【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇

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旧雨今雨同志们(古き友と今の友)

107:受付来訪(一)

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「わかった。一緒に行こう。……いいよな? 凰黎ホワンリィ

 念のため煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィにも確認を取る。

「もちろんです。翳冥宮えいめいきゅうには翳黒明イーヘイミンの存在が必要不可欠ですが、それでも掌門しょうもんのお気持ちを考えればツァイ公子の気持ちは当然のこと。彼がどう言うかはわかりませんが、我々が彼に話しましょう」
「有り難う、ホワン殿。助かるよ」
「助けられているのは、こちらの方ですから」

 そう言って凰黎ホワンリィは微笑んだ。

嶺主りょうしゅ様、大変です!」

 蓬静嶺ほうせいりょう門弟の一人が慌ただしく煬鳳ヤンフォンたちが集まる部屋に駆け込んで来た。ただならぬ慌てぶりに何事かとみながその門弟に視線を向ける。

「どうした? 何かあったのか?」
五行盟ごぎょうめいからの見舞いとして瞋砂門しんしゃもんの門弟が来ました! 嶺主りょうしゅ様に面会をしたいと言っています。いま、みなが足止めをしておりますが、そうそう引き延ばすことはできません。急いで部屋に戻られた方が良いのではないかと……!」

 焦る門弟は時折つかえながらも、静泰還ジンタイハイに訴えた。表向き彼はいま、倒れたということになっている。元気に煬鳳ヤンフォンたちと客室にいれば怪しまれるだろう。
 どうする、とみなの視線が交錯する。
 真っ先に口を開いたのは、意外にも清粛チンスウだった。

嶺主りょうしゅ様は部屋に戻って寝てください。は嶺主りょうしゅ様の診察をしているふうを装います。ですが、彩藍方ツァイランファン五行盟ごぎょうめいの方には姿を見られない方が良いと思いますので……」

 どうすべきか、と彩藍方ツァイランファンの方を清粛チンスウは見る。一目見て彩藍方ツァイランファンのことを彩鉱門さいこうもんの弟子であると見抜けるものはそういないだろうが、変に覚えられて彩鉱門さいこうもんのことを知られては不味いと考えたのだろう。

「いま外に出ると逆に見つかる可能性もあります。万が一のときはいつでも外に出やすい場所の部屋へ案内しましょう」

 清粛チンスウの言葉を受けて塘湖月タンフーユエがすぐさま立ち上がる。
 煬鳳ヤンフォンは己にも何かできないものかとを考え、ひとつ閃いた。

「なら、俺と凰黎ホワンリィは見舞いに来たていを装ってその瞋砂門しんしゃもんの奴を一緒に出迎えるよ。適当に話を合わせたら、そいつを蓬静嶺ほうせいりょうから連れ出すから。な? 凰黎ホワンリィ
「ええ、そうしましょう。我々はそういうの、得意ですものね?」

 半ば瞋砂門しんしゃもんへの嫌がらせじみた煬鳳ヤンフォンの言葉ではあったが、それでも満足そうに凰黎ホワンリィは目を細める。恐らく彼はいま、心から煬鳳ヤンフォンの言葉を喜んでいるのだ。
 言ってることは大概なのだが、その微笑みが美しい。

「私は五行盟ごぎょうめいで働いている身。堂々と瞋砂門しんしゃもんからの使者を出迎えようかな」

 にこりと笑みを煬鳳ヤンフォンたちに向けながら鸞快子らんかいしは言う。そういえば彼は完全に煬鳳ヤンフォンたちの味方でありながら五行盟ごぎょうめい側の人間でもあるのだ。

(こういうときだけちゃっかり五行盟ごぎょうめいであることを上手く使うんだよな……)

 とは言ったものの、鸞快子らんかいしには何度も助けられ、五行盟ごぎょうめいでも矢面に立って煬鳳ヤンフォンたちのことを庇ってさえくれたのだ。馬鹿正直だけな人間では悪意を持った人間を跳ねのけ、傷つかぬようかわすことは至難の業。
 それができる程のしたたかな人間だからこそ、心強いのだと煬鳳ヤンフォンは思い直した。

    * * *

「どうも。……五行盟ごぎょうめい瞋砂門しんしゃもん瞋熱燿チェンルーヤオです」


 蓬静嶺ほうせいりょうの山門でたった一人立っていた覇気のない顔の若者は、ボソボソと消え入りそうな声で名乗った。まるで墓から抜け出してきたような顔だ――思わずそんな考えがよぎる。しかし、死んだような顔だからといって、顔色が特段悪いというわけではない。ただ生気がないというか、仮にも瞋砂門しんしゃもんの門弟だというのにおよそ武術を嗜む者には見えぬ風体。

 相手を言い負かす気満々で相手を出迎えた煬鳳ヤンフォンたちは、予想を大幅に裏切る男の様相に暫し言葉を失った。

 見た目は二十代そこそこだが、不健康そうな痩せ方に加えてひょろっと伸びる背丈。地に足着いた感じもないふわふわした立ち方は、やはりおよそ武術を嗜む者には見えない。

 更にいえば、全く印象に残らない地味な顔。
 眼光は鋭くはないが目つきは悪い。例えるなら、自分に対して自信がなさそうな顔をしている。おまけに目が悪いのか終始しかめっ面をしたまま。これでは敵意を向けられているのかと勘違いしてしまいそうだ。

 瞋砂門しんしゃもん掌門しょうもん五行盟ごぎょうめいの盟主こと『火龍殺かりゅうさつ瞋九龍チェンジューロン』であることは五行盟ごぎょうめいのことを知る者ならば大概の人間は知っている。

 では瞋砂門しんしゃもんには他に誰がいるのか?
 といえば、名前を挙げることができる者は殆どいないだろう。
 それほどまでに瞋九龍チェンジューロンの存在は強大であり、逆に彼の一族ですら、彼以外の者たちはその威光に隠れて日が当たることはないのだ。

「えっと……ちょっとよく聞こえなかったみたいだ。もう一度名前を聞いても良いか?」

 煬鳳ヤンフォンは聞き間違えたのではないかともう一度、彼に名前を尋ねる。

瞋砂門しんしゃもん瞋熱燿チェンルーヤオですが」

 もう一度沈黙が訪れる。こんどはいま聞いた名前をゆっくりと咀嚼する時間だ。それ程には彼の名前は衝撃的なものだった。

「………………チェン!? ってことは、瞋九龍チェンジューロンの子孫ってことか? でも、俺たちが五行盟ごぎょうめいの会合に参加したときにいた瞋砂門しんしゃもんの門弟にチェンなんて付くやついたっけか?」

 彼の名字を聞いて、煬鳳ヤンフォンは驚いて尋ねた。

「私が覚えている限り、一度もありませんね……。いえ、かなり昔にいたようないなかったような……嶺主りょうしゅ様の古い手紙にそのような名があったようななかったような……」

 どうやら凰黎ホワンリィすらその存在を思い出すことができないようだ。
 瞋熱燿チェンルーヤオはすこし不貞腐れたような顔でぼそぼそと語る。

「それは多分、祖父です」
「祖父!? 爺ちゃんってことか!?」
「はい、そうです。五行盟ごぎょうめいの雑務を担当していたそうなので」

 瞋熱燿チェンルーヤオは半開きの瞳をチラリと煬鳳ヤンフォンたちに向け不満げに頷く。仮にも火行瞋砂門しんしゃもんといえば、戦いに掛けては右に出る者もいないとまで謳われる名門中の名門だ。
 それもひとえに瞋九龍チェンジューロンの威光の賜物ではあるのだが、瞋九龍チェンジューロンの血筋であるにもかかわらず雑務担当というのはいささか疑問が残る。

「じゃあ、お前は五行盟ごぎょうめいで何をやってるんだ?」
「…………………………受付です」

 長い沈黙のあと瞋熱燿チェンルーヤオは無我の境地に達したような表情でそう言った。

「…………………………え?」

 長い時間をかけて彼の言った言葉をかみ砕いて反芻した煬鳳ヤンフォンは、もう一度彼に聞き直す。あまりに信じられない言葉であったので、聞き間違えか揶揄われているのではないかと思ったのだ。

「ですから、……受付です」
「その……受付って、五行盟ごぎょうめい本部の入り口で座ってる、アレか?」
「だから、そうですって」
「……」

 再び沈黙が場を支配する。

瞋砂門しんしゃもんの公子なのに!?」
「……僕だって気にしてるんです。仕方がないでしょう。掌門しょうもん様は根っからの実力主義者な上、僕も父上も祖父上も、どちらかといえば荒事には向かない体格で、並みいる瞋砂門しんしゃもんの師兄たちと比べたら足元にも及びませんから」

 天下の瞋砂門しんしゃもんの公子がこうまで自分を卑下して言い切ってしまうのは、いささか気の毒だと煬鳳ヤンフォンは思う。しかし煬鳳ヤンフォン玄烏門げんうもん自身が実力主義の門派であり、煬鳳ヤンフォンもまた実力で掌門しょうもんにのし上がった人間なのであまり人様のことに口出しできる立場でもない。

「そういえば……、五行盟ごぎょうめい本部の受付にいたようないなかったような……」

 これまた凰黎ホワンリィもやはり首を捻るばかり。
 それほど彼は、天才的に彼は印象に残らないのだ。ある意味これも才能なのではないか……などと思ってしまう。

「……あなたたち、僕に喧嘩売ってるんですか」

 いい加減にしろとばかりに、瞋熱燿チェンルーヤオが低い声で唸る。だがしかし、ある意味これは優れた才能の一つといっても過言ではないだろう。
 本人の希望はさておいて。

「こらこら、わざわざ瞋砂門しんしゃもんチェン公子が嶺主りょうしゅ様の見舞いに来てくださったのだ。一先ず挨拶だけでもしなければ立つ瀬がないだろう。いつまで立ち話をしている気だ?」

 鸞快子らんかいしの言葉ではっと気づく。あまりに瞋熱燿チェンルーヤオが意外過ぎる人物だったため、すっかり彼が客であることをみな忘れてしまっていた。

 とはいえ――この影の薄い瞋熱燿チェンルーヤオ煬鳳ヤンフォンは彼のことがさほど嫌いではないとも思っている。瞋砂門しんしゃもんの他の門弟たちは五行盟ごぎょうめい煬鳳ヤンフォンのことをとにかく悪く言って憚らなかったし、こちらの弁明も鸞快子らんかいしたちが助っ人に入るまでは耳も傾ける様子はなかった。しかし、この瞋熱燿チェンルーヤオと話す限り彼は別に煬鳳ヤンフォンのことを敵視してもいないし、五行盟ごぎょうめいであれこれあったことすら気にはしていない様子なのだ。

 己の感情を隠すことはないが、他の火行の門弟たちのような烈火のような激しい気性ではない。
 それは単に瞋熱燿チェンルーヤオという人間が他人に無関心なだけなのかもしれないが、少なくとも他の火行瞋砂門しんしゃもんの門弟たちよりは好感が持てたのだ。
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