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プロローグ

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 卒業式が終わり、無事に卒業出来たことを祝い生徒たちは、各々燕尾服や最新のドレスに着替え、この卒業を祝う舞踏会へと参加するのだ。
 もちろん先輩を祝う在校生や、卒業生の婚約者や保護者も集まり、厳かな卒業式とは打って変わって、華やかさを増している。

 卒業したての初々しい者たちが談笑する、穏やかな会場に突如、その声は響き渡った。



「ジョナール・リンゴニア。貴様との婚約は今、この時をもって破棄する。」

 そう言って第二王子であるマックス・ド・メイローンは、傍に寄り添う令嬢を抱き寄せた。
 婚約破棄を突きつけられたジョナール侯爵令嬢は、俯いていた顔を健気にあげる。長いまつ毛を震わせ、見上げるエメラルドの瞳はうるうると今にも涙がこぼれ落ちそうだ。

「マックス殿下。わたくしに何か至らない所がございましたでしょうか?」

 庇護欲をそそられるその姿に、マックスは一瞬怯むが、頭を振って気合を入れ直す。そうでなくてもジョナールはマックスの好みの外見をしているのだ。気を抜くとすぐに絆されてしまう。

「…マックス様。」

 腕の中で抱き寄せたナーシュが、瞳を潤ませてマックスを見上げる。

「わかっている。俺にはナーシュだけだ。」

 マックスの袖を縋るように掴む手に自分の手を添えると、鋭くジョナールを睨みつける。

「貴様が取り巻きを使ってこのナーシュに嫌がらせを行っていたことは調べがついている。」
「ええ、バナーヴェさんの事はわたくしも残念です。」
「なんだと?」
「バナーヴェさんがわたくしを大事にするあまり、なんて…知っていれば、決して、そんな事はさせませんでしたわ。」

 悲壮感漂うその姿に周りからは同情の声も上がる。
 だが、その同情を買うやり方はいつものジョナールのやり口だ。周りの人々を味方につけ、悲劇の主人公になるなんて、ジョナールの思い通りにさせないようマックスはギリっと奥歯をかみ冷静になる。

「貴様はいつもいつも、そうやって他人を使っておきながら、都合が悪くなると責任をひっかぶせて切り捨てるのだな。恥を知れ!」
「そんな、酷いですわ!マックス様!」
「ふん、その性悪さが顔に出ているぞ。」

 マックスはジョナールの顔を見ながら、トントンと自分の眉間を叩くと嘲笑したのである。

「…っくっ!!なによ!元はといえばあんたが女遊びばかりするから、こんなみっともないができたんでしょっ!!」

 ギュギュギュとジョナールの眉間に皺が寄る。
 自分の美貌に自信のあるジョナールとしては、眉間についたを皺とは認めたくない。最近は手を尽くしなんとかして消そうと様々な手を使って、躍起になっているところを嘲笑され、一瞬にして淑女の仮面が外れてしまった。

「いつもいつも、俺はモテるんだなんて!身分の卑しい女ばかり相手にしているからそうやって下劣な人間になるのよ!」

「なんだとっ!下劣とはまさかこの高貴な俺のことを言っているつもりか?」
「あんた以外誰がいるのよ!」
「言ったな!この性悪女!」
「なによ!下半身ゆるゆるの…」

 パンパンっ!

 乾いた音に、言い合いをする二人に釘付けだった人々の視線が、音の出元へと注がれる。

「…糸目令嬢。」

 誰かが呟いた。
 確かに、視線の先に現れたのは瞳を糸のように細めた令嬢だ。唇の両端をクッと上げているのが、貼り付けたような笑顔である事をよけいに印象付けている。

「発言をよろしいでしょうか?」

 手を叩いて二人の言い合いを止めたのはもちろん彼女だ。王族と侯爵令嬢の諍いに割って入るとはどういうことか?
 周りの人々が息を潜める。

「アプル、邪魔をするな。」
「お姉様。邪魔をしないで下さい。」

「「「「お姉様??」」」」

 思わず声に出してしまった人々はジョナールとアプルを見比べる。

 片や豪奢な金髪にエメラルドの瞳を持つ美少女、マックス第二王子殿下の婚約者と言われるジョナール。今もフリルやリボンで飾られた、豪奢なピンクのドレスに身を包みこの場の誰よりも美しく装っている。
 片や、卒業祝いの舞踏会というのに制服を着込み、薄い紅茶色の髪も後ろでゆわいただけで全く飾り気のない、糸目令嬢と揶揄されるアプル。

 3年間在学した卒業生も、ジョナールと同じ学年の1年生でも二人が姉妹という事は知らなかったようである。

「マックス第二王子殿下。」
「な、なんだよ。」

 全く表情を変えることのないアプルに気圧される。マックスは前からアプルのこの表情が苦手だった。前から……。
 マックスははっと気が付いた。
 マックスの顔色が変わったことに気が付いたのか、アプルの笑みが深くなったように感じる。

「もう間も無く国王陛下、王妃殿下がご入場なさいますわ。」
「えっ?あ、そうだ!」
「婚約者の名前はまだ。」

 その言葉に、未だマックスに抱きついているナーシュに視線が注がれ、ナーシュは慌ててマックスから離れた。
 婚約者がいるというのに、他の女性と公共の場で抱き合っているなど、どう言い訳しても醜聞でしかない。

「妹は、ナーシュ様やその他の第二王子殿下の愛される女性たちに直接何かをしたわけではないのですね。」
「ああ、直接はしていない、だが」
「第二王子殿下の愛されている方々全てに行われたことを立証する事は難しいでしょうね。」

 暗にマックスの女性遍歴の多さを周知され、マックスは気まずそうに黙ってしまった。
 対するジョナールは旗色が良くなってきたことで、開いた扇の影でニンマリと笑っている。

「妹は第二王子殿下を愛しているといっておりました。でも、疑われるような態度をとってしまった妹にも瑕疵はありますわね。」
「う、うむ。そうだ、な?」

 なにを言われるのか、迂闊な返答はできない。
 アプルはそんなマックスの様子も、ほくそ笑むジョナールの様子も気にする事はなく淡々と続けた。

「では、この場で婚約を解消するということでいかがでしょう?」

 思いもかけない婚約解消という言葉に、マックスは驚き、ジョナールは愕然とする。

「なっ!!アプル!あなたっ…!」

「いいのか?リンゴニア侯爵家の令嬢として、婚約破棄など。」
「破棄ではなく合意解消ですわ。」

 破棄と解消。結果は同じでもその持つ意味は大きく違う。アプルの言っているのは婚約の白紙なので、双方瑕疵きずつかないということだ。
 婚約が無くなるならマックスに否はない。

「わかった。この婚約は、マックス・ド・メイローンとリンゴニア侯爵令嬢との婚約は今、この場で合意の解消としたことを宣言する。この場にいる全ての人が証人だ。」

 断る!!!
 会場でこの騒動の成り行きを見守っていた人々の総意である。王族と侯爵家との婚約解消の証人などごめん被りたい。しかし騒動を止めもせず静観していたため意見を言うこともできない。

「ありがとうございます。メイローン王室の聡明たるマックス殿下に謝意を申し上げます。」

 一部の隙もない美しい礼をすると、怒りでわなわなと震えるジョナールを引っ張って、会場を後にしたのであった。
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