【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇

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短編①門派を追放されたらライバルが溺愛してきました。

006:追放門派

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※この短編は2022年の12月に書いた短編に加筆修正したものです。

――――――


 今でこそ二人でこのような暮らしをしているものの、ほんの数か月前までは二人とも全く違う生き方をしていたのだ。
 それが何故こうなったかといえば、話は数か月前に遡る――。

    * * *

煬昧梵ヤンメイファン、貴様の粗暴な行いによって、我等の玄烏門げんうもんの名声は地に落ちたも同然! その所業許し難し! この罪万死に値する!」


 周りでは幾多の弟子たちが煬昧梵ヤンメイファン――煬鳳ヤンフォンのことを取り囲んでいた。同調する門弟たちの歓声を一身に受けながら煬鳳ヤンフォンは黙ってそれを聞いている。
 玄烏門げんうもん最強と謳われた掌門しょうもん煬鳳ヤンフォンだったが、あろうことか一番可愛がっていたはずの弟弟子である夜真イエチェンと、彼に同調する者たちに諮られ、全ての力を奪われてしまったのだ。
 霊力的なものは勿論、肉体的な強さも含め、全て。
 力という力、全てを根こそぎ奪われた彼にできることといえば、罵倒を続ける門派の弟子たちの所業を睨みつけることしかできない。

「よって――掌門しょうもんの座をはく奪し、貴様を門派から追放する!」

 夜真イエチェンが高らかに言い放つ。
 歓声がひときわ大きくなり……それから先は何を言っているのか、煬鳳ヤンフォンにはもう何も聞こえなかった。


「あれだけ言いたい放題罵倒しても命は奪わないなんて、大層義理堅いものだ」


 小雨の降り始めた中、人里離れた山の中で解放された煬鳳ヤンフォンは自嘲気味に呟く。

(万死に値する、なんて言ったのは誰だっけ)

 煬鳳ヤンフォンを開放した弟子たちはすぐさま彼に背を向け去って行った。あとは野垂れ死ぬなり生きるなり、好きにしろということらしい。全ての力を奪った煬鳳ヤンフォンは正真正銘只人だ。何かできるはずも無い。
 それをよく分かっているからこそ、なのだろう。
 既に見えなくなった弟子たちの……いや、『元』弟子たちの後ろ姿に別れを告げ、煬鳳ヤンフォンは歩き始めた。行く当てはない。しかしこのまま留まっていても雨に濡れ続けるだけだ。

 ――まさか、信頼していた門弟に裏切られるとは思わなかった。

 とりわけ夜真イエチェンは、それこそ彼が幼い時より共に育ち、面倒を見てきた弟も同然の存在だった。それなのに。
 雨が体を濡らすたび、煬鳳ヤンフォンの心を後悔が襲う。気づけば小雨は霧雨となり、いつの間にか強さを増していた。
 不思議なことだが、意外にも恨みより悲しみの方が勝った。ついでに言うなら悲しみよりも空っぽの気持ちの方が更に上だ。
 自分を貶めた彼らに復讐しようにもその手段すら持ち合わせていない。

「いっそ殺してくれたほうが楽だったのに」

 しかし、『万死に値する』ほどであったかについては異議を唱えたいが、粗暴で喧嘩っ早い。己の力のみを信じ、気に入らないことがあれば力に訴える。……確かに掌門しょうもんとなったあとの煬鳳ヤンフォンの行いは、褒められたものではなかっただろう。門派をよく知る人々は、煬鳳ヤンフォンたちのことを『ごろつき』などと呼んでいたらしい。あながち間違ってはいないと、自分でもよく分かっている。

 ただ――己が我が儘で自分勝手だったのだ。

 後悔していないといえば嘘になる。
 しかし、今となっては後の祭り。
 これからどうしたら良いのか、どうすべきなのか。
 何も考えられぬまま煬鳳ヤンフォンは雨の降り続ける山道を歩き続けた。

    * * *

「う……うぅ……」


 肩を撫でる空気の冷たさに身震いし、煬鳳ヤンフォンは目を開けた。身体には粗末な被褥が掛けられており、それで自分が今まで眠っていたのだと気づく。

(あれ? 俺、確か追放されて山道を歩いていたんじゃ……)

 傍に置かれた灯燭の灯りを頼りに目を凝らし己の姿を確認すると、なんとも自分には不似合いと思われる上品な身なりをしている。白に少しばかり蒼の入った直綴は、質素ながら精巧な刺繍が施されていた。きっと知的で風雅な人間が着たのならさぞや美しく見えることだろう。生憎と煬鳳ヤンフォンは知的や風雅とは無縁、更に言うなら煬鳳ヤンフォンには少しばかり着丈が長く、気を緩めると裾が地面についてしまいそうだ。
 部屋の端に積まれた薪と、粗末ながら手入れの行き届いた綺麗な竈。どうやらここは小さな小屋の中らしい。ということはつまり、ここも恐らくは山の中だろう。そして、自分は何者かによってここに運び込まれたということだ。
 では一体誰が?
 周囲に警戒しつつ、煬鳳ヤンフォンはそろりと寝床の中から這い出した。

「……っくし! あ、やべっ」

 警戒もくそもない。
 しかもあまりに不意打ちでくしゃみが出てしまったので、取り繕う間もなく素が出てしまった。これでは「寝ていたやつは起きました」と言っているようなものだ。
 決して油断していたわけではない。断じて言い訳ではなく、単に……すべての力を奪われたせいで以前のように気配を消したり感じ取ったりする、そういったこと全てにおいて今の煬鳳ヤンフォンは人並みか人並み以下なのだ。

「ようやく起きたようですね」

 歪な木の扉を開けて中に入ってきた人物。悔しいほどに清廉さと高潔さを併せ持つ美しい容姿。纏う淡青たんせい直領の大襟に羽織を重ねたその姿は、質素ながら着ている人物の持って生まれた美しさを引き立てている。
 もとい――その人物が誰であるか察し、煬鳳ヤンフォンは目を見開いた。

凰霄蘭ホワンシャオラン! 何でお前がここに……?」

 警戒心と驚きと、両方の理由で煬鳳ヤンフォンは無意識に小屋の壁に張り付く。そんな煬鳳ヤンフォンのことを、あの高慢ちきな瞳が冷たく見下ろしている。

「何でもなにも、ここは私が以前より使っている小屋なのですが」
「何だって!? じゃ、じゃあ、もしかしてここは……蓬静嶺ほうせいりょうなのか?」
「少々違いますね。ここは清瑞山せいずいさんという蓬静嶺ほうせいりょうのすぐ傍にある小さな山。貴方は雨の中、その山の中腹で倒れていたのですよ。ついでに言えば……ずぶ濡れの貴方を連れ帰ったのは私です」

 山で解放されるまでの間は、ずっと目隠しをされていたので全く気づかなかった。よもや蓬静嶺ほうせいりょうの近くまで連れてこられていようとは。
 しかもよりにもよって清瑞山せいずいさん蓬静嶺ほうせいりょうのお膝元。きっといざこざを起こしてさっさと死んでしまえばいいと、皆にそう思われたのだなと煬鳳ヤンフォンは内心落ち込んだ。
 しかし、そこまで考えたあとふと気づく。

「えっと……今俺が着ている服は誰が?」
「私が着せましたが」

 その言葉で一気に頭が覚醒した。
 が、覚醒したと同時に眩暈がした気がする。ふらりとよろめきかけた体を凰霄蘭ホワンシャオランが受け止めた。つまるところ……いま煬鳳ヤンフォンは、凰霄蘭ホワンシャオランの胸の中にいる。
 落ち着け、冷静になれ。
 心の中で何度か繰り返したあと、最後の記憶を手繰り寄せる。

(た、たしか俺は雨の中を歩いていて……、段々寒さで体が動かなくなって……)

 その後の記憶がない。しかし、上から下まで余すところなくずぶ濡れだったのだ。こうして今、ちゃんと乾いた服を着ているということは、彼の言っていることが間違いでは無いということ。

(つまり俺は……こいつに助けられた上に、服を脱がされて、しかも着せられたってことか!?)

 ……恥ずかしさで死んでしまいたい。

「い、い、い、今すぐ、俺を殺してくれ!」

 羞恥のあまりそう叫ばずにはいられなかった。
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