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実事求是真凶手(真犯人)

150:地下探索(四)

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「なっ!?」

 二人の間に割って入る直前、凄まじい爆発と衝撃波が巻き起こる。何が起こったのかも分からぬまま煬鳳ヤンフォンは吹っ飛ばされて地面に転がった。

「いってえ……」
煬鳳ヤンフォン!」

 すかさず凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンの元に走り寄って助け起こす。煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィ瞋熱燿チェンルーヤオのことを言おうとしたのだが、二人の目の前に瞋熱燿チェンルーヤオが転がってきたので二人とも一瞬言葉を失ってしまった。

「あいたたた……」

 爆発で服のあちこちが焦げ付いているものの、瞋九龍チェンジューロンに掴まれていた肩から血を流している以外の怪我は擦り傷程度。

瞋熱燿チェンルーヤオ!」

 煬鳳ヤンフォン瞋熱燿チェンルーヤオの手を引き立たせてやると「大丈夫か?」と尋ねる。

鸞快子らんかいし様の言葉が咄嗟によぎって……ありったけの霊力をぶち込みました。……はは、もう、足が笑ってしまって……」

 がくがくの足で辛うじて立つ瞋熱燿チェンルーヤオに、思わず吹き出しそうになった煬鳳ヤンフォンだったが、背後から迫る気配を感じて凰黎ホワンリィに叫ぶ。

凰黎ホワンリィ吾谷主ウーこくしゅ瞋熱燿チェンルーヤオを頼む!」
「貴方……何を言っているか分かっているのですか!?」
「……でも……っ!」

 背後から迫る熱を感じ、煬鳳ヤンフォンは言葉を切った。振り向きざまに背負った永覇ヨンバを中心に据え、瞬時に霊力で防壁陣を展開する。即席のものゆえに凰黎ホワンリィ神侯シェンホウほど強固なものではないが、今はこれで十分だ。

 むせ返るような炎が周囲を包み、煙のように舞い上がった。視界の全てが炎で覆われる。――燃え盛る中から黒い影が生まれ、何であるかを認識するよりも早く煬鳳ヤンフォンに襲い掛かった。

「くっ!」

 瞋九龍チェンジューロンがかつて火龍を倒したとされる灼熱色の槍が永覇ヨンバとぶつかり合い、衝撃で永覇ヨンバごと煬鳳ヤンフォンは吹っ飛んだ。
 叩きつけられる瞬間に咄嗟に頭だけは守る。永覇ヨンバを背中に再び収め、煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィの元へと走り出す。

凰黎ホワンリィ! いまのうちにとにかく逃げるぞ!」

 煬鳳ヤンフォンは二人を支える凰黎ホワンリィから、瞋熱燿チェンルーヤオを受け取った。

 瞋九龍チェンジューロンの攻撃が煬鳳ヤンフォンの急所を狙うであろうことは予想がついていたので、防壁陣は炎を防ぐことだけに専念し、煬鳳ヤンフォン自身は瞋九龍チェンジューロンの攻撃を永覇ヨンバで受け止めることに集中した。そして、攻撃を防ぐと同時に吹っ飛ばされる衝撃で瞋九龍チェンジューロンとの距離を稼ぐことも考慮に入れたのだ。

 ――それでも、伝説の英雄の力はとてつもない。

 防いだにもかかわらず、衝撃で体のあちこちがずきずきと痛む。痛みに堪え死に物狂いで逃げなければ、すぐに瞋九龍チェンジューロンに追いつかれてしまうだろう。

煬鳳ヤンフォン、ここは私が……」

 今度は凰黎ホワンリィ瞋九龍チェンジューロンの足止めをするつもりだ。しかし、こちらは手負いの二人を抱えている。加えて煬鳳ヤンフォンもいまは満足に走ることができない。

「駄目だ! 凰黎ホワンリィひとりであいつを相手にしても、時間を稼げたとしても、俺だけで二人を連れて逃げ切るのは不可能だ」

 凰黎ホワンリィが唇を噛む。いま全力の瞋九龍チェンジューロンから逃げ切ることがいかに難しいことか、凰黎ホワンリィも痛いほど理解している。

(せめて、逃げるためのまともな手段を考えてくるべきだったな……)

 霊力が自由に使えるようになったいま、怖い物なんてないと思っていたのだ。それなのにまさか伝説級の人物と相対することになろうとは、さすがに煬鳳ヤンフォンも思わなかった。

「くっ、ははははは! 若造が、笑わせる!」

 迫る瞋九龍チェンジューロンの声。
 万策尽き果て――煬鳳ヤンフォンが諦めそうになったとき。

「危なっかしいことしてるんじゃねえよ!」

 天から降り注ぐ聞き覚えのある声。
 次いで竜巻のような風が吹き荒れたかと思うと、瞋九龍チェンジューロンの周りを包み込んだ。

彩藍方ツァイランファン!?」

 見上げた先にいたのは、翳冥宮えいめいきゅうで別れた彩鉱門さいこうもん彩藍方ツァイランファンだ。翼の鉄鉱力士てっこうりきしに乗った彼はいつもの飄々とした笑みを見せる。煬鳳ヤンフォンたちの前に一陣の風のように降り立った彩藍方ツァイランファンは「急いで乗れ! ずらかるぞ!」と言って煬鳳ヤンフォンたちを急き立てた。

「助かった、彩藍方ツァイランファン!」
「礼はいいからはやくしろ!」

 急かされるまでもなく、煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィは急いで吾太雪ウータイシュエ瞋熱燿チェンルーヤオ鉄鉱力士てっこうりきしに乗せる。全員が乗ったのを確認すると、彩藍方ツァイランファンはすぐさま鉄鉱力士てっこうりきしを浮上させた。

「あいつのことは大丈夫なのか?」

 なにせ相手は瞋九龍チェンジューロンだ。竜巻に囲まれていようとも攻撃を仕掛けてくるのではないか。空の上で攻撃を受けたら、煬鳳ヤンフォンたちはともかく怪我をしている二人にとっては命取りだ。

「大丈夫だ。万象図ばんしょうずに封じた、睡龍すいりゅうの歴史の中でも一番強力な竜巻を開放したからな。いかに英雄様といえど、そう簡単に打ち消すことはできないさ」

 煬鳳ヤンフォンの心配をよそに、あっけらかんと彩藍方ツァイランファンは言った。

「ちょっと、一番強力な竜巻って……」
万象図ばんしょうずはどんな物でも吸い込めるんだ。瘴気も陰気も、術だって容易いもんさ。……まあ、掃除が面倒なときの埃取り代わりに使ったりもしてるけど。……ともかく、逃げるくらいの時間は稼げるから安心しな。万が一追ってきてもまだ沢山封じた災害はあるからな」
「……」

 彩藍方ツァイランファンの言葉にある程度安心はしたが、使い方を間違えればとんでもないことになるだろう。
 真実なのかはさておいて、彩鉱門さいこうもんがかつて神の怒りを買った――というのが少しだけ分かる気がした煬鳳ヤンフォンだった。

「我々は蓬静嶺ほうせいりょうに向かっているのですよね?」

 二人の話が途切れるのを待っていた凰黎ホワンリィ彩藍方ツァイランファンに尋ねる。
 瞋九龍チェンジューロンを振り切った安堵感から、鉄鉱力士てっこうりきしがどこに向かって飛んでいるかを全く把握していなかったのだ。

「そう。なにせ怪我人がいるからな。蓬静嶺ほうせいりょうには清粛チンスウもいるし、嶺主りょうしゅ様からも許可を貰ってる。鸞快子らんかいしが、嫌な予感がするから念のために迎えにいってやってくれって言ったんだ」
鸞快子らんかいしが!?」

 驚く煬鳳ヤンフォンに、彩藍方ツァイランファンは「そうだぜ」と言う。

「もともと鸞快子らんかいし嶺主りょうしゅ様は瞋九龍チェンジューロンの行動が怪しいっていうんでずっと見張っていたんだ。だから鸞快子らんかいし瞋九龍チェンジューロンのことを探るために五行盟ごぎょうめいにいたんだってさ」
「ああ、どうりで……」

 煬鳳ヤンフォンたちを五行盟ごぎょうめいの前で呼び止めたとき、嶺主りょうしゅである静泰還ジンタイハイ鸞快子らんかいしと共にいた。はじめ煬鳳ヤンフォンは、鸞快子らんかいしがもともと蓬静嶺ほうせいりょうの客卿だからなのだと思っていた。

 しかし、彼ら二人は客卿としてだけではなく、瞋九龍チェンジューロンを監視するという名目で繋がっていたのだ。

 静泰還ジンタイハイ煬鳳ヤンフォンたちに『瞋九龍チェンジューロンはああ見えてしたたかな男だ。見た目ほど単純な男ではない』と言った。煬鳳ヤンフォンは額面通りに彼の言葉を受け取っていたが、静泰還ジンタイハイの言葉の意味するところはもっと深い――瞋九龍チェンジューロンは信用が置けない人物である、という意味を持っていたのかもしれない。

吾谷主ウーこくしゅ、あと少し耐えられますか?」

 凰黎ホワンリィ吾太雪ウータイシュエを支えながら、彼の様子を気遣う。一体いつからあの地下室に捕らえられていたのか分からないが、伸び放題で体が殆ど隠れるほどの髪に殆ど原形を留めない服、そして真っ黒に汚れた肌。どれを見てもここ数か月の話ではないように思える。

(生きていたのが不思議なくらいだもんな……)

 感心しながら吾太雪ウータイシュエを見ていると、凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンの耳元に唇を寄せる。

雪岑谷せきしんこくは常日頃から厳しい雪山での修行などを頻繁に行っていると聞きました。彼の強靭さはその修行の賜物でしょう」
「そ、そうなんだ」

 吾太雪ウータイシュエの話より、正直凰黎ホワンリィの唇が耳を掠めたことに煬鳳ヤンフォンはどきどきしてしまった。お陰で凰黎ホワンリィが説明してくれたことの大半は記憶の向こうに飛んで行ってしまい、殆ど思い出すことができない。

 彼がなぜ瞋砂門しんしゃもんにいたのか、何が起こったのか。分からないことは沢山ある。しかし全てはまず、蓬静嶺ほうせいりょうについて彼らの安全を確保してからだ。

「見えてきた、降りるぞ!」

 鉄鉱力士てっこうりきしが急速に高度を下げる。凰黎ホワンリィはその間も後を追跡されていないか入念に周囲を確認しているようだ。

凰黎ホワンリィ
「……大丈夫、追っ手は来ていないようです。しかし、我々を匿える門派は限られていますから、探すまでもない、といったところかもしれません」

 万が一瞋九龍チェンジューロン蓬静嶺ほうせいりょうに攻め込んできたら……。
 考えるたび煬鳳ヤンフォンは気持ちが重くなる。
 凰黎ホワンリィの大切な人たちがいる場所を、巻き込みたくはないのだ。
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