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第九話(生者視点)
しおりを挟む義父上と共に隣国との間に架かる橋の補修工事の視察を終え、ようやっと王都に帰ってきた。トリージャ公爵家は昔から外交に携わって来たとはいえ、一ヶ月の旅路は疲れる。出来れば王都からは出たくないな。
「ベルク、今回はそのまま帰ってきたが、今後は王都から出た際は、トリージャ領にも足を伸ばしなさい。」
義父上の言うこともわかる。私が養子に入ったトリージャ公爵領は飛び地が多いので管理の難しい領地だ。視察の際にでも行かなければ、何年も足を踏み入れない領地が出てくるだろう。
「はい、心得ておきます。」
まあ、飛び地には優秀な代官がいるのだし、義父上も王都から出た際と言っているのだからそれほど心配することはないのだろう。
「カラスが多いので騎士団の鍛錬場の周りの木を切って欲しい?なんだい?この嘆願書は。」
「鍛錬場の森にカラスが住み着いたようで、鳴き声が……」
陛下に帰還の挨拶と視察の報告を済ませたところに、おかしな書類が舞い込んできた。
「一日中鍛錬場の森ではカラスの鳴き声が聞こえるようになったと、騎士団だけでなく近くを通る使用人や官僚たちからも苦情が出ておりまして。」
申し訳なさそうに宰相付きの文官が答えるが、ここは国王陛下の執務室だ。そんな細々としたことまで関わる必要など無いだろう。
「いや、こんな案件が陛下の執務室に回ってくることがおかしいんじゃないか?宰相の方で片付けたらいいだろう。」
「宰相がリアム補佐官に対応するようにと、こちらにいらっしゃらないのでしょうか。」
そういえばリアムが見当たらない。あの人はいつもロンバルト陛下にベッタリくっついているのに。
「リアムは私が登城した時からいないが。ロンバルト陛下、ご存知ですか?」
「あ…ああ、なんだ?」
先程からロンバルト陛下はどうもボンヤリしている。私の報告もあまり聞いていない様子だった。
「リアム補佐官の事です。こちらにはいらっしゃらないようなのですが?」
「ああ、そうだな。朝からこちらには来て……っひいっ!」
バサバサっと大きな音を立てて、書類が落ちただけなのに、部屋の人間の顔色が真っ青になった。陛下もだ……。
「大丈夫ですか?顔色が悪いようですが。」
「いや……ベルク………お前のところには、マリアベルは…」
「姉上?ですか?……まさか今頃になって、何か判明した悪事などが出てきたのですか?」
マリアベル元王妃は、私の元義姉だ。
学生時代から今の王妃となったリリーさまを目の敵にして、酷いいじめをしていた。勿論ロンバルト陛下ーその時は王太子殿下だったがーと共に断罪をしたが、その時の国王陛下とトリージャ公爵の二人によって、その罪は無かったことにされてしまった。
まあ、あのまま婚約破棄されて義姉上が公爵家へ戻ってきたら、公爵家の跡取りという私の立場が危うくなるかも知れなかったのだから婚約破棄されなくて良かったと今なら思う。
結局、側妃になったリリーさまに何度も嫌がらせを仕掛けた上、毒殺まで図ったのだから、処刑されても仕方がないだろう。
それ以上の罪を犯していたと言うのだろうか?
「……いいや、なんでもないんだ。
そうだ、トリージャ公爵は息災か?今回の視察も同行したのだろう。」
「はい。要職にありながら登城もせず、申し訳ございません。」
「いや、いいんだ。公爵は私のことを恨んでいるだろうからな。」
陛下はそう言うが、元々国のため、家のためにと言って、一度婚約破棄された義姉上を無理に王妃に据えたのは義父上と前国王陛下だ。
結局義姉上は王妃の器ではなかった。どんなに学生時代、優秀でも、王妃の仕事が優秀だとしても、ロンバルト陛下の最愛の人を貶め、愛を乞うなど許されることではない。
義姉上は自分の素行が悪かったせいで処刑されたのに陛下を恨むのは筋違いだろう。
結局は義父上も身内の情に流されているということか。
私は、私情に流されず義姉上を排除した。
リリー側妃の食事に毒物が混入された時、私は裏庭の植え込みに隠してあった容器を見つけたのだ。このままここで容器が見つかると、犯人がうやむやになると心配になった私は王妃の執務室のゴミ箱に入れた。
毒殺の犯人は義姉上で間違いない。だからうやむやにするわけにはいかなかったのだ。
本当に犯人が他にいるなら、あんな容器一つで犯人になるわけがないんだ。
私は違う。
私は私情に流されない。
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