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千山万水五行盟(旅の始まり)
021:五行盟主(一)
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「じゃあ、なんで五行だっんだ?」
「五つの力を一人が使うより、一つの力を極限まで高めた者を五人そろえた方が、結果的に強い力になるでしょう? 五行の力を以て封印を施すには五つ全てに大きな力が必要です。それもできるだけ均等に。黒冥翳魔は圧倒的な強さであったと聞いています。五行使い以外にも力を持った門派は当然あるのですが、様々な要因もあってたまたま彼らが有利な状態だったのだと思います」
「ふうん」
凰黎の言うことは正しい。
それこそ、凰黎のような全てにおいて誰よりも上の実力を出せる鬼才は別格だが、強大な力と相対することになった場合に効果的なのは、平均的な能力をいくら束ねても持った力を超えることは難しいものだ。
「黒冥翳魔は肉体を失いながらもなおこの地に災いをもたらそうとしました。その力は凄まじく、五人の掌門たちの力をもってしても完全に消し去ることは難しかったようです。それで最終的には五行の力をもって強力な封印を施したのだと聞いています。つまり、五行盟はその他の災いを防ぐと同時に黒冥翳魔が復活しないよう監視する役目も担っているのです」
その重要な役目を背負った一人が煬鳳に迷惑な贈り物を忘れずに送り付けてくることを想像するとうんざりするが、とにかく五行盟という存在は特別なものだということが煬鳳にもよく分かった。
「あともう一つ」
「なんです?」
凰黎が尋ね返す。細かく質問する煬鳳にも嫌な顔をする様子はない。
「今、蓬静嶺を抜いても三つしか言わなかった。蓬静嶺を入れたら四つ。……残りの一つは?」
凰黎は少しばかり、顔を曇らせる。
「ああ……もう一つは彩鉱門と言うのですが……今はもう、なくなりました」
「なくなった!? 五行盟なのに!?」
五行の門派が集まっているから五行盟。なのにそのうちの一つが既に滅門しているとは。
もはやそれは四行盟なのではないだろうか。
看板に偽りありというやつだ。
「まあ、百年以上の歴史があると、色々な事情があります。正直に言えば決して五行盟の者たちが高潔だというわけではありませんので……」
凰黎からそんな言葉が出るとは意外なものだ。話を聞く限り五行盟というのは建前上は平和を守るための正義の集団――といったところだが、彼がそこまで言うほどなのだから恐らく内部事情は相当複雑なのだろう。
「五行盟のことは分かった。……でもさ。なんで俺まで、今日はその五行盟の本部に行かなきゃいけないんだ?」
はっきり言って煬鳳は五行盟にとって完全に無関係の存在だ。なぜ凰黎がそんな場所に煬鳳を連れて行こうとしているのか疑問だった。
「五行盟の掌門たちは皆顔が広いのです。煬鳳の体を診てもらうための神医を紹介して貰えるように頼むつもりです」
「神医!?」
噂だけは聞いたことがある。この広い世界には、どんな病でも直せるという――まるで神のような医者がいるのだと。
「そう。……実はどこにいるかまでは把握しているのですが、そこに行くためには少なくとも盟主の紹介が必須ですから……」
さすがの神医ともなれば、会うためには相応の手順を踏まねばならないらしい。
「でもそんなすごい人が俺なんかのこと診てくれるのか? 相手は神様みたいな医者なんだろ?」
「それは、力で……いえ。まあいかようにでも出来ますから」
「……」
今さらっと『力でねじ伏せる』というようなことを言いかけたような気がした。いや、煬鳳のためなら凰黎は躊躇うことはないだろう。
「私の知り合いに、そういった神医がいれば良かったのですが……」
どうやら凰黎にはそういった知り合いがいなかったらしい。意外といえば意外だが、凰黎は自分の利益になるならないで人を選ぶような人間ではない。だからそういった人たちとたまたま知り合う機会がなかったのだろう。
だからこそ凰黎は大河を渡ってまで、遠く離れたこの地にやってきたに違いない。
煬鳳の過剰なほど気を配られた身なりについても『紹介するにあたって相手に失礼のないように』ということであるなら納得がいく。
(まあ、どこまで効果があるのかは分からないけどな)
ごろつきは所詮、ごろつきなのだ。どんなに見た目を取り繕ったところで騙せるわけではないだろう、というあまり希望のない考えしか浮かばない煬鳳だった。
* * *
五行盟の本部があるという――犀安城[*1]は想像を遥かに超えた繁栄ぶりだった。立ち並ぶ酒楼の数々は美女と客で溢れかえり、昼だというのに人目を憚ることもない。右を見ても左を見ても、なにがしかの店が物を売っている。煬鳳と凰黎はその中の手ごろな茶肆で休憩を挟んでから、ようやく五行盟の本部へとやってきた。
入り口で厳重な身分確認を終えたあと、ようやく二人は本部の中へと入ることを許される。
「もう、外は賑やかすぎて目が潰れるかと思ったよ」
やっと人込みから解放された煬鳳は、思わずぽろりと本音を零す。
そびえ立つ幾重の搭と朱塗りの豪華な楼閣の数々は、田舎者である煬鳳を大いに驚かせた。普段賑わっている酔香鎮だって、歩くのも難儀するほどには人が多くはない。
「犀安は垂州の中でも一番繁栄していると言われる都ですから……驚くのも無理はないでしょうね」
そう言って凰黎は笑う。
「でも、わざわざこんな遠くまで来なくても、別に今までだって普通に生きてきたし……俺はそんな面倒なことしなくていいんだけどな」
ここまでの苦労を思い出し、煬鳳はつい軽口を叩いてしまった。不安がないわけではないが、そこまで大事にするほどのことではないと思っているからだ。
しかし凰黎はそんな煬鳳の額を小突く。
「いてっ」
「どこからどこまでが『今まで普通に』なのか分かりませんけど、派手に一発術かましただけで湖一つ干上がる勢いなら、既に普通の範疇を超えているでしょう」
返す言葉もない。
「ちぇ」
そう悪態をつきつつも、凰黎がいつになく煬鳳のことを心配していることを感じられた。それは少しだけ気恥ずかしくてこそばゆいが、悪い気はしない。
大通りより人が減ったとはいえ、右を見ても左を見ても忙しなく動く門人たちが目に入る。洒落た冠をつけている見るからに地位の高そうなものから使い走りまで、一通り見てもみな相応の風体で『見るからに田舎者』然としたものはそういない。煬鳳の横を歩く凰黎でさえ、同じ場所からやってきたにもかかわらず彼らと比べても全く劣る様子はなかった。
(俺だけ浮いてるんじゃないか!?)
そう思い始めると、皆に見られて嘲笑われているのではないか、などと疑心暗鬼になってくる。全ての視線が自分に向いているような気がして……自意識過剰だが、居てはいけない場所に来てしまったのではないかという背徳感にも似た気持ちさえ沸き起こった。
「静公子」
呼びかけられて凰黎は足を止める。同時に煬鳳もぎくりとしながら凰黎に倣って足を止めた。そして同時に違和感を覚える。
(あれ? 呼ぶなら凰公子じゃないのか?)
けれどその後ですぐ、そんなことは考えられなくなってしまった。
「雷掌門。ご無沙汰しております」
「こちらこそ、大変ご無沙汰しております」
なんと、さっき凰黎と話したばかりの『例のあいつ』こと霆雷門の雷閃候だった。
――よりによって、なんで一番初めに会うのがこいつなんだよ!
少なくとも五行盟には、蓬静嶺を除いても三つ門派があるはずだ。なぜ三つに一つで一番引き当てたくない人物を一番初めに引き当ててしまうのか。
雷閃候は煬鳳よりは年上ではあるが、それでも三十過ぎにしてその力を認められ、掌門になったという実力派。ある意味煬鳳と似ている存在だ。それゆえ似た者を互いに許せない。
そして三十代というのが信じられないほど、彼は若々しい。目つきは鋭く体格も逞しく、煬鳳にけったいな嫌がらせをしてくるというねちっこい一点さえ無ければそれなりに女も寄ってくるような好青年といえよう。客観的にいうならば、彼の操る雷を帯びた霊力は、指先一つで壁を撃ち抜き、天を仰げば大地を焼き尽くす。威力だけなら今まで出会ったどの門派の実力者たちよりも強力だ。
今回も煬鳳を見て嫌味の一つや二つでも言いに来たのだろうか、思わず煬鳳は渋い顔で身構える。
しかし雷閃候の反応は意外なものだった。
「ご一緒の方は初めてお見掛けする方ですね。さぞや良家の公子なのでしょう」
なんと、相手は煬鳳であることに全く気づいていないのだ。しかもあろうことか『良家の公子』とまで言ってきた。
(良家どころか山賊っすけど……)
最近は印象を良くするために山の清掃にも精を出している玄烏門。しかし後ろめたさを拭いきれるほどにはまだ良い事も大してしていないので、ついそんなことを思ってしまう。
(どうか雷閃候が俺に気づきませんように……)
心の中で願わずにはいられない。しかし、凰黎の言葉は無情だった。
「ふふ、雷掌門。こちらの公子は貴方もご存じの玄烏門の掌門、煬昧梵ですよ」
あれだけ心の中で願ったにもかかわらず、あっさり凰黎にバラされてしまったのだ。雷閃候の表情が凍り付き、驚きにも似た凄まじい形相で煬鳳のことを凝視する。
「…………………………」
見つめあうこと数十拍ほど。相手が何も言わない手前、煬鳳も言い出しづらいのだ。
そろそろ耐え兼ね何か言おうと口を開きかけたとき、ようやく雷閃候が表情を崩した。
「……いやあ、静公子もお人が悪い! あのごろつきとは似ても似つかない好漢ではないですか!」
「……」
「そう思われますか? ではいずれまた改めて彼を紹介しますね」
「よろしくお願いしますよ、では!」
なぜか凰黎の曖昧な返事を「別人でした」と受け取ったのか、満足そうに雷閃候は背を向け去っていった。
「なんだったんだろ……」
頑なに別人扱いされた煬鳳は、納得がいかない。
「別人だと信じて疑わぬほど、貴方の姿が眩しく見えたんですよ」
凰黎の照れくさい言葉に煬鳳は真っ赤になる。
――――――
[*1]城……この場合は一般的な城のことではなく城郭都市のこと。
「五つの力を一人が使うより、一つの力を極限まで高めた者を五人そろえた方が、結果的に強い力になるでしょう? 五行の力を以て封印を施すには五つ全てに大きな力が必要です。それもできるだけ均等に。黒冥翳魔は圧倒的な強さであったと聞いています。五行使い以外にも力を持った門派は当然あるのですが、様々な要因もあってたまたま彼らが有利な状態だったのだと思います」
「ふうん」
凰黎の言うことは正しい。
それこそ、凰黎のような全てにおいて誰よりも上の実力を出せる鬼才は別格だが、強大な力と相対することになった場合に効果的なのは、平均的な能力をいくら束ねても持った力を超えることは難しいものだ。
「黒冥翳魔は肉体を失いながらもなおこの地に災いをもたらそうとしました。その力は凄まじく、五人の掌門たちの力をもってしても完全に消し去ることは難しかったようです。それで最終的には五行の力をもって強力な封印を施したのだと聞いています。つまり、五行盟はその他の災いを防ぐと同時に黒冥翳魔が復活しないよう監視する役目も担っているのです」
その重要な役目を背負った一人が煬鳳に迷惑な贈り物を忘れずに送り付けてくることを想像するとうんざりするが、とにかく五行盟という存在は特別なものだということが煬鳳にもよく分かった。
「あともう一つ」
「なんです?」
凰黎が尋ね返す。細かく質問する煬鳳にも嫌な顔をする様子はない。
「今、蓬静嶺を抜いても三つしか言わなかった。蓬静嶺を入れたら四つ。……残りの一つは?」
凰黎は少しばかり、顔を曇らせる。
「ああ……もう一つは彩鉱門と言うのですが……今はもう、なくなりました」
「なくなった!? 五行盟なのに!?」
五行の門派が集まっているから五行盟。なのにそのうちの一つが既に滅門しているとは。
もはやそれは四行盟なのではないだろうか。
看板に偽りありというやつだ。
「まあ、百年以上の歴史があると、色々な事情があります。正直に言えば決して五行盟の者たちが高潔だというわけではありませんので……」
凰黎からそんな言葉が出るとは意外なものだ。話を聞く限り五行盟というのは建前上は平和を守るための正義の集団――といったところだが、彼がそこまで言うほどなのだから恐らく内部事情は相当複雑なのだろう。
「五行盟のことは分かった。……でもさ。なんで俺まで、今日はその五行盟の本部に行かなきゃいけないんだ?」
はっきり言って煬鳳は五行盟にとって完全に無関係の存在だ。なぜ凰黎がそんな場所に煬鳳を連れて行こうとしているのか疑問だった。
「五行盟の掌門たちは皆顔が広いのです。煬鳳の体を診てもらうための神医を紹介して貰えるように頼むつもりです」
「神医!?」
噂だけは聞いたことがある。この広い世界には、どんな病でも直せるという――まるで神のような医者がいるのだと。
「そう。……実はどこにいるかまでは把握しているのですが、そこに行くためには少なくとも盟主の紹介が必須ですから……」
さすがの神医ともなれば、会うためには相応の手順を踏まねばならないらしい。
「でもそんなすごい人が俺なんかのこと診てくれるのか? 相手は神様みたいな医者なんだろ?」
「それは、力で……いえ。まあいかようにでも出来ますから」
「……」
今さらっと『力でねじ伏せる』というようなことを言いかけたような気がした。いや、煬鳳のためなら凰黎は躊躇うことはないだろう。
「私の知り合いに、そういった神医がいれば良かったのですが……」
どうやら凰黎にはそういった知り合いがいなかったらしい。意外といえば意外だが、凰黎は自分の利益になるならないで人を選ぶような人間ではない。だからそういった人たちとたまたま知り合う機会がなかったのだろう。
だからこそ凰黎は大河を渡ってまで、遠く離れたこの地にやってきたに違いない。
煬鳳の過剰なほど気を配られた身なりについても『紹介するにあたって相手に失礼のないように』ということであるなら納得がいく。
(まあ、どこまで効果があるのかは分からないけどな)
ごろつきは所詮、ごろつきなのだ。どんなに見た目を取り繕ったところで騙せるわけではないだろう、というあまり希望のない考えしか浮かばない煬鳳だった。
* * *
五行盟の本部があるという――犀安城[*1]は想像を遥かに超えた繁栄ぶりだった。立ち並ぶ酒楼の数々は美女と客で溢れかえり、昼だというのに人目を憚ることもない。右を見ても左を見ても、なにがしかの店が物を売っている。煬鳳と凰黎はその中の手ごろな茶肆で休憩を挟んでから、ようやく五行盟の本部へとやってきた。
入り口で厳重な身分確認を終えたあと、ようやく二人は本部の中へと入ることを許される。
「もう、外は賑やかすぎて目が潰れるかと思ったよ」
やっと人込みから解放された煬鳳は、思わずぽろりと本音を零す。
そびえ立つ幾重の搭と朱塗りの豪華な楼閣の数々は、田舎者である煬鳳を大いに驚かせた。普段賑わっている酔香鎮だって、歩くのも難儀するほどには人が多くはない。
「犀安は垂州の中でも一番繁栄していると言われる都ですから……驚くのも無理はないでしょうね」
そう言って凰黎は笑う。
「でも、わざわざこんな遠くまで来なくても、別に今までだって普通に生きてきたし……俺はそんな面倒なことしなくていいんだけどな」
ここまでの苦労を思い出し、煬鳳はつい軽口を叩いてしまった。不安がないわけではないが、そこまで大事にするほどのことではないと思っているからだ。
しかし凰黎はそんな煬鳳の額を小突く。
「いてっ」
「どこからどこまでが『今まで普通に』なのか分かりませんけど、派手に一発術かましただけで湖一つ干上がる勢いなら、既に普通の範疇を超えているでしょう」
返す言葉もない。
「ちぇ」
そう悪態をつきつつも、凰黎がいつになく煬鳳のことを心配していることを感じられた。それは少しだけ気恥ずかしくてこそばゆいが、悪い気はしない。
大通りより人が減ったとはいえ、右を見ても左を見ても忙しなく動く門人たちが目に入る。洒落た冠をつけている見るからに地位の高そうなものから使い走りまで、一通り見てもみな相応の風体で『見るからに田舎者』然としたものはそういない。煬鳳の横を歩く凰黎でさえ、同じ場所からやってきたにもかかわらず彼らと比べても全く劣る様子はなかった。
(俺だけ浮いてるんじゃないか!?)
そう思い始めると、皆に見られて嘲笑われているのではないか、などと疑心暗鬼になってくる。全ての視線が自分に向いているような気がして……自意識過剰だが、居てはいけない場所に来てしまったのではないかという背徳感にも似た気持ちさえ沸き起こった。
「静公子」
呼びかけられて凰黎は足を止める。同時に煬鳳もぎくりとしながら凰黎に倣って足を止めた。そして同時に違和感を覚える。
(あれ? 呼ぶなら凰公子じゃないのか?)
けれどその後ですぐ、そんなことは考えられなくなってしまった。
「雷掌門。ご無沙汰しております」
「こちらこそ、大変ご無沙汰しております」
なんと、さっき凰黎と話したばかりの『例のあいつ』こと霆雷門の雷閃候だった。
――よりによって、なんで一番初めに会うのがこいつなんだよ!
少なくとも五行盟には、蓬静嶺を除いても三つ門派があるはずだ。なぜ三つに一つで一番引き当てたくない人物を一番初めに引き当ててしまうのか。
雷閃候は煬鳳よりは年上ではあるが、それでも三十過ぎにしてその力を認められ、掌門になったという実力派。ある意味煬鳳と似ている存在だ。それゆえ似た者を互いに許せない。
そして三十代というのが信じられないほど、彼は若々しい。目つきは鋭く体格も逞しく、煬鳳にけったいな嫌がらせをしてくるというねちっこい一点さえ無ければそれなりに女も寄ってくるような好青年といえよう。客観的にいうならば、彼の操る雷を帯びた霊力は、指先一つで壁を撃ち抜き、天を仰げば大地を焼き尽くす。威力だけなら今まで出会ったどの門派の実力者たちよりも強力だ。
今回も煬鳳を見て嫌味の一つや二つでも言いに来たのだろうか、思わず煬鳳は渋い顔で身構える。
しかし雷閃候の反応は意外なものだった。
「ご一緒の方は初めてお見掛けする方ですね。さぞや良家の公子なのでしょう」
なんと、相手は煬鳳であることに全く気づいていないのだ。しかもあろうことか『良家の公子』とまで言ってきた。
(良家どころか山賊っすけど……)
最近は印象を良くするために山の清掃にも精を出している玄烏門。しかし後ろめたさを拭いきれるほどにはまだ良い事も大してしていないので、ついそんなことを思ってしまう。
(どうか雷閃候が俺に気づきませんように……)
心の中で願わずにはいられない。しかし、凰黎の言葉は無情だった。
「ふふ、雷掌門。こちらの公子は貴方もご存じの玄烏門の掌門、煬昧梵ですよ」
あれだけ心の中で願ったにもかかわらず、あっさり凰黎にバラされてしまったのだ。雷閃候の表情が凍り付き、驚きにも似た凄まじい形相で煬鳳のことを凝視する。
「…………………………」
見つめあうこと数十拍ほど。相手が何も言わない手前、煬鳳も言い出しづらいのだ。
そろそろ耐え兼ね何か言おうと口を開きかけたとき、ようやく雷閃候が表情を崩した。
「……いやあ、静公子もお人が悪い! あのごろつきとは似ても似つかない好漢ではないですか!」
「……」
「そう思われますか? ではいずれまた改めて彼を紹介しますね」
「よろしくお願いしますよ、では!」
なぜか凰黎の曖昧な返事を「別人でした」と受け取ったのか、満足そうに雷閃候は背を向け去っていった。
「なんだったんだろ……」
頑なに別人扱いされた煬鳳は、納得がいかない。
「別人だと信じて疑わぬほど、貴方の姿が眩しく見えたんですよ」
凰黎の照れくさい言葉に煬鳳は真っ赤になる。
――――――
[*1]城……この場合は一般的な城のことではなく城郭都市のこと。
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