【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇

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藕断糸連哥和弟(切っても切れぬ兄弟の絆)

063:堅物宮主(四)

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 問題ない、と鸞快子らんかいしは言う。

恒凰宮こうおうきゅうが希望を持ちさえすれば、万晶鉱ばんしょうこうの宝剣は借りることができる。いま一番の問題は恒凰宮こうおうきゅうの問題を解決することではなく、君の体を何とかすることなのだから」
「でも、それじゃ嘘ついたってあとから言われるんじゃないか?」
煬鳳ヤンフォン、君は一つ忘れている。君と体を共有しているその黒い鳥の人格は、もともと翳冥宮えいめいきゅう小宮主しょうぐうしゅではなかったか?」
「あっ……?」

 呼ばれた声に反応するように、黒曜ヘイヨウ煬鳳ヤンフォンの中から姿を現した。今のところは鳥のように鳴くことしかできないが、煬鳳ヤンフォンが体を貸しさえすれば、彼もまた話ができるだろう。

「確か以前、黒曜ヘイヨウ黒冥翳魔こくめいえいまの戦う理由を解決できるかもしれない、と言っていたそうだな」
「俺は直接聞いてはいないけど、凰黎ホワンリィはそう言ってたよ」

 彩鉱門さいこうもんで初めて黒曜ヘイヨウ煬鳳ヤンフォンの体を借りて凰黎ホワンリィに語り掛けた日。

『それから、いま教えたのはその場限りの解決策だけど、実はその根底には俺が――黒冥翳魔こくめいえいまがあの出来事を起こすきっかけになったことがある。もしもそのことが解決したら、全ては丸く収まると思う』

 彼はそのように語ったのだと凰黎ホワンリィは言っていた。
 そして、黒冥翳魔こくめいえいまに『翳冥宮えいめいきゅうで起きた事件の真相解明に協力してもいい』と凰黎ホワンリィが言ったときは攻撃の手を止め去っていったのだ。

「もし黒冥翳魔こくめいえいまが争うことを止め、我々に協力をしてくれるようになったとしよう。そうすれば翳冥宮えいめいきゅうの件は解決するんじゃないか?」
「それって楽観的すぎないか?」
「先のことをあまり綿密に計画しても仕方ない。先ほども言ったが、いまは話の分かる相手に我々の願いを聞いてもらう。そして万晶鉱ばんしょうこうの短剣『露双ルーシュアン』を借りることができればそれでいい」

 納得したような、そうでもないような……難しいところだ。誠実な対応とは思い難いが、最終的に丸く収まるのならそれはそれで悪くないかもしれない。

「そうだな、凰黎ホワンリィに話してみるよ。有り難う、鸞快子らんかいし

 魔界まかいの情報など煬鳳ヤンフォンたちではどうやっても知り得る情報ではなかった。恐らくは凰神偉ホワンシェンウェイもそこまで魔界まかいの情報を知ることは難しいだろう。


 煬鳳ヤンフォン鸞快子らんかいしの話が終わる頃、ようやく凰黎ホワンリィは戻ってきた。煬鳳ヤンフォン鸞快子らんかいしが顔を突き合わせて話しているのを見ると、凰黎ホワンリィの笑顔が心なしか曇ったが、恒凰宮こうおうきゅうの問題を解決するために二人と一羽で相談していたことを知ると表情も穏やかに戻る。

 これまで二人で話したことを鸞快子らんかいしが掻い摘んで凰黎ホワンリィに話すと、大いに凰黎ホワンリィも納得したようだ。

「なるほど、時間差はあれど結果的には我々にも恒凰宮こうおうきゅうにも納得のいく良い落としどころなのではないでしょうか。私は賛成です」

 鸞快子らんかいしの話を聞き終えた凰黎ホワンリィは、あっさりと彼の提案に同意した。

『クエェ』

 鸞快子らんかいしの手の中にある果物をつつきながら黒曜ヘイヨウもキョトキョトと首を振っている。元は人間のはずなのだが、すっかり鳥っぽい仕草が板についている。

「お前、なに他人ごとみたいな顔してるんだよ」

 そんなことはない、とでも言いたげに黒曜ヘイヨウはそっぽを向いた。煬鳳ヤンフォンは思わず黒曜ヘイヨウの頭を指で触る。黒曜ヘイヨウが驚いたように首を竦めると、煬鳳ヤンフォンは両手で黒曜ヘイヨウを抱え上げた。

「こら、半分はお前のせいでもあるんだぞ!」
『クェェ!』

 暴れる黒曜ヘイヨウを抱え込むと煬鳳ヤンフォンはぐりぐりと黒曜ヘイヨウの頭を撫でる。しかし、実のところ煬鳳ヤンフォンは別に黒曜ヘイヨウのことを怒っているわけではない。

翳炎えいえんの力で色んなことに巻き込まれたけど……でも、もしこの力が無かったら、俺はどうなってたんだろう)

 いまの煬鳳ヤンフォン黒曜ヘイヨウのお陰で負担はあれど人よりも優れた力を発揮することができる。しかし、もし黒曜ヘイヨウがいなかったら、玄烏門げんうもん掌門しょうもんにまでなることはできなかっただろうし、途中で力尽きてしまったかもしれない。

煬鳳ヤンフォン?」

 急に黙り込んだ煬鳳ヤンフォンを心配して凰黎ホワンリィが呼びかけた。

「いいや、何でもない。ただ……もし黒曜ヘイヨウがいなかったら俺はどうだったかなと思って」
「……どう、とは?」
「何もできない無力な人間だったのかなって。翳黒明イーヘイミンが出てきて、皆に敵視されたり、霊力が多すぎて湖を干上がらせたり……ほかにも色々あるけど、でも。この力が無かったらきっと、玄烏門げんうもんには入れなかっただろうし皆や凰黎ホワンリィとも会えなかったんだろうなってさ」

 凰黎ホワンリィは無言で煬鳳ヤンフォンを見つめる。

「そう考えると悪いことばかりじゃなかった。いまとなっては俺には黒曜ヘイヨウの存在は無くてはならないものだし、やっぱりこれも縁なのかな」

 腕のから抜け出した黒曜ヘイヨウは『クエェ』と嬉しそうに一声鳴いた。それから煬鳳ヤンフォンの肩まで登ると、嘴でちょんと煬鳳ヤンフォンの頬をつつく。

「……!」

 凰黎ホワンリィがはっと息を飲んだのを見ると、黒曜ヘイヨウは急いで煬鳳ヤンフォンの中に隠れてしまった。

「いや、これは、あいつが喜んだときに普段から誰にでもやってることだから! 昔から!」
「昔から!? それは許せませんね」
「いや、あいつはもう二十年くらい鳥として生きてるんだ。鳥っぽくもなるって……」

 気色ばんだ凰黎ホワンリィを見て、慌てて煬鳳ヤンフォンは言い添える。さすがに鸞快子らんかいしも二人と一羽のやり取りを見て呆れたようで、

「……気持ちは分からないでもないが、それくらいにしておきなさい。子供じゃあるまいし」

 と窘めた。
 さすがにそんなことでいちいち揉めていたのでは日が暮れてしまう。
 凰黎ホワンリィは多少不服そうな顔をしていたが、しぶしぶ矛を収めたのだった。


 さすがに一度訪れたすぐあとで、再び会いに行くのは不躾だ。恒凰宮こうおうきゅうには明日もう一度面会に訪れる旨を伝えて煬鳳ヤンフォンたちは一晩村に留まることに決めた。

 幸いにも鸞快子らんかいしの人助けのかいあって、村の人々の好意で今は使われていない小屋を借りて寝る場所を確保することができたのだが、流石に快適とは程遠い。

 比較的暖かいとはいえ今はまだ冬。
 小屋は狭く、あるのは藁だけ。粗末な藁の上にぼろぼろの布を敷き、三人で寝なければならない。煬鳳ヤンフォンは別に気にはしなかったが、凰黎ホワンリィ鸞快子らんかいしは辛くはないだろうか。
 もっとも、凰神偉ホワンシェンウェイの好意を固辞して村に泊まることにしたのは凰黎ホワンリィなので、仕方ないといえば仕方ない。

「お前の兄貴が泊めてくれるっていったのに、どうして遠慮したんだ?」

 藁の上に寝転がり、時折舞い込む羽虫を手で払いながら、煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィに問いかけた。

「兄上の気持ちは有り難いと思っています。ですが離れていた時間があまりに長かったので……まだ互いの距離に慣れていなくて」

 普段は誰とでもソツのないやり取りができる凰黎ホワンリィらしからぬ言葉に煬鳳ヤンフォンは内心驚く。しかし、いくら血が繋がっていようとも幼い頃に別の家に引き取られていった身であれば、接する時間が少なければ少ないほど他人となんら変わりはなくなるのだ。たとえ本当の兄がその隔たりを縮めようと思ったとしても、それは一昼夜で埋まるような距離ではない。

「そうだよな。……一人で凰黎ホワンリィのこと残して帰って、悪かったよ」
「いいえ。ああいった機会でもなければ、兄上とまともに話す機会もなかったでしょうから……」
「俺がいない間、兄貴とはどんな話を?」
「そうですね……」

 凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンの隣に寝そべると、窓の外に目を向けた。窓、とはいうが土壁をくり抜いただけの簡素なものだ。鸞快子らんかいしは窓の横で壁に寄りかかるようにして休んでいる。

「まず、父と母がそれぞれ亡くなったときのことを話しました。以前蓬静嶺ほうせいりょうに報せが届いたことがあり、嶺主りょうしゅ様も一度恒凰宮こうおうきゅうに戻ることを進めてくれたのですが、結局行けなかったのです。……両親には幼い頃の出来事が原因で、随分と苦労をさせてしまいました。もしかすると、思っていたよりもずっと早く亡くなってしまったのはそのせいだったのかも、そう思うと申し訳なさで足が竦みました」

 煬鳳ヤンフォンはつい最近まで、凰黎ホワンリィという人は生まれたときから類まれな才能を持ち、恵まれた人生を歩んでいる人種だとそう思っていた。しかし、五行盟ごぎょうめいに来てからというもの、それは完全に間違いであり、凰黎ホワンリィにも煬鳳ヤンフォンと同じように山があり谷のある人生を歩んできたのだと気づいたのだ。

「兄上は父の後を継ぎ宮主ぐうしゅとなり、恒凰宮こうおうきゅうとその使命を受け継ぎました。ですから兄が恒凰宮こうおうきゅうの存在意義にこだわる理由は当然だと思います。このままの状態が続いて行けば、敵が来ずとも役目を失った恒凰宮こうおうきゅうはいずれ滅びゆく運命にあるのですから」

 そのような話を聞いてしまっては、宝剣を貸して欲しいなどと己のことばかり考えていた己の行動を顧みて、煬鳳ヤンフォンは申し訳ない気持ちになる。

「あ――。そういえば、奇妙な話も聞きましたよ」
「奇妙な話?」

 俄然興味が湧いてきて、煬鳳ヤンフォンは藁の山から体を起こす。

「ええ。ほら、揺爪山ようそうざんが崩落した一件があったでしょう」

 凰黎ホワンリィが言っているのは、揺爪山ようそうざんの金鉱で岩崩れがあって鉱夫たちが生き埋めになった事件だ。確か五行盟ごぎょうめいを訪れたとき、店の中で聞いた噂話ではみな生き埋めが原因とは思えぬ死に方――全員干からびて死んでいた、という話だった。
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