょうか……」
目を閉じ、遠い昔を思い出すように吾太雪は語りだす。
五行盟の歴史は百年ほど。
発足のきっかけとなる、黒冥翳魔を封じた当時のことを知る者は既に五行盟を去り、瞋九龍以外は残っていない。
吾太雪は現五行盟の中では静泰還と比較的年齢が近く、三百年以上を生きる瞋九龍に次いで年長者である。そんな彼でも生まれたときには既に瞋九龍は英雄であったし、彼にとって睡龍の地を生み出すきっかけとなった火龍殺の瞋九龍といえば憧れの人物だ。
だから彼が前雪岑谷の谷主の跡を継いで谷主になり、五行盟の代表の一人として瞋九龍と相対したときは得も言われぬ感情があった。
豪快にして圧倒的。最強の男――吾太雪にとって瞋九龍はまさに言葉通りの人物だったのだ。彼の感動は一言では言い表すことはできない。
その日から吾太雪は五行盟のために、そして瞋九龍のためにと陰に日向に邁進をつづけた。
あるときは瞋九龍の片腕として僻地に赴き、またあるときは強大な妖邪と戦うため、命を投げ出す覚悟で彼と共に立ち向かう。伝説の英雄が己の背で戦っている。そう思うだけで吾太雪は踊りだしたくなるほど心が軽く、英雄のために働けること、それが何よりも幸せであると彼は感じていた。
些細な違和感を感じたのは二人で山奥の妖邪を退治するために出向いたときだ。かつてないほどの凶悪さと強さを持った妖邪と相対し、不覚にも吾太雪は深手を負った。意識を失った彼が目を覚ましたときには妖邪の気配は既になく、瞋九龍が焚き木の傍に座っているだけ。
『気が付いたようだな。心配したぞ』
吾太雪が気を失っている間に、瞋九龍はたった一人で妖邪を倒したのだ。
せっかく英雄と共に妖邪退治に赴いたというのに、結局彼の足手まといになってしまったと、吾太雪は己の無力さを嘆いた。
瞋九龍はそんな彼に、これから強くなればいい、と優しく諭す。
彼への感謝を感じた最中に、ふと吾太雪は不可解なことに気づいた。
――妖邪の死体は一体どこに?
吾太雪は瞋九龍に妖邪の死骸はどこにやったのかと尋ねたのだが、彼は山の悪い気に乗っ取られてはいけないから燃やしてしまったのだと言う。彼の指し示したたき火の中には、妖邪であった獣らしき骨があった。
獣が変じたもの、死人が変じたもの、実体のない鬼。全てを総称して妖邪と呼んではいるが、実際のところ彼らは細かく細分化されるのだ。
今回退治したのは獣が変じた――実体のある妖邪に分類される。
確かに凶悪な妖邪を生み出した山には、良くない気配が充満していた。死んだ妖邪の処分すら手伝えなかった自分の無力さが情けなかったが、早めに対処しておかなければ、妖邪は新たな陰気を吸収し再び立ち上がって襲い掛かっていたかもしれない。
瞋九龍は基本的に盟主であり、自ら戦いに赴くようなことは少なかったのだが、極端に強い妖邪と戦うときなどは自ら先陣をきって妖邪退治に赴くことも多かった。
圧倒的な強さを誇る火龍殺の五行盟盟主は、彼一人でも妖邪の大群を圧倒するほどの強さを誇る。
いつの日であっても勝利するたび、羨望の眼差しが彼に向けられていた。
しかし同時に疑念を感じることもないわけではない。
突然烈火のごとく怒り散らし、理不尽に他人に当たり、修練の場では執拗に相手をいたぶり続けた。
生きるか死ぬかの世界だからこそ、敢えての厳しさであると人は言う。
盟主の瞳に凶悪な紅き光が灯っていたことに気づいたものは多くはない。
その光は獣か妖邪の目にも似て、残忍な本性を映し出しているかのようだった。
瞋九龍は日ごとに感情の起伏が激しくなってゆき、門弟や五行盟本部の者たちが宥めても収まらない日も少なくはない。それこそ、気でも触れたのかと思うほど。
英雄色を好むというが、彼もまたあちこちの妓楼へと足を運び、幾多の女を連れ帰った。しかし、暫くすると彼の周りを取り巻いていた女たちはすっかり別の女に代わっている。
機嫌の良いときは豪勢な食事を貪り、皆に酒をふるまい、日ごろの苦労をねぎらった。
彼の栄光と悪評とがせめぎ合い、しかし睡龍の地を救った英雄であることだけは動かしがたい事実。それゆえに、いかに彼が暴虐の限りを尽くしたとしても、やはり皆はそれを耐え、彼の機嫌を取るしかない。
鉄鉱力士が蓬静嶺の門前に降りるなり、清粛と彼の父である清大秧が走り寄る。彼らはすぐさま瞋熱燿と吾太雪が怪我をしていることに気づき、彼らの状態を見る。
「清粛! それに清公子!」
「話はあとで、彼らを奥に運びましょう!」
清粛の呼びかけに応じ、清林峰の門弟と蓬静嶺の門弟たちが二人のことを屋敷の中に運び入れた。煬鳳たちも彼らを手伝おうとしたのだが、清粛たちの手際が良すぎて全く間に入る余地が無い。
「阿黎。大変だったようだな」
二人が居たたまれなさを感じながら清粛たちの後を歩いていると、静泰還がやってきた。彼の出で立ちは普段と変わらぬものであったが、その手には彼の愛剣が握られている。恐らくは、いつ襲撃があっても対処できるようにということなのだろう。
「嶺主様。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
頭を下げた凰黎に倣って煬鳳も頭を下げる。しかし静泰還は「そなたたちが悪いわけではない」と煬鳳たちを遮った。
「彩二公子から聞いたとは思うが、我々も瞋九龍には何かしらの隠し事があると考えていたのだ。先ほど鸞快子と国師殿からの話を聞いて、疑念は確信に変わった」
「嶺主様。先ほど我々が運んできたのは雪岑谷の谷主、吾谷主なのです」
「なんだと……!?」
静泰還の表情が変わる。長らく閉閑修行に入っていたはずの谷主が、まさか誰ともつかぬような状態で蓬静嶺に運び込まれるとは彼ですら思わなかったのだろう。
「詳しい話は谷主様の治療を終えたあとで……」
まだ驚きを隠せない静泰還ではあったが、凰黎の言葉にすぐさま頷く。
「阿黎の言う通りだ。……我々も彼らの元に向かおう。守りは塘湖月に任せてある」
煬鳳が振り返ると、蓬静嶺の中でも実力の高い門弟たちが門壁の周りを固めている。彼らに指示を飛ばしているのが凰黎の兄弟子である塘湖月だ。少なくとも塘湖月の実力は煬鳳も知っている。瞋九龍と互角に戦えるかは分からないが、彼なら煬鳳たちが気づくまで持ちこたえることは可能だろう。
申し訳ない――そう思いつつも一先ずこの場は彼らに任せることにしたのだった。
* * *
清粛の父、清大秧は数少ない門弟を連れて蓬静嶺にやってきたそうだ。峰主の清義晗は前峰主の清樹と共に清林峰を守っている。
『睡龍のことも一大事であり決して他人事ではないが、ここには薬草や薬が沢山ある。清林峰をもぬけの殻にして、いざというときに何かあっては対処することもできない。我々はここに残って薬を作り続けよう、どんな怪我人がきても、不測の事態にも対処してみせる』
清峰主は万が一のことを考えて清林峰に残ることにしたそうだ。代わりに息子の清大秧と門弟数名を孫である清粛の元に送った。
数名というのは少なく思えるが、清林峰の神医であった榠聡檸は既に拘束されており、息子の榠曹も同様だ。元々門弟の少なかった清林峰からすれば数名でもかなりの人員を割いたといえよう。
「清林峰の門弟は少ないですが、全力で皆様の援護をさせて頂きます。吾谷主のこともお任せ下さい」
清粛は決意を込めた表情で語り、吾太雪の治療を引き受けた。幸い彼の精神力は強靭で、すぐに元通りとはいかないまでも会話ができる程度には持ち直したそうだ。
瞋熱燿も肩の怪我を手当てして貰い、震える足もいったんは落ち着いたようだが、顔色は悪い。己の門派に関わること、しかも地下室で見たあの惨状のことを何一つ知らずにいままでいたこと。自分が英雄だと思っていた瞋九龍の恐ろしい形相、それらをすぐに他人事と思えるはずもないのだ。
暫く蓬静嶺の客房で清粛たちは吾太雪の手当てをしていたが、暫くすると皆を呼びに戻ってきた。どうやら吾太雪が彼らに頼んだらしい。
「長時間話をするのは難しいでしょうが……どうしても皆さんに話さねばならないことがあると仰ったので」
寝台に上体だけを起こすようにして、吾太雪は煬鳳たちが集まるのを待っていた。傍の盆には清大秧が煎じた薬湯の器が置いてある。
「助けて頂いたうえ、このような姿でお呼び立てして申し訳ない」
蓬静嶺で伸び放題だった髪を整え沐浴を済ませ、洗いたての衣袍を纏う彼の姿は、痩せてこそいるものの目に宿る光は強く、やはり谷主たる威厳を感じさせた。
瞋熱燿も肩の怪我を手当てして貰い、震える足もいったんは落ち着いたようだが、顔色は悪い。己の門派に関わること、しかも地下室で見たあの惨状のことを何一つ知らずにいままでいたこと。自分が英雄だと思っていた瞋九龍の恐ろしい形相、それらをすぐに他人事と思えるはずもないのだ。
「そう仰らないで下さい。吾谷主。我々は貴方に何があったのか、瞋砂門に何が起こったのか……。国師様の遣わした方のこと、聞きたいことは沢山あるのです」
吾太雪の体が辛くないようにと凰黎は彼の背を支え「まだお辛いでしょうが、お願いいたします」と優しく語り掛けた。
「全てお話します。まず――どこから話しましょうか……」
目を閉じ、遠い昔を思い出すように吾太雪は語りだす。
五行盟の歴史は百年ほど。
発足のきっかけとなる、黒冥翳魔を封じた当時のことを知る者は既に五行盟を去り、瞋九龍以外は残っていない。
吾太雪は現五行盟の中では静泰還と比較的年齢が近く、三百年以上を生きる瞋九龍に次いで年長者である。そんな彼でも生まれたときには既に瞋九龍は英雄であったし、彼にとって睡龍の地を生み出すきっかけとなった火龍殺の瞋九龍といえば憧れの人物だ。
だから彼が前雪岑谷の谷主の跡を継いで谷主になり、五行盟の代表の一人として瞋九龍と相対したときは得も言われぬ感情があった。
豪快にして圧倒的。最強の男――吾太雪にとって瞋九龍はまさに言葉通りの人物だったのだ。彼の感動は一言では言い表すことはできない。
その日から吾太雪は五行盟のために、そして瞋九龍のためにと陰に日向に邁進をつづけた。
あるときは瞋九龍の片腕として僻地に赴き、またあるときは強大な妖邪と戦うため、命を投げ出す覚悟で彼と共に立ち向かう。伝説の英雄が己の背で戦っている。そう思うだけで吾太雪は踊りだしたくなるほど心が軽く、英雄のために働けること、それが何よりも幸せであると彼は感じていた。
些細な違和感を感じたのは二人で山奥の妖邪を退治するために出向いたときだ。かつてないほどの凶悪さと強さを持った妖邪と相対し、不覚にも吾太雪は深手を負った。意識を失った彼が目を覚ましたときには妖邪の気配は既になく、瞋九龍が焚き木の傍に座っているだけ。
『気が付いたようだな。心配したぞ』
吾太雪が気を失っている間に、瞋九龍はたった一人で妖邪を倒したのだ。
せっかく英雄と共に妖邪退治に赴いたというのに、結局彼の足手まといになってしまったと、吾太雪は己の無力さを嘆いた。
瞋九龍はそんな彼に、これから強くなればいい、と優しく諭す。
彼への感謝を感じた最中に、ふと吾太雪は不可解なことに気づいた。
――妖邪の死体は一体どこに?
吾太雪は瞋九龍に妖邪の死骸はどこにやったのかと尋ねたのだが、彼は山の悪い気に乗っ取られてはいけないから燃やしてしまったのだと言う。彼の指し示したたき火の中には、妖邪であった獣らしき骨があった。
獣が変じたもの、死人が変じたもの、実体のない鬼。全てを総称して妖邪と呼んではいるが、実際のところ彼らは細かく細分化されるのだ。
今回退治したのは獣が変じた――実体のある妖邪に分類される。
確かに凶悪な妖邪を生み出した山には、良くない気配が充満していた。死んだ妖邪の処分すら手伝えなかった自分の無力さが情けなかったが、早めに対処しておかなければ、妖邪は新たな陰気を吸収し再び立ち上がって襲い掛かっていたかもしれない。
瞋九龍は基本的に盟主であり、自ら戦いに赴くようなことは少なかったのだが、極端に強い妖邪と戦うときなどは自ら先陣をきって妖邪退治に赴くことも多かった。
圧倒的な強さを誇る火龍殺の五行盟盟主は、彼一人でも妖邪の大群を圧倒するほどの強さを誇る。
いつの日であっても勝利するたび、羨望の眼差しが彼に向けられていた。
しかし同時に疑念を感じることもないわけではない。
突然烈火のごとく怒り散らし、理不尽に他人に当たり、修練の場では執拗に相手をいたぶり続けた。
生きるか死ぬかの世界だからこそ、敢えての厳しさであると人は言う。
盟主の瞳に凶悪な紅き光が灯っていたことに気づいたものは多くはない。
その光は獣か妖邪の目にも似て、残忍な本性を映し出しているかのようだった。
瞋九龍は日ごとに感情の起伏が激しくなってゆき、門弟や五行盟本部の者たちが宥めても収まらない日も少なくはない。それこそ、気でも触れたのかと思うほど。
英雄色を好むというが、彼もまたあちこちの妓楼へと足を運び、幾多の女を連れ帰った。しかし、暫くすると彼の周りを取り巻いていた女たちはすっかり別の女に代わっている。
機嫌の良いときは豪勢な食事を貪り、皆に酒をふるまい、日ごろの苦労をねぎらった。
彼の栄光と悪評とがせめぎ合い、しかし睡龍の地を救った英雄であることだけは動かしがたい事実。それゆえに、いかに彼が暴虐の限りを尽くしたとしても、やはり皆はそれを耐え、彼の機嫌を取るしかない。
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