【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇

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実事求是真凶手(真犯人)

146:釜底抽薪(四)

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「お爺様に直接そのような失礼なことを尋ねるつもりですか!? 殺されますよ!?」
「いやいやいや……誰がそんなことするって言ったよ。俺が言ってるのは、瞋砂門しんしゃもんに忍び込んで調べたら、なんか分かるんじゃないか? ってことだ。物事は穏便に運んだ方がいいだろ」
「……」

 瞋熱燿チェンルーヤオの視線が冷たい。他所の門派に忍び込むことの、どこが穏便なのか。暗にそう告げている視線だ。けれど煬鳳ヤンフォンはそんなことではめげたりはしない。

「だって、直接聞けないならこっそり調べるしかないだろ? なにも見つからなかったらそれはそれで良いことじゃないか。それに何か理由があるのなら、その理由だって調べたら分かるかもしれない。そうだろ?」
「ううう……なんだか理不尽なことを言われている気がするのに、正しい意見のようにも聞こえてくる……!」

 問題は、これを調べたところで瞋九龍チェンジューロンが、そして五行盟ごぎょうめいが火龍を鎮めるために力を貸してくれるのか、ということだ。

(俺たちだけじゃ火龍を倒すことはもちろんのこと、鎮めることも厳しいだろう。少なくとも可能な限りの協力者は必要だ)

 ならば、協力を得るためにはどうすべきか。
 彩鉱門さいこうもん蓬静嶺ほうせいりょうは恐らく力を貸してくれるはずだ。清林峰せいりんほうは協力はしてくれるが、争いに加わるかどうかは微妙なところ。しかし、危なくなったときの治療などは助けてくれるかもしれない。

 霆雷門ていらいもんは……彼らは正当な理由さえあれば恐らくは協力してくれるに違いない。少なくとも彼らも睡龍すいりゅうに住まう者であり、決してこの地に住む者を見捨てて逃げ出すような無責任な門派ではない。面倒な奴だが、掌門しょうもん雷閃候レイシャンホウに共に清林峰せいりんほうで過ごした雷靂飛レイリーフェイ。以前煬鳳ヤンフォン五行盟ごぎょうめい内部で窮地に立たされたときも彼らは心配して声をかけてくれた。少なくとも彼らに悪意はないはずだ。

「問題は瞋砂門しんしゃもん雪岑谷せきしんこく、それにその他大勢の中小門派か……」

 なにも数が多ければいいというわけでもないが、ないよりは少しでも協力者は多い方が良い。中小門派はそれこそ実力も様々であり、玄烏門げんうもんだけが飛びぬけて強い門派に分類される。

「数より質を選んだ方が良い。問題はいかに火龍を鎮め眠らせるかということ。大勢でかかってもある程度の実力がなければ、犠牲だけが増えかねないだろう。しかし強大な龍を相手にするのなら、味方は必要だ」

 鸞快子らんかいしはそう言うと、凰黎ホワンリィの方を向く。

凰黎ホワンリィ。……煬鳳ヤンフォンを頼めるか?」
「今さら何を。当然です」

 鸞快子らんかいしの言葉に凰黎ホワンリィはすぐに頷いた。

「このあと私は、蓬静嶺ほうせいりょう清林峰せいりんほうへ向かうつもりだ。彼らは少なくとも話せば分かってくれる人たちだ。彼らに事情を話し、助力を頼む」
「確かに俺もいま、同じことを考えてたけど……。でも藍方ランファンは……」
煬鳳ヤンフォンの言いたいことは良く分かる。それについては彼らと慎重に話し合う。私を信じて欲しい。……だから、君たちは瞋熱燿チェンルーヤオが承諾してくれるのなら、瞋砂門しんしゃもんに行って瞋九龍チェンジューロンの意図を探って貰いたいと思っている」

 鸞快子らんかいしの視線が瞋熱燿チェンルーヤオに注がれる。あとは瞋熱燿チェンルーヤオの返答次第なのだ。
 しかし、彼が悩む理由もよく分かっている。
 鸞快子らんかいし瞋熱燿チェンルーヤオの会話に、躊躇いつつも煬鳳ヤンフォンは言葉を挟む。

『ありえない話ですが、万に一つでも大爺様がいなくなってしまったら、瞋砂門しんしゃもんは持たないでしょう』

 以前玄烏門げんうもん瞋熱燿チェンルーヤオが語った言葉。彼は伝説の人である瞋九龍チェンジューロンを恐れ、しかし尊敬しているのだ。同様に瞋砂門しんしゃもんのことについても真剣に考えている。
 そんな彼が、瞋九龍チェンジューロンがいかに怪しい行動をしているからといって、瞋砂門しんしゃもんを調べさせるようなことをするだろうか?
 それについては甚だ疑問だ。

「――分かりました、ご案内します」

 しかし、瞋熱燿チェンルーヤオの決断した言葉に煬鳳ヤンフォンたちはとても驚いた。まさか彼が承諾するとはこれっぽっちも思っていなかったからだ。

「いいのか?」
「なにも出なければそれで安心できるのだから、それが一番良いでしょう。どのみち氷の記録自体は明らかに分量がおかしいわけで、もしかしたら不測の事態が瞋砂門しんしゃもんで起こっているかもしれない。――なら、それを調査するのは瞋砂門しんしゃもん掌門しょうもんの子孫である僕の役目でもあり、僕で足りない部分を友人が助け、補って貰うのは何らおかしいことではないでしょうから」

 だいぶ回りくどい言い訳だが、いきなり『爺さんが怪しいから調べる』よりは自分の納得する理由を自分なりに考えたらしい。

「ふふ、そうですね。我々はもう友人なのですから。友が困っているときに協力するのは当然ですよね? 煬鳳ヤンフォン
「うん。その通りだ! そうと決まったら善は急げだな!」

 凰黎ホワンリィの言葉に煬鳳ヤンフォンは合わせるように畳みかける。
 瞋熱燿チェンルーヤオ瞋九龍チェンジューロンを尊敬してはいるだろうが、同時に誰よりも彼のことを疑っているのだ。なにせ、煬鳳ヤンフォンたちが尋ねる以前から、彼は瞋九龍チェンジューロンの行動に疑問を抱いていたのだから――。

 鸞快子らんかいし国師こくしと共に蓬静嶺ほうせいりょうへ向かうことになった。……というのも、国師こくしの存在はとても難しいものであり、彼と従者の二人だけを五行盟ごぎょうめいに残しておくのはさすがに心配だったのだ。

 鸞快子らんかいし五行盟ごぎょうめいに残っていたら彼がうまくとりなしてくれただろうが、彼は睡龍すいりゅうのことを話すために蓬静嶺ほうせいりょうに行かなければならない。ならば共に蓬静嶺ほうせいりょうに行った方が彼らに説明もできるだろうし、いざとなれば蓬静嶺ほうせいりょう国師こくしを預けておくこともできる。

「先に国師こくし睡龍すいりゅうに遣わした人物は、何らかの事件に巻き込まれて命を落としている。国師こくしであろうとここに来た以上何が起こるか分からない」

 鸞快子らんかいしの言葉は煬鳳ヤンフォンたちにも理解できる。なにせ国師こくし睡龍すいりゅうに送った阿駄アーツォ冥界めいかいから逃げ出したとき――彼に会ったのは煬鳳ヤンフォンたちだったからだ。

 彼が命がけで国師こくしに伝えたかったことは、本当はもっと沢山あっただろう。しかし本人ではない以上、阿駄アーツォが伝えることができたのは『睡龍すいりゅうは眠らず』の一言だけだった。

 ――けれど、確かに睡龍すいりゅうは眠ってはいなかった。

 煬鳳ヤンフォンの都合もあるが、同時に睡龍すいりゅう……火龍を鎮めないことには煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィも、そしてこの地に住む者も外の者も、どうなるか予想もつかない。
 分かっているのは、火龍は強大で恐ろしいということだけ。

    * * *

 瞋九龍チェンジューロン五行盟ごぎょうめいの盟主ということもあり、瞋砂門しんしゃもんとの距離はさほど遠くはない。
 だからこそ気軽に瞋九龍チェンジューロンは氷を運び込ませたとも考えられる。
 中身が本当に氷だけだったのかは、分からないが。


 強大な火龍を倒したことで名を上げた瞋九龍チェンジューロン瞋砂門しんしゃもん玄烏門げんうもんなどとは比較にならない広さを誇っている。蓬静嶺ほうせいりょうもそれなりに広いものではあったが、瞋砂門しんしゃもんはさらに広かった。さらにいうならば門戸から屋根に至るまで至るところが華やかで豪華、見上げると光る金色に彩られた翹角は、お世辞にも趣味が良いとは言い難い。

瞋砂門しんしゃもんを守る陣法は強固です。無理に突破すればすぐに気づかれてしまいます。僕が中に入ったら、すぐにこの裏口を開けますので待っていて下さい」

 瞋熱燿チェンルーヤオはそう言って正面の門の方へ走っていく。

「なあ、凰黎ホワンリィ。手掛かりは見つかると思うか?」

 瞋砂門しんしゃもんの門壁は高く、近くで見上げると門の向こう側は見えない。ここに来るまでの間に見た絢爛な外観は賑やかではあるがどこか不気味さを感じた。
 鸞快子らんかいしもいなくなり、瞋熱燿チェンルーヤオが門を開けるために消えたいま、残っているのは凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンの二人だけだ。

「そうですね……瞋熱燿チェンルーヤオは見つかって欲しくないでしょうが……。仮に瞋九龍チェンジューロンが何か秘密を抱えているのだとしたら、何かしらの手掛かりは見つかるのではないかと思います」
「なんでそう思う?」
「彼は繊細な性格ではありません。豪快で大雑把で、隠し事を完璧にやり通すことには向いてはいないでしょう」
「な、なるほど……」

 凰黎ホワンリィ嶺主りょうしゅ代理としてたびたび五行盟ごぎょうめいの集まりにも参加していた。だからこそ分かる部分もあるのだろう。
 五行盟ごぎょうめいに火龍の件で助けて貰うように頼むつもりでやってきたはずが、どうしてこうなったのか。

 しかし、火龍を倒したはずの瞋九龍チェンジューロンが、火龍にとって利になる行動をしているようにも取ることができる。いずれにせよ真偽をはっきりさせないことには、五行盟ごぎょうめいに火龍のことを話せない気がしたのだ。
 小さな物音に構えると、裏口の扉が開く。顔を出したのはとうぜん瞋熱燿チェンルーヤオだ。

「お二人とも、遅くなってすみません。中の見回りは僕が把握していますので、静かにどうぞ」
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