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藕断糸連哥和弟(切っても切れぬ兄弟の絆)

072:草行露宿(一)

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 荷物を置いたあと、少し早い夕餉をとるために集まった煬鳳ヤンフォンたちは、これからのことについて話し合うことにした。給仕の女性たちが持ってきてくれた沢山の酒や料理を前にしても、その場にる全員がどこか上の空だ。酒盃に注がれた酒を前にして誰ひとり手をつけようとはしなかった。

 せっかく恒凰宮こうおうきゅうから借り受けた万晶鉱ばんしょうこうの宝剣――『露双ルーシュアン』のこともなんとかしなければならない。

 それから翳冥宮えいめいきゅうの件を魔界まかいの皇太子に頼みに行かねばならなくなったわけだが、どう行くのか、どこにあるのかも煬鳳ヤンフォンは知らないのだ。何より、魔界まかいの皇太子といえば魔界まかいの中でも相当高い地位のはず。そんな人物がおいそれと自分達に会ってくれるのだろうか、という不安もついて回る。

「我々には二つのやらなければならないことがあります」

 真っ先に口を開いたのは、やはり凰黎ホワンリィだった。

「一つ目は兄上の――恒凰宮こうおうきゅう宮主ぐうしゅから託された翳冥宮えいめいきゅうの件です。翳冥宮えいめいきゅうを復興させるために魔界まかいに行って、魔族の皇太子に交渉を持ちかけること」

 かなり希望的な提案ではあったが、凰神偉ホワンシェンウェイは納得したうえで煬鳳ヤンフォンたちにその役目を託した。恒凰宮こうおうきゅうの宝剣である露双ルーシュアンを借り受けたからには、この交渉は必ず成功させなければならない。

「もうひとつは『露双ルーシュアン』を使い、どのようにして煬鳳ヤンフォンの霊力についての問題を解決するか、だな」

 一同は沈黙する。
 伝説の万晶鉱ばんしょうこうで作られた剣ならなんとかなるのではないか、その気持ちだけで恒凰宮こうおうきゅうを訪れ、そして宝剣を借り受けることはできた。しかし、改めてその剣を目の前にしたとき『本当になんとかなるのか?』という不安に駆られたのかもしれない。

「私の個人的な見解を述べるが――」

 鸞快子らんかいしが手をあげた。

黒曜ヘイヨウ。出てきてくれくれるか」

 声に応えるように煬鳳ヤンフォンの体から黒曜ヘイヨウが姿を現す。彼自身もどうしたら良いのか分からないようで、あっちこっちと落ち着かない動きで煬鳳ヤンフォンの腕と肩を行ったり来たりしている。その黒い体から伸びる黒い尾は、煬鳳ヤンフォンの袖の中へと繋がっていた。その先は当然、煬鳳ヤンフォン頸根くびねにある痣へと繋がっているのだ。
 鸞快子らんかいし煬鳳ヤンフォンに向かって手を伸ばし、額に触れる。

「少しそのまま」

 ひんやりとした感覚が鸞快子らんかいしの手のひらから額に伝わってくる。ここに来る前にあらかじめ凰黎ホワンリィに体温を下げて貰ってはいたものの、僅かに残っていた痣の痛みと熱も、暫く経つとすっかり落ち着いてしまった。

「思うのは、仮に黒曜ヘイヨウの――黒冥翳魔こくめいえいまの力が煬鳳ヤンフォンの体に宿っていたからといって体に負担がかかるほど霊力が爆発的に増えることはそうないものだ。それこそ、もっと膨大な力を受け継いだならともかく、あくまで黒曜ヘイヨウは一部であって全ての力を有していたわけではない。少なからず原因の一端を握っているのは間違いないだろうが、全てではないように思う。そしてそれは、黒曜ヘイヨウが実体を持つ霊力であることとは別問題。となると……」

 鸞快子らんかいし煬鳳ヤンフォンから離した手のひらをまじまじと見つめる。

「となると?」

 聞き返す凰黎ホワンリィにちらりと視線を向けながら、鸞快子らんかいし黒曜ヘイヨウを両手で捕まえる。驚いてジタバタと黒曜ヘイヨウは暴れたが、構わずに黒曜ヘイヨウの頭を撫で始めた。

「……なにか別の要因が絡んでいるのかもしれない。……が、いま重要なのはそこではなく、どうやって増える霊力に対処するか。借り受けた露双ルーシュアンをどう使うか。そこで考えたのが、それぞれの持つ器の大きさだ」
「器?」

 鸞快子らんかいしは「そうだ」と言って手の中の黒曜ヘイヨウを見せる。なにが言いたいのか分からない黒曜ヘイヨウはキョトキョトと首を動かして鸞快子らんかいし煬鳳ヤンフォンたちを交互に見た。

黒曜ヘイヨウは霊力で作られた翳炎えいえんの体を持ってはいるが、それは我々の持つ肉体とは違う。黒曜ヘイヨウ煬鳳ヤンフォンが注ぐ霊力の強さや量によってさまざまな大きさや形をとることができる。ここまで間違っていることはあるか?」

 黒曜ヘイヨウは恐る恐る首を振り「間違っていない」ということを主張する。鸞快子らんかいしは頷くと、今度は酒盃になみなみと酒を注ぐ。限界まで注がれた酒は盃からあふれ出し、卓子たくしの上に零れ落ちてしまった。

「対して煬鳳ヤンフォンの体は黒曜ヘイヨウのように量によって変わることはない。この酒ように限界がくれば器から零れ落ちてしまう。……この零れた部分がいまの黒曜ヘイヨウというわけだ。一番の問題は煬鳳ヤンフォンの霊力である黒曜ヘイヨウが質量を持っていること。そして煬鳳ヤンフォンの霊力が増すにつれ、二人が繋がる痣――という名の通り道がだんだんと広がっているという事実。これは煬鳳ヤンフォンの体を壊す行為に他ならない」

 体を壊す。その言葉に思わず煬鳳ヤンフォンは息を飲む。
 深く考えるのを避けていたが、やはり無茶をすればあの痣は広がって、やがて煬鳳ヤンフォンの体を引き裂いてしまうかもしれない。そんな不安がよぎった。

「では鸞快子らんかいし。貴方はどうすれば良いとお考えですか? 今のところ露双ルーシュアンの出番はないようですが」
「落ち着きなさい、凰黎ホワンリィ。以前話したが、煬鳳ヤンフォン黒曜ヘイヨウの霊力は既に元から一つであったと思うほど溶けあっている。恐らくどんな手段を用いても、二人の縁を断ち切ることは難しいだろう。しかし、痣のことはどうにかしなければならない。そこで……露双ルーシュアンの力を以て二人の縁を繋いだまま、霊力を二つに分ける。つまりこれは、清林峰せいりんほう清大秧チンダーヤンが出した見解と概ね同じこと」
「……できるのですか? そのような突拍子もないことが?」
「もともと万晶鉱ばんしょうこうの話を出したのは凰黎ホワンリィ、君だろう? いまさら信じられないという顔をしてどうする」
「……そうですけれども」

 煬鳳ヤンフォンは当事者であるにもかかわらず二人の会話を傍観するしかない。同様に鸞快子らんかいしの手の中にいる黒曜ヘイヨウも二人のやり取りをぽかんと口を開けて見ているしかなかった。

 確かに以前万晶鉱ばんしょうこうは『膨大な情報を貯め込むことができる鉱石』だということは彩鉱門さいこうもん彩藍方ツァイランファンが話していたことがあった。しかしだからといって縁を繋いだまま霊力を二つに分けるなどということが可能なのだろうか?
 甚だ信じ難い話ではある。

万晶鉱ばんしょうこうから作られた宝器は、別に武器ばかりではないし防具だけでもない。馬が空を翔けるためのくつわであったり、偽りを暴く鏡、果ては摂理を曲げる宝器すらあるのだから。ようは誰がどのように作ったのか、そして使う者の力量。それがあればいかようにも扱うことができるだろう」
「そういえば……彩藍方ツァイランファンが見せてくれたあの巻物も『万物を吸収することができる宝器』だって言ってたな」

 煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィも、恒凰宮こうおうきゅうから借り受けたのが短剣だったため、すっかりそのことを失念していたのだ。だとすると鸞快子らんかいしの言っている『誰がどのように作ったのか、そして使う者の力量があればいかようにも』という言葉は正しい。

「問題があるとするならば、想定される手順はとんでもなく難解な作業になる。よほど修為の高い者でなければ、支障が出ぬように互いの縁を繋いだまま、霊力を二つにするなどという芸当は不可能だからな」
「そんなに大変なのか?」

 鸞快子らんかいしは頷く。

「そんなに、だ。伊達に閑白シャンバイがしたり顔で現れたのも無理はないということだな。恐らく凰黎ホワンリィを迎えるための手土産として、待ってましたとばかりに名乗りをあげたのだろう」
「クェェ……」

 閑白シャンバイに叩き落とされたことを思い出したのか、ぶるりと黒曜ヘイヨウが体を振った。しかし、そうなると『仙人ほどの修練を積んだ者』というとんでもない条件がつけくことになる。

鸞快子らんかいし蓬莱ほうらいと同じくらい強いんだろ? あんたにならできるんじゃないか?」
「できぬとは言っていないが?」

 ならさっさと言え!
 と、喉まで出かけたが煬鳳ヤンフォンはぐっと堪えた。

「しかし、それだけでは不安が残る。有事の際に備え、分けた霊力が安定するまで煬鳳ヤンフォンの霊力の流れを補助できるような……。できれば霊力の質が近い者――血縁者がいた方がより良いが……それは難しいだろうな」

 煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィは顔を見合わせる。生まれたときから一人であったのに、血縁者などいようはずもない。

「……煬鳳ヤンフォン

 凰黎ホワンリィがおもむろに呼びかける。なぜか躊躇ったような言い方が煬鳳ヤンフォンには気にかかったが、次になにを言うのか気になってそのまま凰黎ホワンリィの言葉を待つ。

「――先に、魔界まかいに行って恒凰宮こうおうきゅうとの約束を果たしましょう」
「う、うん。もちろんいいけど……急にどうしたんだ?」

 凰黎ホワンリィの性格ならば、間違いなく恒凰宮こうおうきゅうの件より先に煬鳳ヤンフォンのことを優先させる。なのに急に魔界まかいの話を出してきたことに、煬鳳ヤンフォンは違和感を拭えない。
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