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天魔波旬拝陸天(魔界の皇太子)
099:南柯之夢(四)
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軍神と恐れられたはずの鬼燎帝の悲惨な死にざまは、その場にいた者たちに忘れられない傷跡を残した。いかに敵対していたとはいえ、拝陸天ですら終始浮かない顔をしている。
それでも皇帝が崩御したいま、新たな皇帝がこの国には必要だ。そうでなければすぐにでも九十一の国々はバラバラになってしまうだろう。
一部の民衆を除けば、王城にいたのは兵士と反乱軍の者たちだけ。殆どの民衆は王城で何があったのか、皇帝は一体どのように死んだのかを知ることは無い。
だから――たとえ事情を知る誰一人とも、暴虐の皇帝が死んだことを心から喜べなかったとしても、形だけは『暴虐の限りを尽くした皇帝を民に慕われる皇太子殿下がついに打ち倒した』という体をとらなければ、この魔界は再び混沌の海に突き落とされてしまうのだ。
皇太子を含め現在残っている高官たちや賢人たちが急遽集められ、今後の対策を夜を徹して話し合った。そうして話がまとまるや否や帝位継承のお触れを広めるため、夜も明けぬうちに伝令たちが急ぎ馬を走らせたらしい。
すっかり夜が明けて朝になるころには、国中がお祭り騒ぎの様相で開放だ自由だと酒を飲んで喜び騒ぎ始め、昏坑九十一京は、いや魔界全体が祝宴の雰囲気に包まれた。
それから――皇魔壇にずっと保管していた永覇を、なぜ鬼燎帝が突然処分しようと言い出したのか。そのことがずっと疑問として残っていたのだが、官吏たちの何気ない一言によって理由が判明した。
「殿下……いえ、皇帝陛下。皇魔壇の壁にある亀裂についてですが……」
かつて鬼燎帝が皇帝であった父を斬った際、皇魔壇の壁には一本の傷跡がついた。ただ、それだけ。
しかし長い時間が経つにつれ、一本の傷跡は徐々に広がってゆき、ついには壁の一角が崩れそうなほどまでになったのだ。
それはある意味、殺された鬼燎帝の父――煬鳳の曾祖父の執念であるようにも思えて仕方ない。
恐らく鬼燎帝も同じことを思ったのではないだろうか。
そうなれば皇魔壇を修繕する必要が出て、万が一を考えれば永覇の秘密も暴かれてしまうかもしれない。もしも永覇に付いている血が誰の者か判明し、あの日の秘密が暴かれてしまったら。
事実が明るみに出ることを恐れ、鬼燎帝は皇魔壇の修繕の話より先に永覇を処分しようと試みたのではないだろうか。
当人が死んでしまったいまとなっては、それを知ることは叶わない。
王城では誰一人この状況を祝うような気持ちにもなれぬまま、即位のための準備が急いで進められている。
甥であり一応は皇族の一人である煬鳳ではあったものの、結局大した手伝いはできなかった。……ただ、拝陸天の傍で無駄話を交わしたり、何気ないことで笑いあったりと、ほんの少しだけ新しい皇帝の息抜きに貢献した。
「結局は随分とそなたを巻き込んでしまったな。許して欲しい、小鳳」
拝陸天は眉尻を下げ煬鳳に詫びる。艶やかな青い絹地の龍袍を纏う姿は堂々たるもので、鬼燎帝に勝るとも劣らぬ凛々しい姿だ。龍袍には三本爪の龍が描かれており、彼が新しい皇帝であることを現している。
元から見目麗しい青年だけあって、その装いがより一層彼の美しさを際立てているといえよう。しかし、どこか申し訳なさそうな表情の拝陸天は、魔界を統べる皇帝としては少々優しすぎるように思える。
「俺は気にしてないよ。……元々俺たちは魔界に行くつもりだったわけだし。結局のところ、魔界のことには介入できないって思ってたけど、陸叔公が皇帝になってくれなかったら俺たちの願いはいつ叶うか分からなかったしさ」
色々あったし皇帝の死にざまは衝撃的ではあったが、実のところ煬鳳たちの目的は恒凰宮の願いに応え、翳冥宮を復興させることだった。そのためにはいまの皇帝のままでは無理であったろうし、本音を言うなら拝陸天が新しい皇帝に早くなってくれないといつ翳冥宮が復活するのかという確たる見込みは立たなかったのだ。
恒凰宮の凰神偉がそれでも譲ってくれたのは、ひとえに弟である凰黎を想うが故のこと。
(ついでに、黒明の悲願も叶えられたわけだし……)
殆ど押し切るような勢いで翳黒明を説き伏せて引き込んでしまったが、結果的には翳黒明がずっと知りたかった翳冥宮の真実も明らかになり、その首謀者であった鬼燎帝は死んだことで仇も一応は取ることができた。
直接とどめを刺すことができなかったとはいえ、翳黒明も煬鳳たちと共に鬼燎帝と相まみえたのだ。
一つだけ気になるのは、鬼燎帝が今際の際に言いかけたあの言葉。
『あやつらは清らかな顔をしてとんでもないことをやってのける奴らよ。百年前の翳冥宮の件も、朕が取り引きに応じさえしなければ……』
つまり、翳冥宮についてはまだ裏がある、ということだ。
翳冥宮で死んだ人々に成りすました経緯については明らかになったが、実際のところ黒明の話していた――弟の異変や、始めの翳冥宮が崩壊に至るまでの事実はまだ不可解な部分もある。
(そっちもなんとかしないとな……)
とはいえ翳黒明も五行盟についての扱いはさておいて、翳冥宮の復興を願っていることであるし余程のことがなければ悪さをすることもないだろう。
「小鳳? どうした?」
うっかり考えに耽っていたら、拝陸天が心配そうにのぞき込んで来た。煬鳳は慌てて考えていたことを振り払って、拝陸天に笑顔を向ける。
「あっ、なんでもない! ……陸叔公は俺のことを諦めず探し続けて、霧谷関で見つけてくれた。本当に感謝してる。……俺は育ちも悪いし、正直陸叔公の甥としては全然見合わないけど……わっ!?」
何度目だろうか。拝陸天に抱きしめられて、煬鳳はどう反応したら良いか困ってしまった。凰黎のそれとも違う、血縁者から向けられた親愛の情に、まだ素直に応える術を知らないのだ。
「ええと、その……」
「ずっと魔界に居てくれたらどんなに良かったか。……私の傍で、皆の前で公主の息子であると公表し、私と共に政務に携わり、家族として支えてくれたのなら……」
煬鳳は頭越しに聞こえる拝陸天の願いに頬を緩める。
家族であって欲しいと求められる、なんと幸せなことだろうか。
それでも、煬鳳の心は決まっている。
「ごめん、陸叔公。俺の帰る場所はもう決めてるんだ」
「知っている。悔しいが愛し合う者たちを引き裂くことはでき――いや、二人とも魔界で暮らせば万事解決か、いやいや」
「いやいや……陸叔公。俺、人界に他にも残してる大事な奴らがいるしさ」
「分かっている――戯れだ」
煬鳳の言葉に、拝陸天は柔らかく笑った。
「しかしここはそなたの故郷でもある。だから必ずまた、会いに来て欲しい」
「もちろんだよ、陸叔公。だって、ここにも俺の大切な人はいるんだから」
拝陸天に笑いかけ、おずおずと煬鳳は彼の背に手をまわしてしっかりと抱きしめる。もう少ししたら、この温もりとは当分離れることになってしまう。
――父さんと母さんには会えなかったけど、こんなに大事にしてくれる人に出会うことができた。
魔界で暮らすのも悪くないかもしれないが、やはり煬鳳が生まれ育ったのは人界であり黒炎山であり、そして玄烏門なのだ。
「必ずまた会いに来る。百年先だとか言わないよ。だから待ってて、陸叔公」
「――分かった。待っているぞ、小鳳」
名残惜しむように拝陸天はそれから随分のあいだ、煬鳳のことを抱きしめていた。
新しい皇帝の即位は、先帝である鬼燎帝の評判がすこぶる悪かったこともあり盛大に皆から歓待された。祝いの宴は数日間続き、昏坑九十一京全体が連日歓喜の声で溢れていたという。
拝陸天の皇帝としての政務はこれからになるが、彼は祖父の代から仕えていた者たちを再び呼び寄せ、そして沌混老や游閣恩を側近に据えて新たな国づくりを模索していくらしい。
それに、鬼燎帝が武力で制圧した九十一の国は、いったん昏坑九十一京の都としての形はそのままに九十一の区画に分け、国王たちをその代表とすることに決めたようだ。彼らはほぼ以前の国王であったころと変わらぬ扱いで代表として王城に赴き、国全体を取りまとめる為の意見を交わす場を設けると拝陸天は言っていた。
ただ……それについても鬼燎帝が当時の国王たちを随分と処刑してしまったこともあり、一筋縄ではいかないだろう。
「それでも、天子となったからにはやってゆかねばならぬ」
決意を込め、拝陸天は煬鳳たちに語った。
果たして彼の治世が上手くいくのか、結果を出していくのはこれからになる。
翳冥宮の一件は正式に皇帝となった拝陸天から翳黒明に対して謝罪の場が設けられた。とはいっても全てが滅び翳黒明自身が取り返しのつかぬ所業をしてしまったあとでは後の祭りであるが。
償えるようなものではないが、それでも最低限の気持ちの区切りになるようにとの拝陸天の計らいだ。翳黒明は複雑な表情をしてはいたが『皇帝に恨みはあるが、こうして皇帝の悪事を白日の下に晒し、事実を明らかにしてくれた皇太子には感謝こそすれ恨みはない』と言っていた。恐らくそれは彼の本音だろう。
ただ一つ気になることと言えば、やはり鬼燎帝の最後の言葉だ。
それについては拝陸天も引き続き調査を続けると約束してくれた。
「黒明。お前も人界に戻るんだよな?」
皇太子の別邸にて旅立ちの支度を調えながら、煬鳳は翳黒明に尋ねた。行きは大した荷物はなかったはずなのだが、帰りは土産やら何やらで恐ろしいほど荷物が膨れ上がってしまったのだ。
「もちろんだ。……気がかりなこともあるしな」
そう言った翳黒明は行きも帰りも身ひとつだけ。
さすがに着ているものは目も当てられぬほど綻びが酷かったため、見かねた翁汎が彼のために古着を譲ってくれたらしい。なんでも翁汎の若いころの服だったのだそうだが、丁寧に繕われていたので全く違和感はないようだ。
墨色の袍を纏う翳黒明の姿は以前のような凶悪さが消え、黙っていれば理知的などこかの公子にさえ思えた。恒凰宮もそうだったが、翳冥宮もやはり他の門派とは違う、特別な存在なのだとこうしているとよく分かる。
それでも皇帝が崩御したいま、新たな皇帝がこの国には必要だ。そうでなければすぐにでも九十一の国々はバラバラになってしまうだろう。
一部の民衆を除けば、王城にいたのは兵士と反乱軍の者たちだけ。殆どの民衆は王城で何があったのか、皇帝は一体どのように死んだのかを知ることは無い。
だから――たとえ事情を知る誰一人とも、暴虐の皇帝が死んだことを心から喜べなかったとしても、形だけは『暴虐の限りを尽くした皇帝を民に慕われる皇太子殿下がついに打ち倒した』という体をとらなければ、この魔界は再び混沌の海に突き落とされてしまうのだ。
皇太子を含め現在残っている高官たちや賢人たちが急遽集められ、今後の対策を夜を徹して話し合った。そうして話がまとまるや否や帝位継承のお触れを広めるため、夜も明けぬうちに伝令たちが急ぎ馬を走らせたらしい。
すっかり夜が明けて朝になるころには、国中がお祭り騒ぎの様相で開放だ自由だと酒を飲んで喜び騒ぎ始め、昏坑九十一京は、いや魔界全体が祝宴の雰囲気に包まれた。
それから――皇魔壇にずっと保管していた永覇を、なぜ鬼燎帝が突然処分しようと言い出したのか。そのことがずっと疑問として残っていたのだが、官吏たちの何気ない一言によって理由が判明した。
「殿下……いえ、皇帝陛下。皇魔壇の壁にある亀裂についてですが……」
かつて鬼燎帝が皇帝であった父を斬った際、皇魔壇の壁には一本の傷跡がついた。ただ、それだけ。
しかし長い時間が経つにつれ、一本の傷跡は徐々に広がってゆき、ついには壁の一角が崩れそうなほどまでになったのだ。
それはある意味、殺された鬼燎帝の父――煬鳳の曾祖父の執念であるようにも思えて仕方ない。
恐らく鬼燎帝も同じことを思ったのではないだろうか。
そうなれば皇魔壇を修繕する必要が出て、万が一を考えれば永覇の秘密も暴かれてしまうかもしれない。もしも永覇に付いている血が誰の者か判明し、あの日の秘密が暴かれてしまったら。
事実が明るみに出ることを恐れ、鬼燎帝は皇魔壇の修繕の話より先に永覇を処分しようと試みたのではないだろうか。
当人が死んでしまったいまとなっては、それを知ることは叶わない。
王城では誰一人この状況を祝うような気持ちにもなれぬまま、即位のための準備が急いで進められている。
甥であり一応は皇族の一人である煬鳳ではあったものの、結局大した手伝いはできなかった。……ただ、拝陸天の傍で無駄話を交わしたり、何気ないことで笑いあったりと、ほんの少しだけ新しい皇帝の息抜きに貢献した。
「結局は随分とそなたを巻き込んでしまったな。許して欲しい、小鳳」
拝陸天は眉尻を下げ煬鳳に詫びる。艶やかな青い絹地の龍袍を纏う姿は堂々たるもので、鬼燎帝に勝るとも劣らぬ凛々しい姿だ。龍袍には三本爪の龍が描かれており、彼が新しい皇帝であることを現している。
元から見目麗しい青年だけあって、その装いがより一層彼の美しさを際立てているといえよう。しかし、どこか申し訳なさそうな表情の拝陸天は、魔界を統べる皇帝としては少々優しすぎるように思える。
「俺は気にしてないよ。……元々俺たちは魔界に行くつもりだったわけだし。結局のところ、魔界のことには介入できないって思ってたけど、陸叔公が皇帝になってくれなかったら俺たちの願いはいつ叶うか分からなかったしさ」
色々あったし皇帝の死にざまは衝撃的ではあったが、実のところ煬鳳たちの目的は恒凰宮の願いに応え、翳冥宮を復興させることだった。そのためにはいまの皇帝のままでは無理であったろうし、本音を言うなら拝陸天が新しい皇帝に早くなってくれないといつ翳冥宮が復活するのかという確たる見込みは立たなかったのだ。
恒凰宮の凰神偉がそれでも譲ってくれたのは、ひとえに弟である凰黎を想うが故のこと。
(ついでに、黒明の悲願も叶えられたわけだし……)
殆ど押し切るような勢いで翳黒明を説き伏せて引き込んでしまったが、結果的には翳黒明がずっと知りたかった翳冥宮の真実も明らかになり、その首謀者であった鬼燎帝は死んだことで仇も一応は取ることができた。
直接とどめを刺すことができなかったとはいえ、翳黒明も煬鳳たちと共に鬼燎帝と相まみえたのだ。
一つだけ気になるのは、鬼燎帝が今際の際に言いかけたあの言葉。
『あやつらは清らかな顔をしてとんでもないことをやってのける奴らよ。百年前の翳冥宮の件も、朕が取り引きに応じさえしなければ……』
つまり、翳冥宮についてはまだ裏がある、ということだ。
翳冥宮で死んだ人々に成りすました経緯については明らかになったが、実際のところ黒明の話していた――弟の異変や、始めの翳冥宮が崩壊に至るまでの事実はまだ不可解な部分もある。
(そっちもなんとかしないとな……)
とはいえ翳黒明も五行盟についての扱いはさておいて、翳冥宮の復興を願っていることであるし余程のことがなければ悪さをすることもないだろう。
「小鳳? どうした?」
うっかり考えに耽っていたら、拝陸天が心配そうにのぞき込んで来た。煬鳳は慌てて考えていたことを振り払って、拝陸天に笑顔を向ける。
「あっ、なんでもない! ……陸叔公は俺のことを諦めず探し続けて、霧谷関で見つけてくれた。本当に感謝してる。……俺は育ちも悪いし、正直陸叔公の甥としては全然見合わないけど……わっ!?」
何度目だろうか。拝陸天に抱きしめられて、煬鳳はどう反応したら良いか困ってしまった。凰黎のそれとも違う、血縁者から向けられた親愛の情に、まだ素直に応える術を知らないのだ。
「ええと、その……」
「ずっと魔界に居てくれたらどんなに良かったか。……私の傍で、皆の前で公主の息子であると公表し、私と共に政務に携わり、家族として支えてくれたのなら……」
煬鳳は頭越しに聞こえる拝陸天の願いに頬を緩める。
家族であって欲しいと求められる、なんと幸せなことだろうか。
それでも、煬鳳の心は決まっている。
「ごめん、陸叔公。俺の帰る場所はもう決めてるんだ」
「知っている。悔しいが愛し合う者たちを引き裂くことはでき――いや、二人とも魔界で暮らせば万事解決か、いやいや」
「いやいや……陸叔公。俺、人界に他にも残してる大事な奴らがいるしさ」
「分かっている――戯れだ」
煬鳳の言葉に、拝陸天は柔らかく笑った。
「しかしここはそなたの故郷でもある。だから必ずまた、会いに来て欲しい」
「もちろんだよ、陸叔公。だって、ここにも俺の大切な人はいるんだから」
拝陸天に笑いかけ、おずおずと煬鳳は彼の背に手をまわしてしっかりと抱きしめる。もう少ししたら、この温もりとは当分離れることになってしまう。
――父さんと母さんには会えなかったけど、こんなに大事にしてくれる人に出会うことができた。
魔界で暮らすのも悪くないかもしれないが、やはり煬鳳が生まれ育ったのは人界であり黒炎山であり、そして玄烏門なのだ。
「必ずまた会いに来る。百年先だとか言わないよ。だから待ってて、陸叔公」
「――分かった。待っているぞ、小鳳」
名残惜しむように拝陸天はそれから随分のあいだ、煬鳳のことを抱きしめていた。
新しい皇帝の即位は、先帝である鬼燎帝の評判がすこぶる悪かったこともあり盛大に皆から歓待された。祝いの宴は数日間続き、昏坑九十一京全体が連日歓喜の声で溢れていたという。
拝陸天の皇帝としての政務はこれからになるが、彼は祖父の代から仕えていた者たちを再び呼び寄せ、そして沌混老や游閣恩を側近に据えて新たな国づくりを模索していくらしい。
それに、鬼燎帝が武力で制圧した九十一の国は、いったん昏坑九十一京の都としての形はそのままに九十一の区画に分け、国王たちをその代表とすることに決めたようだ。彼らはほぼ以前の国王であったころと変わらぬ扱いで代表として王城に赴き、国全体を取りまとめる為の意見を交わす場を設けると拝陸天は言っていた。
ただ……それについても鬼燎帝が当時の国王たちを随分と処刑してしまったこともあり、一筋縄ではいかないだろう。
「それでも、天子となったからにはやってゆかねばならぬ」
決意を込め、拝陸天は煬鳳たちに語った。
果たして彼の治世が上手くいくのか、結果を出していくのはこれからになる。
翳冥宮の一件は正式に皇帝となった拝陸天から翳黒明に対して謝罪の場が設けられた。とはいっても全てが滅び翳黒明自身が取り返しのつかぬ所業をしてしまったあとでは後の祭りであるが。
償えるようなものではないが、それでも最低限の気持ちの区切りになるようにとの拝陸天の計らいだ。翳黒明は複雑な表情をしてはいたが『皇帝に恨みはあるが、こうして皇帝の悪事を白日の下に晒し、事実を明らかにしてくれた皇太子には感謝こそすれ恨みはない』と言っていた。恐らくそれは彼の本音だろう。
ただ一つ気になることと言えば、やはり鬼燎帝の最後の言葉だ。
それについては拝陸天も引き続き調査を続けると約束してくれた。
「黒明。お前も人界に戻るんだよな?」
皇太子の別邸にて旅立ちの支度を調えながら、煬鳳は翳黒明に尋ねた。行きは大した荷物はなかったはずなのだが、帰りは土産やら何やらで恐ろしいほど荷物が膨れ上がってしまったのだ。
「もちろんだ。……気がかりなこともあるしな」
そう言った翳黒明は行きも帰りも身ひとつだけ。
さすがに着ているものは目も当てられぬほど綻びが酷かったため、見かねた翁汎が彼のために古着を譲ってくれたらしい。なんでも翁汎の若いころの服だったのだそうだが、丁寧に繕われていたので全く違和感はないようだ。
墨色の袍を纏う翳黒明の姿は以前のような凶悪さが消え、黙っていれば理知的などこかの公子にさえ思えた。恒凰宮もそうだったが、翳冥宮もやはり他の門派とは違う、特別な存在なのだとこうしているとよく分かる。
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