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藕断糸連哥和弟(切っても切れぬ兄弟の絆)

060:堅物宮主(一)

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 次の日、盈月楼えいげつろうにやってきた煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィを待っていたのは楽師の女性だった。彼女に「旦那様がお待ちです」と案内され、千紫万紅せんしばんこうの庭園を進んでゆくと、そこにいたのは鸞快子らんかいしと巨大な鳥だった。

「思ったより早かったな」

 唖然とする煬鳳ヤンフォンを見て鸞快子らんかいしは相好を崩す。煬鳳ヤンフォンは巨鳥の元に駆け寄るとその巨体を見上げた。
 黒曜ヘイヨウもかなり大きい鳥の姿をしているが、この巨鳥はもっと大きい。人だって容易く乗せられる程の大きさだ。一見すると大きいだけの鳥かと思うが、よく見れば瞳の中に二つずつ瞳が見える。その羽は普段目にする鳥の羽のどれよりも美しく煌びやかだった。どう見ても普通の鳥でないことは一目瞭然だ。

「凄い大きな鳥だ。まさか、鸞快子らんかいしが飼ってるのか?」

 よほど煬鳳ヤンフォンが驚く姿が可笑しかったのか、鸞快子らんかいしが肩を揺らしている。

「彼女は重明鳥ちょうめいちょうといって……私が飼っているというのには語弊がある。この鳥は自らの意志で選択することができる、とても高貴な鳥なのだ」
「この鳥はあらゆる災いを退けると言い伝えられる、伝説の霊鳥です。鸞快子らんかいし……貴方はまさかこの霊鳥に乗って冽州れいしゅうへ行くつもりなのですか?」

 まさか移動手段に有り難い霊鳥を使うなど、そんなわけがあるのだろうか。凰黎ホワンリィの目はそう語っている。

「その通り。重明鳥ちょうめいちょうの言い伝えを知っているのなら分かるだろう。この霊鳥は我々に力を貸すために、今日ここに舞い降りてくれたのだから」

 自信たっぷりに言い切った鸞快子らんかいしの言葉に、煬鳳も凰黎ホワンリィも言葉が出なかった。しかし、鸞快子らんかいしの言うことはあながち間違いでもなく、重明鳥ちょうめいちょうは静かに体を屈めて『乗れ』と合図を送ってきたのだ。

「い、いいのかな……」

 遠慮を知らない煬鳳ヤンフォンも、相手が高貴な霊鳥となれば話が違う。良いと言われても凰黎ホワンリィのほうを見て「乗ってもいいのか?」と助けを求める。
 凰黎ホワンリィはそんな煬鳳ヤンフォンを見て溜め息をつくと、「重明鳥ちょうめいちょうが乗って良いと仰っているのですから、有り難くそうさせて頂きましょう」と答えるしかなかった。
 二人が乗ったのを見届けると、鸞快子らんかいしはひらりと鳥の背に乗ると優しくその首を撫でる。

瓊瑤チョンヤオ、感謝している」

 いま呼んだのは重明鳥ちょうめいちょうの名なのだろうか。重明鳥ちょうめいちょう鸞快子らんかいしに撫でられてすっかり上機嫌の様子で、甲高い声をあげると大きく翼を羽ばたかせた。

 重明鳥ちょうめいちょう――瓊瑤チョンヤオの飛ぶ様子は本当に見事なもので、ひとたび羽ばたくだけで数里を飛び越える。振り落とされるのではないかと咄嗟に凰黎ホワンリィにしがみ付いたのだが、驚くことにそれだけの速さで飛んでいても、不思議な力に守られて煬鳳ヤンフォンたちは瓊瑤チョンヤオから落ちることはなかった。

「なあ、もしかしてこの瓊瑤チョンヤオも、いつかの助けた見返りに……?」

 あまりに重明鳥ちょうめいちょうが従順で鸞快子らんかいしに対して好意的だったので、思わず煬鳳ヤンフォン鸞快子らんかいしに耳打ちをした。
 鸞快子らんかいしは少し驚いた顔をして、その後大きな声で笑う。

「ふふ、まさか。仮にも相手は重明鳥ちょうめいちょう。そのような取り引きなどはしない」
「じゃ、どうやって仲良くなったんだ?」
「以前とある国で、怪我の手当てをしてやった。それだけだ。怪我が治ったのを見届けて再び旅に戻ったが、なぜか後ろから瓊瑤チョンヤオがついてくる。暫くしたら飽きるだろうと思ったが、いつしか隣を歩くようになっていた」
「……」

 滅茶苦茶慕われている。
 確かに鸞快子らんかいしは仮面をつけていても美しい男だということはよく分かる。
 しかし、まさか霊鳥にそこまで好かれるほどだとは思わずに、煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィの二人は呆気にとられてしまった。

「しかし、人のいない荒れ地を共に歩くのはまだ良いが、街中まで来てしまったら今度は瓊瑤チョンヤオが格好の標的になってしまう。瓊瑤チョンヤオは類まれな霊鳥であり、金を求める盗賊や珍しいものを集める金持ちにとっては、どんなことをしてでも手に入れたいほどの鳥なのだから」
「それで、普段は姿を見せないようにして貰っていたんですね」
「そういうことだ」

 鸞快子らんかいしの言葉に同調するように、瓊瑤チョンヤオがまた一声鳴いた。


 恒凰宮こうおうきゅうに程近い場所で、煬鳳ヤンフォンたちは瓊瑤チョンヤオから降りた。徨州こうしゅうから冽州れいしゅうまで、ほんの二刻ほど。実に嘘のような速さで目的の場所に辿り着いてしまった。
 煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィの顔色を窺う。
 瓊瑤チョンヤオに乗っているあいだ、恒凰宮こうおうきゅうに近づくにつれて凰黎ホワンリィの表情はどんどん暗いものにかわり、そして口数が減っていった。犀安さいあんにいたときからそうだったが、恒凰宮こうおうきゅうの話題が出ると凰黎ホワンリィは暗くなる。

(いったい凰黎ホワンリィはどうしたっていうんだ? ずっと黙ったままでなにも言わないで……)

 自分にできることは何もないのだろうか。思いつめた顔の凰黎ホワンリィと、その背中を見ながら煬鳳ヤンフォンは思う。
 思えば凰黎ホワンリィはいつだって煬鳳ヤンフォンのために色んなことをしてくれた。いまだってそうだ。
 それなのに、煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィのためにまだ何もしていない。凰黎ホワンリィ五行盟ごぎょうめいでは凰ではなくジン公子と呼ばれていたときも、結局凰黎ホワンリィは言葉を濁すだけだった。大したことではないとでも言いたげだったが、本当はそんなわけない。

(だって、初めて会ったときだってそうだった)

 しかし煬鳳ヤンフォンはそんな凰黎ホワンリィに対して何もできることがない。
 いまだって、凰黎ホワンリィは一人で鬱々とした気持ちを抱えている。いずれは話してくれるだろうから、などと簡単に考えていたが、単純な問題ならこんなにも辛そうな顔はしないだろう。
 やはり辛そうな凰黎ホワンリィを見るのは煬鳳ヤンフォンも悲しい。

凰黎ホワンリィ、大丈夫か?」

 瓊瑤チョンヤオに礼を言って見送ったあと、瓊瑤チョンヤオはすぐさま凰黎ホワンリィに尋ねた。凰黎ホワンリィは目をぱちくりとさせたあと柔らかく微笑む。それがなんだか無理をしているようで、いっそう煬鳳ヤンフォンは胸が苦しくなった。

「大丈夫ですよ。どうかしたんですか?」
「大丈夫なわけあるか。恒凰宮こうおうきゅうに行くっていってからずっと浮かない顔ばかりしてるぞ」

 煬鳳ヤンフォンに言い当てられ、決まりが悪そうに凰黎ホワンリィは苦笑いする。

「弱りました、お見通しですね」

 今度の微笑みは、言い当てられたことが嬉しかったようだ。眉尻を下げながらも口元は上がっている。

「白状します。恒凰宮こうおうきゅうは私の生まれた場所なんです」
「えっ!? じゃあもしかして、凰黎ホワンリィの家族って……」

 言いかけて煬鳳ヤンフォンは気づく。彼の名字は『凰』で、恒凰宮こうおうきゅうも『凰』だ。なぜ今頃になって気づいたのだろうか。気づこうと思えばもっとはやく気づく機会だってあったはずだ。

「そう。血の繋がった家族は、……兄が恒凰宮こうおうきゅうにいます。……まあ、全く顔を合わせる機会がなかったわけではないんです。これでも五行盟ごぎょうめい本部へ使いに行くと、時々は挨拶する機会もありましたので……」

 しかし多少言葉を濁しているのは、やはり凰黎ホワンリィにとってそのことはあまり話しやすいことではないらしい。言うほど家族として親密な間柄でもないのだろう。

「そっか。なんか言い辛いこと聞いちゃったかな……」

 途端になんだか申し訳なくなってくる。凰黎ホワンリィは「いいえ」と首を振った。

「私の様子が普段と違うことに気づいて、心配してくれたのでしょう? とても嬉しいです」
凰黎ホワンリィ……」

 大げさすぎる気もするが、凰黎ホワンリィが喜ぶことに対して嫌な気分になるはずもない。頬が熱くなるのを感じながらなにか言葉を言おうとすると、背後からわざとらしい咳払いが聞こえてきた。

「幸せそうなところ水を差して悪いのだが……いつまで私はこうして待っていればいいのかな?」
「……」

 そういえばお邪魔虫を一人、放置したままだったのだ。

「放置する気などなかったのですが申し訳ありません」

 そう棒読みで言った凰黎ホワンリィからは、申し訳なさそうな雰囲気は欠片も伝わってこない。しかし鸞快子らんかいしは「私が好き好んで勝手に同行を申し出たまで。別に文句を言う気はない」などと言っている。
 文句は言わないが鸞快子らんかいしの言葉尻から、ちくちくと嫌味を感じなくもない。

恒凰宮こうおうきゅう冽州れいしゅう随一の険しさをほこる星霓峰せいげつほうの中でも聖域と呼ばれる場所にあります。通る人も殆どいないでしょう? 近くの村に住む人たちも、この辺りは滅多に訪れることはないんです」

 先ほどから誰にも会わないのはそういうことだったのか、とようやく凰黎ホワンリィの話を聞いて煬鳳ヤンフォンは思う。恒凰宮こうおうきゅうへはそう遠くないらしいのだが、瓊瑤チョンヤオから下りて現在に至るまで、一人たりとも道行く者に会うことはなかった。

恒凰宮こうおうきゅうの一族は、神の血を引くと古より言い伝えられている。星霓峰せいげつほうの中で最も高い場所、そこに恒凰宮こうおうきゅうがあるというわけだ」
「神の血? それって本当なのか?」

 鸞快子らんかいしの言葉に煬鳳ヤンフォンは聞き返す。

「証明する手立てはないが、対する翳冥宮えいめいきゅうは魔族の血を引くと伝えられていた。……神と魔、どちらかが真実ならば、どちらも本当だと思わないか?」
「全然分からないけど……どっちも真実でないって可能性は?」
煬鳳ヤンフォンは手厳しいな。しかし彼らの力を見れば、神の血を引くという言い伝えもあながち間違いではないと思うぞ?」

 煬鳳ヤンフォンはそれでも俄には信じ難いと思っていた。神も魔もいるかもしれないが、そう簡単に姿を現すとは思えないし、なにより彼らの血を引く一族が存在すると言うのも信じがたい。魔族はまだともかくとして、神がやすやすと人界にんかいに根を下ろすのだろうか?
 そうこうしているうちに大きく美しい屋敷が見えてきた。見た目の神々しさからいってもあれが恒凰宮こうおうきゅうだ。思うところがあったのか、無意識に凰黎ホワンリィの歩みが遅くなる。煬鳳ヤンフォンはそんな凰黎ホワンリィの様子を見ながら問う。

凰黎ホワンリィ、あそこか?」
「ええ、間違いありません。……ここに来たのは、私がこの恒凰宮こうおうきゅうを出たとき以来です。事前に連絡もしてあるので問題はないと思いますが、少し緊張しますね」

 煬鳳ヤンフォンは無造作に凰黎ホワンリィの手を取った。凰黎ホワンリィが小さな声でなにか言いかけたが、気にせずにぐいぐいと手を引いて恒凰宮こうおうきゅうへと向かう。

鸞快子らんかいしが」

 先ほどより大きな声で凰黎ホワンリィが言った。煬鳳ヤンフォンが振り返ると離れた場所に鸞快子らんかいしが立っている。どうやら彼は恒凰宮こうおうきゅうに行くつもりがないようだ。

鸞快子らんかいし、来ないのか?」

 鸞快子らんかいしは緩やかに首を振った。

「私は五行盟ごぎょうめいの関係者であるし、恒凰宮こうおうきゅうに入るのは止めておく。一番近い村にいるから、話が終わったらそこに来てくれ」
「でも凰黎ホワンリィだって……」

 そう言いかけて煬鳳ヤンフォンは言葉を止める。凰黎ホワンリィは確かに五行盟ごぎょうめいの関係者でもあるが、恒凰宮こうおうきゅうの者でもあるから特別だ。鸞快子らんかいし五行盟ごぎょうめいのかなり中枢部にいる人間だから、それを彼も気にしているのだろう。

「分かった。またあとでな」

 煬鳳ヤンフォンの言葉に鸞快子らんかいしは頷く。それを見届けて、煬鳳ヤンフォンは再び凰黎ホワンリィの手を引いて恒凰宮こうおうきゅうへと向かったのだった。
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