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旧雨今雨同志们(古き友と今の友)

109:受付来訪(三)

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瞋熱燿チェンルーヤオ

 意を決したような声で鸞快子らんかいしが言った。瞋熱燿チェンルーヤオが彼の方を見れば「こちらへ」と彼は言う。鸞快子らんかいしは一体何を考えているのか?その心は煬鳳ヤンフォンにはわからない。
 鸞快子らんかいしが彼の背に手を当てると、淡い翠の光が彼から立ち昇った。

「わっ!?」

 一陣の風が周囲に巻き起こり、鸞快子らんかいしの掌から放たれた光は瞋熱燿チェンルーヤオの体を包み込む。風を受け部屋の中にあったものが舞い上がり、はらはらと地面に落ちる。
 ほどなくして淡い光は消え、あとには妙にすっきりした顔の瞋熱燿チェンルーヤオの姿が残った。

「い、いまのは……? 何が……?」

 瞋熱燿チェンルーヤオはきょろきょろと自分の体を見回すが、やはり何が起こったのかわからないようだ。

鸞快子らんかいしは貴方の霊脈に絡みつく影を取り払ってくださったのですよ」

 何が起こったかわかっていない瞋熱燿チェンルーヤオに、凰黎ホワンリィが言った。

「そう。……実は、先ほどから気づいていたのだが、はっきりしたことがわからなかったので、どうすべきか迷っていた。恐らく君の一族には、生まれつきもしくは生まれてすぐに、霊脈に何かが憑りついたことにより力の大半を封じられてしまったようだ」
「えっ!? で、でも、いままで誰にもそんなこと言われませんでしたよ!?」
「影は気づかれ難いよう、とても慎重に見つけ辛い場所に絡みついていた。恐らく気づくことができるのは相当修為が高い人物か、それとも――この影を君たちに仕込んだ張本人くらいだろう」

 その言葉にみなが息をのむ。さきほどなぜ鸞快子らんかいし瞋熱燿チェンルーヤオの体の不調を取り去ってやらなかったのかと思っていたのだが、万に一つでも彼の力を封じた者が気づいたときのことを考え、そのことをどうやって伝えるかを考えていたようだ。

「もしも今後、それとなく君にそのことを聞いてくる者がいたら。間違いなくその人物が犯人だということだ。あるいは君のお爺様が倒したという、睡龍に横たわる火龍の呪詛であるかもしれないが」
「……は、はい」

 龍の言葉にびくりと体を震わせ、慎重に瞋熱燿チェンルーヤオは頷く。

「これからは上手くいかないと思っていたこと全て、武術でも術でも何でも上手くいく。だから怪しいものがいたら、迷わず全力で力を使いなさい」
「あ、有り難うございます。鸞快子らんかいし様」
「なに――礼には及ばない。もしも借りを返す気があるのならば、いつかのときに必ず力を貸して欲しい」
「……」

 いつかなのか、借りを返す気がなければ返さなくてもいいのか。必ず力を貸してくれというからには絶対なのではないか。色々なことを煬鳳ヤンフォンは思ったが、敢えて突っ込むことは止めておいた。

 子供の扱いには慣れていないのか、小黄シャオホワンに懐かれぎこちないやり取りを繰り返した瞋熱燿チェンルーヤオは、玄烏門げんうもんで暫くの間過ごしたのち、帰路につくことにした。

「あまり遅くなると盟主様に何をしていたのかと問い詰められてしまいますから」

 そう答えるということは、恐らく蓬静嶺ほうせいりょうでの見舞いをいい感じに終えたことにして玄烏門げんうもんでのやり取りは伏せておくつもりなのだろう。言われて困るようなことは何もしなかったつもりではあるが、なにせ煬鳳ヤンフォン瞋砂門しんしゃもんからはよく思われていない身の上だ。瞋熱燿チェンルーヤオがそう言ってくれたことに内心ほっとした。

チェン大哥にいに、またお話きかせてね」

 凰黎ホワンリィの腕の中からにこにこ手を振る小黄シャオホワンは、瞋熱燿チェンルーヤオに本を読み聞かせてもらってご機嫌だ。慣れぬ子供とのやり取りに四苦八苦してはいたが、だからといって彼は決して小黄シャオホワンを邪険にはしなかった。

「うん、またね。小黄シャオホワン

 やはりぎこちない微笑みで、ぎこちなく手を振る瞋熱燿チェンルーヤオ。最初こそ招かれざる客ではあったが、とんでもない血筋に生まれたゆえの苦労が見え隠れする瞋熱燿チェンルーヤオの姿になんだか妙に親近感を覚えてしまった。

「では皆さま、お世話になりました。盟主様と五行盟ごぎょうめいの方には、良い感じに伝えておきますのでご安心を」

 その言葉尻に秘められたものが『もしかしたら彼は、蓬静嶺ほうせいりょう嶺主りょうしゅが倒れたというのは嘘であると見抜いたのでは』という予感を感じさせる。しかし当然ながらわざわざそんなことを問いただしたりはしない。
 瞋熱燿チェンルーヤオはひととおり丁寧に挨拶を済ませると「では」とみなに背を向ける。

「……」

 歩き始めて二歩三歩。何故だか瞋熱燿チェンルーヤオが足を止めた。

瞋熱燿チェンルーヤオ?」

 再び歩き始めてやはり三歩四歩。やっぱり彼は足を止める。

「……………………………………」

 煬鳳ヤンフォンの呼びかけに彼は返事をしなかったが、じっと俯いたままの姿は何かを悩み考えているように見えた。
 はっと瞋熱燿チェンルーヤオが振り返る。かと思うと思いつめたような顔で煬鳳ヤンフォンたちの元へ駆け寄ってきた。

「なんだなんだ!?」
「どうしたのですか? 瞋熱燿チェンルーヤオ

 驚く煬鳳ヤンフォンに、問いかける凰黎ホワンリィ小黄シャオホワンだけ一人瞋熱燿チェンルーヤオが戻ってきたことに喜んでいる。

「……あの、あの……!」

 息を切らせながらも、なお瞋熱燿チェンルーヤオは言葉を紡ぐ。

「また、来ても良いですか?」
「は!?」
「こんどは、五行盟ごぎょうめいからの要請でも大爺様の命令でもなく……その、皆さんに会いに来ても良いですか?」

 そんなことを言うためにあんなに思いつめた顔をしていたのか。
 あの表情の意味に気づいて煬鳳ヤンフォンは思わず噴き出した。ぐるりと玄烏門げんうもんのみんなと、そして凰黎ホワンリィと、遠くで見ている鸞快子らんかいしに目を向け『いいよな?』と片目を瞑って合図を送る。

「あったり前だろ! 遠慮なんかすんなよ! 小黄シャオホワンも会いたいって言ってるんだしさ」

 煬鳳ヤンフォンの言葉に小黄シャオホワンもこくこくと頷く。
 それを見た瞋熱燿チェンルーヤオの顔は、梅のように赤く染まる。今日初めて蓬静嶺ほうせいりょうの前で会ったときの死人のような顔とは全く違う、晴れやかで爽やかないい笑顔だった。

    * * *

 瞋熱燿チェンルーヤオはこんどこそ五行盟ごぎょうめいへと向かうため玄烏門げんうもんをあとにした。
 何度も何度も振り返るその姿が、煬鳳ヤンフォンたちとの別れを惜しんでいるようで、なんだか昔からの友であるかのような気持ちになってしまう。

「彼は、もしかしたら嶺主りょうしゅ様が倒れたというのは嘘であることに気づいたかもしれませんね」
「やっぱり凰黎ホワンリィもそう思うか?」
「思ったことも大概心のうちに押し込める性格のようですから、多くは語りませんでしたけど。自分で言うほど彼は無能ではないと思います。小黄シャオホワンに字を教えてあげたときの文字も見ましたが、整然としたとても綺麗な文字でした。きっと普段から努力を重ねているのでしょう」

 嘘を見抜かれたかもしれないというのに、凰黎ホワンリィの言葉は落ち着いている。それは多分、煬鳳ヤンフォンと同じで瞋熱燿チェンルーヤオ五行盟ごぎょうめいにそのことを告げるつもりがないとわかっているからなのだろう。

「なんか、良い奴だったな。思いのほか」
「ええ、本当ですね」

 煬鳳ヤンフォンの言葉に凰黎ホワンリィは微笑む。
 瞋熱燿チェンルーヤオを見送ったあと、煬鳳ヤンフォンたちは玄烏門げんうもんに戻り再び客室でひざを突き合わせている。善瀧シャンロン玄烏門げんうもんの荒くれものたちと共に夕餉の支度をするために厨房へと消えていった。

 夜真イエチェン彩藍方ツァイランファン清粛チンスウを夕餉に誘うため、蓬静嶺ほうせいりょうに向かったらしい。

 客室にいるのは煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィ鸞快子らんかいし、そして鸞快子らんかいしの膝の上にいる小黄シャオホワンだけ。本来は子供の小黄シャオホワンをこの場に呼びはしないのだが、鸞快子らんかいしがやってきた理由の一つに『小黄シャオホワンと話をしたい』という要望があったため、小黄シャオホワンも部屋に残ることになったのだ。

 煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィの膝に座る小黄シャオホワンの前に屈みこむと、頭を撫でる。

「なあ、小黄シャオホワン。お前に聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「なあに? ヤン大哥にいに

 黄金色の睫毛を瞬かせて小黄シャオホワンが見上げる。大きな瞳は星があるかのように輝いていて、じっと見つめていると吸い込まれそうだ。

「あのな、初めてお前が玄烏門げんうもんに来たとき、地震があっただろ?」
「うん」
「あのとき『尻尾』って言ったの覚えてるか?」

 煬鳳ヤンフォンの言葉に小黄シャオホワンは暫く考えるも、やはり静かに首を振る。ある意味それは予想通りではあった。

(そうだよな、あの時聞いたときもわからないって言ってたし、何より口調も別人みたいだったしな……)

 あの時見せた小黄シャオホワンの様子は一体何だったのか。夜真イエチェンにそれとなく観察をして貰ってはいるが、小黄シャオホワンの言動が普段と違っていたのは地震のあった、ただ一度だけだった。
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