【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇

文字の大きさ
上 下
100 / 178
天魔波旬拝陸天(魔界の皇太子)

097:南柯之夢(二)

しおりを挟む
「なら、これはどうだ!」

 煬鳳ヤンフォンは持っていた永覇ヨンバの鞘に巻いていた布を剥ぎ取って、その姿を露わにする。その姿を目にした瞬間、さすがに鬼燎帝きりょうていの目の色が変わった。

「そ……それは、まさかっ!?」
「これは先代――」
「この剣は先帝が名匠と名高い沌混老とんこんろうに命じて鍛造させた、平和と国の安泰を願う剣『永覇ヨンバ』です!」
「……」

 言いかけたところでいきなり凰黎ホワンリィに言われてしまった。気づけば煬鳳ヤンフォンの前には翳黒明イーヘイミン凰黎ホワンリィと並んでいた。煬鳳ヤンフォンには最低限のことだけ言わせて、あとは自分が前に出る、という鉄の意志をビシビシと凰黎ホワンリィ翳黒明イーヘイミンから感じられる。

(いや、でも剣の名前くらい言ったっていいんじゃないか? 剣を出したの、俺だし……)

 そうは思ったが、それが拝陸天バイルーティエンの願いであるために彼らとて神経質にならざるを得ないのだろうが。

「馬鹿な、永覇ヨンバは処分を命じたはずだぞ! そんなことがあるはずはない!」
「この永覇ヨンバには先代の国への想いが込められているのだ! 皇太子殿下は先帝の願いを守るため、平和のために密かに永覇ヨンバを偽物とすり替えられたのだ!」

 金貪ジンタンか、と思いきやまさかの銀瞋インチェンだった。彼もまともに話そうと思えば話すことができるのか――などと思わず感心してしまう。こうして金貪ジンタンのように語る様子はまさに瓜二つだった。

煬鳳ヤンフォン……!」

 凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンを見る。煬鳳ヤンフォンは頷くと、鞘から剣を抜き放った。すかさず凰黎ホワンリィが、沌混老とんこんろうが教えてくれた『皇帝の誓』を口にする。
 すぐさま永覇ヨンバは紫の光を強く放ち、煬鳳ヤンフォン永覇ヨンバを皆が見ることができるよう高く空に掲げた。

「あれは……!? なぜあの言葉に剣が光るのだ!?」

 拝陸天バイルーティエンはまだ剣に秘められた事実を知らない。だから煬鳳ヤンフォンに託した永覇ヨンバが紫光を放ち始めたことに動揺を隠せなかった。

「この言葉は魔界まかいの太祖が建国の際、民に向けて盟誓した『皇帝の誓』であり、神羅石しんらせきを通し、皇家の血だけがこのような反応を示すそうですね」
「その通りじゃ」

 凰黎ホワンリィの言葉を誰かが肯定した声が聞こえた。広場を取り囲んでいた人垣が海のように真っ二つに割れる。その先にいたのは――沌混老とんこんろう游閣恩ユウグーエンの二人だった。

沌混老とんこんろうの爺さん!? それに游閣恩ユウグーエンの爺さんまで!?」

 二人が揃って出てくるなど思ってもいなかったので煬鳳ヤンフォンは驚いた。

「よう、坊ちゃま。外が騒がしくなってな、どうしたものかと探ったら殿下が拘束されたというではないか。それで儂も覚悟を決めてこうして出てきたわけじゃ。――なにせあの剣の話はまだ他の者たちに話していなかったことじゃったからのう」
沌混老とんこんろう!? 死期が近いという話ではなかったのか!? それに、半身が朽ちて動けるような状態ではなかったと……」
「陛下、あれは嘘じゃ。というより、なにか行き違いがあってどうやら儂を何かと見間違えておったようじゃな」

 突然現れた沌混老とんこんろうに驚く鬼燎帝きりょうてい。そんな鬼燎帝きりょうていになんでもないような顔で沌混老とんこんろうはさらりと言ってのける。この人はどうやら相手が誰であってもこういった性格のようだ。

「話は沌混老とんこんろうから聞きました。皇家のものしか入れぬ皇魔壇おうまだんに納められていたはずの永覇ヨンバに、なぜ皇家の血がついているのかを。――そして、皇魔壇おうまだんでただ一度だけ血が流れた日、先帝が左丞相によって殺され、崩御した日。世間一般ではそのようになっているが、宮中ではほとんどの者がそれを信じてはおりませんでした。あのとき皇魔壇おうまだんへ一番に駆け付けたのは皇帝陛下、貴方でありましたな」
「たわけ、游閣恩ユウグーエン! 気でも触れたのか? 誰にお前はものを言っているのだ? かつての右丞相であるならばともかくとして、お前は既に官職を辞した、ただの爺に過ぎぬ。そのようなものが朕に楯突くなど言語道断! この者を捕らえろ!」

 游閣恩ユウグーエン沌混老とんこんろうを睨みつけ、鬼燎帝きりょうていは禁軍に命じる。しかし禁軍は既に溢れた民衆と反乱軍に圧倒されており、動ける者も鬼燎帝きりょうていの周りにいる限られた人数のみだった。

「なるほど。それで父上……いえ、陛下は慌てて永覇ヨンバを処分しようとなされたのですね。ようやく疑問が解けました」

 それまでことの成り行きを黙って見守っていた拝陸天バイルーティエンが口を開く。先ほどまでは俄には信じられない顔をしていた彼だったが、皇魔壇おうまだんの話が出たことでようやく得心がいったようだ。

「血などが証拠になるものか! 朕を陥れるためにお前らが自らの血を付けたに違いない!」
「言ったな」

 翳黒明イーヘイミンの言葉が広場に響く。ただ一言だけであったが、驚くほど明朗に彼の言葉は皆の耳に届いた。

「その血が誰の者であるか、やろうと思えば分かるということに気づいていないようだな。忘れてはいないか? ここは魔界まかいでもあるが、冥界の中にある魔界まかいであるということを」

 翳黒明イーヘイミンは鼻で笑ったあと、言葉を付け加えた。

「冥府の府君様に、その血の主を呼び出して貰うことだってできるんだぞ? 翳冥宮えいめいきゅう魔界まかいの巫覡の末裔だ。冥府とやり取りをかわすことなど、造作もない」

 鬼燎帝きりょうていの顔色が変わる。明らかに明確な殺意が翳黒明イーヘイミンに向けられた。
 瞬時に翳黒明イーヘイミンの首元に迫った剣をはじき返したのは拝陸天バイルーティエンだった。その手には先ほど凰黎ホワンリィが手渡した拝陸天バイルーティエンの剣がある。

「その様子では、どうやら呼び出すまでもなく血は祖父上のもので間違いないようですね」
「――っ! 小癪な!」

 含み笑う拝陸天バイルーティエンと、相対する鬼燎帝きりょうてい。言葉をそれ以上かわすでもなく、二人は剣を重ね合う。そのたびに地面が震え、周りの壁が砕け散った。

 既に紫皇殿しこうでん前の煉瓦の床はあちこちが陥没しており、普通のものでは歩くのも困難だろう。しかし対峙する二人は難なくそれを飛び越えて、鋭い斬撃と激しい力の衝撃を幾度ともなく巻き起こす。今のところ、二人の力は拮抗しており、すぐには決着がつく様子もなかった。

銀瞋インチェン金貪ジンタンと共に反乱軍を率いて民衆を避難させて下さい。彼らでは彼らの攻撃の余波を防ぐことはできません。このままでは民衆が皇帝陛下と殿下の戦いの余波を喰らってしまうでしょう」
「分かった、凰黎ホワンリィ。こっちは任せてくれ!」

 銀瞋インチェン凰黎ホワンリィの言葉にすぐ応えると、兵を引き連れて金貪ジンタンの元へと走ってゆく。

「ところで翳黒明イーヘイミン
「なんだ?」

 凰黎ホワンリィは打ち合う鬼燎帝きりょうていと皇太子を見ながら翳黒明イーヘイミンに問う。

「先ほどの、泰山府君を呼び出せるという話は、本当だったのですか?」
「まさか」

 翳黒明イーヘイミンは肩を竦める。

「鎌かけただけさ。それに――もう何百年も前に死んで、生まれ変わってる可能性だってあるっていうのに、死者の魂魄を呼び出そうなんて失礼だと思わないか?」

 翳黒明イーヘイミンの言葉に凰黎ホワンリィは苦笑した。しかし、彼の言い方なら不可能ではない、とも受け取れる。真実は分からないが。

「しかし、こうなると、俺たちはもう見ていることくらいしかできないな」

 翳黒明イーヘイミンは、戦い続ける二人を見上げた。戦う二人の、剣と剣とがぶつかるたびに衝撃で空と地面が揺れ、煬鳳ヤンフォンたちも吹っ飛ばされそうになる。二人の力は凄まじく、なんとか踏みとどまるだけで精一杯だ。

「なあ。俺たち、二人の戦いを見てるだけなのか? 本当にそれしかできないのか?」

 いつ終わるとも知れぬ二人の戦いを見ながら、煬鳳ヤンフォンは不安げに凰黎ホワンリィに尋ねる。

「皇帝陛下はさすが軍神と名高い方ですね。対する殿下も見事な腕前です。軍神の公子といえどあそこまでの強さに至るには相当な修練が必要だったことでしょう。そして一対一、そんな彼らの戦いに我々が介入できるような余地はないのですよ」
「そうなんだけどさ……。でも、もし陸叔公りくしゅくこうが負けるようなことになったら……」

 今のところ二人の力量は対等に見える。しかしいつまでそれが続くのか分からず、煬鳳ヤンフォンは不安だった。どちらかの体力が尽きるときが戦いの終わるときなら――果たしてどちらの方が勝つのだろうか。

 固唾をのんで見守ってはいるが、いくら心配だとて二人の戦いに水を差すことができようはずもない。
 拝陸天バイルーティエンは剣を振り上げ鬼燎帝きりょうていの元に向かってゆく。迎え撃つ鬼燎帝きりょうていの剣も同様に唸りをあげて打ち払おうと迎え撃つ。
しおりを挟む
感想 84

あなたにおすすめの小説

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

君の声が聞こえる【高校生BL】

純鈍
BL
 低身長男子の佐藤 虎太郎は見せかけのヤンキーである。可愛いと言われる自分にいつもコンプレックスを感じていた。  そんなある日、虎太郎は道端で白杖を持って困っている高身長男子、西 瑛二を助ける。  瑛二はいままで見たことがないくらい綺麗な顔をした男子だった。 「ねえ虎太郎、君は宝物を手に入れたらどうする? ……俺はね、わざと手放してしまうかもしれない」  俺はこの言葉の意味を全然分かっていなかった。  これは盲目の高校生と見せかけのヤンキーがじれじれ友情からじれじれ恋愛をしていく物語  勘違いされやすい冷徹高身長ヤンキーとお姫様気質な低身長弱視男子の恋もあり

処理中です...