32 / 177
千山万水五行盟(旅の始まり)
031:陰森凄幽(六)
しおりを挟む
「黒明! お前、どこに行ってたんだよ!」
「どこって、家に帰ったに決まってるでしょう。あなた達は、あれからすぐ峰主様のところに行ったじゃないですか」
「……」
それもそうだった。
確かに彼の言う通り、煬鳳たちは峰主の元に連れて行かれてしまったので、あまりどうこういえた義理ではない。
「それより、ここは二階だぞ!? 何してるんだ」
「入り口でおっさんが酔い潰れて眠ってるんで、仕方なく勝手にお邪魔したんですよ」
「おっさん……」
それはもしや、雷靂飛のことだろうか。しかし酔い潰れているとはいったいどうしたのだろう。
「下の階の水がめの中身が酒とすり替えられていたようでした。ただの酒なので暫くしたら起きるでしょう」
「!?」
全く動じずに凰黎がさらっと口にしたので煬鳳は驚いた。もしやと思い、煬鳳は凰黎に尋ねる。
「な、なあ。もしかしてさっきあんなことしてきたのは……」
「下の階にいる彼がぐっすり眠っていたからですよ?」
………。
煬鳳は頭を抱えた。
随分大胆なことをすると思ったら、そういうことだったのか。
「あんなこと?」
「わー! わー! 何でもない! 何でもない!」
危うく黒明が藪蛇になりそうなことを言いかけたので、慌てて煬鳳は黒明の口を塞いだ。凰黎の方を振り向けば袖で口元を隠して笑っている。何か言ってやりたいと思ったが、いまはそれよりもこの場をごまかすことが先決だ。
「そ、それより気づいてたのならなんで言わなかったんだ!? 酒と水をすり替えられたんだろ!? 絶対何か企みがあるに決まってるじゃないか!」
「そうですけど……。ふつう一口飲んだら気づくでしょう? 恐らく雷公子は気づいたけれど、美味しかったからそのまま飲んだのだと思います。それにどのみち清公子の母君が夕餉を作りに来てくださるのですから、どうあっても夕餉の頃には起きるでしょう」
「じゃ、じゃあさっき俺にくれた水は?」
「薬草園に行ったときに清粛に頼みました。薬草を育てるのに使う水なら、きっと一番綺麗な水だろうと思ったので」
「……」
凰黎の言う通り、もしも酒と水がすり替わっていたら一口飲んですぐに気づく。雷靂飛が眠りこけるほど飲んだのは……単に酒が飲みたかったのだろう。
(こんなんで大丈夫なのかな……)
たるんでいると思わなくもないが、しかし凰黎の言う通りで、夕餉になれば嫌でも起きざるを得ない。従って、別に酒を飲もうが関係ない……のかもしれない。
(凰黎もあんなことしてきたし……)
思い出すだに耳が熱くなる。自分たちも決して人のことは言えない、と煬鳳は心の中で思った。
「それで、何か用か?」
いつの間にか椅子に腰かけ、卓子にゆったりと座る黒明を煬鳳はジロリと見る。いきなり部屋に入って来るわ、勝手に寛ぐわで実に自由気ままな男だ。
そんな煬鳳の視線に気づくと、黒明は肩を竦めて笑う。
「酷い言い草だなぁ。ちょっといい情報持って来たんですよ?」
「良い情報?」
そう、と黒明は頷く。
「あなた達は、ここ最近立て続けに起こっている事件を調査するために来たんでしょう? なら、人の出入りはしっかり調べた方がいいと思いますよ」
「人の出入り? そんなの、外部の人間がやってきたら清林峰の迷陣ですぐに気づかれるだろう」
「違う違う。その期間中に誰がこの清林峰にいたか。一見関係なさそうに見えても、比べてみると共通点があるんじゃないかと思って」
「……」
卓子に頬杖をつく男を、煬鳳は見る。お世辞にも切れ者には見えないが、しかし彼の言うことには一理ある。
「それもそうだな。分かった、調べてみるよ」
「うん、それがいいと思いますよ。それじゃ、僕はこれで」
そう言うと黒明は扉に手をかける。煬鳳は呼び止めるべきかと少し悩んだが、呼び止める理由もなくそのまま見送ることにした。
「……あとで清粛に頼んでみようか」
「そうですね、それが良いでしょう」
扉を見つめながら煬鳳は言う。
* * *
夕餉を終えた煬鳳たちは、予定通り行動を開始した。
まだ初更を過ぎたところだが、元より人の少ないこの地では、家から出る者もそう多くはない。途中で清粛と合流しながら、密やかに薬草園へと戻ってきた。
「大丈夫かな、あいつ」
「霆雷門の門弟たちは強いですよ。だから安心して下さい。万に一つ雷公子に何かあったとしても、彼なら無事に切り抜けられるでしょう。霆雷門が煬鳳に勝てないのは、貴方が強すぎるだけです」
「……」
実に複雑な心境だ。安心して良いのだろうか、それは。
昼間しこたま酒を飲んだ雷靂飛は、夕餉と共に目を覚ましたがボロ屋敷で留守番をして貰うことにした。酒臭いからというのもあるが、ボロ屋敷には荷物も置いてある。貴重なものは持って出るが、万が一に備えておいたほうが良いと思ったのだ。
凰黎は一切の心配する素振りなく「大丈夫」だと言い切ったが、煬鳳としては一抹の不安が残る。しかし、凰黎がここまで言うなら間違いはないのだろう。
「しかし、本当に来るんでしょうかね……」
不安そうに清粛が言う。
既に今夜の当番は帰らせたので、薬草園と薬草庫には守るものがいない。代わりに煬鳳たちが周囲から様子を窺っている。
二更。
気配はまだなし。
聞こえてくるのは谷を吹き抜ける風の音。
月が明るいお陰で周囲の様子もよく見える。
そして三更。
妙な気配を感じ取り、煬鳳たちは息を飲む。ようやく待ちわびた者が来たらしい。気づかれぬように目で合図をすると、可能な限り気配を殺し機が熟するのを待った。
(きた!)
突然にしてそれは現れた。
仄かに光る美しい影がしなやかな足を伸ばしてふわりと降り立つ。あまりにも密やかで、あまりにも清らか。
そして、その姿を見て煬鳳はとても衝撃を受けた。
(って………牛じゃないかーーーーーーーーーー!!)
そう、牛だったのだ。
しかし、世間で飼われているような牛とはさすがに異なっていて、確かに見た目は牛だが、真っ白で清らかな……………………牛だった。
戸惑うあまり清粛の様子を確認したが、清粛も目を丸くして固まっている。凰黎は足跡を見たと言っていたから、どうせ既に知っていたのだろう。
どうしたらいいのか。捕まえるべきか否か。
そうこうしているうちに牛はそろそろと薬草園の中を歩き出す。既に目的は決まっているのか、その歩みに迷いはない。そうこうしているうちに牛は薬草庫の扉に蹄をかけて、器用に鍵を外してしまった。
なんということだろう。
とてもただの牛とは思えない。いや、空から舞い降りた時点で普通の牛ではないだろう。これが人の姿をしていたのなら、ここまで驚かなかったかもしれない。多分、予想を大幅に裏切られて頭が追いついていないのだ、と煬鳳は思った。
しかし、そんな場合ではない。
(そうだ、混乱してる場合じゃない。俺たちは犯人を捕まえなきゃいけないんだ!)
薬草庫の中では牛がごそごそと薬草を漁っている。これなら捕まえて問題はないだろう。煬鳳は気合いを入れ直すと、薬草庫に向かって駆け出した。
「こら! 泥棒野郎!」
牛はぎくりと振り返る。何か言おうとして口を開き、その口に咥えていた物がはらはらと落ちてしまった。
落ちた物を見るなり、清粛が叫ぶ。
「あれは! 間違いない、索冥花です!」
どうやらこの牛の目的は、索冥花で間違いないようだ。
『も、申し訳ございません! どうか私の話をお聞き下さい!』
牛は慌てて床に手をつくと、頭をこすりつけて嘆願する。
「……」
あまりに人間離れ……いや、牛離れした、人間じみた行動によって、煬鳳の頭は大混乱だ。何が何やら分からない。
どうしよう、と背後の凰黎に助けを求めると「大丈夫」と凰黎は煬鳳たちに頷く。どうやら凰黎には考えがあるらしい。
「まず――貴方に確認したいことがあります」
丁寧な口調で、凰黎は牛に呼び掛ける。牛は顔を上げると『なんなりと』と答えた。
「ここ数か月、この清林峰では六人もの人間が殺されました。これは貴方が関わっていますか?」
牛はぎょっとして首を横にぶんぶんと振って否定する。
『とんでもない! 私が人を殺すなど、ありえません! それに私が清林峰にやってきたのは、つい昨日のことでございます』
「では、ここで盗みを何度も働きましたか?」
『滅相もございません! 私が盗もうとしたのは、いまこの時が初めてでございます。天に誓って嘘偽りはございません!』
「では貴方は何者ですか? どう見てもただの牛ではありませんね」
『私は、とある尊いお方にお仕えしているもの……いえ、牛でございます』
「私の感じたところによれば、貴方は――」
『お願いでございます。私が何者か知られてしまったら、大変なことになってしまいます』
「……」
言いかけた凰黎の言葉を強引に牛は遮ったようにも感じられた。……なんだか色々面倒臭い牛だ。
しかし、とにかくこの牛はただの牛ではなく、誰かか偉い人に仕えている『話せる牛』ということらしい。
「この牛の話、信じてもいいんでしょうか……」
清粛が不安なのも無理はない。煬鳳もまだこの牛のことを信じて良いのか、決めかねている。なにせこの牛が薬草を盗み出そうとしたことに変わりはないのだから。
『私が話せる範囲で、全てお話させて頂きます。どうかそのうえで、何卒お助け頂きたいのです』
牛はこうなったらと腹を括ったようだ。煬鳳たちの前に座ると、両手をついてそう懇願した。
凰黎は牛の両手(蹄)を取って立たせると「薬草庫を開けたままにしては薬草が痛んでしまいます。いったん外に」と言って薬草庫の外へと連れ出した。
『私はさる尊いお方にお仕えする、鼓牛と申します。実は私の主がお忍びで散策の途中、卑怯な輩に謀られ傷ついてしまわれたのです』
鼓牛は静かに語り始める。その口調は重く、状況はかなり深刻であるように感じられた。
『詳しくは申し上げられませんが、しかし尊い御身分のお方であるがゆえ、いまはまだ大ごとにするわけにはゆかないのです。我々は秘密裏にあらゆる手段を講じ、思いつく手段は全て試してみましたが、どうすることもできませんでした。そんな時、ある噂を耳にしたのです』
「ある噂?」
「どこって、家に帰ったに決まってるでしょう。あなた達は、あれからすぐ峰主様のところに行ったじゃないですか」
「……」
それもそうだった。
確かに彼の言う通り、煬鳳たちは峰主の元に連れて行かれてしまったので、あまりどうこういえた義理ではない。
「それより、ここは二階だぞ!? 何してるんだ」
「入り口でおっさんが酔い潰れて眠ってるんで、仕方なく勝手にお邪魔したんですよ」
「おっさん……」
それはもしや、雷靂飛のことだろうか。しかし酔い潰れているとはいったいどうしたのだろう。
「下の階の水がめの中身が酒とすり替えられていたようでした。ただの酒なので暫くしたら起きるでしょう」
「!?」
全く動じずに凰黎がさらっと口にしたので煬鳳は驚いた。もしやと思い、煬鳳は凰黎に尋ねる。
「な、なあ。もしかしてさっきあんなことしてきたのは……」
「下の階にいる彼がぐっすり眠っていたからですよ?」
………。
煬鳳は頭を抱えた。
随分大胆なことをすると思ったら、そういうことだったのか。
「あんなこと?」
「わー! わー! 何でもない! 何でもない!」
危うく黒明が藪蛇になりそうなことを言いかけたので、慌てて煬鳳は黒明の口を塞いだ。凰黎の方を振り向けば袖で口元を隠して笑っている。何か言ってやりたいと思ったが、いまはそれよりもこの場をごまかすことが先決だ。
「そ、それより気づいてたのならなんで言わなかったんだ!? 酒と水をすり替えられたんだろ!? 絶対何か企みがあるに決まってるじゃないか!」
「そうですけど……。ふつう一口飲んだら気づくでしょう? 恐らく雷公子は気づいたけれど、美味しかったからそのまま飲んだのだと思います。それにどのみち清公子の母君が夕餉を作りに来てくださるのですから、どうあっても夕餉の頃には起きるでしょう」
「じゃ、じゃあさっき俺にくれた水は?」
「薬草園に行ったときに清粛に頼みました。薬草を育てるのに使う水なら、きっと一番綺麗な水だろうと思ったので」
「……」
凰黎の言う通り、もしも酒と水がすり替わっていたら一口飲んですぐに気づく。雷靂飛が眠りこけるほど飲んだのは……単に酒が飲みたかったのだろう。
(こんなんで大丈夫なのかな……)
たるんでいると思わなくもないが、しかし凰黎の言う通りで、夕餉になれば嫌でも起きざるを得ない。従って、別に酒を飲もうが関係ない……のかもしれない。
(凰黎もあんなことしてきたし……)
思い出すだに耳が熱くなる。自分たちも決して人のことは言えない、と煬鳳は心の中で思った。
「それで、何か用か?」
いつの間にか椅子に腰かけ、卓子にゆったりと座る黒明を煬鳳はジロリと見る。いきなり部屋に入って来るわ、勝手に寛ぐわで実に自由気ままな男だ。
そんな煬鳳の視線に気づくと、黒明は肩を竦めて笑う。
「酷い言い草だなぁ。ちょっといい情報持って来たんですよ?」
「良い情報?」
そう、と黒明は頷く。
「あなた達は、ここ最近立て続けに起こっている事件を調査するために来たんでしょう? なら、人の出入りはしっかり調べた方がいいと思いますよ」
「人の出入り? そんなの、外部の人間がやってきたら清林峰の迷陣ですぐに気づかれるだろう」
「違う違う。その期間中に誰がこの清林峰にいたか。一見関係なさそうに見えても、比べてみると共通点があるんじゃないかと思って」
「……」
卓子に頬杖をつく男を、煬鳳は見る。お世辞にも切れ者には見えないが、しかし彼の言うことには一理ある。
「それもそうだな。分かった、調べてみるよ」
「うん、それがいいと思いますよ。それじゃ、僕はこれで」
そう言うと黒明は扉に手をかける。煬鳳は呼び止めるべきかと少し悩んだが、呼び止める理由もなくそのまま見送ることにした。
「……あとで清粛に頼んでみようか」
「そうですね、それが良いでしょう」
扉を見つめながら煬鳳は言う。
* * *
夕餉を終えた煬鳳たちは、予定通り行動を開始した。
まだ初更を過ぎたところだが、元より人の少ないこの地では、家から出る者もそう多くはない。途中で清粛と合流しながら、密やかに薬草園へと戻ってきた。
「大丈夫かな、あいつ」
「霆雷門の門弟たちは強いですよ。だから安心して下さい。万に一つ雷公子に何かあったとしても、彼なら無事に切り抜けられるでしょう。霆雷門が煬鳳に勝てないのは、貴方が強すぎるだけです」
「……」
実に複雑な心境だ。安心して良いのだろうか、それは。
昼間しこたま酒を飲んだ雷靂飛は、夕餉と共に目を覚ましたがボロ屋敷で留守番をして貰うことにした。酒臭いからというのもあるが、ボロ屋敷には荷物も置いてある。貴重なものは持って出るが、万が一に備えておいたほうが良いと思ったのだ。
凰黎は一切の心配する素振りなく「大丈夫」だと言い切ったが、煬鳳としては一抹の不安が残る。しかし、凰黎がここまで言うなら間違いはないのだろう。
「しかし、本当に来るんでしょうかね……」
不安そうに清粛が言う。
既に今夜の当番は帰らせたので、薬草園と薬草庫には守るものがいない。代わりに煬鳳たちが周囲から様子を窺っている。
二更。
気配はまだなし。
聞こえてくるのは谷を吹き抜ける風の音。
月が明るいお陰で周囲の様子もよく見える。
そして三更。
妙な気配を感じ取り、煬鳳たちは息を飲む。ようやく待ちわびた者が来たらしい。気づかれぬように目で合図をすると、可能な限り気配を殺し機が熟するのを待った。
(きた!)
突然にしてそれは現れた。
仄かに光る美しい影がしなやかな足を伸ばしてふわりと降り立つ。あまりにも密やかで、あまりにも清らか。
そして、その姿を見て煬鳳はとても衝撃を受けた。
(って………牛じゃないかーーーーーーーーーー!!)
そう、牛だったのだ。
しかし、世間で飼われているような牛とはさすがに異なっていて、確かに見た目は牛だが、真っ白で清らかな……………………牛だった。
戸惑うあまり清粛の様子を確認したが、清粛も目を丸くして固まっている。凰黎は足跡を見たと言っていたから、どうせ既に知っていたのだろう。
どうしたらいいのか。捕まえるべきか否か。
そうこうしているうちに牛はそろそろと薬草園の中を歩き出す。既に目的は決まっているのか、その歩みに迷いはない。そうこうしているうちに牛は薬草庫の扉に蹄をかけて、器用に鍵を外してしまった。
なんということだろう。
とてもただの牛とは思えない。いや、空から舞い降りた時点で普通の牛ではないだろう。これが人の姿をしていたのなら、ここまで驚かなかったかもしれない。多分、予想を大幅に裏切られて頭が追いついていないのだ、と煬鳳は思った。
しかし、そんな場合ではない。
(そうだ、混乱してる場合じゃない。俺たちは犯人を捕まえなきゃいけないんだ!)
薬草庫の中では牛がごそごそと薬草を漁っている。これなら捕まえて問題はないだろう。煬鳳は気合いを入れ直すと、薬草庫に向かって駆け出した。
「こら! 泥棒野郎!」
牛はぎくりと振り返る。何か言おうとして口を開き、その口に咥えていた物がはらはらと落ちてしまった。
落ちた物を見るなり、清粛が叫ぶ。
「あれは! 間違いない、索冥花です!」
どうやらこの牛の目的は、索冥花で間違いないようだ。
『も、申し訳ございません! どうか私の話をお聞き下さい!』
牛は慌てて床に手をつくと、頭をこすりつけて嘆願する。
「……」
あまりに人間離れ……いや、牛離れした、人間じみた行動によって、煬鳳の頭は大混乱だ。何が何やら分からない。
どうしよう、と背後の凰黎に助けを求めると「大丈夫」と凰黎は煬鳳たちに頷く。どうやら凰黎には考えがあるらしい。
「まず――貴方に確認したいことがあります」
丁寧な口調で、凰黎は牛に呼び掛ける。牛は顔を上げると『なんなりと』と答えた。
「ここ数か月、この清林峰では六人もの人間が殺されました。これは貴方が関わっていますか?」
牛はぎょっとして首を横にぶんぶんと振って否定する。
『とんでもない! 私が人を殺すなど、ありえません! それに私が清林峰にやってきたのは、つい昨日のことでございます』
「では、ここで盗みを何度も働きましたか?」
『滅相もございません! 私が盗もうとしたのは、いまこの時が初めてでございます。天に誓って嘘偽りはございません!』
「では貴方は何者ですか? どう見てもただの牛ではありませんね」
『私は、とある尊いお方にお仕えしているもの……いえ、牛でございます』
「私の感じたところによれば、貴方は――」
『お願いでございます。私が何者か知られてしまったら、大変なことになってしまいます』
「……」
言いかけた凰黎の言葉を強引に牛は遮ったようにも感じられた。……なんだか色々面倒臭い牛だ。
しかし、とにかくこの牛はただの牛ではなく、誰かか偉い人に仕えている『話せる牛』ということらしい。
「この牛の話、信じてもいいんでしょうか……」
清粛が不安なのも無理はない。煬鳳もまだこの牛のことを信じて良いのか、決めかねている。なにせこの牛が薬草を盗み出そうとしたことに変わりはないのだから。
『私が話せる範囲で、全てお話させて頂きます。どうかそのうえで、何卒お助け頂きたいのです』
牛はこうなったらと腹を括ったようだ。煬鳳たちの前に座ると、両手をついてそう懇願した。
凰黎は牛の両手(蹄)を取って立たせると「薬草庫を開けたままにしては薬草が痛んでしまいます。いったん外に」と言って薬草庫の外へと連れ出した。
『私はさる尊いお方にお仕えする、鼓牛と申します。実は私の主がお忍びで散策の途中、卑怯な輩に謀られ傷ついてしまわれたのです』
鼓牛は静かに語り始める。その口調は重く、状況はかなり深刻であるように感じられた。
『詳しくは申し上げられませんが、しかし尊い御身分のお方であるがゆえ、いまはまだ大ごとにするわけにはゆかないのです。我々は秘密裏にあらゆる手段を講じ、思いつく手段は全て試してみましたが、どうすることもできませんでした。そんな時、ある噂を耳にしたのです』
「ある噂?」
0
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
双子攻略が難解すぎてもうやりたくない
はー
BL
※監禁、調教、ストーカーなどの表現があります。
22歳で死んでしまった俺はどうやら乙女ゲームの世界にストーカーとして転生したらしい。
脱ストーカーして少し遠くから傍観していたはずなのにこの双子は何で絡んでくるんだ!!
ストーカーされてた双子×ストーカー辞めたストーカー(転生者)の話
⭐︎登場人物⭐︎
元ストーカーくん(転生者)佐藤翔
主人公 一宮桜
攻略対象1 東雲春馬
攻略対象2 早乙女夏樹
攻略対象3 如月雪成(双子兄)
攻略対象4 如月雪 (双子弟)
元ストーカーくんの兄 佐藤明
SODOM7日間─異世界性奴隷快楽調教─
槇木 五泉(Maki Izumi)
BL
冴えないサラリーマンが、異世界最高の愛玩奴隷として幸せを掴む話。
第11回BL小説大賞51位を頂きました!!
お礼の「番外編」スタートいたしました。今しばらくお付き合いくださいませ。(本編シナリオは完結済みです)
上司に無視され、後輩たちにいじめられながら、毎日終電までのブラック労働に明け暮れる気弱な会社員・真治32歳。とある寒い夜、思い余ってプラットホームから回送電車に飛び込んだ真治は、大昔に人間界から切り離された堕落と退廃の街、ソドムへと転送されてしまう。
魔族が支配し、全ての人間は魔族に管理される奴隷であるというソドムの街で偶然にも真治を拾ったのは、絶世の美貌を持つ淫魔の青年・ザラキアだった。
異世界からの貴重な迷い人(ワンダラー)である真治は、最高位性奴隷調教師のザラキアに淫乱の素質を見出され、ソドム最高の『最高級愛玩奴隷・シンジ』になるため、調教されることになる。
7日間で性感帯の全てを開発され、立派な性奴隷(セクシズ)として生まれ変わることになった冴えないサラリーマンは、果たしてこの退廃した異世界で、最高の地位と愛と幸福を掴めるのか…?
美貌攻め×平凡受け。調教・異種姦・前立腺責め・尿道責め・ドライオーガズム多イキ等で最後は溺愛イチャラブ含むハピエン。(ラストにほんの軽度の流血描写あり。)
【キャラ設定】
●シンジ 165/56/32
人間。お人好しで出世コースから外れ、童顔と気弱な性格から、後輩からも「新人さん」と陰口を叩かれている。押し付けられた仕事を断れないせいで社畜労働に明け暮れ、思い余って回送電車に身を投げたところソドムに異世界転移した。彼女ナシ童貞。
●ザラキア 195/80/外見年齢25才程度
淫魔。褐色肌で、横に突き出た15センチ位の長い耳と、山羊のようゆるくにカーブした象牙色の角を持ち、藍色の眼に藍色の長髪を後ろで一つに縛っている。絶世の美貌の持ち主。ソドムの街で一番の奴隷調教師。飴と鞭を使い分ける、陽気な性格。
転生したら乙女ゲームの攻略対象者!?攻略されるのが嫌なので女装をしたら、ヒロインそっちのけで口説かれてるんですけど…
リンゴリラ
BL
病弱だった男子高校生。
乙女ゲームあと一歩でクリアというところで寿命が尽きた。
(あぁ、死ぬんだ、自分。……せめて…ハッピーエンドを迎えたかった…)
次に目を開けたとき、そこにあるのは自分のではない体があり…
前世やっていた乙女ゲームの攻略対象者、『ジュン・テイジャー』に転生していた…
そうして…攻略対象者=女の子口説く側という、前世入院ばかりしていた自分があの甘い言葉を吐けるわけもなく。
それならば、ただのモブになるために!!この顔面を隠すために女装をしちゃいましょう。
じゃあ、ヒロインは王子や暗殺者やらまぁ他の攻略対象者にお任せしちゃいましょう。
ん…?いや待って!!ヒロインは自分じゃないからね!?
※ただいま修正につき、全てを非公開にしてから1話ずつ投稿をしております
姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王
ミクリ21
BL
姫が拐われた!
……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。
しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。
誰が拐われたのかを調べる皆。
一方魔王は?
「姫じゃなくて勇者なんだが」
「え?」
姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる