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婚約者の気持ち

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「レスカ。リンド男爵令嬢にしている嫌がらせをやめて欲しい。」

 珍しくレスカの教室に姿を見せたマクロンが、開口一番口に出したのはそんな言葉だった。

「嫌がらせですか?」
「そうだ。彼女と私は特別に親しいわけではない。ただの生徒会の仲間だ。」
「私、リンド男爵令嬢がどなたか存じません。入学してから一月以上休んでしまったので、まだ休み時間は補習をしていますから、教室と食堂以外には行っておりませんので。」

 入学前に高熱が出てからと言うもの体調が優れないレスカは、入学してから3ヶ月以上たつというのに、学園に来ている日数の方が少ない。
 中庭でのあの会話を聞いた後、発熱でしばらく休んでしまい、さらに3人に会うことが怖くなってしまったレスカは極力教室から出ないようにしていたのだ。
 言外にマクロンにも会いに行っていないことを言ったがマクロンは気がつかなかったらしい。

「そうか、だと思ったから。」
「…………申し訳ございません。そのように思われる人間で。」
「いや!すまない!失言だった!」
「……いいえ。」

(なぜでここでそんな事言うのでしょう。)

 レスカはそっと周りを伺う。
 授業が終わったと言っても教室にはまだたくさんの人がいて、興味津々でこちらを伺っている。
 今までノートを見せてくれていた令嬢たちは、居心地が悪そうに目を逸らす。
 わざわざレスカの教室まで来て言わなくてはならない事なのだろうかとレスカは俯いて下唇を噛んだ。

「すまなかった。君が無関係だと言うならそれでいいんだ。」

 言いたいことだけ言って、学校を休んでいたと言うレスカを労ることもなくマクロンは教室を出て行った。

「あ、あの、レスカ様…」

 気まずそうな令嬢がノートにチラチラと目をやりながら、言いにくそうに口籠もる。

「ノートありがとうございました。」

 にこりと笑って借りていたノートを閉じて手渡すと、令嬢たちはホッとして離れていく。その後ろ姿を見て思わずため息を漏らすと、周りのクラスメートたちもそそくさと帰り支度を始めた。
 
(仕方がないわ。嫌がらせをするような人間だと言われたのだから)

 確かに王宮でお茶会をしたとき、マクロンの周りに群がる令嬢たちと言い合いになったことはある。マクロンに近づかないよう牽制したこともあるが、それらが嫌がらせになるのだろうか。

 やっと慣れてきたクラスだったが、またひとりぼっちになりそうだ。ここから挽回するのは大変だろう。

 カタカタと揺れる馬車の窓から見える景色をぼんやりと眺めながら、今日のこと、これからのことを取り止めもなく考えていた。



 結局、熱が出たレスカはまたしても学園を休むことになってしまった。
 あまり頻繁に熱を出すレスカに、思い至ることがあったのか、かかりつけ医に隣国の専門医を受診するよう勧められ、早い方が良いと父親とともに向かったのである。

「…治らない病気なのでしょうか?」
「そうですね。今のところ治療法はありません。ただし無理をしなければ、命に関わる病気ではありません。」
「無理をするとはどんなことでしょう?」
「激しい運動は避け、ストレスがかからないようにすることが一番ですね。お嬢様の胃の不調や偏頭痛は病気のせいというよりストレスです。」
「………」
「大変言いづらいのですが、出産には耐えられるかどうかわかりません。」

 隣国の専門医の元を訪れたが、良い結果は聞けなかった。

「お父様…申し訳ございません。」
「謝らなくていい。お前が悪いわけじゃない。」

 帰りの馬車の中、押し黙る父親と娘から出たのはそんな言葉だけだった。


 あの日と同じように揺れる窓からぼんやりと景色を見ながら、これまでのことを考える。

 ーー学園の授業。
 ーー思ったようにいかない交友関係。
 ーージュリア様、ラインハルト殿下の事。
 ーーマクロンの事。

 


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