【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇

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五趣生死情侣们(恋人たち)

135:震天動地(四)

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「では黒炎山こくえんざんでの二人の様子はどうだった?」

 どうと言われても煬鳳ヤンフォンは困ってしまう。あのときは翳黒明イーヘイミンと戦っていたから煬鳳ヤンフォンも多少なりとも霊力を使用した。同様に翳黒明イーヘイミン煬鳳ヤンフォンたちと戦い、翳炎えいえんを含んだ火山の熱気を吸収して取り付いていた体を失ってしまったのだ。
 あのとき彩鉱門さいこうもん彩菫青ツァイジンチンがいなかったら、翳黒明イーヘイミンは今頃どうなっていたか分からない。

「二人はお互い霊力を使って戦いましたし、黒炎山こくえんざんの火山には翳炎えいえんが宿っていますから、翳黒明イーヘイミン煬鳳ヤンフォンも常に影響を受けていたと思います。煬鳳ヤンフォンはあらかじめ霊力を極力使わないように呪符を用意していはずなのに、想定よりも体の熱は上昇しました」
「……そう言われれば。あれが普通だと俺は思ってたけど……」

 凰黎ホワンリィに言われるまでそうとは思わなかったが、確かに黒炎山こくえんざんの影響を受けてか熱の上昇は特に大きかったような気がする。
 翳黒明イーヘイミンと戦ったときは、それを逆に利用して彼の体を崩すことに成功したのだ。

「つまり――私が言いたいのは、黒炎山こくえんざんの動きと二人の熱の上昇はある程度関係があるのではないか、ということだ。もしもいま、黒炎山こくえんざんで地震が起きているのだとしたら、間違いなくそれは正しいということ」

 鸞快子らんかいしはそう言うと、燐瑛珂リンインクゥに「紙はあるか?」と尋ねる。ほどなくして燐瑛珂リンインクゥ凰神偉ホワンシェンウェイと共に大きな紙と筆を持って戻ってきた。

「少し情報を纏めてみようか」

 鸞快子らんかいしは広げた紙に慣れた手つきで筆を走らせる。なにを描くのかとその様子を見ていたが、それが何であるかは煬鳳ヤンフォンにもすぐに分かった。

「これ、睡龍すいりゅうだ!」
「そう。睡龍すいりゅうを含めた……大雑把な九州の図。まずここが鉱山が崩落した揺爪山ようそうざん。鉱山が崩落したのは地震によるものだが、噂では鉱夫たちは誰一人生きてはおらず、みな干からびた骨のようであったとか」

 朱の筆に持ち替えて鸞快子らんかいし揺爪山ようそうざんの場所に名前を書き印をつける。
 しかし、何度聞いても揺爪山ようそうざんでの話は不気味で仕方がない。煬鳳ヤンフォンは実際の状態を見てはいないが、鸞快子らんかいしが下調べもなしに言うとは思えない。だから恐らくそれは事実なのだろう。

「そしてここが、睛龍湖しょうりゅうこ。確か一晩にして湖の水はおろか周囲の木々も水を吸い取られたように枯れ果ててしまったとか」

 湖の水……と言われたところで煬鳳ヤンフォンはぎくりとしたが、鸞快子らんかいしは他の湖のことには触れなかった。

(危ない危ない……これで雷靂飛レイリーフェイとかいたら絶対に他の湖のこととか言ってきただろうな……)

 などとつい考えてしまう。

「私が調べた情報だが、他にはここ、垂州すいしゅうにある肱流峰こうりゅうほう胴丘どうきゅう。ここでも規模は小さいがやはり地震のようなものがあったそうだ。不思議なことに、地震のあとはどちらも睛龍湖しょうりゅうこのように辺りの緑が消えてしまったらしい」
「つまり、特定の地震があったあと、その場所はどこも緑が枯れるってことか?」
「まあ、そう考えてもいいだろう」

 煬鳳ヤンフォンの問いかけを鸞快子らんかいしは肯定する。
 煬鳳ヤンフォンたちが知ることになった揺爪山ようそうざんでの一件は、たまたま鉱夫が閉じ込められたことで五行盟ごぎょうめいの知るところとなったわけだが、そうでなければ全てを把握することは難しい。

(こんなにあちこちで地震が頻発していたなんて……)

 しかも本当にほんの半月、ひと月には満たないほどの短期間の話だ。
 鸞快子らんかいしは続けて筆をとり、地図の一点を指し示す。

「それから、ここも以前地震があった場所だ。……そういえば、以前煬鳳ヤンフォンからこの龍の尾について尋ねられたことがあったな。それがこの場所だ」
「あっ! もしかして!?」

 鸞快子らんかいし辰尾江しんびこうの名を書き込んだところで煬鳳ヤンフォンは声をあげた。

「どうしたのですか? 煬鳳ヤンフォン

 煬鳳ヤンフォン鸞快子らんかいしの書いた文字を指差して凰黎ホワンリィに見せる。

「うん、凰黎ホワンリィ。見てくれよ。ほらここ……小黄シャオホワンの言ってた『尻尾』だろ?」

 煬鳳ヤンフォンの言葉にみなが一斉に地図を覗き込んだ。その場所は睡龍すいりゅうの端、冽州れいしゅうの最北端の場所にあったのだ。

「ほら、『辰尾江しんびこう』って、どう見ても龍の尻尾ってことだろ?」
「言われてみれば、確かにそのような気がしますね。鸞快子らんかいし、この場所で地震が起きたのはいつのことですか?」

 凰黎ホワンリィに問われ、鸞快子らんかいしは「ほんの半月ほど」と言う。それは概ね煬鳳ヤンフォンたちが玄烏門げんうもんで地震に遭遇したあの時期と重なっている。

「一説によると倒れ伏した火龍の尾がつけた跡が河となったという」
「そうか……尾ってやっぱり、そういうことだったのか」

 鸞快子らんかいしの言葉により、煬鳳ヤンフォンは確信した。やはり小黄シャオホワンが言っていたのはこのことだったのだ。

「待ってください。……それなら『睛龍湖しょうりゅうこ』も龍の瞳ですよ」

 凰黎ホワンリィの口調は強張っている。どうやら凰黎ホワンリィはなにかに気づいたらしい。その表情は心なしか青ざめているように見えた。

凰黎ホワンリィ、どうしたんだ?」
「見て下さい。辰尾江しんびこう睛龍湖しょうりゅうこ揺爪山ようそうざん……これら全て龍の部位を表しているのではないでしょうか。ええと……つまり、睡龍すいりゅうである由来というのは、もともと五行盟ごぎょうめいの盟主、瞋九龍チェンジューロンが火龍を倒したときに龍が倒れ伏したことから来ています。そして倒れた龍は動かすこともできずそれが時間をかけて山となり大地となりました。……その龍の部位に纏わる場所で異常が起こっているということは、鸞快子らんかいしが会った国師こくしの言う『睡龍すいりゅうの危機』に他ならないのではないでしょうか?」

 凰黎ホワンリィの言葉に一同は言葉を失った。
 聞けば聞くほどそれ以外に考えられないと思ったからだ。

「ま、待ってくれ。そうだとしても黒炎山こくえんざんは何も関係ないんじゃないか? だって黒炎山こくえんざんには龍の名前なんて――」
「いや。黒炎山こくえんざんは正しい山の名ではない。人々によってそう呼ばれるようになっただけだ」

 驚いて煬鳳ヤンフォンが言った言葉を遮るように凰神偉ホワンシェンウェイが口を開く。

黒炎山こくえんざんはもともと別の名であったはずだが、黒冥翳魔こくめいえいまを火口に封じたことで火山の炎が翳炎えいえんを取り込み勢いを増した。その炎を見て人々はあの山を『黒炎山こくえんざん』と呼んだのだ」
「つまり、兄上はあの黒炎山こくえんざんにも別の名があると仰りたいのですね?」
「その通りだ。そして、もしも関係があるとしたら――黒炎山こくえんざんの活動に合わせて二人の翳炎えいえんの力が影響を受けているのではないか。つまり、黒炎山こくえんざんはいま、火山が活発化しているのではないかということだ」

 凰黎ホワンリィは振り返ると煬鳳ヤンフォンに問いかける。

煬鳳ヤンフォン黒炎山こくえんざんに住んでいたのは、今この場所には貴方しかいません。……あの場所がもとは何という名前であったのか、思い出せませんか?」
「ええっ、ううん……そうは言っても子供だったからな……」

 煬鳳ヤンフォンは必死で子供のころの記憶を手繰り寄せようと試みた。

(ええと……確か、鋼劍こうけんの村でそれっぽいのが書いてありそうな場所は……)

 かつての村人たちの様子を一つ一つ思い返す。彼らは鍛冶を生業にしていたため、火山の熱を利用していたはずだ。

「ええと……なにかあったかな……。あっ! そういえば」
「思い出せましたか?」

 煬鳳ヤンフォンの手を凰黎ホワンリィが握っている。凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンに関わることだけに必死なのだ。

「えっと、まだ全然。でも、確か村の人たちがこの山は神様が眠っているからって言って、なにか祀っていたんだよ。……あれはなんだったかな……。長老はいつも欠かさずにそこでお祈りをしてたんだ。ええと……」

 なにぶん煬鳳ヤンフォンが五つか六つのころなのだ。凰黎ホワンリィならともかくとして、当時の煬鳳ヤンフォンはまだ文字が読めなかったのだ。

『……火龍廟』

 煬鳳ヤンフォンの肩に乗っていた黒曜ヘイヨウがおもむろに口を開いた。みなその言葉に愕然として、そしてもう一度黒曜ヘイヨウを見る。

煬鳳ヤンフォンは子供だったから文字なんか読めなかっただろうが、俺は読めたからな。……ただ、いまのいままでそれが何なのか考えたこともなかったし、忘れていた。……しかし、龍に関係があることは分かったが、山の名前までは俺もさすが分からない』

「いえ、それだけでも十分すぎるほどの収穫です。感謝します、黒曜ヘイヨウ

 安心したわけではないのだろうが、それでも一歩前進したことに凰黎ホワンリィは表情を緩ませた。

「根を詰めすぎてはいけない。果報は寝て待てと、そう言うであろう?」

 そう言ったのは拝陸天バイルーティエンだ。しかし、寝て待ってやってくる果報と来ない果報というものが世の中にはあるだろう。

陸叔公りくしゅくこう……いくらなんでも、黒炎山こくえんざんの名前は待ってても出てくるわけがないよ」

 さすがそれは無理があると、煬鳳ヤンフォン拝陸天バイルーティエンを窘める。拝陸天バイルーティエン煬鳳ヤンフォンの言葉にも笑顔を崩さない。

「そうでもないぞ? 実は私は、魔界まかいの皇帝だ。この先に起こることが少しわかる。……凰神偉ホワンシェンウェイほどの人物ならば、既に誰か黒炎山こくえんざんの名前について調べに行かせているのではないか?」
「……その通りです。先ほどすぐに恒凰宮こうおうきゅうの記録を調べに行かせました」

 驚いた顔で凰神偉ホワンシェンウェイ拝陸天バイルーティエンの言葉に頷いた。よくよく見てみれば、燐瑛珂リンインクゥの姿が見当たらない。いつの間にか凰神偉ホワンシェンウェイは彼を資料の捜索に向かわせたようだ。
 ただ、『未来が分かる』というのは大げさだろう。
 恐らくは凰神偉ホワンシェンウェイ燐瑛珂リンインクゥに命じたところをみていただけなのだ。

「ごめんね、僕。みんなの役に立てなくて……」

 みなの話を聞いていた小黄シャオホワンが突然泣きそうな声で言う。煬鳳ヤンフォンは驚いて小黄シャオホワンのもとに駆け寄ると抱きしめた。

「なに言ってるんだ! 小黄シャオホワンはそんなに思いつめなくたっていいんだぞ! みんなが調べてるから、すぐに分かるって!」
「でも……」

 うるうると瞳を潤ませたあと、ぼたぼたと涙を小黄シャオホワンは零す。

「ごめんな。小黄シャオホワンは時々すごいことを言うから、つい期待しすぎちゃったんだ。でも、言えなくても俺たちは全然気にしないし、お前も気にしないでくれ。いいな?」

 煬鳳ヤンフォンの肩から黒曜ヘイヨウ小黄シャオホワンの肩に飛び移る。黒曜ヘイヨウは鳥らしい仕草で小黄シャオホワンの頬にすりすりと頬ずりをして慰めているようだ。

「う、うん……」

 腕の中に滑り落ちた黒曜ヘイヨウをしっかりと抱きしめ、ようやく小黄シャオホワンは落ち着いたらしい。瞳は泣いたことで赤くなっていたが、それ以上涙を零すことはなかった。

黒曜ヘイヨウもやるじゃないか。小黄シャオホワンがちゃんと泣き止んだ)

 さすが煬鳳ヤンフォンが子供のころから一緒に生活してきただけのことはある。


    * * *

「見つけました!」

 それから暫くたったころだ。みなが心を落ち着けるために凰黎ホワンリィが淹れてくれた茶を飲んでいると、燐瑛珂リンインクゥが駆け込んできた。普段の冷静な彼からは想像もつかないほど大急ぎで報せに来たらしい。

「急がせて悪かったな」
「いえ、ことがことですので……」

 すかさず燐瑛珂リンインクゥのことを凰神偉ホワンシェンウェイがねぎらう。

「それで、どうだった?」

 燐瑛珂リンインクゥは「はい!」と姿勢を立て直すと筆をとる。

黒炎山こくえんざんはかつて、『顱擡山ろたいざん』という名だったそうです」

 鸞快子らんかいしの書き込んだ地図の、黒炎山こくえんざんの場所に燐瑛珂リンインクゥは書き込んだ。
 その様子を鸞快子らんかいしはじっと見つめている。


「『龍のこうべもたげる山』……そうか、睡龍すいりゅうの頭は黒炎山こくえんざんにあったのか……」


 鸞快子らんかいしから紡がれたその言葉。
 よもや眠れる龍の頭がその場所にあるなど、誰も思いはしなかったのだ。

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