上 下
21 / 39

20

しおりを挟む
 今日は待ちに待った給料日!
 スペシャルランチの日!!

 だけどその前にお仕事お仕事!


 図書館から見て、王宮の反対側に位置する医療研究所には独自の書庫がある。この書庫は専門性が高く、一般の司書は置いていない。
 だから一年に一度くらいの頻度で、図書館の司書たちが書庫整理の応援に行くのだ。

「スラシア卿。こちらの本はすべて廃棄でよろしいでしょうか?」

 大体の整理を終えて、書庫に入りきらない本は同僚たちが図書館に移動していった。残ったアプルは本を括る紐を持って、医療研究所のスラシアに声をかけた。
 白衣を身に纏った痩身を、折り曲げるように机の前に座った男がこちらを見ずに手をあげる。

 書庫に司書はいないが責任者はいる。
 だが責任者であるスラシアは書庫整理の最中に見つけた本を読み耽っている。
 スラシアは医療研究所の研究員で図書館館長のレモニードと同い年なのだという。だが、貴族とは思えないほどくたびれた見た目のスラシアは、随分年上に見える。

 上げた手を了承の合図と解釈して、アプルは廃棄予定の本を紐で括って廊下に出しておく。廊下に置いておけば、別の部署の人間が処理しておいてくれるのだ。

「廃棄本は外に出しておきましたので、これで失礼します。」

 一応スラシアに声をかけたが、本に没頭しているのか返事はない。
 レモニードからは、集中したら何にも聞こえないから、そのまま帰っておいでと言われていたので、なんとなく会釈だけして部屋を出る。

(もうすぐお昼なのに、ずっとあのままなのかしら?)

 先程の様子から、寝食忘れて研究に没頭するタイプなのだろう。
 アプルも本は好きだが、ご飯を忘れるほど集中はできない。
 だから、スラシア卿はあんなに痩せているのだろうけど、絶対に真似できないよね。と医療研究所を後にした。



「・・・王宮を通ると会いたくない人に会うかもしれない。」

 図書館に戻るには本来であれば、王宮の中を通って行くのが近道だ。
 王宮の政務棟はコの字型になっていて、一階部分と建物に囲まれた前庭は一般の人間も入れるが、二階以上は官吏や貴族など許可があるものしか入れない。その二階部分は回廊のようになっているので、図書館までちょうどいい近道になるのだ。
 ちなみに政務棟の後ろには広大な庭園がありのその向こうに王族が公務を行ったり住まう宮殿がある。これが狭義の王宮だ。
 だが一般には政務棟や貴族議会堂のほか、近衛騎士団の詰所や広大な庭を含めて王宮と呼ばれているのだ。

 この前、マックス第二王子殿下に会ってしまったのは、政務棟の廊下だった。
 一応学園を卒業した王族なので、何かしかの公務についているのだろう。政務棟を通るとまた顔を合わせてしまうかもしれない。
 学園に通っていた頃は没交渉だったのに、どうして貴族籍から抜けた後に煩わされるのか。

 少々イラッとしながら、王宮の前庭を突っ切って行こうと進路を変えた。


 天気も良く、そぞろ歩きにも良い気候だ。
 官吏や兵士だけでなく一般の人や、少数だが貴族らしき人などいろんな人が歩いたり、木陰のベンチで休んだりしている。
 前庭は貴族でも馬車の乗り入れはできない。


(前庭は歩いたことはなかったけど、ここでお弁当とか食べたら、気持ちよさそう。)

 
 ウキウキとしながら歩いていたアプルだったが、前方に見たくないものを見てしまった。

 それは、オーリーとその腕にしなだれ掛かるジョナールの姿だった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】彼が愛でるは、龍胆か水仙か……

月白ヤトヒコ
恋愛
お母様が亡くなり、お父様が再婚して新しい義母と義妹が出来て――――わたくしはいつしか使用人同然の扱いを受けていました。 それでも懸命に過ごし――――という、よくあるチープな物語みたいな状況に、わたくしはつい数ヶ月前までおりました。 けれど、これまた物語のような展開で、とある高位貴族のご子息とお知り合いになり、あれよあれよという間に、彼がわたくしの状況を、境遇を、待遇を全て変えてしまったのでした。 正義感が強くて、いつもみんなに囲まれて、人気者のあなた。わたくしを助けてくれた、王子様みたいな優しいあなた。彼と婚約できて、幸せになれると信じておりました。 けれど、いつの間にか彼は別の……以前のわたくしと似た境遇の女性と親しくしなっていました。 「……彼女は、以前の君のような境遇にある。彼女のつらさを、君ならわかってあげられる筈だ。だから、そんなことを言わないでくれ。俺は、彼女を助けてあげたいんだ。邪推はやめてくれ。俺は、君に失望したくない」 そう言われ、わたくしは我慢することにしました。 そんなわたくしへ、彼の元婚約者だった女性が問い掛けました。 「ねえ、あなた。彼が愛でるは、龍胆か水仙か……どちらだと思います?」と。

【完結】なぜ、お前じゃなくて義妹なんだ!と言われたので

yanako
恋愛
なぜ、お前じゃなくて義妹なんだ!と言われたので

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

妹を叩いた?事実ですがなにか?

基本二度寝
恋愛
王太子エリシオンにはクアンナという婚約者がいた。 冷たい瞳をした婚約者には愛らしい妹マゼンダがいる。 婚約者に向けるべき愛情をマゼンダに向けていた。 そんな愛らしいマゼンダが、物陰でひっそり泣いていた。 頬を押えて。 誰が!一体何が!? 口を閉ざしつづけたマゼンダが、打った相手をようやく口にして、エリシオンの怒りが頂点に達した。 あの女…! ※えろなし ※恋愛カテゴリーなのに恋愛させてないなと思って追加21/08/09

私をもう愛していないなら。

水垣するめ
恋愛
 その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。  空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。  私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。  街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。  見知った女性と一緒に。  私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。 「え?」  思わず私は声をあげた。  なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。  二人に接点は無いはずだ。  会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。  それが、何故?  ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。  結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。  私の胸の内に不安が湧いてくる。 (駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)  その瞬間。  二人は手を繋いで。  キスをした。 「──」  言葉にならない声が漏れた。  胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。  ──アイクは浮気していた。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

婚約をなかったことにしてみたら…

宵闇 月
恋愛
忘れ物を取りに音楽室に行くと婚約者とその義妹が睦み合ってました。 この婚約をなかったことにしてみましょう。 ※ 更新はかなりゆっくりです。

処理中です...