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陳蔡之厄黒炎山(黒炎山での災難)
044:狐死首丘(二)
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「凰黎?」
ふと凰黎の歩みが止まったことに気づき、煬鳳は振り返った。凰黎の右手が伸びたかと思うと、煬鳳の頬に触れる。
「大変な幼少時代を過ごしたのですね……」
ひんやりとした凰黎の手が心地良い。視線をあげれば凰黎の黒玉色の綺麗な瞳が煬鳳をじっと見つめている。少しも目線を逸らさぬものだから、なんだか気まずくて煬鳳は視線を脇に向けた。
「そ、そんなことないさ。子供のころ、しかもほんの数年の話だ。こうして幸せな今があるんだから、そのうちの何割かの苦労があったって、全然大変じゃないよ。師匠もいるし、玄烏門の皆もいる。それに何より、凰黎が今は傍にいてくれる。だから、凄く幸せだ」
「煬鳳……」
頬に乗せられた凰黎の手の上に己の手を重ねると、煬鳳はもう片方の凰黎の手を引き寄せた。
ゆっくりとその顔が近づいていくにつれ、凰黎の綺麗な口元へと自然に目が釘づけられてしまう。巡る脈動と胸の鼓動が騒がしすぎて、煬鳳はくらくらしてしまいそうになった。
二人の唇が触れるか否かという近さまできたとき。
「あ、ちょっと待ってください」
突然素に戻った凰黎の声に、煬鳳は盛大に表情を崩してしまった。
「もう、一体何なんだ!?」
あまりに突然にぶち壊された空気に、煬鳳は堪らず叫ぶ。
普段は照れやな癖に、人がいない時はここぞとばかりに甘えようとするのだが、甘えようとした途端にこれだ。全くついてない、と煬鳳は心の中で舌打ちをした。
「すみません、でも何か聞こえませんか?」
「へっ?」
慌てて耳を澄ますと、確かに妙な声がする。
「誰か……泣いてるのか?」
凰黎と顔を見合わせたあと、恐る恐る泣き声のする方へ歩いて行く。岩陰の向こうにしゃがみ込んでいる人影がある。黄金色の絹地に龍の文様が描かれた龍袍を纏い、背中まで伸びた黄金色の髪の毛に黄金色の冠を戴く少年は、色が違えば皇帝かと思うところだ。しかし身の丈二尺と少しでは、官吏にしてもさすがに幼すぎる。年のころは多く見積もっても四、五歳程度。
子供は煬鳳たちがあと数歩のところまで近づいて、ようやく二人の気配に気づいたようだ。びくりと肩を震わせたあとゆっくりと振り返り、顔をひきつらせた。
「ひっ……!」
子供の顔に浮かんだのは恐怖の色。豪華な身なりをしているからには、きっとこの子供は高貴な生まれの貴族か何かなのかもしれない。そんな子供がこのような岩山にたった一人で取り残されているのだから、何か事件に巻き込まれた可能性もある。
「えーと、泣くなよ」
「うううっ、うわあああん」
「……」
何と言ったものかと口を開けば泣かれてしまった。自分が子供だったときはさておいて、幼子の扱いには全く不慣れだ。自分が子供のときは小さい子供の扱いなんか適当だったし、怒鳴っても同じ孤児同士で相手も別にへこたれない。しかし、目の前にいるのは明らかに身分が違う、怒られることにも慣れてないであろうお坊ちゃんなのだ。全く持って面倒くさい。声をあげて泣き始めた子供に困り果てていると、凰黎が子供と視線を合わせるようにしてゆっくりと屈み、微笑む。
「私たちは貴方の敵ではありません。見たところ貴方はたった一人でこの場所にいたようですが、貴方の家族はいないのですか?」
幼子は凰黎の顔をまじまじと観察したあとで、ふるふると首を振る。どうやら相手に害する気はないのだと理解したようだ。
(小さい割にはよく観察している……)
伊達に貴族の子供ではないらしい。
「では、お尋ねしますが、貴方には私たちの助けは必要ですか?」
凰黎の言葉に、幼子は随分考え込んでいる様子で、何度か視線を向けては俯きを繰り返す。――恐らくは決めかねているのだ。
煬鳳が何か言おうとすると、凰黎は『待って』と目で合図をする。仕方がないので煬鳳は大人しく二人のやりとりを見守ることにした。
「ではこういうのはいかがですか? 我々はこれからこの山を登るつもりです。少し時間が……どれくらいかかるかは分かりません。ですが必ず帰るときにここを通って帰りましょう。そのときまでに、我々と一緒に山を下りるかどうか決めておく、というのはどうでしょうか」
冗談を言っているのかと煬鳳は思った。確かに山に行って戻るつもりだが、日帰りで帰るかも分からない。山頂までは少なくともそれなりの時間がかかるし、煬鳳が暮らしていた村も立ち寄るつもりだ。もしも夜になるとしたら、無理して下山はせず夜が明けてから出発するだろう。
そんなに長時間、この子供を待たせておけるものだろうか?
凰黎の性格からしても、子供をこのような山の中腹に放置して立ち去るなどということをするはずがない。
「行く……」
小さく幼子が発した言葉。反射的に眉を顰めて「もっかい」と言うと、今度は少し大きな声で「一緒に行く!」と叫ぶと、ひっしと凰黎に飛び着いた。
さすがにこのままこの場に放っておかれては、この先どうなるか分からないと不安に思ったらしい。あれほど躊躇っていたにも拘わらず、引き剥がされまいと凰黎の袖をぎゅっと握っている。
(調子いいな、お前……!)
子供相手に焼きもちを焼いても仕方がないが、なんだかいつもの自分の居場所とをとられたようで些か悔しくもある。凰黎はというと、そんな煬鳳の気持ちに気づいたのかチラリと煬鳳の方へ視線を流すとにこりと微笑んだ。
敢えて意地悪を言ったのは、頑なな子供をなんとか「一緒に行く」と言わせるための作戦だったらしい。
「さて、小朋友。これから我々は、貴方を何とお呼びしたら宜しいですか?」
凰黎はぴったりと張り付いたまま離れぬ幼子を、目線の高さまで抱え上げる。凰黎が子供の相手をしているところは見たことがなかったが、幼子も嫌がる素振りは見せなかった。
「…………黄……我は、黄……」
俯き、小さな声で幼子は言う。
「黄?」
凰黎が聞き返すと、幼子はもう一度頷いた。
「では小黄とお呼びすることにしましょう。私は凰黎、こっちが煬鳳です」
「ほわ……?」
「そう。凰大哥。あっちが煬大哥」
向けられた小黄の視線に、煬鳳は反射的に目を逸らしてしまう。
「煬大哥」
すぐさま凰黎に窘められ、慌てて煬鳳は小黄に向き直り「うん」と頷く。何が「うん」なのかは分からないが概ね『分かった』という意味合いが込められている。
「凰大哥」
「うん、良い子ですね。あと『我』と自分のことを言うのは止めておきましょう。良家の家柄ということを知られたら、悪い奴に狙われる可能性もありますから」
「っ! わ、わかった!」
凰黎の言葉に真っ青になって、小黄はこくこくと頷いた。
(確かにあの身なりで『我』っていうのはただの貴族じゃすまないよな……)
幼子の口調はただの金持ち息子のそれとは異なっている。どういったいきさつであんな所に一人でいたのかは分からないが、普通に考えれば到底ありえないこと。彼の身なりから想像するに――下手をすれば睡龍の外からやってきた人間という可能性もありうる話だ。
だから凰黎が心配するのも無理はないと煬鳳は思う。
「よし。それでは、行きましょうか」
抱き上げたまま小黄の頭を撫で、凰黎は『行きましょう』と煬鳳に目配せをした。
* * *
ようやく黒炎山の中腹まで戻って来たのだと、目の前に広がる景色を見て煬鳳は思った。
十数年前のあの日のまま、時の止まった村の姿がそこにある。
原形も留めぬほど焼け落ちた家、岩に埋もれた店。あのとき暮らしていた粗末な小屋も、今はもうどこにあったのか分からないほど荒れ果てている。
煬鳳たちを一番気に掛けてくれた夫婦の家。
孤児が暮らしていても、嫌な顔一つしなかった長老。
喧嘩をしたこともあったが、時々一緒に遊んだ近くの家の子供。
時折手伝いの代わりに食べ物をくれたおじさんの家。
一つ一つ思い出を噛み締めながら煬鳳は歩き、凰黎は小黄を抱きながらゆっくりとその後ろとついて歩いた。
噴火が落ち着いてからも一度だけ訪れたが、目に映る景色は当時と殆ど変わってはいない。ここまで悲惨な状態では村を立て直すことはできないだろうし、全てを片付けることも不可能だ。
ましてや、あの惨事で生き残った者がいるとも思えなかった。
「ここだ」
村のはずれまでやってきた煬鳳はようやく足を止める。
傍から見ればただ岩を置いただけにしか見えない。しかしまじまじとその場所を見て凰黎は呟いた。
「……お墓、ですか?」
「うん。暫くあとでもどってきたときに作ったんだ。それでも、子供の手じゃ村の皆を埋めることもできないし、仲間たちの死体も見つけられなくてさ。形だけだよ」
「ここに来たのは一度だけ?」
不意に凰黎の語調が変化したので煬鳳は顔をあげる。まるで何度も訪れたかのような言い方だ。
「そうだけど? どうかしたのか?」
「ええ。これ……」
小黄を静かに降ろし、凰黎は岩の影に手を入れる。握った手のひらをゆっくりと開き煬鳳の目の前に差し出した。
「なんだ? これ」
その手の上にあるのは、茶色い欠片だ。
「萎れた花。ですが貴方が以前ここを訪れたのは十年以上前のことでしたよね? ならばこの花は当時の物にしては新しすぎます。この花はひと月ほど前に置かれたものでしょう」
「ひと月!?」
別れ際の友の言葉が頭に響く。
『もし生き延びることができたら、もう一度村に戻って皆の墓を作ろう。それが生きてるって合図だ』
ここに花を置いたものは、間違いなくここが墓として作ったものだということを分かって置いたのだ。つまり、あの日あの時、噴火の最中に分かれた仲間の誰かということになる。
(ってことは……もしかして、俺の他に誰か生きてるってことか!?)
ふと凰黎の歩みが止まったことに気づき、煬鳳は振り返った。凰黎の右手が伸びたかと思うと、煬鳳の頬に触れる。
「大変な幼少時代を過ごしたのですね……」
ひんやりとした凰黎の手が心地良い。視線をあげれば凰黎の黒玉色の綺麗な瞳が煬鳳をじっと見つめている。少しも目線を逸らさぬものだから、なんだか気まずくて煬鳳は視線を脇に向けた。
「そ、そんなことないさ。子供のころ、しかもほんの数年の話だ。こうして幸せな今があるんだから、そのうちの何割かの苦労があったって、全然大変じゃないよ。師匠もいるし、玄烏門の皆もいる。それに何より、凰黎が今は傍にいてくれる。だから、凄く幸せだ」
「煬鳳……」
頬に乗せられた凰黎の手の上に己の手を重ねると、煬鳳はもう片方の凰黎の手を引き寄せた。
ゆっくりとその顔が近づいていくにつれ、凰黎の綺麗な口元へと自然に目が釘づけられてしまう。巡る脈動と胸の鼓動が騒がしすぎて、煬鳳はくらくらしてしまいそうになった。
二人の唇が触れるか否かという近さまできたとき。
「あ、ちょっと待ってください」
突然素に戻った凰黎の声に、煬鳳は盛大に表情を崩してしまった。
「もう、一体何なんだ!?」
あまりに突然にぶち壊された空気に、煬鳳は堪らず叫ぶ。
普段は照れやな癖に、人がいない時はここぞとばかりに甘えようとするのだが、甘えようとした途端にこれだ。全くついてない、と煬鳳は心の中で舌打ちをした。
「すみません、でも何か聞こえませんか?」
「へっ?」
慌てて耳を澄ますと、確かに妙な声がする。
「誰か……泣いてるのか?」
凰黎と顔を見合わせたあと、恐る恐る泣き声のする方へ歩いて行く。岩陰の向こうにしゃがみ込んでいる人影がある。黄金色の絹地に龍の文様が描かれた龍袍を纏い、背中まで伸びた黄金色の髪の毛に黄金色の冠を戴く少年は、色が違えば皇帝かと思うところだ。しかし身の丈二尺と少しでは、官吏にしてもさすがに幼すぎる。年のころは多く見積もっても四、五歳程度。
子供は煬鳳たちがあと数歩のところまで近づいて、ようやく二人の気配に気づいたようだ。びくりと肩を震わせたあとゆっくりと振り返り、顔をひきつらせた。
「ひっ……!」
子供の顔に浮かんだのは恐怖の色。豪華な身なりをしているからには、きっとこの子供は高貴な生まれの貴族か何かなのかもしれない。そんな子供がこのような岩山にたった一人で取り残されているのだから、何か事件に巻き込まれた可能性もある。
「えーと、泣くなよ」
「うううっ、うわあああん」
「……」
何と言ったものかと口を開けば泣かれてしまった。自分が子供だったときはさておいて、幼子の扱いには全く不慣れだ。自分が子供のときは小さい子供の扱いなんか適当だったし、怒鳴っても同じ孤児同士で相手も別にへこたれない。しかし、目の前にいるのは明らかに身分が違う、怒られることにも慣れてないであろうお坊ちゃんなのだ。全く持って面倒くさい。声をあげて泣き始めた子供に困り果てていると、凰黎が子供と視線を合わせるようにしてゆっくりと屈み、微笑む。
「私たちは貴方の敵ではありません。見たところ貴方はたった一人でこの場所にいたようですが、貴方の家族はいないのですか?」
幼子は凰黎の顔をまじまじと観察したあとで、ふるふると首を振る。どうやら相手に害する気はないのだと理解したようだ。
(小さい割にはよく観察している……)
伊達に貴族の子供ではないらしい。
「では、お尋ねしますが、貴方には私たちの助けは必要ですか?」
凰黎の言葉に、幼子は随分考え込んでいる様子で、何度か視線を向けては俯きを繰り返す。――恐らくは決めかねているのだ。
煬鳳が何か言おうとすると、凰黎は『待って』と目で合図をする。仕方がないので煬鳳は大人しく二人のやりとりを見守ることにした。
「ではこういうのはいかがですか? 我々はこれからこの山を登るつもりです。少し時間が……どれくらいかかるかは分かりません。ですが必ず帰るときにここを通って帰りましょう。そのときまでに、我々と一緒に山を下りるかどうか決めておく、というのはどうでしょうか」
冗談を言っているのかと煬鳳は思った。確かに山に行って戻るつもりだが、日帰りで帰るかも分からない。山頂までは少なくともそれなりの時間がかかるし、煬鳳が暮らしていた村も立ち寄るつもりだ。もしも夜になるとしたら、無理して下山はせず夜が明けてから出発するだろう。
そんなに長時間、この子供を待たせておけるものだろうか?
凰黎の性格からしても、子供をこのような山の中腹に放置して立ち去るなどということをするはずがない。
「行く……」
小さく幼子が発した言葉。反射的に眉を顰めて「もっかい」と言うと、今度は少し大きな声で「一緒に行く!」と叫ぶと、ひっしと凰黎に飛び着いた。
さすがにこのままこの場に放っておかれては、この先どうなるか分からないと不安に思ったらしい。あれほど躊躇っていたにも拘わらず、引き剥がされまいと凰黎の袖をぎゅっと握っている。
(調子いいな、お前……!)
子供相手に焼きもちを焼いても仕方がないが、なんだかいつもの自分の居場所とをとられたようで些か悔しくもある。凰黎はというと、そんな煬鳳の気持ちに気づいたのかチラリと煬鳳の方へ視線を流すとにこりと微笑んだ。
敢えて意地悪を言ったのは、頑なな子供をなんとか「一緒に行く」と言わせるための作戦だったらしい。
「さて、小朋友。これから我々は、貴方を何とお呼びしたら宜しいですか?」
凰黎はぴったりと張り付いたまま離れぬ幼子を、目線の高さまで抱え上げる。凰黎が子供の相手をしているところは見たことがなかったが、幼子も嫌がる素振りは見せなかった。
「…………黄……我は、黄……」
俯き、小さな声で幼子は言う。
「黄?」
凰黎が聞き返すと、幼子はもう一度頷いた。
「では小黄とお呼びすることにしましょう。私は凰黎、こっちが煬鳳です」
「ほわ……?」
「そう。凰大哥。あっちが煬大哥」
向けられた小黄の視線に、煬鳳は反射的に目を逸らしてしまう。
「煬大哥」
すぐさま凰黎に窘められ、慌てて煬鳳は小黄に向き直り「うん」と頷く。何が「うん」なのかは分からないが概ね『分かった』という意味合いが込められている。
「凰大哥」
「うん、良い子ですね。あと『我』と自分のことを言うのは止めておきましょう。良家の家柄ということを知られたら、悪い奴に狙われる可能性もありますから」
「っ! わ、わかった!」
凰黎の言葉に真っ青になって、小黄はこくこくと頷いた。
(確かにあの身なりで『我』っていうのはただの貴族じゃすまないよな……)
幼子の口調はただの金持ち息子のそれとは異なっている。どういったいきさつであんな所に一人でいたのかは分からないが、普通に考えれば到底ありえないこと。彼の身なりから想像するに――下手をすれば睡龍の外からやってきた人間という可能性もありうる話だ。
だから凰黎が心配するのも無理はないと煬鳳は思う。
「よし。それでは、行きましょうか」
抱き上げたまま小黄の頭を撫で、凰黎は『行きましょう』と煬鳳に目配せをした。
* * *
ようやく黒炎山の中腹まで戻って来たのだと、目の前に広がる景色を見て煬鳳は思った。
十数年前のあの日のまま、時の止まった村の姿がそこにある。
原形も留めぬほど焼け落ちた家、岩に埋もれた店。あのとき暮らしていた粗末な小屋も、今はもうどこにあったのか分からないほど荒れ果てている。
煬鳳たちを一番気に掛けてくれた夫婦の家。
孤児が暮らしていても、嫌な顔一つしなかった長老。
喧嘩をしたこともあったが、時々一緒に遊んだ近くの家の子供。
時折手伝いの代わりに食べ物をくれたおじさんの家。
一つ一つ思い出を噛み締めながら煬鳳は歩き、凰黎は小黄を抱きながらゆっくりとその後ろとついて歩いた。
噴火が落ち着いてからも一度だけ訪れたが、目に映る景色は当時と殆ど変わってはいない。ここまで悲惨な状態では村を立て直すことはできないだろうし、全てを片付けることも不可能だ。
ましてや、あの惨事で生き残った者がいるとも思えなかった。
「ここだ」
村のはずれまでやってきた煬鳳はようやく足を止める。
傍から見ればただ岩を置いただけにしか見えない。しかしまじまじとその場所を見て凰黎は呟いた。
「……お墓、ですか?」
「うん。暫くあとでもどってきたときに作ったんだ。それでも、子供の手じゃ村の皆を埋めることもできないし、仲間たちの死体も見つけられなくてさ。形だけだよ」
「ここに来たのは一度だけ?」
不意に凰黎の語調が変化したので煬鳳は顔をあげる。まるで何度も訪れたかのような言い方だ。
「そうだけど? どうかしたのか?」
「ええ。これ……」
小黄を静かに降ろし、凰黎は岩の影に手を入れる。握った手のひらをゆっくりと開き煬鳳の目の前に差し出した。
「なんだ? これ」
その手の上にあるのは、茶色い欠片だ。
「萎れた花。ですが貴方が以前ここを訪れたのは十年以上前のことでしたよね? ならばこの花は当時の物にしては新しすぎます。この花はひと月ほど前に置かれたものでしょう」
「ひと月!?」
別れ際の友の言葉が頭に響く。
『もし生き延びることができたら、もう一度村に戻って皆の墓を作ろう。それが生きてるって合図だ』
ここに花を置いたものは、間違いなくここが墓として作ったものだということを分かって置いたのだ。つまり、あの日あの時、噴火の最中に分かれた仲間の誰かということになる。
(ってことは……もしかして、俺の他に誰か生きてるってことか!?)
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