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藕断糸連哥和弟(切っても切れぬ兄弟の絆)

058:聖人君子(一)

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 鸞快子らんかいしという人物は、実に多種多様な門派のものたちから信望を集めているらしい。

『門派に関係なく人を助ける評判の君子で、お礼を申し出ても「いつかその日に力を貸して欲しい」と言うばかりで頑なに固辞している』

 世間一般ではそのように彼のことを言っているのだそうだ。

鸞快子らんかいし。先ほどは有り難うございました」

 ひとまずの危機を脱した煬鳳ヤンフォンたちは、盟主の部屋を出たばかりの鸞快子らんかいしを見つけた。凰黎ホワンリィはすぐさま彼の元に小走りで向かうと、鸞快子らんかいしに頭を下げる。

「なに。前回はみなを説得しきることができなかった。今回は役目を果たせてほっとしているよ」

 ことが無事に終わり安堵したのか、鸞快子らんかいし煬鳳ヤンフォンに向かって微笑む。

(なんで俺に向かって笑ったんだ? こういう場合、凰黎ホワンリィに向けるんじゃないか?)

 鸞快子らんかいしの考えはいつもよく分からない。しかし、一番世話になったのは煬鳳ヤンフォンに間違いはない。慌てて煬鳳ヤンフォン鸞快子らんかいしに丁寧に頭を下げる。

「有り難う、鸞快子らんかいし。俺たちだけじゃあ、あいつらを説得することはできなかった。感謝してる」
「先ほども言ったが、前回助けきれなかった分を補っただけだ」

 そうは言うが、前回ですら彼には煬鳳ヤンフォンを助ける理由はない。鸞快子らんかいしは完全に善意から煬鳳ヤンフォンのことを助けてくれているのだ。これを君子と言わずしてなんと言おうか。

「おい、煬昧梵ヤンメイファン!」

 呼ばれて振り返ると、そこにいたのは清林峰せいりんほうの一件で行動を共にした雷靂飛レイリーフェイだった。

「久しぶりだな、雷靂飛レイリーフェイ
「そんな挨拶はいい! それより災難だったな」
「へ?」

 とつぜん災難などと言われて、煬鳳ヤンフォンは呆気にとられる。なぜ彼がそんなことを言ったのか、分からなかったからだ。

「へ、じゃない! 五行盟ごぎょうめいの他の奴らから散々絞られてたじゃないか。うちの掌門しょうもんもお前のことを心配していたが、口下手で喋ると墓穴を掘るからと黙っていたそうだ」

 煬鳳ヤンフォンは今度こそ呆気にとられてしまった。雷靂飛レイリーフェイはともかく、まさか霆雷門ていらいもん掌門しょうもん……雷閃候レイシャンホウにまで心配されているとは思ってもいなかったからだ。

(怪しい品物を送り付けてくるほど恨まれてると思ったんだけどな……)

 以前凰黎ホワンリィが彼のことを『一周半回ってある種の好意』と評したことがあったのだが、もしかしたら煬鳳ヤンフォンが考えるほど彼には嫌われていなかったのかもしれない。

「そ、そうだったんだ。心配かけて悪かったな。お前のところの掌門しょうもんが凄い口下手なことは俺もよく知ってるよ。……ともかく、二人とも心配してくれただけでもありがたいと思ってる」

 しかし、人が危機的状況に陥っていたときに「口下手で喋ったら墓穴を掘るから黙っていた」というのはいかがなものだろうか。黙っていたことで余計に不利になる可能性だってある。

(でも……)

 案外口を開いていたらいまよりもっと最悪の事態になって取り返しがつかなくなった可能性も捨てきれない。それだけ雷閃候レイシャンホウは地雷なのだ。
 ならばやはり『墓穴を掘るから黙っていた』というのは正しかったのかもしれない。

「お前はめでたく五行盟ごぎょうめいからは不問になったのだから、俺たちも躊躇いなくお前のことを助けてやれる。困ったことがあったらいつでも言えよ! 共に清林峰せいりんほうの一件を解決した仲間として!」

 彼のこういった暑苦しいところも、彼の掌門しょうもんに大変よく似ている。

「ああ、ありがとな。もしものときは頼むよ」

 せっかく向けられた好意を無碍むげにはしたくない。煬鳳ヤンフォンは有り難く雷靂飛レイリーフェイの好意を受け取っておくことにした。
 そんなことを考えていると、凰黎ホワンリィ鸞快子らんかいしの前に進み出る。

「実は私たちはこのあと恒凰宮こうおうきゅうへ――」

 鸞快子らんかいし凰黎ホワンリィはこのあとのことを言いかけたのだが、途中で鸞快子らんかいしに止められた。どうやら周りを警戒しているようだ。ことさら声を落とし、周囲に注意を払いながら鸞快子らんかいしは言う。

「ここではなく、別の場所にしよう。――ついてきなさい」

 踵を返すと、鸞快子らんかいし煬鳳ヤンフォンたちに向かってそう言った。
 鸞快子らんかいしに案内され場所を変えようとしたときだ。塘湖月タンフーユエが歩みを変え煬鳳ヤンフォンたちと別の方向に足を向けた。

嶺主りょうしゅ様から言い使った目的も無事に終えたことですし、私はこれで失礼します」

 どうやら煬鳳ヤンフォンが無事お咎めなしとなり、塘湖月タンフーユエは役目を終えたということらしい。

「師兄。そのように急がずとも、もう少しゆっくりされていけば宜しいのに」

 儀礼的なものかもしれないが、凰黎ホワンリィ塘湖月タンフーユエを引き留めた。

「どのみちそなたは恒凰宮こうおうきゅうへ行くつもりなのだろう。ならば私の役目はここまでだ。それに……私は恋人たちのあいだに割り込むような、野暮なことはしたくはない」

 色恋沙汰に巻き込まれるのはごめんだとばかりに、彼は颯爽と蓬静嶺ほうせいりょうへと帰っていった。
 空気を読んだといえば聞こえはいいが、さっさと帰っただけともいえる。
 この場合、残った野暮な者は誰なのか、を考えて煬鳳ヤンフォンは考えるのを止めた。

(こっちから頼んでるのに野暮だなんて思ったらバチがあたるからな)

 煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィとあともう一人――それは鸞快子らんかいし

 鸞快子らんかいし煬鳳ヤンフォンたちを連れてきたのは、犀安さいあんのはずれにある広々とした茶楼だった。大通りとは違い、店同士がひしめき合っているわけでもない。鮮やかな楼閣からは緑あふれる美しい庭園を臨み、蓮浮かぶ水辺に構えられた水榭すいしゃには楽師が数人いて、美しい琵琶の音色を奏でている。

「ここは私が滞在する『盈月楼えいげつろう』。この店の楽師たちはみな優れた音功の使い手で、実力も相当なもの。信頼を第一として、怪しいものを絶対に通すことはしないし、何者の侵入も許さない。秘密の話も安心してできるというわけだ」

 随分といいところで暮らしている、きっと値段も相当なものだろう。さすがは五行盟ごぎょうめいの盟主に仕える男だ、と煬鳳ヤンフォンは思う。
 美しい襦裙を纏う給仕に案内されて朱塗りの回廊を通り抜け、煬鳳ヤンフォンたちは水辺の景色がよく見える部屋へと通された。

「あんた、随分いいところで暮らしてるんだな」

 思わず正直な感想を述べると、鸞快子らんかいしはくつくつと肩を揺らす。

煬鳳ヤンフォン。君はさしずめ『五行盟ごぎょうめいに良い金を貰ってるのだろう』と思っているのだろう?」
「違うのか?」

 凰黎ホワンリィが制止するのも聞かず、煬鳳ヤンフォンは言葉をぶつける。別に嫌味を言うつもりもなく、単にそう思っただけなのだが。

五行盟ごぎょうめいから給金がいくばくか出ているのは本当だが、役職に見合う最低限の金銭で羨ましがるほど高額というわけでもない。……率直に言えば、この茶楼は私が経営している」
「は!?」

 蓬静嶺ほうせいりょうの元客卿で現五行盟ごぎょうめいの盟主の補佐。そして茶楼の経営者でもある。
 多彩な才能と言うべきか、煬鳳ヤンフォンは迷った。

鸞快子らんかいし様は居場所を失った私たちのために、この茶楼を建ててくださったのです。我々は鸞快子らんかいし様に感謝してもしきれません」

 茶と菓子を運んできた給仕の女性は、煬鳳ヤンフォンたちにそのように語る。どうやら『鸞快子らんかいしは至る所で人を助けている』という噂は正真正銘の真実らしい。しかも見返りを求めることなく『いつかそのときがきたら』というだけなのだから、驚いた。
 聖人君子というのは本当にいるものだ。

「さて、本題に入ろうか」

 給仕が部屋から去ったあと、ようやく鸞快子らんかいしは話を切り出した。

「先ほどは万晶鉱ばんしょうこうのことを口にしかけたようだが……その話はおいそれと他人に聞こえる場所で話して良いことではない」

 鋭く言った鸞快子らんかいしの視線は凰黎ホワンリィに向けられている。凰黎ホワンリィは眉根を微かに寄せて俯いていた。彼のそのような表情を見るのは珍しいことで、煬鳳ヤンフォンの心を不安にさせる。

「申し訳ありません。ついはやる気持ちを抑えることができませんでした」
「怒っているわけではない。……ただ、万晶鉱ばんしょうこうはあらゆる門派が狙う秘宝中の秘宝。迂闊に口にすれば、誰に被害が及ぶやも分からない」

 いまいち理解が追いついてこないのだが、しかし彩鉱門さいこうもん万晶鉱ばんしょうこうのことで危うく門派が滅びるところだったのだ。煬鳳ヤンフォンたちは幸いにも万晶鉱ばんしょうこうの剣が恒凰宮こうおうきゅうにあることを知ってはいるが、それこそ妙な奴らに嗅ぎつけられたら恒凰宮こうおうきゅうに迷惑がかかるかもしれない。

 なにより、万晶鉱ばんしょうこうの短剣が奪われてしまったら、また一から万晶鉱ばんしょうこうを探さなければならなくなってしまう。

「話は先ほどあらかた聞かせてもらったが、完全に同化してしまった魂魄を切り分けるのはとても難しいことだ。片方は霊力の余剰分として独立した思考を持っている。しかも霊力でありながら実体を持つという。せめて片方の意識を消してしまえるのならまだやりようがあるが、お互いの存在を保ったまま分けてやるというのは……いっそ一から体を作り直したほうが楽かもしれないくらいだ」

 鸞快子らんかいしの言葉は物騒だったが至極当然なことだ。翳炎えいえんに宿った黒曜ヘイヨウの意識は、驚くほど煬鳳ヤンフォンの体に馴染んで全く違和感のない状態になってしまった。それどころか、馴染み過ぎて霊力が爆発的に増加してしまっている。

 意地悪なことを言うとは思ったが、彼の眼差しは決して嫌味を言っているわけでも意地悪をしているようにも見えなかった。恐らくは彼の考える、それが大真面目に考えた上で出した答えだったのだろう。

 ――つまり、煬鳳ヤンフォンの悩みを解決するのは相当骨が折れるということ。

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