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藕断糸連哥和弟(切っても切れぬ兄弟の絆)
074:草行露宿(三)
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関塞を通るための順番待ちの列に並ぶこと約一時辰。ようやく門の前までやってきた煬鳳たちは真っ先に門番を務める雪岑谷の門弟に見つかってしまった。
「煬昧梵! 貴様なにを企んでいる!」
煬鳳の姿を見つけるなり、門番たちは槍を首元につきつける。……もう、のっけから敵視しかされていない。口を開こうとするたびに「黙れ! お前の口車になど乗るものか!」などと遮られてしまうため、何一つ説明することもできなかった。
(もう、いい加減にしてくれないかな……)
雪岑谷がなぜそこまで煬鳳をいちいち目の敵にしているのかは分からないが、ここまでくると理不尽極まりない。
しかし、彼らの態度を見ていると一抹の不安も煬鳳の中によぎる。果たして彼らに対してどこまで正直に話をするべきなのだろうか。恒凰宮との取り引きの内容を言うわけにもいかないのだ。
一体どうしたものか、困っていると凰黎が門番たちの前に歩み出る。
「我々が魔界に行く理由が気になるのですよね? 分かりました。正直にお話しいたします」
凰黎はことさら悲壮な表情を作り出し、煬鳳の肩を抱いた。
「実のところ我々は……幼い頃に生き別れたという、彼の血縁者を探すために魔界に行きたいのです!」
「へっ!?」
突然出てきた話に煬鳳は驚いて勢いよく凰黎の方を向く。おろおろしていると、今度は鸞快子も煬鳳の肩に手をかけて、頷く。
「その通り。彼は幼い頃に生き別れた家族をずっと探し続けていたのだ。……最近になってようやく血縁の者が魔界にいるのではないかということが判明し、僅かな希望を胸にここまでやってきた。……物心ついたときにはたった一人、助ける者もいない中で生き抜くことがどれほど辛く険しい道のりだったことか。……顔も知らぬ両親への想いを胸に、必死の思いで生き続けた結果、玄烏門の掌門にまで登り詰めたというわけだ。あれは彼が五つのときだった――」
「そ、そう! 俺の名前の書いてある石が、唯一の手掛かりなんだ!」
慌てて煬鳳は彼らの話に合わせるように、香包の中にあった石を取り出して見せた。
半分は本当だが、もう半分はかなり脚色されている。鸞快子が大分盛った煬鳳の生い立ちを半ば他人事のように感心しながら聞いていると、やがて周囲からすすり泣く声が聞こえてきた。
「こ、こんな憎らしい奴がそんな健気な思いを抱いていたなんて……ううっ泣かせるじゃないか」
「黒冥翳魔の力を利用するとんでもない奴だと思っていたのに……」
みなが憐みの目で煬鳳を見ている。なんだか気持ち悪い展開になってきた……と、ぞっとした煬鳳は凰黎をさりげなく壁にして身を隠す。それでも門番たちの可愛そうなものを見る眼差しがチクチクと刺さって仕方ない。
鸞快子と凰黎の巧みな話術は門番たちに効果てきめんであったが、予想以上に影響が大きすぎたようだ。
(ちょっとこれは恥ずかしすぎるけど……まあ、今度からこいつらには敵視されないかもしれないな)
そう思えば多少の恥ずかしさも我慢できよう。
「では――この門を通って魔界に行っても宜しいでしょうか?」
頃合いを見て凰黎が門番たちに声をかける。門番たちは互いの顔を見合わせて頷くと「分かった、通って良し!」と頷いた。
「有り難うございます。このご恩は忘れません」
門番たちに向かって丁寧に礼を言ったあと、一行は門の向こうへと歩き始める。
「そこの一行、暫し待たれよ」
門の向こう側から聞こえてきた声に一同は足を止める。
――またか。
二度目の足止めに煬鳳は心の中で溜め息をつく。しかし、門の向こうは魔界へと続く道。人界側ならともかくとして、向こう側から呼びかけられるような覚えはない。
訝しく思っていると、門の脇から一人の男がやってくる。男はこの辺りではおよそ見ない重厚な仕立ての黒い戦袍を身に着けている。いかにも兵士といった身なりの男に、心持ち身が引き締まる。
「我々になにか御用でしょうか?」
警戒しながら凰黎が男の前に出て尋ねると、男は急に背筋を伸ばす。
「突然お呼び止めしたことをどうかお許し下さい。私は魔界の皇太子、拝陸天殿下にお仕えする无癡と申す者。皆様が魔界へ入られると聞き、暫し待っていただくようお願いに参りました」
无癡はとても礼儀のある態度で、横柄さを感じることも無い、真っ当と言えば真っ当すぎるほどの魔界の人間だった。しかしそれでも突然足止めを喰らったことに納得がいかなかった鸞快子は疑念ありげに問いかける。
「待つ? なぜだ?」
「実は……殿下が貴方がたに是非ともお会いしたいと。正式な迎えを寄越したいので、どうか一晩ここで待って欲しいと仰せになりました」
飛んで火にいる夏の虫……ではないが、こちらからどうやって会おうか迷っていた相手が、まさか向こうから会いたいなどと言ってくるとは思わなかった。
しかも、迎え付きで。
なんだかうまい話過ぎて騙されているのではないかと疑いたくなってしまう。
「あんたが魔界の皇太子と本当に繋がりがあるって証拠は?」
訝しく思い煬鳳が尋ねると、无癡は腰に付けた令牌を外して恭しく差し出した。そこには確かに魔界の皇太子直属の部下である旨が彫られている。
「安心していい、この令牌は紛れもなく本物のようだ」
令牌に手を翳していた鸞快子はそう言った。恐らく彼は、見た目ではなく令牌の本質を調べたのだ。だから、鸞快子が言ったことは事実だろう、と煬鳳は思った。
「なら、どうする? 二人とも……」
決断しかねて凰黎と鸞快子に意見を求めるも、二人も突然のことで混乱しているのかすぐには意見が出てこない。
「……せっかくのお話なら受けましょう。どの道我々が会いたかった方なのですから」
「それもそうだな。凰黎の意見に私も賛成だ」
二人が言うならそうすべきだろう。それならば、と煬鳳も彼らの意見に従って、みんなで霧谷関の傍にある客棧で一泊することに決めた。
「代金は我々が持ちますので、どうか一番良い客棧で一晩ごゆるりとお過ごし下さい。朝一番で必ずお迎えにあがります」
无癡はそう言うと、恭しく三人に挨拶をして魔界へと戻って行った。
「なんだかよく分からないけど、怖いくらいとんとん拍子に話が進んだな」
泊まる場所を求め、ふわふわとした気分で歩きながらまだ感情の整理が追いつかない頭で煬鳳は言う。いよいよ魔界に――もしかしたら本当に自分の肉親がいるのかもしれない、そう思うとなんだか不思議な気持ちだった。
「確かに、うますぎる話ではありましたね。こちらとしては渡りに船、ですが」
覚束ない足取りの煬鳳を、凰黎が支えながら歩く。彼の手は煬鳳の背に優しく当てられていて、それだけで心の中に湧き上がる不安な気持ちが、ほんの少し緩和される。
「俺、さあ……」
煬鳳はぽつりと呟く。
「ああは言ったけど、不安なんだ」
「不安?」
凰黎の言葉に頷くと、煬鳳は振り返り凰黎の胸に顔をうずめる。
「うん。……香包にわざわざ名前を彫った石を入れてくれたから、だから、きっと俺の親は俺のこと捨てたんじゃない、なにか事情があったんだって。そう信じたい。でも、本当は俺のこと邪魔に思って捨てたのなら……。肉親なんか探さない方が良いんじゃないかって思うんだ……」
もしも望まれていないというのなら。煬鳳が命を繋ぐための手助けをしてくれるとは思えない。身内を探すことなど無意味でしかないのだ。
凰黎の手が優しく煬鳳の背中を撫でている。労わるような、慰めるような手つきに、煬鳳は不覚にも泣きたい気持ちになった。
「煬鳳に、謝らなければならないことがあります」
柔らかい雨のように凰黎の声が煬鳳に降り注ぐ。
「煬昧梵! 貴様なにを企んでいる!」
煬鳳の姿を見つけるなり、門番たちは槍を首元につきつける。……もう、のっけから敵視しかされていない。口を開こうとするたびに「黙れ! お前の口車になど乗るものか!」などと遮られてしまうため、何一つ説明することもできなかった。
(もう、いい加減にしてくれないかな……)
雪岑谷がなぜそこまで煬鳳をいちいち目の敵にしているのかは分からないが、ここまでくると理不尽極まりない。
しかし、彼らの態度を見ていると一抹の不安も煬鳳の中によぎる。果たして彼らに対してどこまで正直に話をするべきなのだろうか。恒凰宮との取り引きの内容を言うわけにもいかないのだ。
一体どうしたものか、困っていると凰黎が門番たちの前に歩み出る。
「我々が魔界に行く理由が気になるのですよね? 分かりました。正直にお話しいたします」
凰黎はことさら悲壮な表情を作り出し、煬鳳の肩を抱いた。
「実のところ我々は……幼い頃に生き別れたという、彼の血縁者を探すために魔界に行きたいのです!」
「へっ!?」
突然出てきた話に煬鳳は驚いて勢いよく凰黎の方を向く。おろおろしていると、今度は鸞快子も煬鳳の肩に手をかけて、頷く。
「その通り。彼は幼い頃に生き別れた家族をずっと探し続けていたのだ。……最近になってようやく血縁の者が魔界にいるのではないかということが判明し、僅かな希望を胸にここまでやってきた。……物心ついたときにはたった一人、助ける者もいない中で生き抜くことがどれほど辛く険しい道のりだったことか。……顔も知らぬ両親への想いを胸に、必死の思いで生き続けた結果、玄烏門の掌門にまで登り詰めたというわけだ。あれは彼が五つのときだった――」
「そ、そう! 俺の名前の書いてある石が、唯一の手掛かりなんだ!」
慌てて煬鳳は彼らの話に合わせるように、香包の中にあった石を取り出して見せた。
半分は本当だが、もう半分はかなり脚色されている。鸞快子が大分盛った煬鳳の生い立ちを半ば他人事のように感心しながら聞いていると、やがて周囲からすすり泣く声が聞こえてきた。
「こ、こんな憎らしい奴がそんな健気な思いを抱いていたなんて……ううっ泣かせるじゃないか」
「黒冥翳魔の力を利用するとんでもない奴だと思っていたのに……」
みなが憐みの目で煬鳳を見ている。なんだか気持ち悪い展開になってきた……と、ぞっとした煬鳳は凰黎をさりげなく壁にして身を隠す。それでも門番たちの可愛そうなものを見る眼差しがチクチクと刺さって仕方ない。
鸞快子と凰黎の巧みな話術は門番たちに効果てきめんであったが、予想以上に影響が大きすぎたようだ。
(ちょっとこれは恥ずかしすぎるけど……まあ、今度からこいつらには敵視されないかもしれないな)
そう思えば多少の恥ずかしさも我慢できよう。
「では――この門を通って魔界に行っても宜しいでしょうか?」
頃合いを見て凰黎が門番たちに声をかける。門番たちは互いの顔を見合わせて頷くと「分かった、通って良し!」と頷いた。
「有り難うございます。このご恩は忘れません」
門番たちに向かって丁寧に礼を言ったあと、一行は門の向こうへと歩き始める。
「そこの一行、暫し待たれよ」
門の向こう側から聞こえてきた声に一同は足を止める。
――またか。
二度目の足止めに煬鳳は心の中で溜め息をつく。しかし、門の向こうは魔界へと続く道。人界側ならともかくとして、向こう側から呼びかけられるような覚えはない。
訝しく思っていると、門の脇から一人の男がやってくる。男はこの辺りではおよそ見ない重厚な仕立ての黒い戦袍を身に着けている。いかにも兵士といった身なりの男に、心持ち身が引き締まる。
「我々になにか御用でしょうか?」
警戒しながら凰黎が男の前に出て尋ねると、男は急に背筋を伸ばす。
「突然お呼び止めしたことをどうかお許し下さい。私は魔界の皇太子、拝陸天殿下にお仕えする无癡と申す者。皆様が魔界へ入られると聞き、暫し待っていただくようお願いに参りました」
无癡はとても礼儀のある態度で、横柄さを感じることも無い、真っ当と言えば真っ当すぎるほどの魔界の人間だった。しかしそれでも突然足止めを喰らったことに納得がいかなかった鸞快子は疑念ありげに問いかける。
「待つ? なぜだ?」
「実は……殿下が貴方がたに是非ともお会いしたいと。正式な迎えを寄越したいので、どうか一晩ここで待って欲しいと仰せになりました」
飛んで火にいる夏の虫……ではないが、こちらからどうやって会おうか迷っていた相手が、まさか向こうから会いたいなどと言ってくるとは思わなかった。
しかも、迎え付きで。
なんだかうまい話過ぎて騙されているのではないかと疑いたくなってしまう。
「あんたが魔界の皇太子と本当に繋がりがあるって証拠は?」
訝しく思い煬鳳が尋ねると、无癡は腰に付けた令牌を外して恭しく差し出した。そこには確かに魔界の皇太子直属の部下である旨が彫られている。
「安心していい、この令牌は紛れもなく本物のようだ」
令牌に手を翳していた鸞快子はそう言った。恐らく彼は、見た目ではなく令牌の本質を調べたのだ。だから、鸞快子が言ったことは事実だろう、と煬鳳は思った。
「なら、どうする? 二人とも……」
決断しかねて凰黎と鸞快子に意見を求めるも、二人も突然のことで混乱しているのかすぐには意見が出てこない。
「……せっかくのお話なら受けましょう。どの道我々が会いたかった方なのですから」
「それもそうだな。凰黎の意見に私も賛成だ」
二人が言うならそうすべきだろう。それならば、と煬鳳も彼らの意見に従って、みんなで霧谷関の傍にある客棧で一泊することに決めた。
「代金は我々が持ちますので、どうか一番良い客棧で一晩ごゆるりとお過ごし下さい。朝一番で必ずお迎えにあがります」
无癡はそう言うと、恭しく三人に挨拶をして魔界へと戻って行った。
「なんだかよく分からないけど、怖いくらいとんとん拍子に話が進んだな」
泊まる場所を求め、ふわふわとした気分で歩きながらまだ感情の整理が追いつかない頭で煬鳳は言う。いよいよ魔界に――もしかしたら本当に自分の肉親がいるのかもしれない、そう思うとなんだか不思議な気持ちだった。
「確かに、うますぎる話ではありましたね。こちらとしては渡りに船、ですが」
覚束ない足取りの煬鳳を、凰黎が支えながら歩く。彼の手は煬鳳の背に優しく当てられていて、それだけで心の中に湧き上がる不安な気持ちが、ほんの少し緩和される。
「俺、さあ……」
煬鳳はぽつりと呟く。
「ああは言ったけど、不安なんだ」
「不安?」
凰黎の言葉に頷くと、煬鳳は振り返り凰黎の胸に顔をうずめる。
「うん。……香包にわざわざ名前を彫った石を入れてくれたから、だから、きっと俺の親は俺のこと捨てたんじゃない、なにか事情があったんだって。そう信じたい。でも、本当は俺のこと邪魔に思って捨てたのなら……。肉親なんか探さない方が良いんじゃないかって思うんだ……」
もしも望まれていないというのなら。煬鳳が命を繋ぐための手助けをしてくれるとは思えない。身内を探すことなど無意味でしかないのだ。
凰黎の手が優しく煬鳳の背中を撫でている。労わるような、慰めるような手つきに、煬鳳は不覚にも泣きたい気持ちになった。
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柔らかい雨のように凰黎の声が煬鳳に降り注ぐ。
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