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短編②蒸し餅の恩返し
017:一宿一飯(二)
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煬鳳がそう言っても暫く仲眠は悩んでいたが、覚悟を決めたのか暫くあとにようやく頷いた。
「分かりました。……あの子、っていうのはたぶん僕の幼馴染みのことです」
「幼馴染み?」
「はい。……金おじさんとおばさんには、僕と同い年の子供がいたんです。小さい頃は結構仲が良くて。それでも、少し大きくなってからはさすがに頻繁に遊ぶことはなくなり疎遠になって、そのうちぱったりと見かけなくなってしまったんです」
きっと彼は金持ちだから村を出て都にでも行ったのかもしれない。彼は頭も良かったし、きっと都に出て良い仕事にでもありついているのだろう。
そんなことを思っていたのだと仲眠は語った。
語ったあとで急速に仲眠は眉を顰める。
「でも……考えてみると変ですよね。だって殆どの村人と僕はいつだって顔を見るし挨拶もする。もしも村から外に出たなら噂くらい聞くだろうし……姿を全然見なくなるなんてちょっと変かもしれない」
「お前の言う通り、だろうな。……なあ仲眠。その夫婦の家は分かるか?」
「わかります、けど……」
仲眠の言葉に煬鳳は満足そうに頷く。
「よし。じゃあその家に連れて行ってくれ」
「えっ……!?」
先ほど殺されそうになったというのに、自らその人たちの家に行くのか?
仲眠の目がそう語っている。
「中まで入るわけじゃない。安心しろよ」
中まで入るつもりはないが、入らないとも言っていない。
煬鳳はそういう性格だ。
しかしその言葉を額面通りに受け取って安心したのか、仲眠は素直に頷いた。
「わ、わかりました……案内します」
既に村は目の前だ。
煬鳳は再び仲眠の案内されながら、村の中へと入って行った。
小さな村の夜は、あまりに暗くて静かすぎる。
先ほど仲眠を追いかけていた者たちも、再び駆り出されるのは御免だと家に帰るなり寝付いてしまったのかもしれない。
遠くに見える家々まで灯りは消えていて外を出歩くものもおらず、吹けば飛ぶような小さな家が距離を隔てて点在し、間を埋めるように田畑が広がっている。その田畑を世話しているのは――先ほどの村人たちなのだなと思うとなんとも妙な心持ちだ。
家畜の声すら聞こえては来ず、聞こえてくるのはカチカチという歯の音と、震えて乱れた息遣いのみ。
――どちらも仲眠のものだ。
仲眠は一歩あるくたびに煬鳳の背に隠れ身体を震わせている。どうやら先ほど村へ戻っていった金夫妻たちが待ち構えているのではないかと気が気ではないようだ。
「……そうビクビクすんなよ。俺がついてるだろ」
村に入ってからずっとこの調子なので、堪りかねて煬鳳は振り返ると仲眠に言った。背にぴったりと張り付くようにしながら仲眠は訴える。
「そ、そうは言っても、鎌持って殺すなんて言われたら怖くもなりますって」
「そりゃあな」
一歩進んではこの調子だから、なかなか目的の場所に辿り着くことができない。いい加減それにも飽いて「で、屋敷はどこなんだ?」と言えば、仲眠は震える指で一点を指し示した。――確かに他の家よりも大きい家だ。
「な、何をする気なんです?」
煬鳳は担ぎ上げていた仲眠を下ろすと、屋敷の塀へと歩み寄る。貧しい村の割に塀はしっかりとした造りだったが、ところどころひび割れて隙間がある。
「この辺でいいかな。……なあ仲眠。守庚申って、知ってるか?」
「もちろんですよ。小さい村だけど、しきたりには厳しいほうですから」
「なら三尸は知ってるな?」
「確か……庚申の日に眠ると出てくるんですよね」
「まあそんなとこかな。三尸は俺たちの体の中にいて、庚申の日に体の持ち主が眠ると中から出てきてその人間がどんな悪事を行ってきたか、うんと偉い人に報告するんだ。……そんなわけで今から三尸に話を聞こうと思う」
「えっ!?」
煬鳳は懐から一枚の呪符を取り出すと、驚く仲眠の体に貼りつける。
「いいか、俺がいいっていうまで絶対喋るな。三尸からお前は見えない。だから黙ってろ」
仲眠が無言で何度も頷いたのを確認すると、煬鳳は塀の隙間の前に屈みこむ。塀の一部が欠けた穴に向かって呼び掛ける。
「なあなあ彭踞の旦那。ちょっと出てきてくれないか」
するとどうしたことだろう。暫くすると小さな小さな男が壁の隙間から現れた。
髭を蓄えた道士風の小男は、煬鳳の手の上に乗ることもできそうな程の大きさだ。体の割に多少尊大な態度が見え隠れするその男は、面倒くさそうに煬鳳の方を見る。
彭踞は三尸の中では人の姿をしていることもあり、他の二人に比べれば幾分か話が通じやすい。
煬鳳は彭踞の反応を見ながら話を続ける。
「なんだね、お前さんは」
「嫌だな彭踞の旦那。俺だよ俺」
さも知り合いのように煬鳳は己を指差して笑う。
「『俺』じゃ分からん」
「俺は俺だよ。この前会ったろ?」
もちろん、口から出まかせだ。しかし不思議なもので、堂々と言い切ってしまえば意外に相手も「そうなのか?」と思ったりするものだ。
「それより旦那。今日がいつか知ってるかい? 凄く大事な日だよ」
「おや、今宵は庚申だったかい?」
しかし彭踞はそのことはさほど気にも留めていないらしい。煬鳳が変えた話題にすぐさま食いついてきた。
「残念、それはもう少し先だよ。少しばかり悪行を重ねた人数が多いから、少し早めに準備をすることになったんだ」
「そうかい。そりゃ大変だねえ」
「いやいや。旦那ほどじゃないよ。いつも凄いなあ。色々悪事を見て来たんだろう?」
何が凄いのか。適当なことを言っているのだが、彭踞は気を良くしたようだ。得意げに「まあな」と胸を張る。
聞くなら、今だ。
煬鳳はすかさず本題を切り出すことにした。
「それでさ、旦那んとこの人間は結構な悪行を重ねてるそうじゃないか。一体何をやったんだい?」
「おお、耳が早いね。そうなんだよ。この家の主はなんと五人もの若い男を殺した。妻と一緒にな」
「こんな小さな村なのに物騒な話だな。しかしまた何でそんなことをしたんだい?」
「なんでも夢の中に死んだ息子が現れて、新鮮な死体があれば自分が入り、生き返ることができると言ったんだと。それで張り切って夫妻で夜な夜な出かけるんだってよ」
煬鳳は二つのことで驚いた。
一つは息子なる人物が死んでいたこと。――これは薄々気づいてはいた。
もう一つは息子を別の死体に入れて生き返らせようとしている、ということ。さらに付け加えるなら、真偽の分からぬ夢を信じて彼らは五人もの人間を殺したのか、ということだ。
「生き返る? ほんとか?」
「それは儂も分からんな。……最初は死んだ者の墓を掘り起こしてその死体を使おうとした。しかし新鮮で死んだ息子と同じくらいの年恰好でなきゃ駄目だって話になって、今度は若い男たちを手に掛けたそうだ」
死んだものを生き返らせるために死体を用意する――聞いたことが全くないわけではない。そういった話が稀にあるのも事実だ。
しかし、それだって全てが成功するわけでもなく、相応の技術や犠牲がつきものであり、夢を見ただけで村の夫婦が実現できるようなものではない。
仮に夢に現れた、亡き息子がその話をしたとしても。
その息子は両親に自分の生まれ育った村の、幼馴染みたちを殺せと言うのだろうか。
金夫妻は、そんな息子のことを何とも思わなかったのか?
疑問は尽きなかった。
「旦那、色々ありがとな」
煬鳳は彭踞に礼を言って、去ってゆく彼を見送った。
彭踞を見送って屋敷から完全に離れたあと、煬鳳は仲眠に彭踞から聞き出した話を語って聞かせた。
「なるほど、話は大体わかりました。それで僕が狙われたんですね。……でもまさか、彼が亡くなっていたなんて」
仲眠は納得したように零す。しかし納得はしても死んだ者の代わりに、しかも全く己に関係ない理由で殺されそうになるというのは全くもって納得がいかないだろう。
「それでも体が合わなきゃまた襲うんだろうな」
「合う体なんて、あるんでしょうかね……」
仲眠の言葉に煬鳳は考える。
「なあ仲眠。金夫妻の息子の死体ってどこにあると思う?」
「え? 死体、ですか?」
「そう。息子が死んだってことは村の皆は知らない……んだよな? ってことはちゃんとした墓は無いってことだ。……なら、どこに死体はあると思う?」
煬鳳の言葉に仲眠は考えている。暫く首をひねりながら考えたあと「あ」と声をあげた。
墓は無いが毎日息子に祈りをささげることができる場所。初めは屋敷の庭という線も考えたが、それよりはもう少しいい場所に埋めるだろうと煬鳳は考えた。
そうなると有力なのはたった一か所のみ。
「祠廟、ですか」
確信した眼差しを煬鳳に向ける仲眠。そして煬鳳もまた彼に頷いた。
「そういうことだ」
「分かりました。……あの子、っていうのはたぶん僕の幼馴染みのことです」
「幼馴染み?」
「はい。……金おじさんとおばさんには、僕と同い年の子供がいたんです。小さい頃は結構仲が良くて。それでも、少し大きくなってからはさすがに頻繁に遊ぶことはなくなり疎遠になって、そのうちぱったりと見かけなくなってしまったんです」
きっと彼は金持ちだから村を出て都にでも行ったのかもしれない。彼は頭も良かったし、きっと都に出て良い仕事にでもありついているのだろう。
そんなことを思っていたのだと仲眠は語った。
語ったあとで急速に仲眠は眉を顰める。
「でも……考えてみると変ですよね。だって殆どの村人と僕はいつだって顔を見るし挨拶もする。もしも村から外に出たなら噂くらい聞くだろうし……姿を全然見なくなるなんてちょっと変かもしれない」
「お前の言う通り、だろうな。……なあ仲眠。その夫婦の家は分かるか?」
「わかります、けど……」
仲眠の言葉に煬鳳は満足そうに頷く。
「よし。じゃあその家に連れて行ってくれ」
「えっ……!?」
先ほど殺されそうになったというのに、自らその人たちの家に行くのか?
仲眠の目がそう語っている。
「中まで入るわけじゃない。安心しろよ」
中まで入るつもりはないが、入らないとも言っていない。
煬鳳はそういう性格だ。
しかしその言葉を額面通りに受け取って安心したのか、仲眠は素直に頷いた。
「わ、わかりました……案内します」
既に村は目の前だ。
煬鳳は再び仲眠の案内されながら、村の中へと入って行った。
小さな村の夜は、あまりに暗くて静かすぎる。
先ほど仲眠を追いかけていた者たちも、再び駆り出されるのは御免だと家に帰るなり寝付いてしまったのかもしれない。
遠くに見える家々まで灯りは消えていて外を出歩くものもおらず、吹けば飛ぶような小さな家が距離を隔てて点在し、間を埋めるように田畑が広がっている。その田畑を世話しているのは――先ほどの村人たちなのだなと思うとなんとも妙な心持ちだ。
家畜の声すら聞こえては来ず、聞こえてくるのはカチカチという歯の音と、震えて乱れた息遣いのみ。
――どちらも仲眠のものだ。
仲眠は一歩あるくたびに煬鳳の背に隠れ身体を震わせている。どうやら先ほど村へ戻っていった金夫妻たちが待ち構えているのではないかと気が気ではないようだ。
「……そうビクビクすんなよ。俺がついてるだろ」
村に入ってからずっとこの調子なので、堪りかねて煬鳳は振り返ると仲眠に言った。背にぴったりと張り付くようにしながら仲眠は訴える。
「そ、そうは言っても、鎌持って殺すなんて言われたら怖くもなりますって」
「そりゃあな」
一歩進んではこの調子だから、なかなか目的の場所に辿り着くことができない。いい加減それにも飽いて「で、屋敷はどこなんだ?」と言えば、仲眠は震える指で一点を指し示した。――確かに他の家よりも大きい家だ。
「な、何をする気なんです?」
煬鳳は担ぎ上げていた仲眠を下ろすと、屋敷の塀へと歩み寄る。貧しい村の割に塀はしっかりとした造りだったが、ところどころひび割れて隙間がある。
「この辺でいいかな。……なあ仲眠。守庚申って、知ってるか?」
「もちろんですよ。小さい村だけど、しきたりには厳しいほうですから」
「なら三尸は知ってるな?」
「確か……庚申の日に眠ると出てくるんですよね」
「まあそんなとこかな。三尸は俺たちの体の中にいて、庚申の日に体の持ち主が眠ると中から出てきてその人間がどんな悪事を行ってきたか、うんと偉い人に報告するんだ。……そんなわけで今から三尸に話を聞こうと思う」
「えっ!?」
煬鳳は懐から一枚の呪符を取り出すと、驚く仲眠の体に貼りつける。
「いいか、俺がいいっていうまで絶対喋るな。三尸からお前は見えない。だから黙ってろ」
仲眠が無言で何度も頷いたのを確認すると、煬鳳は塀の隙間の前に屈みこむ。塀の一部が欠けた穴に向かって呼び掛ける。
「なあなあ彭踞の旦那。ちょっと出てきてくれないか」
するとどうしたことだろう。暫くすると小さな小さな男が壁の隙間から現れた。
髭を蓄えた道士風の小男は、煬鳳の手の上に乗ることもできそうな程の大きさだ。体の割に多少尊大な態度が見え隠れするその男は、面倒くさそうに煬鳳の方を見る。
彭踞は三尸の中では人の姿をしていることもあり、他の二人に比べれば幾分か話が通じやすい。
煬鳳は彭踞の反応を見ながら話を続ける。
「なんだね、お前さんは」
「嫌だな彭踞の旦那。俺だよ俺」
さも知り合いのように煬鳳は己を指差して笑う。
「『俺』じゃ分からん」
「俺は俺だよ。この前会ったろ?」
もちろん、口から出まかせだ。しかし不思議なもので、堂々と言い切ってしまえば意外に相手も「そうなのか?」と思ったりするものだ。
「それより旦那。今日がいつか知ってるかい? 凄く大事な日だよ」
「おや、今宵は庚申だったかい?」
しかし彭踞はそのことはさほど気にも留めていないらしい。煬鳳が変えた話題にすぐさま食いついてきた。
「残念、それはもう少し先だよ。少しばかり悪行を重ねた人数が多いから、少し早めに準備をすることになったんだ」
「そうかい。そりゃ大変だねえ」
「いやいや。旦那ほどじゃないよ。いつも凄いなあ。色々悪事を見て来たんだろう?」
何が凄いのか。適当なことを言っているのだが、彭踞は気を良くしたようだ。得意げに「まあな」と胸を張る。
聞くなら、今だ。
煬鳳はすかさず本題を切り出すことにした。
「それでさ、旦那んとこの人間は結構な悪行を重ねてるそうじゃないか。一体何をやったんだい?」
「おお、耳が早いね。そうなんだよ。この家の主はなんと五人もの若い男を殺した。妻と一緒にな」
「こんな小さな村なのに物騒な話だな。しかしまた何でそんなことをしたんだい?」
「なんでも夢の中に死んだ息子が現れて、新鮮な死体があれば自分が入り、生き返ることができると言ったんだと。それで張り切って夫妻で夜な夜な出かけるんだってよ」
煬鳳は二つのことで驚いた。
一つは息子なる人物が死んでいたこと。――これは薄々気づいてはいた。
もう一つは息子を別の死体に入れて生き返らせようとしている、ということ。さらに付け加えるなら、真偽の分からぬ夢を信じて彼らは五人もの人間を殺したのか、ということだ。
「生き返る? ほんとか?」
「それは儂も分からんな。……最初は死んだ者の墓を掘り起こしてその死体を使おうとした。しかし新鮮で死んだ息子と同じくらいの年恰好でなきゃ駄目だって話になって、今度は若い男たちを手に掛けたそうだ」
死んだものを生き返らせるために死体を用意する――聞いたことが全くないわけではない。そういった話が稀にあるのも事実だ。
しかし、それだって全てが成功するわけでもなく、相応の技術や犠牲がつきものであり、夢を見ただけで村の夫婦が実現できるようなものではない。
仮に夢に現れた、亡き息子がその話をしたとしても。
その息子は両親に自分の生まれ育った村の、幼馴染みたちを殺せと言うのだろうか。
金夫妻は、そんな息子のことを何とも思わなかったのか?
疑問は尽きなかった。
「旦那、色々ありがとな」
煬鳳は彭踞に礼を言って、去ってゆく彼を見送った。
彭踞を見送って屋敷から完全に離れたあと、煬鳳は仲眠に彭踞から聞き出した話を語って聞かせた。
「なるほど、話は大体わかりました。それで僕が狙われたんですね。……でもまさか、彼が亡くなっていたなんて」
仲眠は納得したように零す。しかし納得はしても死んだ者の代わりに、しかも全く己に関係ない理由で殺されそうになるというのは全くもって納得がいかないだろう。
「それでも体が合わなきゃまた襲うんだろうな」
「合う体なんて、あるんでしょうかね……」
仲眠の言葉に煬鳳は考える。
「なあ仲眠。金夫妻の息子の死体ってどこにあると思う?」
「え? 死体、ですか?」
「そう。息子が死んだってことは村の皆は知らない……んだよな? ってことはちゃんとした墓は無いってことだ。……なら、どこに死体はあると思う?」
煬鳳の言葉に仲眠は考えている。暫く首をひねりながら考えたあと「あ」と声をあげた。
墓は無いが毎日息子に祈りをささげることができる場所。初めは屋敷の庭という線も考えたが、それよりはもう少しいい場所に埋めるだろうと煬鳳は考えた。
そうなると有力なのはたった一か所のみ。
「祠廟、ですか」
確信した眼差しを煬鳳に向ける仲眠。そして煬鳳もまた彼に頷いた。
「そういうことだ」
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