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藕断糸連哥和弟(切っても切れぬ兄弟の絆)

056:黄霧四塞(三)

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 玄烏門げんうもんに滞在しているあいだ、二日ほど玄烏門げんうもんを出て、清瑞山せいずいさんにある我が家と蓬静嶺ほうせいりょうを訪れた。

 清瑞山せいずいさんを流れる川には鯉仙人こいせんにんという変わり者の仙人がいる。といっても言葉を喋ることが珍しいだけの鯉、のような気もするが。
 この鯉はよりにもよって人の恋路を出歯亀するのが大好きで、煬鳳ヤンフォンたちの住んでいる小屋の横を流れる川にしょっちゅう居座っている。
 いっそのことどこかに捨ててきてしまおうかとも思うのだが、今回少しばかり家を空ける手前、この鯉に留守中の小屋の管理を頼むことにした。

(嬉々として引き受けてたけど……小屋の中のもの勝手に漁ったりしないよな……)

 出歯亀仙人だけに、信用ならない。見た目は鯉なのに。

 次いで蓬静嶺ほうせいりょうへ挨拶に訪れると、既に五行盟ごぎょうめい本部から嶺主りょうしゅである静泰還ジンタイハイが戻ったあとだった。煬鳳ヤンフォンたちは彼に五行盟ごぎょうめい本部で色々心配して貰ったことなどに対する感謝の言葉を述べ、彼にことの顛末を相談した。

「そうか、もしも黒冥翳魔こくめいえいまとの関係が五行盟ごぎょうめいに知られたらあまり良いことにはならないだろう」

 煬鳳ヤンフォンの力が、もとは黒冥翳魔こくめいえいまのものであったことは動かしがたい事実。当人とは何の関係もない煬鳳ヤンフォンではあるが、やはり力の根源が同じであればいい顔をされないのも仕方がない。

「そうだな……ならば塘湖月タンフーユエを連れていきなさい」
嶺主りょうしゅ様、タン師兄ですか?」
「そうだ。あやつは他人の理解を得る手段に対して熟達している。昔から面倒事の仲裁ばかりやらせていた所以かもしれんが」

 塘湖月タンフーユエがいかに優秀かは、界隈ではかなり有名な話だ。なにせ凰黎ホワンリィがいなかったら次期嶺主りょうしゅで間違いないと言われていたほどなのだから。

 本人や嶺主りょうしゅがそのつもりであったかは分からないが、若いうちから塘湖月タンフーユエ静泰還ジンタイハイの手伝いをすることが多かった。面倒事の解決や、事件が起こった際の収拾をつける役目、争いが起きれば仲裁に奔走し……実に幅広く何でもこなしてくれたそうだ。

 それだけ優秀ならば、あとからやってきた年下の凰黎ホワンリィに嫉妬でもしそうなものだが、そういった様子もないところがまた彼の素晴らしいところだといえよう。

「以前……まだ私が礼儀を知らない子供の頃です。嶺主りょうしゅになりたくないのかと彼に尋ねたことがありました」

 塘湖月タンフーユエの元へ挨拶に行くときに、凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンに語りかけた。

「ですが、師兄は私にこう言いました。『自分は嶺主りょうしゅに引き取られたお陰でこうして蓬静嶺ほうせいりょうで重要な役目を与えて貰った。これ以上の望みはない。孤児である自分を、ここまで分け隔てなく育ててくれた嶺主りょうしゅ様に恩を返すことができさえすれば、それで良いのだ』と」
「謙虚なんだな」
「そうですね。私もそう思いましたよ」

 そして凰黎ホワンリィ自身も嶺主りょうしゅの座には興味がないように思える。嶺主りょうしゅ代理であるにもかかわらず、だ。

 しかし静泰還ジンタイハイは不思議だ。
 嶺主りょうしゅ代理は凰黎ホワンリィだが、凰黎ホワンリィ静泰還ジンタイハイの養子だと言っていたから血の繋がりは恐らく無いだろう。塘湖月タンフーユエも当然、無いように思える。他の掌門しょうもん峰主ほうしゅたちには誰かしら身内がいたはずなのだが、静泰還ジンタイハイにはそういった血縁関係の人物が一人もいない。

「なあ、凰黎ホワンリィ嶺主りょうしゅ様には血の繋がった家族はいないのか?」
「いたことはあったそうです」

 その言葉は、随分昔はいた、という意味だ。そこから類推される事実は大きく分けて『いまは死んで生きていない』か『生きてはいるが去ってしまった』のどちらかになるだろう。
 煬鳳ヤンフォンは言葉に窮し、押し黙る。

「私がこの蓬静嶺ほうせいりょうにやってくるよりも昔の話です。以前清林峰せいりんほう五行盟ごぎょうめいにいたころ、清林峰せいりんほうが襲撃されたという事件があったとお話したでしょう」
「う、うん」

 煬鳳ヤンフォンは頷く。

「そのとき、嶺主りょうしゅ様の奥様はご子息の持病の治療をするために、ご子息と共に清林峰せいりんほうを訪れていたそうです」

 当時の清林峰せいりんほうに『不老不死の薬』の噂が流れたことは訝しく思ってはいたものの、まさかそのことが大きな悲劇となって押し寄せるなど予想だにしなかった。静泰還ジンタイハイ清林峰せいりんほうには息子のことで世話にもなっていたし、頻繁に治療で訪れていたため、世間が噂をするような神がかり的な薬など、どこにもないことを知っていたからだ。

 出所の分らぬ不可解な噂を信じる者がいるわけがない。
 よもや他の門派がその噂を信じ、薬の強奪に押し寄せてくるなどとは夢にも思わなかったのだ。

 運悪くその日は静泰還ジンタイハイの妻と息子が治療のために訪れる日だった。彼の妻子は門派の襲撃に遭い、巻き添えで殺されてしまったのだという。誰が死に誰が殺したのかも分からぬほど、清林峰せいりんほうでの虐殺は本当に酷いものだったそうだ。

 当時の状況は、酷い怪我を負いながらも辛うじて生き残った者たちから泣いて伝えられたのだが、事実は口では言い表せぬほど酷いもので、あまりの衝撃と失意で静泰還ジンタイハイは暫くふさぎ込んでしまったという。
 悪の易きや火の原を燎くが如し[*1]と言うが、これ幸いとばかりに清林峰せいりんほうで略奪が暫く続いた。その中には、どさくさに紛れて五行盟ごぎょうめい清林峰せいりんほうへの略奪行為に加担したとも伝え聞く。折しも彼が絶望に打ちのめされているあいだのことだ。

 それもこれも、煬鳳ヤンフォンたちがまだ生まれてもいない頃の話であって、当時の状況を知る者はそう多くはない。
 結局彼は新たに妻を娶るようなこともなく、いまに至るというわけだ。

 煬鳳ヤンフォンは以前より、凰黎ホワンリィ静泰還ジンタイハイの息子同然に育てられているというのに、なぜ彼を『父上』と呼ぶことがないのか疑問に思っていた。

 しかし、初めて会ったときに凰黎ホワンリィが言っていたように『自分の家族は他にいる』ということや、静泰還ジンタイハイが妻子を失ったことを考えれば、たとえ息子同然であってもおいそれと『父上』だなどと呼ぶことは、躊躇われるのだということがいまなら理解できる。

 煬鳳ヤンフォンたちが塘湖月タンフーユエにことの顛末を離し、五行盟ごぎょうめい本部で起こるであろう面倒事への対処を頼み込むと「嶺主りょうしゅ様が仰るのなら」と口添えを約束してくれた。

    * * *

 数日ほど玄烏門げんうもんでの時間を過ごした煬鳳ヤンフォンたちは、小黄シャオホワンのことを夜真イエチェン善瀧シャンロンに任せ、五行盟ごぎょうめい本部へと向かうことにした。だからといって滞在中はずっと玄烏門げんうもんで転がっていたのかというと、我が家に戻って留守番を頼んだり蓬静嶺ほうせいりょうへ挨拶に行ったりなどしていたので、息抜きというよりは必要な準備を済ませるための時間だったというほうが正しい。

 出発の折はたいそう小黄シャオホワンも寂しがり、いやだいやだと掴んだ袖を離さなかったものだ。煬鳳ヤンフォンはちょっと遠出するだけだからと小黄シャオホワンに言い含め「兄ちゃんたちの言うことをよく聞くように」と念を押した。小黄シャオホワンのことも気になるが、彼のことは一旦弟子たちに任せて煬鳳ヤンフォンは自分自身のことをなんとかしなければならない。

 既に何度目かになるが、船を使って河を渡り、馬車に乗るというのは何度やっても慣れないものだ。船はまだいいとして、馬車は狭くて退屈で仕方がない。
 長いあいだ徨州こうしゅうから出たことのなかった煬鳳ヤンフォンが、こうして何度も行き来することになろうとは思わなかった。

「座り過ぎて腰が痛くなりそうだ……」

 それなりにいい馬車を使ったつもりだったが、座っていた姿勢が悪かったらしい。しかも凰黎ホワンリィと二人の旅ではなく、今回は塘湖月タンフーユエも共に行動していたため、いつもより緊張していたというのもある。腰をさすっていると凰黎ホワンリィの手が腰に触れ、そのお陰ですっと痛みが消え去った。

「ありがと。みっともないところ見せちまったな」
「貴重な宝器でもあれば、もっと効率良く移動できるかもしれませんけどね」
「それって万晶鉱ばんしょうこうのことだろ? 絶対面倒なことになる気がするから、いままで通りでいいよ」

 慌てて煬鳳ヤンフォンは笑いながら手を振った。確かに凄い鉱石かもしれないが、万晶鉱ばんしょうこうにまつわる話を聞く限り、進んで持ちたいとは思えない。
 しかし、もしも煬鳳ヤンフォンの直面している悩み――実体を伴う霊力が増大する件と、そしてその霊力を切り離す件が解決されるなら、そのときはぜひ手に入れたいところだが。

 そんな与太話を交わしながら三人で犀安さいあんの都を歩いていたのだが、たまたま喉の渇きを潤すために立ち寄った茶舗で奇妙な話を耳にした。

「おい、聞いたか? あの噂」
「あの噂って、なんだ?」
「このまえ揺爪山ようそうざんの金鉱が崩れたって話があっただろ?」
「ああ、確か入り口が崩れて中で鉱夫たちが生き埋めになったんだよな。確か五行盟ごぎょうめいのうちいくつかの門派が救助に向かったとか」

 煬鳳ヤンフォンは隣で茶を飲む凰黎ホワンリィと目を合わせる。どうやら清林峰せいりんほうの一件の際に随分と揉めていた揺爪山ようそうざんの一件は、何一つ決まらないように見えていたが無事に話がまとまったようだ。

「そこからが本題だよ! 実は救助されたものの結局誰一人生存者はいなかった」
「そりゃ、時間もかかってたし当然だろうな」

 男のそっけない反応に、もう一人の男は声を落として力説する。

「それだけじゃないぞ! ついこの前だって、その死亡した鉱夫たちの死体が五行盟ごぎょうめいに運び込まれたんだが、とんでもないことになっていたと聞いたんだ!」

「とんでもないこと? なんだそりゃ」
「そのときの様子を見た奴らが言うことには、あの死体は生き埋めで死んだものなんかじゃない。みんな干からびたようになって死んでたっていうんだ」

「嘘だろ!? 干からびるって……干からびるほど時間は経ってないだろう!?」
「嘘なんか言ってどうする? 見た奴の話じゃ、なんでも骨に皮が張り付いたような状態で、目は窪んで真っ黒。まるでなにかに生気を全部吸われたんじゃないかと思うほど、恐ろしい形相だったって話だ」

「なんだそれ、おっかねえ」
「だろ?」
五行盟ごぎょうめいはどうする気なんだ」
「そりゃ、原因をこれから調べるんだろうよ! そのためにわざわざ死体を運び込んだんだろうからな!」

 男たちの会話はとりとめなく続く。
 しかしこのあとの話は殆ど感情的なものばかりで意味をなさなかった。

――――
[*1]悪の易きや火の原を燎くが如し……悪いことは野を焼くように容易く燃え広がる、みたいな意味。
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