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旧雨今雨同志们(古き友と今の友)

108:受付来訪(二)

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 落ち着きなく視線をうろうろさせたあと、瞋熱燿チェンルーヤオは面倒そうに口を開く。

蓬静嶺ほうせいりょう嶺主りょうしゅ様が倒れたとうかがい、五行盟ごぎょうめいおよび瞋砂門しんしゃもんを代表して見舞いに行くようにと大爺様……チェン掌門しょうもんから命じられました」

 寝台の上で体を半分起こした静泰還ジンタイハイに、瞋熱燿チェンルーヤオは拱手した。チェン掌門しょうもんとは言わずもがな瞋九龍チェンジューロンのこと。もし挨拶にやってきたのが瞋九龍チェンジューロン当人であったのなら、このような配慮のある振る舞いはしなかっただろう。

「遠方よりはるばる見舞いに来てくださり、静泰還ジンタイハイがお心遣いに感謝していたと盟主様にはお伝えください」

 静泰還ジンタイハイの横には診察用の道具を置いた清粛チンスウが座っている。いかにも『先ほどまで嶺主りょうしゅの体調を診察していた』といった雰囲気だ。

 瞋九龍チェンジューロン五行盟ごぎょうめいで過ごすことが多いそうだが、瞋砂門しんしゃもん恒凰宮こうおうきゅうと同じ冽州れいしゅうの南東にあるそうだ。瞋熱燿チェンルーヤオ五行盟ごぎょうめい本部からやってきたのか、それとも瞋砂門しんしゃもんの地からやってきたのか、どちらかはわからない。しかし、確かに瞋熱燿チェンルーヤオ瞋砂門しんしゃもん掌門しょうもんの一族であるのだが、見舞い役としては本当に彼が適役なのか?という疑問も残る。

「承知いたしました。盟主様には必ずお伝えいたします。まだ回復されていない中で押しかけてしまったこと、お詫びいたします」

 しかし瞋熱燿チェンルーヤオの言葉を聞いて、それが瞋九龍チェンジューロンの意図的な配慮であったのかはさておき、やはり今日見舞いに来てくれたのが彼で良かったと煬鳳ヤンフォンは思った。
 最初の印象こそ陰気で面倒な相手ではあったが、彼は他人に対する礼儀と思いやりというものをちゃんと心得ている。

「では見舞いも済んだので私はそろそろ失礼します」
「え、もう!?」

 二言三言言葉を交わしたあと、殆ど時間も経たぬうちに瞋熱燿チェンルーヤオがそう切り出したのものだから逆に煬鳳ヤンフォンたちのほうが驚いた。実のところ、五行盟ごぎょうめい静泰還ジンタイハイが倒れたことを訝しく思って探りを入れにやってきたと思ったのだ。

 瞋熱燿チェンルーヤオからはそういった感情は見えないが、しかし霆雷門ていらいもん清林峰せいりんほうで行動を共にしたときの雷靂飛レイリーフェイの件もある。煬鳳ヤンフォン鸞快子らんかいしにそれとなく目くばせをすると、鸞快子らんかいしは『大丈夫だ』と頷く。
 彼の目から見てもそういったものがないということは、単に今回は本当に見舞いに来ただけのようだ。

「はっきり言って、僕が嶺主りょうしゅ様とお話しできることなどありませんから。なにせただの受付ですから」

 そして事あるごとにやはり自分を卑下している。偉大な先祖が現在もなお威光をいかんなく発揮しているというのに、子孫である彼は他の門弟たちより下に扱われている。受付、という位置に据えられていることからもそれは見て取れるというものだ。

(だからこそ余計に自分に自信が持てないんだろうなあ……)

 なんだか急に瞋熱燿チェンルーヤオのことが気の毒になってしまい、煬鳳ヤンフォンは彼に思わず声をかけた。

「なあ、俺は五行盟ごぎょうめいじゃないけど、近くに俺の門派があるんだよ。もう帰るってんならついでに少し寄って行かないか? お前の爺さん……盟主様の武勇伝とか聞きたいしさ」

 半分は調査もある。
 しかし同じくらいこの瞋熱燿チェンルーヤオという男がどんな人物なのか、ということも煬鳳ヤンフォンは知りたくなった。

 玄烏門げんうもんの門前で出迎えてくれた強面の門弟たちに瞋熱燿チェンルーヤオは泣き叫び、半ば拉致されるように担ぎ上げられ屋敷に運ばれてしまった。

「相変わらず、あいつらほんとに気が早いなあ」

 屈強で愉快な門弟たちを見ながら煬鳳ヤンフォンは苦笑する。見た目は恐ろしい風体をしているが、気のいい連中だ。いっときは悪さをしたこともあったが、いまではすっかり近隣の村人たちともまあまあいい関係を築いている。

「二人は気づいたか?」

 おもむろに口を開いた鸞快子らんかいしが言ったその意味を、煬鳳ヤンフォンはわからずに聞き返す。

「気づいたって……何をだ?」
瞋熱燿チェンルーヤオの霊脈には絡みつくように何か不可思議な影があったことを、だ」
「えっ!? 霊脈!?」

 人の霊脈など気にしたこともなく、鸞快子らんかいしの言葉に煬鳳ヤンフォンは驚いて思わず声をあげた。慌てて煬鳳ヤンフォンは隣に座る凰黎ホワンリィに問いかける。

凰黎ホワンリィは気づいてたのか?」
「彼と話しているときに何かがおかしいとは感じましたが。ですがまさかそのようなことになっていたとは……ああ、だから彼は武術も術も、思うようにいかないのですね」

 驚き半分、納得半分の顔で凰黎ホワンリィが言った。

「恐らくは。そして……瞋熱燿チェンルーヤオの父君も祖父も、もしかしたら同じ、一族共通の何か病やまじないのような類なのかもしれない。例えば――倒された火龍の呪詛、とか」
「……」

 あるかもしれない――。
 煬鳳ヤンフォンの脳裏にそんな思いがよぎる。
 なにせ、相手は三州に跨がるほど巨大で強大な龍なのだ。倒された恨みつらみで呪詛することは十分に考えられるし、それを行うことが可能な程度の力は持っていただろう。

 ――と、そこまで考えて、そんな龍を眠りにつかせるほどの圧倒的な力を持つ瞋九龍チェンジューロンの人外じみた強さも改めて思い知る。そりゃあ昇仙だって近いと言われるのも無理はないし、本人が望めばいつでもできることだろう。

「ま、まあ……あいつのことは一旦置いておいて! とにかく中に入ろう。みんな待ってるだろうしさ!」

 このままでは埒が明かない。
 煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィの手を引きつつ、鸞快子らんかいしにも「こっちだ」と合図した。



「僕は……いえ、僕たちは才能が無いんです。それこそ掌門しょうもんは伝説に残る方ですが、父も祖父もみな二流どころか三流どまりの実力で、父も祖父も殆ど面倒な雑務ばかりを担当。僕に至っては座っているだけの五行盟ごぎょうめいの受付です」

 玄烏門げんうもんのいかつい門弟たちに囲まれながら、涙混じりに瞋熱燿チェンルーヤオはそう語った。
 煬鳳ヤンフォンの誘いに乗り気ではなかった瞋熱燿チェンルーヤオだったが、小黄シャオホワンの襲来に揉まれ、屈強な門弟たちに揉まれ、やいのやいのと囲まれているうちにある程度気持ちも解れてきたようだ。
 善瀧シャンロン夜真イエチェンが腕によりをかけて作ったという木の実を混ぜた菓子に舌鼓を打ち、上等でもない散茶を嬉しそうに飲み欲した彼は、大きく息をついたあとぽつりと涙を一粒落とす。

「幼い頃は大爺様に追いつこうと必死で努力したこともありました。しかしいくら追いかけても一向に近づくことのない力の距離と心の距離。兄弟子たちからも見下され、耐えることに慣れ切っていました」

 いままで誰にもこういった弱音を吐いたことはなかったのだろう。語りだした彼は、誰が催促するでもなく、ぽつりぽつりと己の心境を語る。

「僕は一門の中ではかなり平凡な能力しかなく、大爺様からも期待されていません。それどころか門派は大爺様一人で足りるほど。とにかく大爺様は老いなど物ともしない勢いと活力で、父も祖父も、いつだって比較されるのは大爺様です。兄弟子たちだって大爺様と比べたら全く追いつくような実力ではありません。それでも我々と比べたら彼らはまだ、瞋砂門しんしゃもんの代表となり得る存在なのです。……僕は、僕たちは大爺様というとてつもない光の中では自ら輝くことなどできないのです」

 あまりにも偉大な存在。
 それが目の前にいつでも立ちはだかるとき、彼はどんな絶望を日々抱いていたのだろうか。もしも煬鳳ヤンフォンが彼と同じ立場であったのなら、やはり瞋熱燿チェンルーヤオと同じように絶望してしまったかもしれない。

「お前も案外大変なんだな」
「僕はまだ我慢すればいいんです。……しかし、いまの瞋砂門しんしゃもんは大爺様一人の力で成り立っています。ありえない話ですが、万に一つでも大爺様がいなくなってしまったら、瞋砂門しんしゃもんは持たないでしょう」
「貴方は、ご自分が虐げられていることよりも、門派の未来を憂いているのですね」

 瞋熱燿チェンルーヤオの話をじっと聞いていた凰黎ホワンリィがゆっくりと彼に語る。その瞳は優し気だ。恐らく彼は煬鳳ヤンフォンと同じように、彼が悪い人間ではないと考えたようだ。

「そんな大層なことではないんです。確かに大爺様は偉大ですよ、素晴らしい方です、それは私だって認めています。……でも、もう少し自分以外を信じて欲しいんです。父を、祖父を……」

 それに、父と祖父のことを思いやる優しい心を持っている。他の瞋砂門しんしゃもんの門弟たちと比べたら随分と真っ当な人間だ。

大哥にいに、優しい良い子、良い子」

 可愛らしい声が、瞋熱燿チェンルーヤオの後ろから聞こえてきた。きょろきょろとみなで見回せば、小黄シャオホワン瞋熱燿チェンルーヤオの後ろに立って彼の頭を撫でている。彼は背丈が小さかったので、完全に瞋熱燿チェンルーヤオの背中に隠れてしまっていたのだ。

「う、うわっ!?」

 突然背後に子供がいたことに驚いて、瞋熱燿チェンルーヤオは振り返り仰け反った。対する小黄シャオホワンはきょとんとした顔のまま、小首を傾げている。

(初めて会ったときはおどおどして泣いてばかりだと思ったけど……玄烏門げんうもんにいる間に随分と逞しくなったもんだな)

 いままでだったら驚いて誰かの後ろに隠れてしまっただろうに、と短い間の小黄シャオホワンの成長ぶりに思わず頬を緩める。
 元来、小黄シャオホワンは警戒心が強い。
 その小黄シャオホワンが彼の方に自ら近寄ったということは……やはり瞋熱燿チェンルーヤオ瞋砂門しんしゃもんの中ではまあまあ信用できる人物なのではないだろうか、と煬鳳ヤンフォンは思う。
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