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 明るい光が政務棟の建物で遮られる。
 建物に入ると、駆け出す寸前のスピードで二階を目指す。
 二階部分は一階ほど人は多くない。

「痛っ・・」

 階段を駆け上がったところで服の裾を踏んでしまった。脛が階段に当たってジンジン痛い。
 手をついた時に大きな音が出てしまったので、周りを見渡したが幸い誰もいなかったようだ。

(良かった。誰もいなくて。)

 絶対にジョナールいもうとにみっともない所は見せたくないって思ってここまで急いできたのだ。
 それ以上の醜態を晒すわけにはいかない。


 ジョナールとオーリーが一緒にいても別に関係ない。
 オーリーはどの女の子にでも優しいのだから。
 アプル自分にだって、ジョナールにだって変わらないはずだ。

 それなのにお似合いの二人が並んでいたのを見て、ひどく胸が痛い。

 
 回廊の小窓からは前庭が見える。
 表情まではわからないけど、キラキラと陽の光を受ける金の髪は目立つ。

 いつものように、見なければいいと思うのに、窓から離れることができない。



「は~。全然変わらない。」
 

 見ないふりといいながら、ぐずぐずと考えて落ち込む自分が嫌いだ。
 だから卒業式のあの日に変わると決めたのだ。

 もうジョナールが持っているものを羨まない。
 誰かから与えられるのを待つのはやめよう。

 それなのにジョナールに会っただけで心の中がぐずぐずだ。


 ーー気持ちを変えよう。

 あの家から離れて、自分の力で幸せになるのだ。
 


 だからオーリーがジョナールと一緒にいても気にならない!!・・・多分。
 隠れ蓑で声をかけてもらえただけで、浮かれている場合ではない!


 せっかく婚約破棄の慰謝料がわりに、自立できる仕事を紹介してもらったのだ。
 しっかり稼いで、美味しいものを食べて、好きなものを買うことができる。
 それでいいじゃないか!
 いま大事なのは、お仕事!お仕事!
 余計なことは考えない!


「よしっ!!」

 気合を入れ直して、両手でパンっと頬を叩く。
 ちょっと痛い。
 


 窓から離れると、背中が何かに当たった。

「そんなに思い切り叩いたら痛いだろう。」

 頭の上からの声に、見上げるとダリルがアプルを見下ろしている。

「大丈夫です。気合の入れ直しなので。」

「あん?もしかして第二王子殿下バカ王子に何か言われたのか?」

「いえ、幸い第二王子殿下とはあの時以来お会いしてはおりません。差し出がましいようですが、近衛隊長がバカ呼ばわりしては不敬罪の対象になるのでは?」

「アプルが黙っていてくれれば、不敬罪には当たらんさ。」

 ダリル隊長の年齢は計りづらいが、こうやってちょっと悪い顔で笑うと結構若いのではないかと思う。
 だがいつもに比べ、なんとなく疲れているように見える。

「世にも珍しい、ダリル隊長のため息。」

「なんだそれ。俺だって疲れてればため息ぐらいつくだろう。」

「つくだろうって他人事みたいですね。疲れているんですか?」

「ああ、不審者の対応でな・・・」

「不審者?王宮にですか?大事件ですね。」

 王宮に不審者が現れるなど、警備を担当する近衛隊長としては忙しかったのだろう。とアプルは同情しかけたが、しれっと不審者はオーリーに任せたという。

「オーリーならあそこで女性と歩いてますよ。」

 言いつけ口になってしまうと思わなくもないが、アプルは前庭から出て行くオーリーとジョナールの後ろ姿を指さした。
 ダリルは一瞬、遠い目をしたが、また悪い笑顔で
アプルの肩に手をやると窓から離れて歩き出す。

「そうか、オーリーに振られてヤキモチ焼いているのか。」

「やき!!違います!!オーリーが女性と話してるなんて、よくあることじゃないですか!!」

「それほど良くあることじゃないんだけどな。
 よしよし、じゃあ昼飯奢ってやろう。近衛兵舎の食堂は肉メニュー豊富だぞ。」

 肉。と聞いてアプル意思を裏切って、腹の虫が力強く主張する。
 幸いダリルは声を出すことは堪えたが、口元はニヨニヨしている。

「い、行かないです!奢ってもらう理由もないので!!」

「そうか?俺はアプルがなんか食ってんの見るだけで、十分奢る理由になるけどな。」

「??」

 肩を抱かれたまま、身動きができないアプルが上目遣いにダリルを見上げると、ダリルはそれはそれはいい笑顔でアプルの耳元に顔を寄せる。

「アプルが食ってるときの顔は、とんでもなくエロくて俺好みだ。」


 耳元で囁かれた声と、赤裸々な言葉に、ボンっと音が出るのではないかと思うほど、アプルの顔が真っ赤になる。

「隊長!!セクハラです~!!!」
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