上 下
108 / 177
旧雨今雨同志们(古き友と今の友)

104:倚門之望(四)

しおりを挟む
「それはさておき――二人に嘘をついて悪かったよ。今回、とある人に招集されてみなで集まるってことになったんだけど、全員集まるとなると少々人の目が気になってくる。知ってのとおり清林峰せいりんほう彩鉱門さいこうもんはどちらも蓬静嶺ほうせいりょう嶺主りょうしゅ様とは繋がりがある。だから蓬静嶺ほうせいりょうに連絡を取って嶺主りょうしゅ様に相談したうえで、みなで集まることのできる理由と場所を提供してもらったんだ」

 ようやく二人が落ち着いたあと、見計らったように彩藍方ツァイランファンが二人に語り掛ける。どうやら先ほどのごたごたで話したかったことを話す機会を見失っていたようだ。
 とある人、というのは気になったが、煬鳳ヤンフォンの頭の中にはそれが誰であるか何となく予想がついていた。

「待ってください。何故そこまで用心するのですか? それに、嶺主りょうしゅ様が了承したというのなら、納得するだけの理由があるということですよね?」

 ようやく演技を解いた凰黎ホワンリィがいつもの調子に戻っていたことに気づき、煬鳳ヤンフォンは小さく安堵の溜め息をつく。先ほどまで演技だったとはいえやはりも口数は少なかったし、顔色も悪かったのだ。
 彩藍方ツァイランファン凰黎ホワンリィの言葉に「そのとおり」と返すと、言葉を続ける。

「まず、俺たち彩鉱門さいこうもんの存在は五行盟ごぎょうめいに知られたらまずい。もちろん極秘で存在を知っている者もいない訳じゃないが、五行盟ごぎょうめいの中で俺たちの存在を知っているのは本当に一握り。鸞快子らんかいし蓬静嶺ほうせいりょう、それからいまは五行盟ごぎょうめいじゃないけど清林峰せいりんほうくらいなもんさ。霆雷門ていらいもんは当然知るわけがないしな」
「ですが、蓬静嶺ほうせいりょうを巻き込む形で我々が集まろうと思ったのは、他にも理由があります。本題はここからです」

 清粛チンスウが言った。彼は少なくとも理由がなければ他の門派を巻き込もうなどとはしないだろう。

五行盟ごぎょうめいに裏切り者がいるとお考えなのでは?』

 以前凰黎ホワンリィ清林峰せいりんほうの門番である清樹チンシュウに質問した言葉を、煬鳳ヤンフォンは思い出す。そして彼は『そうだ』と言ったのだ。清林峰せいりんほう彩鉱門さいこうもん、二つの門派がいまの状態になった経緯はとてもよく似ている。彩鉱門さいこうもんが警戒しているのも、恐らくは同じ理由からだろう。

「いま話すよりは全員揃った場所で話した方がいいとは思うが……。一つだけ言うなら、五行盟ごぎょうめいがどうも胡散臭いってことさ」

 そしてやはり、根底にあるのは五行盟ごぎょうめいのことだった。

嶺主りょうしゅ様も以前似たようなことを仰っておられました。……きっとそのお考えに確信が持てたから、貴方がたの作戦に応じたのでしょうね」
「そういうこと」

 元気を取り戻した凰黎ホワンリィの、雄弁な言葉に彩藍方ツァイランファンは満足そうに頷く。

「なあ、霆雷門ていらいもん蓬静嶺ほうせいりょうに来ないのか?」

 不意に煬鳳ヤンフォン掌門しょうもん雷閃候レイシャンホウ雷靂飛レイリーフェイ、二人のことを思い出した。彼らは五行盟ごぎょうめいの中においては味方とまでは言い難いが、敵とも言い切れない。煬鳳ヤンフォンのことを糾弾するようなことはしなかったし、心配してあとから駆け付けてもくれた。
 何より……。

霆雷門ていらいもんの奴らは謀とか陰謀とか、そういうややこしいことをするほど頭の冴えてる奴らじゃないんだよな……)

 それは清林峰せいりんほうで共に行動した雷靂飛レイリーフェイを知っているからこそ、自信を持って言える。

「今回の計画で呼ぶのは清林峰せいりんほう彩鉱門さいこうもん、同じ立場の二つの門派と、それに蓬静嶺ほうせいりょう煬鳳ヤンフォンだけだ。霆雷門ていらいもんを信じてないとか、そういうことじゃなくて……あいつらは単純すぎてボロが出やすい。今回に限っては最小限の人数で集まって、まず相談したいと思ったんだ。彼らに話すのはもう少し話が固まってからでも遅くはない」
「あー……」

 彩藍方ツァイランファンの言葉に心当たりがあり過ぎて、煬鳳ヤンフォンは苦笑いをする。
 単純すぎてボロが出やすい、しごくもっともな意見だ。上がそうであると、門弟たちも不思議と傾向が似てくることがある。
 特に霆雷門ていらいもんはそれが顕著だから仕方ない――と煬鳳ヤンフォンは納得した。


 鉄鉱力士てっこうりきし蓬静嶺ほうせいりょうに降り立ったあと、凰黎ホワンリィは門をすり抜け真っ先に屋敷の中へと駆け込んでいった。

(口ではああ言っていたけれど、それでもやっぱり心配だったんだな……)

 彩藍方ツァイランファンたちの芝居を見抜き、それに合わせていたとは言っていたものの、それでもやはり嶺主りょうしゅの顔を見なければ安心はできなかったのだ。
 先ほどはすっかり凰黎ホワンリィの演技に騙されたことに拗ねていたが、彼が真っ先に走って行った後ろ姿を見て煬鳳ヤンフォンは拗ねた自分を恥じた。

    * * *

 煬鳳ヤンフォンたちが少し遅れて嶺主りょうしゅである静泰還ジンタイハイの部屋に辿り着くと、そこでは凰黎ホワンリィに説教をされる嶺主りょうしゅの姿があった。

「嘘だとわかっていても、それでも万が一のことを考えたら気が気ではありませんでしたよ!」

 病人とは全く思えぬいつもの様子で座る静泰還ジンタイハイと、その横に立つ凰黎ホワンリィ。普段なら落ち着いた様子で動揺など見せない嶺主りょうしゅだが、今日ばかりは額に汗を浮かべ、怒る凰黎ホワンリィに申し訳なさそうな顔で謝っている。

「済まなかった、反省している」

 謝り倒す彼の姿に驚いて彩藍方ツァイランファン清粛チンスウが慌てて二人の間に割って入った。

「いやほんと、悪かった! 責任は全部俺たちにあるから、嶺主りょうしゅ様を責めるのはこのとおりだから勘弁してくれ」
ツァイ二公子は嘘をつく必要はなかったのです。ただ、清林峰せいりんほうは土地柄密かに森を出ることは難しく……清林峰せいりんほうで事件があった手前、五行盟ごぎょうめいの監視がいっそう厳しくなり、迂闊なことができなかったのです。ツァイ二公子と嶺主りょうしゅ様は、そんな我々のために考えて下さったのです。どうかお怒りは私に」

 膝をつき、凰黎ホワンリィに向かって彩藍方ツァイランファンは頭を下げる。同様に清粛チンスウも膝をついて凰黎ホワンリィの前で床に額をつけ謝罪した。

「いえ……お二人にそこまでして頂いてはも立つ瀬がありません。もうひとしきり起こったのでどうか顔を上げてください。も大人げなかったと反省しています」

 恥ずかしそうに彩藍方ツァイランファン清粛チンスウの前に手を差し出して、凰黎ホワンリィは二人を立たせる。煬鳳ヤンフォンはその様子をじっと見ていたが、普段は冷静な彼がここまで取り乱したのは、やはり本人を前にするまでは内心かなり義父のことを心配していたのだろう。

嶺主りょうしゅ様。それだけ凰黎ホワンリィも心配していたのでしょう。……嘘をつくにしても、次はもう少し良い言い訳を考えたほうが良いかもしれませんね」

 入ってきた塘湖月タンフーユエがやんわりとくぎを刺す。手に持つ盤には茶碗が載せられており、恐らくは客人たちのために用意したに違いない。
 彼は普段から表情が少なく、こうしているいまも同じように見えているが、気のせいか口元は微かに笑っている。
 静泰還ジンタイハイは所在なさげに苦笑いすると、

「弟子たちに窘められるとは、私も歳だな」

 と微笑んだ。
 その表情は柔らかく、そしてどこか嬉しそうに煬鳳ヤンフォンには見えた。

「さて。わざわざこうして小芝居を打ってまで集まって貰ったのだから、そろそろ本題に入っても良いのではないか?」

 声のした方向をみなで一斉に見つめると、そこにいたのは見知った顔。それは霧谷関むこくかんで別れた鸞快子らんかいしだった。

鸞快子らんかいし!?」

 驚いて煬鳳ヤンフォン鸞快子らんかいしの元に駆け寄る。相変わらずその顔は仮面に隠れているが、穏やかな佇まいは不思議と安心感を覚えた。

魔界まかいでの為すべきことはうまくいったようだな」
「うまくいった……のかはわからないけど、魔界まかいに行く前に考えていたことは大体……いや、それ以上にはうまく行ったよ」

 煬鳳ヤンフォンの言葉に鸞快子らんかいしいささか驚いたようだ。まさか当初の予定以上にうまくいくとまでは彼も思っていなかったのだろう。
 鸞快子らんかいしはそんな煬鳳ヤンフォンの顔を暫し無言で見つめたあと、

 「それならよかった」

 と言って頭に手を載せた。

「まず、睡龍すいりゅうの外の地に行ったときのことを話そうと思う」

 大きな卓子たくしを囲むように一同は座る。鸞快子らんかいしは一人椅子から立ち上がると、一番に語り始めた。

「知ってのとおり、睡龍すいりゅうの外には無数の国が存在している。その中のひとつ――霧谷関《むこくかん》で出会った亡者が言っていた国を探し出し、私は彼の話を伝えてきた」

 あの日、あのとき霧谷関むこくかんでその光景を目撃した煬鳳ヤンフォンたちにはそのときの光景が真っ先に思い起こされる。本来は魔界まかいへ共に行くはずだった鸞快子らんかいしは、亡者の言葉を聞いてすぐさま睡龍すいりゅうの外にいる国師こくしを探して旅立ったのだ。

 その後どうなったのか。
 気にならないはずがない。

「それで、どうだったんだ?」
「恐らく、そう遠くないうちに国師こくし睡龍すいりゅうにやってくるだろう」
「えっ!? それって……」

 その意味するところは、他国の者が、しかもかなりの地位を持つものが睡龍すいりゅうの領域に入るということだ。

「それは……我々睡龍すいりゅうの地に住まう者にとって、災いとはならないのでしょうか」

 その意図を察し、凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンと同じ疑問を呈する。不可侵の睡龍すいりゅうに他国の権力を持つものが介入するようなことがあれば、他の睡龍すいりゅうの周りの国々も黙ってはいない。みなこぞってこの地を我が物にしようと攻め入ってくる可能性すらあるのだ。
 しかし、鸞快子らんかいし凰黎ホワンリィの言葉には首を振る。

「それはない。安心して欲しい。……国師こくしが来るのは、ひとえに予言を伝え災いを未然に防ぐため、そして極めて内密に、他国に気取られぬようできるだけ少ない人数でだ」
「予言?」
「そうだ。端的に言うなら、龍が目覚めようとしている」

 鸞快子らんかいしの一言でその場の空気が凍り付いた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

神の末裔は褥に微睡む。

BL / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:2,364

優しい騎士の一途な初恋

BL / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:408

4人の乙女ゲーサイコパス従者と逃げたい悪役令息の俺

BL / 連載中 24h.ポイント:4,042pt お気に入り:827

この行く先に

BL / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:61

白い焔の恋の唄

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:208

星月夜と銃術師〈モノクロームの純愛〉

BL / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:147

召喚されたらしい俺は何故か姫扱いされている【異世界BL】

BL / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:1,157

遠のくほどに、愛を知る

BL / 完結 24h.ポイント:262pt お気に入り:1,855

処理中です...