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第十五章 王
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守り人たちが蜂起した。
最も恐れていた事態だ。
体を固くして動けない兵士を、守り人たちは次々に襲い始める。
ある者は、お互いを縛り付けている鎖を使い、兵士の首を絞め、またある者は、体の一部を盟約獣の力で強化し、逃げ出そうとした兵士を一突きにした。
フェニアスは守り人たちを鼓舞するように、炎をまき散らしながら飛んで行った。ドレイクの位置からは見えなくなる。
マズいな。ドレイクは舌打ちする。
ここに駐留している兵士たちは、彼らの恐ろしさが身に染みている。なにせ、城を陥落させた部隊の生き残りが、半分は混じっているのだから。
その経験がプラスに働けばまだしも、この状況では完全に逆効果だ。
一人でも悲鳴を上げ、逃げだせば、戦線は総崩れだ。
強固な手枷は破壊できなくとも、守り人同士を繋げているのはただの鎖だ。彼らは、人がスルメイカを食いちぎるほど簡単に鎖を引きちぎり、暴れまわった。
下半身を馬に変えた、ケンタウルスのような集団が、逃げる兵士を追いかけ回し、たったひと蹴りで息の根を止めていく。中には、八本の足で縦横無尽に走り回るやつもいる。彼らを先頭で引っ張っているのは、ベルサイユ・ニーア・コーンフォートだ。たなひく銀髪が美しい女性だ。不死鳥隊の突撃隊長と記憶している。城が陥落した時も、一番最後まで戦い続けていた。彼女は右手を一角獣の角に変え、兵士のヘルメットや防弾チョッキを次々に突き破っていく。
手枷の鍵を持った兵士が見つかってからは、加速度的にひどくなった。
一カ月も虐げられていたのだ、守り人だってわかる。捕虜の監視をしていた曹長に目星をつけ、一気に六人がかりで襲い掛かった。
曹長は自動小銃で応戦し、最初の二人をハチの巣にした。ホッとしたように笑みを浮かべたが、しかし弾切れ。弾倉を入れ替える暇など与えてくれない。続く四人に殴り殺され、持ち物や衣服、内臓まで全てをはぎとられた。
四人の守り人は小さな白い鍵を見つけると、ウォーッ、と叫んだ。互いに手枷を開錠すると、一人が、鍵をもって走り出した。
一人、二人、三人四人……自由になる守り人が増える度、銃が意味をなさなくなる。
牛舎の方で陣旋風が巻き起こり、城壁に巨大な津波が衝突した。
大津波の一部は城壁を乗り越え、広大な庭園に濁流となって降り注ぐ。兵士たちは銃撃をやめ、一斉に回れ右をして走り出した。ケンタウルスの集団が、それを追い越していく。仲間の守り人を背に乗せ、風のように走る。逃げ遅れた兵士だけが、次々に波に飲まれていく。
激流の中から、人魚のような姿になった守り人が現れ、そこに追い打ちをかける。やつらは伝家の宝刀の代わりに農業用のクワやスキを持っていて、溺れる兵士たちの胸元を正確に突き刺していく。
水が引くと、陸生の幻獣と盟約した守り人が躍動する。
武器を取り上げられても、彼らには幻獣の牙が、爪が、角がある。
こうなればペリュトンも強い。銃が効かないわけではないが、彼らは神官を補佐してきた騎士の末裔だ。基礎的な体力が人間とは違う。鉛玉を十発浴びた程度では怯みもしない。頭から男鹿の角を生やした奴が、頭を左右に振り回し、兵士の腰をへし折って行く。
粉雪のように白い毛で全身をまとい、巨大なトラが兵士を追う。捕まったものは、首筋と腹を食い破られ、母国の言葉を叫びながら絶命する。
爆発音とともに城が揺れた。ドレイクの隣にいた通信兵がよろめいた。
ヘリコプターの尾翼についていたプロペラが、なさけなく回転しながら窓の外を横切った。
空隙部隊か。
翼をもつとは厄介なことだ。人類では再現不能な動きで空中を支配する。
茶色の翼を生やした守り人が、激しく羽ばたきながら、別のヘリに、下から近づいて行く。銃座についている兵士は必死になって撃ちまくっているが、ヘリは真下への攻撃オプションを持たない。二人、三人と守り人がヘリにぶら下がり、タイミングを合わせて翼を動かし始める。竜巻のように風が巻き起こり、人類の英知である機械仕掛けのローターを打ち負かす。逃げ出そうとするヘリをその場に押しとどめるならまだ可愛いものだ。彼らはあろうことか、ヘリをぐんぐん下に引っ張り始めた。
〔メーデー!メーデー!メーデー!メーデー!〕
通信兵のヘッドホンから漏れ聞こえてきたのは、戦闘機パイロットの叫び声だ。
声の主が、フライパンから飛び出したポップコーンのように視界の中に飛び込んできた。その後続けて、翼を折られた戦闘機が爆煙を上げながらきりもみ回転して落ちて行く。
空中のパイロットは、そのままいけば背中からパラシュートを開いていたに違いない。しかし、翼を生やした守り人が両足を巨大な鳥のそれに変え、パイロットの体をむんずと掴んでしまった。そして、空中でハンマー投げの選手のように回転すると、パイロットをヘリコプターめがけて投げ飛ばした。あわれパイロットは、ヘリのコクピットにぶち当たり、そのまま上に滑ってローターでミンチにされた。
異物を挟んでしまったローターは根元でねじ切れ、揚力を失ったヘリはバランスを崩した。すぐ近くを飛んでいた僚機に、真っ逆さまに落ちていった。
それ以上見る必要はもうなかった。オレンジの光で染まる窓を背に、ドレイクは王の間まで一気に駆け上った。
「おら、急げ、来るぞ、大将が」
赤いじゅうたんをブーツの泥で汚しながら、ドレイクははやし立てた。
王の間は未だ配線がむき出しの状態で、四方の大扉も、自動式扉の溶接が終わっていなかった。
少々血生臭いのは、ここで働かされていた守り人が全員、既に殺されているからだ。判断の早いこと、さすがだ。だいたいどの国の部隊も、いや会社だってそうだ。中枢に行けば行くほど、優秀なやつが集まるようにできている。
ドレイクは部屋の中央に積みあげられた電子機器の塊に近づいた。大きな黒い箱型コンピュータと、それに繋がれたごついディスプレイが、ニューヨーク証券取引所のように展開されている。そこには通信兵と同じようにヘッドセットをした兵士が、何人もかぶりついていて、めまぐるしく変わる――どちらかというと劣勢になっていく――戦況を逐次確認している。
ドレイクは部下の一人の肩を叩き、ヘッドセットを取り上げた。頭には被らず、マイクのついた左耳のイヤーパッドをそのまま耳に押し当て、喋る。
「捕虜が蜂起しました」
〔わかっている。モニタしている〕
無線機特有のノイズが乗った音声であっても、雇い主の声には身震いする。
そうだ、この世界では衛星が飛ばせない代わりに、常に数多のドローンが空中から監視しているのだ。守り人の空隙部隊も、害をなさないドローンは後回しにするだろう。そもそもやつらは、カメラや通信を知らないのだから。
ドレイクは顔をしかめながら、空いた手でスキットルを取り出す。イヤーパッドを耳と肩で挟むと、手際よく栓を開け、アルコールを補充する。
「兵を撤退させます、か」
〔ダインスレイヴを撃つ〕
ドレイクはまた顔をしかめる。一応言っておくが、度数の高いアルコールを一度に摂取したからだ。
〔起動にあと十五分かかる。エネルギーチャージにさらに十分。持ちこたえさせろ〕
「皆殺しにされます。あなたに」
部下たちに聞こえぬよう、距離をとってドレイク。
〔好都合だ、保険には入っている。生存者はお前だけ、やつらの証言など誰も聞かん〕
「ウラオー博士が裏切るかも」
〔あぁ、それについてなんだが、大変残念なことに、ウラオー博士を先程銃殺刑にした。信じられるか?あの男、脱走者に情報を漏らしていた!〕
雇い主のわざとらしい芝居を聞いて、ドレイクは立ち止まった。
しばらく返事ができなかった。
ある感情が、頭の中を支配していた。
それは、〝残念〟でも〝スカッとした〟でもなかった。
ホタルにどう言い訳しようか、すればいいのか、わからなくなってしまったのだ。
〔あらら、それは――誠に残念で〕
喉の奥に本当に何か引っかかってしまったのか、得体のしれない男は、どっちつかずにもごもご呟いていた。
忌々しい。こうなる事態を防ぐために大枚はたいて契約していたのに、ここで踏ん張れなければ損害賠償ものだ。
「時間を稼げ、やつらを根絶やしにする!」
無線機を操作卓に叩きつけると、そこに座っていた兵士が尻で飛び上がった。
ここは総合作戦指令所だ。
王の間に造らせた簡易的な指揮所とは規模が違う。
建物二階分の高さの壁に、びっしりとモニタが張られ、ドローンからの映像や、戦車の配置状況、戦闘機乗務員のバイタル、ダインスレイヴの格納庫映像にエネルギーチャージ状況まで映し出されている。
部屋の広さは、日本とか言う小国の国会議事堂ほどある。百人を超える兵士たちがコンピュータの前に座り、戦況の報告、方面部隊への指令をこなしている。
ここは基地の一番奥深くに在り、固く分厚い鉄板とコンクリートで守られている。窓は一切なく、モニタから入って来る情報が全てだ。
ルドヴィングは杖を突きながら指令所を横切った。
すでに呼吸することすら苦しい。何度もえずき、その度に、グローブをした左手で杖を割れんばかりに握りしめた。咳のし過ぎで、全身の筋肉がぶちぶちと千切れるのだ。肺をかきむしりたい。喉の裏を殴りつけてやりたい。ごぼごぼと鳴る自分の喉が、果てしなく忌々しい。
「ああーっあっ!……げはっ!」
咳を押さえた右手に、真っ赤な吐しゃ物がこびりついていた。その色を見たとたん、脳が沸騰した。顎髭が逆立った。
ぴっちりと隙間なく閉めていたコートを僅か開き、血の付いた右手を差し込んだ。内ポケットから錠剤の入ったケースを取り出し、唇の上で傾けた。三日前から、何錠飲んでいるのか数えてもいない。どうせ死期が近い。病で死ぬか、過剰摂取で死ぬか、その違いだけだ。
そしてそのどちらも!迎えるつもりは毛頭ない!
黒人の兵士が操るモニタに近づいた。アイングラードの谷が疑似的に再現されている。渓谷の間にびっしりと浮かんでいる三角形のアイコンは、各国からかき集めた戦車の数々だ。
「待機中の戦車隊を出せ」
はっ!と勇ましく返事して、黒人の兵士は三角のアイコンたちを上向きになぞった。戦車隊にはタブレット端末を配布している。今ここで出した指示が、一分の隙もなく伝達されている。さらに兵士は、ヘッドセットに向かってしゃべり出した。前進開始の命令を戦車隊の大隊長へ直接伝えているのだ。
抜かりのないことだ。
プロ意識とはこういうことを言うのだ。
素晴らしい、実に素晴らしい。
ルドヴィングは久方ぶりの満足感を得て、鼻から大きく息を吸った。肺胞の先まで行き渡らずともいい。これでやつらをせん滅できる。
それで十分だったのに。
「ルドヴィング様!」
黒人の兵士が、はじかれたようにキーボードから手を離した。目玉を飛び出させ、モニタを凝視していた。
やめろ。
その声をやめろ。
その驚き方をやめろ。
人の想像を超えた何かを見た時、誰しもがするであろう反応をやめろ。
これは幻ではない。伝説でも、神話でもない。
目の前にあることなのだ。現実なのだ。実現可能な夢なのだ。
忌々しい。
忌々しい。
忌々しい!
あと少し、あと少しなのに!
あと少しで、永遠の命が手に入るのに!
ルドヴィングは身を乗り出し、モニタを覗き込んだ。
終盤に差し掛かったオセロのように、隙間なく並んでいた三角形のアイコン。その先頭の一つが消えていた。
二つ、三つと、今まさに消えた。
「あ……あぁぁ……」
黒人の兵士が、怯えたようにモニタの上で両手を右往左往させる。その間にも、三角形のアイコンがどんどん消えていく。総合指令所の全てのスピーカーが、異常事態を検知して警報を鳴らし始める。警告灯が真っ赤に光り、ぐるぐると高速で回転する。そこに勤めている兵士全員が、何事かと大型モニタを見上げる。
ルドヴィングは激しいめまいを覚える。
同じものを、王の間でも見ていた。
「ありえない……!こんな速度で――」
コンピュータを操作していた兵士が、うわ言のように呟いた。
「どうした」
ドレイクはアルコールの補充を中断し、駆け寄った。
モニタにピントを合わせたとたん、アイングラードの谷に控えていた戦車隊、その全ての反応が、ホウキではかれたチリのようにざっと消えた。
兵士は怯えた表情で振り向くと、ありようのない事実を告げた。
「――――音速です」
それは、たった一つの事実を告げていた。
たとえ世界がひっくり返っても、それしかありえない。
ドレイクはその名を口にした。
「フェニアス・バックスだ……!」
焔より熱く、疾風より速く、稲妻の轟きより強く、フェニアスは飛んだ。
両足と背中から、あらん限りの炎を噴き出して、二つに結んだ赤髪が、嵐の中の吹き流しのように暴れるほど加速していた。
炎の轟音以外何も聞こえず、何も聞かず、ただひたすら、モハティ・ルドヴィングの居城へ向かって突き進んだ。
彼女が通った後には、巨人がはくスカートのように巨大な炎の帯がついてきて、それらはアイングラードの谷で反射し、ぶつかり合い、地上を走り抜ける火災旋風となって、進行方向にあるもの全てを蒸発させた。
百年前、外界で猛威を振るっていた戦車が見える。おびただしい数で群れを成し、アイングラードの谷を行軍している。
これ以上、我が民を傷つけさせぬ。フェニアスはさらに加速する。炎の温度が二段階すっ飛んで上がり、茜色の炎の中に、薄っすらと黄色や青がさし始める。
炎の渦は戦車を川底の小石のように巻きあげた。数十トンもある鋼鉄の塊が、雪玉のようにひと塊になって、もみくちゃになりながらフェニアスの後を追いかけて転がる。
フェニアスはアイングラードの谷を僅か三秒で飛び抜けた。渓谷が終わると、一気に視界が開けた――谷へ続く森が、全て伐採されている――そこにそびえ立っているのは、我が城にも負けず劣らず巨大な鋼鉄の要塞だ。
要塞に向かって飛びながら、フェニアスは細かに、しかし素早く観察する。
中央に高さ百メーターは在ろうかという直方体の建物があり、そこから左右に、薄灰色の鋼鉄の壁が続いている。建物や壁の表面には、鉄格子のはめられた窓が神経質な間隔で並んでおり、今は固く閉ざされている。
このままこの基地が動き始めれば、アイングラードは道を明け渡すしかないだろう。それほどまでに巨大だ。
壁の上には大小五百の銃座に砲門。ズラリと並べられ、そのどれもが、天高く上を向いている。一番大きいものは、砲身の太さがフェニアスの顔ほどある。
ウウウゥゥゥゥゥゥ!ゥゥゥゥウウウウウウウ!
警報の音と共に、銃座と砲門がひとりでに動き始めた。迎撃するつもりだ。鎌首をもたげる大蛇のように、銃口をこちらへ向けている。
五百の殺意に相対する。
フェニアスは腰に結び付けていたエクストリーマーを引き抜く。体をくの字に折り曲げ、手の平と足先からジェットの炎を噴き出して急停止する。その炎をエクストリーマーにも浴びせ、熱していく。神官より賜りし、伝家の宝刀を真の姿へと変える。
ズズガガドドドダズガダダダダダダダダ――!
四百の銃座が、百の砲門が一斉に火を噴いた。フェニアスの目玉ほどある銃弾が、顔ほどある砲弾が、砂漠の砂を全部ひっくり返したように降り注いでくる。
エクストリーマーが唸る。ごうん、ごうんと、熱波と炎が交互に飛び出して、刀身の周囲を渦巻く。フェニアスはそれを、自身の体の前に突き出す。
空気のそげる音がする。鉛の弾が、砲弾が、フェニアスはおろか、エクストリーマーの刀身に触れるより前に溶けていく。フェニアスは両手の平から炎を継ぎ足し、継ぎ足し、エクストリーマーの温度をさらに上げる。刀身が赤を超え、オレンジに、黄色に発光し、自身の周囲の空間が、温度の上昇に耐えきれなくなり歪み始める。
ばちゅばちゅと溶けていた鉛が、じゅうじゅうと蒸発し始め、人体に有害な気体は上昇気流に乗ってこの世界の一部となっていく。
「ぐぅっ!」
突如、右足に被弾した。先端の尖った鉛玉が、溶け切らずに太ももを貫通した。赤い血が、白いブーツを伝ってゆき、一時、ジェットの炎が消える。フェニアスは急ぎ、桜色の炎で身を焼く。
銃弾の数が二倍に膨れ上がった。
炎壁のすき間から見ると、銃身を真っ赤に熱しながら、銃座が激しく振動している。
自壊すらいとわぬか、モハティめ。フェニアスは胸の奥で毒づく。
砲弾の数も二倍になる。炎の壁が破られ始め、いくつかがエクストリーマーの刀身に当たって砕ける。両腕に骨の髄まで響く衝撃を受け、フェニアスはさらに体勢を崩す。弾幕の圧に押され、じりじりと後退していく。鉛玉が目の前ではじけ続け、炸裂する光に目をやられる。
目をつむる。
このまま迎えるか?
全身を穴だらけにされ、胸奥も突かれ、フェニックスの力を失うか?
それもよかろう。
もう一人の自分が、斜め上から見下ろしている。
そうら見ろ、お前一人では押し返せぬほどの力だ。
ここで諦めても、誰もお前を責めはしない。
よくやったではないか、3000年。
3000年だぞ?
誰よりも生きた。
誰よりも苦しんだ。
お前を評価できる者など、この世のどこにもいやしない。
だからよいのだ。もうやめよう、やめてしまおう。すぐに楽になる。
愛した夫たちのもとへ行ける。
愛する子供たちのもとへ。
父のもとへ。
母のもとへ。
ようやく楽になれる。
黙れ。
黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!
反吐が出る。
虫唾が走る。
嫌悪感に鳥肌が立つ。
上から見下ろすもう一人の自分に、フェニアスは唾を吐く。
お前は何を見た。
鎖を繋がれ、虐げられる我が同胞を。
私を信じ、私のために闘い、そして、私のせいで焼かれた民を。
私のために、祖国も、家族も、自らの命すら投げ捨てて立ち上がった者を。
お前は見てきたのではなかったのか!?
裏切るのか?今さら?3000年生きたから?
それがどうした。
年寄りの何が偉い。私がこの世に何を残した。結局、若者に与えたのは痛みと苦しみ、悲しみだけではないか。自分の不幸を理由に、数多人の希望を見ぬふりして、己が欲望のままに生き、そして自分勝手に死ぬのか?
否!
私は王だ。
神官たちに約束した。
〝生命を司る王〟フェニックスと盟約した。
幻獣の守護者、守り人の王――――――
フェニアス・バックスだ!
フェニアスはカッ、と目を見開いた。
胸奥のフェニックスに希求した。
我に与えよ――――――全ての悪を、断ち切る力を――――――
その時、天が割れた。
エクストリーマーの刀身に乗った炎は、金色の帯をまとって、アポランサスの頂上より高く燃え上がった。
灼熱の剣を振り下ろす。
かつてモーセが海を割ったように、巨大な要塞を真っ二つに切り裂いた。
表面の鉄板も、中に入った鉄筋コンクリートも、全て溶かし、全て切り裂き、要塞が立つ地盤まで砕き割り、エクストリーマーはその輝きを終えた。
燃料庫にでも引火したのか、要塞の奥の方で大規模な爆発が起きた。
時を同じくして、要塞の屋上で火を噴いていた銃座と砲台が、がっくりとうなだれた。
中央の建造物は、正面からやや右にズレた位置に大きな切断面を作り、その隙間から、我先に逃げようと走り回る兵士たちが見えていた。
爆発炎上する要塞に、フェニアスは燃える吐息をはいた。
よし、ならばオレの番だ。
誰に言うわけでもなくドレイクは走り出した。
フェニアスがいないのであれば、城にこもる必要もない。
「城の入り口を固めろ、扉を閉じて誰も入れるな!」
王の間の部下にそう告げると、五メートルも跳びあがって、正面に備え付けられたステンドグラスに体当たりした。
ガラスの破片と共に落ちてゆく。
城壁の内側は地獄絵図と化している。
今までのうっぷんを晴らすかのように、守り人たちは残虐ともいえる戦い方で兵士たちを殺している。ざっと見渡しただけで、西側一帯に十三人、兵士たちと白兵戦を繰り広げている。ベルサイユ率いる騎馬隊が東側に二十人強、逃げ惑う兵士たちを轢き殺している。正面には、城門をくぐり、玄関に向かって突き進んでくる軍勢が概ね三十から四十。応戦している兵士は総勢百と見た。恐らく――城壁の外――城下町では、この十数倍の命のやり取りが繰り広げられている。
城の正面玄関は、ドレイクの指示通り、重たい鉄扉を兵士たちがうんうん言いながら押し、閉じている。二門構えられた銃座に砲撃手が座り、臨戦態勢が整った。
落ちて行くドレイクを見て、守り人の多くが指をさし、怒りに吠えた。殺戮をやめ、失禁する兵士を放り投げ、こちらに向かって走って来る。
よろしい、皆殺しだ。
石畳を砕きながら着地する。この程度では膝の皿にヒビすら入らない。
足首のベレッタを両手で引き抜き、飛びかかってきたケルベロスの盟約者を滅多撃ちにする。
上半身だけ変貌して、気持ちが悪い。三つに増やした狼の頭の、目玉を一つ残らずつぶし、さらに口の中も穴だらけにしてやる。
滑るようにマガジンを捨て、胸のベストに縛り付けた予備を装填する――リロード――左から切りかかってきた守り人をワンステップでかわし、通り過ぎたそいつの後頭部を撃ち抜く。続けてやって来たガルーダの盟約者の、両翼に三発ずつお見舞いし、気勢をそぐ。地上で翼なぞ広げてくるな。的になりたいのか。よろめいたところで懐にもぐりこみ、顎の下から脳天にめがけて撃つ。後ろから、農業用の鎌で切りかかって来る守り人がいる。右手のベレッタで受け止め、向こうが悔しがっているうちに、左手のベレッタで胴にしこたま撃ちこむ。
リロード――守り人が集結しすぎている。間引かねばなるまい。
リロード――出し惜しみはしない。ここにいる全員を殺すまで、絶対に止まらない。
リロード――一部、怯えて逃げ出す守り人が現れる。そんなまさか、逃がすわけがない。
リロード――あと少しで、オレの悲願がかなうのだ。こんなところで不確定要素を残すものか。
ドレイクの射線を避け、石畳以外に足を踏み出した者は、地雷を踏んで吹っ飛んだ。胴体と足が泣き別れになるのを見て、守り人たちは立ちすくむ。ドレイクはそこにベレッタを撃ちこんでいく。
累々と築かれる死体の山、血を吸って重たくなるコート、動くたびに血を跳ねるブーツ。こんな雑魚ども、蒼の力を使うまでもない。
リロー――マガジンが切れた。ドレイクはヨルムンガンドの盟約者にベレッタを投げつけた。ベレッタはそいつの鼻っ柱に当たり、守り人は痛みに呻いていた。
懐からポリスマンを取り出し、迷いなく引き金を引く。
星が誕生したような光と音が炸裂し、ドラゴンブレス弾が放たれた。
「ぎゃあああああ!うああああああああ!」
守り人の身体が炎に包まれる。
ドレイクはそうやって、三人の守り人を火だるまにして屠る。
「城門を閉じろぉ!城の中まで一時撤退!」
ドレイクは城下町で戦う兵士たちに聞こえるよう、雲をかき消すほどの声量で叫んだ。
城門のすぐ外にいた兵士たちが反応し、バラバラとではあるが、城の方へと走ってきた。
こちらはすでに、侵入した守り人の半数を殺した。ドレイクの判断は間違っていなかったと言える。
唯一見誤ったことがあるとすれば――
それは、ウラオー・ホタルの来訪だ。
城門をくぐってきた兵士たちが、うっ、とうめき声をあげ、ばたばたと倒れていく。彼らの背中には、緑の羽が突き立っている。銃撃を始めた最後尾の兵士は、顔に矢を突き立てられ、仰向けに倒れる。閉じ切らない城門の向こうに、弓を構えるベレー帽の青年がいる。
ドレイクはポリスマンを肩にかつぎ、後ろから襲ってきた顔も名前もわからない守り人にドラゴンブレス弾を見舞った。
ベレー帽の青年が緑の翼をはやし、空へと飛び立った。
その後ろから、彼らはやって来る。
踊り子のような装束に身を包んだ少女が、エメラルド軌跡を残し、兵士の膝裏を次々に切り裂いて行く。短刀を持った銀髪の女がそれに続く。地雷を踏んでもお構いなしだ。彼女たちは速すぎて、爆薬と金属くずが命を奪う前にその場を駆け抜けている。
大きな亀の甲羅の影から、これまた大きな斧を振り回して金髪の大男が現れる。反対側からは、薙刀を持った長髪の男が飛び出してくる。
あの二人は特に強い。大男の方は、兵士の襟を掴みあげると、城壁と同じ高さまで放り投げてみせた。長髪の男はワイバーンの羽で銃弾を弾き飛ばし、薙刀の一突きで三人の兵士を焼き鳥のように串刺しにした。
そして、待ちわびたホタルだ。甲羅の裏から顔を覗かせた。
ドレイクは胸が高鳴るのを感じる。
生きていたのか、よかった――彼女は歯を食いしばって、森番が持っていた武器を、なんとか抱えている。歩くのも精いっぱいだろうに、懸命に走っている。
「ふっふっふっ……はっはっはっはっ!」
ドレイクは愉快でゆかいでたまらなかった。両足のブーツでタップダンスして、精鋭たちに向かって駆け出した。
なんだ、まだチャンスはあるじゃないか。
ここでホタルをさらって、基地へ戻れば万事休すだ。あとはダインスレイヴの一射で全て片付く。
「まずいぞ……ドレイクだ!」
ドレイクの接近に気付き、ベレー帽の青年が地上に叫ぶ。
「ワシが残る!」
ディーゼルエンジンのようなガラガラ声で、金髪の大男が斧を担ぎ上げる。
「なんだと!?」
薙刀の若造が、銀色の眉をハノ字に歪め、兵士を新たに切り殺す。
「王の間までいけば街中に声が届く!突破するにはお前が必要だろう!」
大男の言葉に、薙刀の若造は素早く応えた。薙刀を持った手で、空を大きくかいた。そして、甲羅を持った赤髪男の手をとり、ワイバーンの翼で飛び上がる。
彼らを狙おうかと考えた矢先、踊り子の少女が帰ってきて、ホタルの手をとり、石畳の右側へ高速で走り出した。しんがりにいたワタルは、銀髪の女に抱え上げられ、石畳の左側へ。
めいめいにドレイクをかわした彼らは、石畳の道で再度集結し、甲羅の盾を先頭として、正面玄関へ向けて走り出した。
「バルザックの加護があらんことを!」
「俺ぁいらん!てめでとっとけやい!」
若造が投げた餞別の言葉を、金髪の大男は嬉しそうに投げ返す。
巨大な斧の、強力な一撃が来る――ドレイクはかぎ爪を吐き出し、風のように振るう――三本の刃が展開される――大男の、魂のこもった一撃を受け止める。
森番のそれとは比較にならない強さだ。
足元の石畳は、木っ端みじんに砕け散り、近くに埋めてあった地雷が勘違いして爆発した。
ドーナツ状の衝撃波が瞬きの間に城壁をうがち、それを背中に受けたホタルや友人が、ボーリングのピンのように飛んで倒れた。
「そんなことでこけている場合か!立て!」
薙刀の若造に叱咤され、ホタルはすぐに走り出した。
痛いだろうに、泣きだしたいだろうに、ご立派なことだ。ドレイクは一人で感心する。その余韻を台無しにして、金髪の大男が体重をかけてくる。ドレイク自身、二メートル近い巨体だが、こいつは縦にも横にもさらにでかい。さすがのドレイクも、蒼い力を引き出さざるを得なくなる。
「出したな!伝家の宝刀を!」
「出さなきゃ吹き飛ぶでしょうが!腕が!」
「返せ!それは本来、守り人が持つべきものだ!」
「返す場所があるから気になるんだ。安心しろ、オレが来た!」
やって来た力の奔流を、ためらうことなくぶつける。全神経を右腕に集中させ、巨大な斧ごと、金髪の大男を弾き飛ばす。
大男は、一瞬だけF1の最高速度に匹敵する速度で飛んで行った。
しかし、背中から金色の羽を生やして、びたっ!とその場にとどまった。
巨大な斧をぽんぽんと手で叩き、地雷で吹き飛んだ地面に、もっと大きな足跡をつける。
極太の二の腕を見せつけるように力こぶを作り、斧を振り上げる。
「我が名はグリッド・オーガ・サンダルフォン!」
「そうだな!」
守り人だけが行う決闘の儀式だ。
「我らが王、フェニアス・バックスの参謀にして智将!」
「頭を潰してやる!」
今始まった。
血沸き肉躍るじゃぁないか!
最も恐れていた事態だ。
体を固くして動けない兵士を、守り人たちは次々に襲い始める。
ある者は、お互いを縛り付けている鎖を使い、兵士の首を絞め、またある者は、体の一部を盟約獣の力で強化し、逃げ出そうとした兵士を一突きにした。
フェニアスは守り人たちを鼓舞するように、炎をまき散らしながら飛んで行った。ドレイクの位置からは見えなくなる。
マズいな。ドレイクは舌打ちする。
ここに駐留している兵士たちは、彼らの恐ろしさが身に染みている。なにせ、城を陥落させた部隊の生き残りが、半分は混じっているのだから。
その経験がプラスに働けばまだしも、この状況では完全に逆効果だ。
一人でも悲鳴を上げ、逃げだせば、戦線は総崩れだ。
強固な手枷は破壊できなくとも、守り人同士を繋げているのはただの鎖だ。彼らは、人がスルメイカを食いちぎるほど簡単に鎖を引きちぎり、暴れまわった。
下半身を馬に変えた、ケンタウルスのような集団が、逃げる兵士を追いかけ回し、たったひと蹴りで息の根を止めていく。中には、八本の足で縦横無尽に走り回るやつもいる。彼らを先頭で引っ張っているのは、ベルサイユ・ニーア・コーンフォートだ。たなひく銀髪が美しい女性だ。不死鳥隊の突撃隊長と記憶している。城が陥落した時も、一番最後まで戦い続けていた。彼女は右手を一角獣の角に変え、兵士のヘルメットや防弾チョッキを次々に突き破っていく。
手枷の鍵を持った兵士が見つかってからは、加速度的にひどくなった。
一カ月も虐げられていたのだ、守り人だってわかる。捕虜の監視をしていた曹長に目星をつけ、一気に六人がかりで襲い掛かった。
曹長は自動小銃で応戦し、最初の二人をハチの巣にした。ホッとしたように笑みを浮かべたが、しかし弾切れ。弾倉を入れ替える暇など与えてくれない。続く四人に殴り殺され、持ち物や衣服、内臓まで全てをはぎとられた。
四人の守り人は小さな白い鍵を見つけると、ウォーッ、と叫んだ。互いに手枷を開錠すると、一人が、鍵をもって走り出した。
一人、二人、三人四人……自由になる守り人が増える度、銃が意味をなさなくなる。
牛舎の方で陣旋風が巻き起こり、城壁に巨大な津波が衝突した。
大津波の一部は城壁を乗り越え、広大な庭園に濁流となって降り注ぐ。兵士たちは銃撃をやめ、一斉に回れ右をして走り出した。ケンタウルスの集団が、それを追い越していく。仲間の守り人を背に乗せ、風のように走る。逃げ遅れた兵士だけが、次々に波に飲まれていく。
激流の中から、人魚のような姿になった守り人が現れ、そこに追い打ちをかける。やつらは伝家の宝刀の代わりに農業用のクワやスキを持っていて、溺れる兵士たちの胸元を正確に突き刺していく。
水が引くと、陸生の幻獣と盟約した守り人が躍動する。
武器を取り上げられても、彼らには幻獣の牙が、爪が、角がある。
こうなればペリュトンも強い。銃が効かないわけではないが、彼らは神官を補佐してきた騎士の末裔だ。基礎的な体力が人間とは違う。鉛玉を十発浴びた程度では怯みもしない。頭から男鹿の角を生やした奴が、頭を左右に振り回し、兵士の腰をへし折って行く。
粉雪のように白い毛で全身をまとい、巨大なトラが兵士を追う。捕まったものは、首筋と腹を食い破られ、母国の言葉を叫びながら絶命する。
爆発音とともに城が揺れた。ドレイクの隣にいた通信兵がよろめいた。
ヘリコプターの尾翼についていたプロペラが、なさけなく回転しながら窓の外を横切った。
空隙部隊か。
翼をもつとは厄介なことだ。人類では再現不能な動きで空中を支配する。
茶色の翼を生やした守り人が、激しく羽ばたきながら、別のヘリに、下から近づいて行く。銃座についている兵士は必死になって撃ちまくっているが、ヘリは真下への攻撃オプションを持たない。二人、三人と守り人がヘリにぶら下がり、タイミングを合わせて翼を動かし始める。竜巻のように風が巻き起こり、人類の英知である機械仕掛けのローターを打ち負かす。逃げ出そうとするヘリをその場に押しとどめるならまだ可愛いものだ。彼らはあろうことか、ヘリをぐんぐん下に引っ張り始めた。
〔メーデー!メーデー!メーデー!メーデー!〕
通信兵のヘッドホンから漏れ聞こえてきたのは、戦闘機パイロットの叫び声だ。
声の主が、フライパンから飛び出したポップコーンのように視界の中に飛び込んできた。その後続けて、翼を折られた戦闘機が爆煙を上げながらきりもみ回転して落ちて行く。
空中のパイロットは、そのままいけば背中からパラシュートを開いていたに違いない。しかし、翼を生やした守り人が両足を巨大な鳥のそれに変え、パイロットの体をむんずと掴んでしまった。そして、空中でハンマー投げの選手のように回転すると、パイロットをヘリコプターめがけて投げ飛ばした。あわれパイロットは、ヘリのコクピットにぶち当たり、そのまま上に滑ってローターでミンチにされた。
異物を挟んでしまったローターは根元でねじ切れ、揚力を失ったヘリはバランスを崩した。すぐ近くを飛んでいた僚機に、真っ逆さまに落ちていった。
それ以上見る必要はもうなかった。オレンジの光で染まる窓を背に、ドレイクは王の間まで一気に駆け上った。
「おら、急げ、来るぞ、大将が」
赤いじゅうたんをブーツの泥で汚しながら、ドレイクははやし立てた。
王の間は未だ配線がむき出しの状態で、四方の大扉も、自動式扉の溶接が終わっていなかった。
少々血生臭いのは、ここで働かされていた守り人が全員、既に殺されているからだ。判断の早いこと、さすがだ。だいたいどの国の部隊も、いや会社だってそうだ。中枢に行けば行くほど、優秀なやつが集まるようにできている。
ドレイクは部屋の中央に積みあげられた電子機器の塊に近づいた。大きな黒い箱型コンピュータと、それに繋がれたごついディスプレイが、ニューヨーク証券取引所のように展開されている。そこには通信兵と同じようにヘッドセットをした兵士が、何人もかぶりついていて、めまぐるしく変わる――どちらかというと劣勢になっていく――戦況を逐次確認している。
ドレイクは部下の一人の肩を叩き、ヘッドセットを取り上げた。頭には被らず、マイクのついた左耳のイヤーパッドをそのまま耳に押し当て、喋る。
「捕虜が蜂起しました」
〔わかっている。モニタしている〕
無線機特有のノイズが乗った音声であっても、雇い主の声には身震いする。
そうだ、この世界では衛星が飛ばせない代わりに、常に数多のドローンが空中から監視しているのだ。守り人の空隙部隊も、害をなさないドローンは後回しにするだろう。そもそもやつらは、カメラや通信を知らないのだから。
ドレイクは顔をしかめながら、空いた手でスキットルを取り出す。イヤーパッドを耳と肩で挟むと、手際よく栓を開け、アルコールを補充する。
「兵を撤退させます、か」
〔ダインスレイヴを撃つ〕
ドレイクはまた顔をしかめる。一応言っておくが、度数の高いアルコールを一度に摂取したからだ。
〔起動にあと十五分かかる。エネルギーチャージにさらに十分。持ちこたえさせろ〕
「皆殺しにされます。あなたに」
部下たちに聞こえぬよう、距離をとってドレイク。
〔好都合だ、保険には入っている。生存者はお前だけ、やつらの証言など誰も聞かん〕
「ウラオー博士が裏切るかも」
〔あぁ、それについてなんだが、大変残念なことに、ウラオー博士を先程銃殺刑にした。信じられるか?あの男、脱走者に情報を漏らしていた!〕
雇い主のわざとらしい芝居を聞いて、ドレイクは立ち止まった。
しばらく返事ができなかった。
ある感情が、頭の中を支配していた。
それは、〝残念〟でも〝スカッとした〟でもなかった。
ホタルにどう言い訳しようか、すればいいのか、わからなくなってしまったのだ。
〔あらら、それは――誠に残念で〕
喉の奥に本当に何か引っかかってしまったのか、得体のしれない男は、どっちつかずにもごもご呟いていた。
忌々しい。こうなる事態を防ぐために大枚はたいて契約していたのに、ここで踏ん張れなければ損害賠償ものだ。
「時間を稼げ、やつらを根絶やしにする!」
無線機を操作卓に叩きつけると、そこに座っていた兵士が尻で飛び上がった。
ここは総合作戦指令所だ。
王の間に造らせた簡易的な指揮所とは規模が違う。
建物二階分の高さの壁に、びっしりとモニタが張られ、ドローンからの映像や、戦車の配置状況、戦闘機乗務員のバイタル、ダインスレイヴの格納庫映像にエネルギーチャージ状況まで映し出されている。
部屋の広さは、日本とか言う小国の国会議事堂ほどある。百人を超える兵士たちがコンピュータの前に座り、戦況の報告、方面部隊への指令をこなしている。
ここは基地の一番奥深くに在り、固く分厚い鉄板とコンクリートで守られている。窓は一切なく、モニタから入って来る情報が全てだ。
ルドヴィングは杖を突きながら指令所を横切った。
すでに呼吸することすら苦しい。何度もえずき、その度に、グローブをした左手で杖を割れんばかりに握りしめた。咳のし過ぎで、全身の筋肉がぶちぶちと千切れるのだ。肺をかきむしりたい。喉の裏を殴りつけてやりたい。ごぼごぼと鳴る自分の喉が、果てしなく忌々しい。
「ああーっあっ!……げはっ!」
咳を押さえた右手に、真っ赤な吐しゃ物がこびりついていた。その色を見たとたん、脳が沸騰した。顎髭が逆立った。
ぴっちりと隙間なく閉めていたコートを僅か開き、血の付いた右手を差し込んだ。内ポケットから錠剤の入ったケースを取り出し、唇の上で傾けた。三日前から、何錠飲んでいるのか数えてもいない。どうせ死期が近い。病で死ぬか、過剰摂取で死ぬか、その違いだけだ。
そしてそのどちらも!迎えるつもりは毛頭ない!
黒人の兵士が操るモニタに近づいた。アイングラードの谷が疑似的に再現されている。渓谷の間にびっしりと浮かんでいる三角形のアイコンは、各国からかき集めた戦車の数々だ。
「待機中の戦車隊を出せ」
はっ!と勇ましく返事して、黒人の兵士は三角のアイコンたちを上向きになぞった。戦車隊にはタブレット端末を配布している。今ここで出した指示が、一分の隙もなく伝達されている。さらに兵士は、ヘッドセットに向かってしゃべり出した。前進開始の命令を戦車隊の大隊長へ直接伝えているのだ。
抜かりのないことだ。
プロ意識とはこういうことを言うのだ。
素晴らしい、実に素晴らしい。
ルドヴィングは久方ぶりの満足感を得て、鼻から大きく息を吸った。肺胞の先まで行き渡らずともいい。これでやつらをせん滅できる。
それで十分だったのに。
「ルドヴィング様!」
黒人の兵士が、はじかれたようにキーボードから手を離した。目玉を飛び出させ、モニタを凝視していた。
やめろ。
その声をやめろ。
その驚き方をやめろ。
人の想像を超えた何かを見た時、誰しもがするであろう反応をやめろ。
これは幻ではない。伝説でも、神話でもない。
目の前にあることなのだ。現実なのだ。実現可能な夢なのだ。
忌々しい。
忌々しい。
忌々しい!
あと少し、あと少しなのに!
あと少しで、永遠の命が手に入るのに!
ルドヴィングは身を乗り出し、モニタを覗き込んだ。
終盤に差し掛かったオセロのように、隙間なく並んでいた三角形のアイコン。その先頭の一つが消えていた。
二つ、三つと、今まさに消えた。
「あ……あぁぁ……」
黒人の兵士が、怯えたようにモニタの上で両手を右往左往させる。その間にも、三角形のアイコンがどんどん消えていく。総合指令所の全てのスピーカーが、異常事態を検知して警報を鳴らし始める。警告灯が真っ赤に光り、ぐるぐると高速で回転する。そこに勤めている兵士全員が、何事かと大型モニタを見上げる。
ルドヴィングは激しいめまいを覚える。
同じものを、王の間でも見ていた。
「ありえない……!こんな速度で――」
コンピュータを操作していた兵士が、うわ言のように呟いた。
「どうした」
ドレイクはアルコールの補充を中断し、駆け寄った。
モニタにピントを合わせたとたん、アイングラードの谷に控えていた戦車隊、その全ての反応が、ホウキではかれたチリのようにざっと消えた。
兵士は怯えた表情で振り向くと、ありようのない事実を告げた。
「――――音速です」
それは、たった一つの事実を告げていた。
たとえ世界がひっくり返っても、それしかありえない。
ドレイクはその名を口にした。
「フェニアス・バックスだ……!」
焔より熱く、疾風より速く、稲妻の轟きより強く、フェニアスは飛んだ。
両足と背中から、あらん限りの炎を噴き出して、二つに結んだ赤髪が、嵐の中の吹き流しのように暴れるほど加速していた。
炎の轟音以外何も聞こえず、何も聞かず、ただひたすら、モハティ・ルドヴィングの居城へ向かって突き進んだ。
彼女が通った後には、巨人がはくスカートのように巨大な炎の帯がついてきて、それらはアイングラードの谷で反射し、ぶつかり合い、地上を走り抜ける火災旋風となって、進行方向にあるもの全てを蒸発させた。
百年前、外界で猛威を振るっていた戦車が見える。おびただしい数で群れを成し、アイングラードの谷を行軍している。
これ以上、我が民を傷つけさせぬ。フェニアスはさらに加速する。炎の温度が二段階すっ飛んで上がり、茜色の炎の中に、薄っすらと黄色や青がさし始める。
炎の渦は戦車を川底の小石のように巻きあげた。数十トンもある鋼鉄の塊が、雪玉のようにひと塊になって、もみくちゃになりながらフェニアスの後を追いかけて転がる。
フェニアスはアイングラードの谷を僅か三秒で飛び抜けた。渓谷が終わると、一気に視界が開けた――谷へ続く森が、全て伐採されている――そこにそびえ立っているのは、我が城にも負けず劣らず巨大な鋼鉄の要塞だ。
要塞に向かって飛びながら、フェニアスは細かに、しかし素早く観察する。
中央に高さ百メーターは在ろうかという直方体の建物があり、そこから左右に、薄灰色の鋼鉄の壁が続いている。建物や壁の表面には、鉄格子のはめられた窓が神経質な間隔で並んでおり、今は固く閉ざされている。
このままこの基地が動き始めれば、アイングラードは道を明け渡すしかないだろう。それほどまでに巨大だ。
壁の上には大小五百の銃座に砲門。ズラリと並べられ、そのどれもが、天高く上を向いている。一番大きいものは、砲身の太さがフェニアスの顔ほどある。
ウウウゥゥゥゥゥゥ!ゥゥゥゥウウウウウウウ!
警報の音と共に、銃座と砲門がひとりでに動き始めた。迎撃するつもりだ。鎌首をもたげる大蛇のように、銃口をこちらへ向けている。
五百の殺意に相対する。
フェニアスは腰に結び付けていたエクストリーマーを引き抜く。体をくの字に折り曲げ、手の平と足先からジェットの炎を噴き出して急停止する。その炎をエクストリーマーにも浴びせ、熱していく。神官より賜りし、伝家の宝刀を真の姿へと変える。
ズズガガドドドダズガダダダダダダダダ――!
四百の銃座が、百の砲門が一斉に火を噴いた。フェニアスの目玉ほどある銃弾が、顔ほどある砲弾が、砂漠の砂を全部ひっくり返したように降り注いでくる。
エクストリーマーが唸る。ごうん、ごうんと、熱波と炎が交互に飛び出して、刀身の周囲を渦巻く。フェニアスはそれを、自身の体の前に突き出す。
空気のそげる音がする。鉛の弾が、砲弾が、フェニアスはおろか、エクストリーマーの刀身に触れるより前に溶けていく。フェニアスは両手の平から炎を継ぎ足し、継ぎ足し、エクストリーマーの温度をさらに上げる。刀身が赤を超え、オレンジに、黄色に発光し、自身の周囲の空間が、温度の上昇に耐えきれなくなり歪み始める。
ばちゅばちゅと溶けていた鉛が、じゅうじゅうと蒸発し始め、人体に有害な気体は上昇気流に乗ってこの世界の一部となっていく。
「ぐぅっ!」
突如、右足に被弾した。先端の尖った鉛玉が、溶け切らずに太ももを貫通した。赤い血が、白いブーツを伝ってゆき、一時、ジェットの炎が消える。フェニアスは急ぎ、桜色の炎で身を焼く。
銃弾の数が二倍に膨れ上がった。
炎壁のすき間から見ると、銃身を真っ赤に熱しながら、銃座が激しく振動している。
自壊すらいとわぬか、モハティめ。フェニアスは胸の奥で毒づく。
砲弾の数も二倍になる。炎の壁が破られ始め、いくつかがエクストリーマーの刀身に当たって砕ける。両腕に骨の髄まで響く衝撃を受け、フェニアスはさらに体勢を崩す。弾幕の圧に押され、じりじりと後退していく。鉛玉が目の前ではじけ続け、炸裂する光に目をやられる。
目をつむる。
このまま迎えるか?
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それもよかろう。
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誰よりも生きた。
誰よりも苦しんだ。
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黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!
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私のために、祖国も、家族も、自らの命すら投げ捨てて立ち上がった者を。
お前は見てきたのではなかったのか!?
裏切るのか?今さら?3000年生きたから?
それがどうした。
年寄りの何が偉い。私がこの世に何を残した。結局、若者に与えたのは痛みと苦しみ、悲しみだけではないか。自分の不幸を理由に、数多人の希望を見ぬふりして、己が欲望のままに生き、そして自分勝手に死ぬのか?
否!
私は王だ。
神官たちに約束した。
〝生命を司る王〟フェニックスと盟約した。
幻獣の守護者、守り人の王――――――
フェニアス・バックスだ!
フェニアスはカッ、と目を見開いた。
胸奥のフェニックスに希求した。
我に与えよ――――――全ての悪を、断ち切る力を――――――
その時、天が割れた。
エクストリーマーの刀身に乗った炎は、金色の帯をまとって、アポランサスの頂上より高く燃え上がった。
灼熱の剣を振り下ろす。
かつてモーセが海を割ったように、巨大な要塞を真っ二つに切り裂いた。
表面の鉄板も、中に入った鉄筋コンクリートも、全て溶かし、全て切り裂き、要塞が立つ地盤まで砕き割り、エクストリーマーはその輝きを終えた。
燃料庫にでも引火したのか、要塞の奥の方で大規模な爆発が起きた。
時を同じくして、要塞の屋上で火を噴いていた銃座と砲台が、がっくりとうなだれた。
中央の建造物は、正面からやや右にズレた位置に大きな切断面を作り、その隙間から、我先に逃げようと走り回る兵士たちが見えていた。
爆発炎上する要塞に、フェニアスは燃える吐息をはいた。
よし、ならばオレの番だ。
誰に言うわけでもなくドレイクは走り出した。
フェニアスがいないのであれば、城にこもる必要もない。
「城の入り口を固めろ、扉を閉じて誰も入れるな!」
王の間の部下にそう告げると、五メートルも跳びあがって、正面に備え付けられたステンドグラスに体当たりした。
ガラスの破片と共に落ちてゆく。
城壁の内側は地獄絵図と化している。
今までのうっぷんを晴らすかのように、守り人たちは残虐ともいえる戦い方で兵士たちを殺している。ざっと見渡しただけで、西側一帯に十三人、兵士たちと白兵戦を繰り広げている。ベルサイユ率いる騎馬隊が東側に二十人強、逃げ惑う兵士たちを轢き殺している。正面には、城門をくぐり、玄関に向かって突き進んでくる軍勢が概ね三十から四十。応戦している兵士は総勢百と見た。恐らく――城壁の外――城下町では、この十数倍の命のやり取りが繰り広げられている。
城の正面玄関は、ドレイクの指示通り、重たい鉄扉を兵士たちがうんうん言いながら押し、閉じている。二門構えられた銃座に砲撃手が座り、臨戦態勢が整った。
落ちて行くドレイクを見て、守り人の多くが指をさし、怒りに吠えた。殺戮をやめ、失禁する兵士を放り投げ、こちらに向かって走って来る。
よろしい、皆殺しだ。
石畳を砕きながら着地する。この程度では膝の皿にヒビすら入らない。
足首のベレッタを両手で引き抜き、飛びかかってきたケルベロスの盟約者を滅多撃ちにする。
上半身だけ変貌して、気持ちが悪い。三つに増やした狼の頭の、目玉を一つ残らずつぶし、さらに口の中も穴だらけにしてやる。
滑るようにマガジンを捨て、胸のベストに縛り付けた予備を装填する――リロード――左から切りかかってきた守り人をワンステップでかわし、通り過ぎたそいつの後頭部を撃ち抜く。続けてやって来たガルーダの盟約者の、両翼に三発ずつお見舞いし、気勢をそぐ。地上で翼なぞ広げてくるな。的になりたいのか。よろめいたところで懐にもぐりこみ、顎の下から脳天にめがけて撃つ。後ろから、農業用の鎌で切りかかって来る守り人がいる。右手のベレッタで受け止め、向こうが悔しがっているうちに、左手のベレッタで胴にしこたま撃ちこむ。
リロード――守り人が集結しすぎている。間引かねばなるまい。
リロード――出し惜しみはしない。ここにいる全員を殺すまで、絶対に止まらない。
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リロード――あと少しで、オレの悲願がかなうのだ。こんなところで不確定要素を残すものか。
ドレイクの射線を避け、石畳以外に足を踏み出した者は、地雷を踏んで吹っ飛んだ。胴体と足が泣き別れになるのを見て、守り人たちは立ちすくむ。ドレイクはそこにベレッタを撃ちこんでいく。
累々と築かれる死体の山、血を吸って重たくなるコート、動くたびに血を跳ねるブーツ。こんな雑魚ども、蒼の力を使うまでもない。
リロー――マガジンが切れた。ドレイクはヨルムンガンドの盟約者にベレッタを投げつけた。ベレッタはそいつの鼻っ柱に当たり、守り人は痛みに呻いていた。
懐からポリスマンを取り出し、迷いなく引き金を引く。
星が誕生したような光と音が炸裂し、ドラゴンブレス弾が放たれた。
「ぎゃあああああ!うああああああああ!」
守り人の身体が炎に包まれる。
ドレイクはそうやって、三人の守り人を火だるまにして屠る。
「城門を閉じろぉ!城の中まで一時撤退!」
ドレイクは城下町で戦う兵士たちに聞こえるよう、雲をかき消すほどの声量で叫んだ。
城門のすぐ外にいた兵士たちが反応し、バラバラとではあるが、城の方へと走ってきた。
こちらはすでに、侵入した守り人の半数を殺した。ドレイクの判断は間違っていなかったと言える。
唯一見誤ったことがあるとすれば――
それは、ウラオー・ホタルの来訪だ。
城門をくぐってきた兵士たちが、うっ、とうめき声をあげ、ばたばたと倒れていく。彼らの背中には、緑の羽が突き立っている。銃撃を始めた最後尾の兵士は、顔に矢を突き立てられ、仰向けに倒れる。閉じ切らない城門の向こうに、弓を構えるベレー帽の青年がいる。
ドレイクはポリスマンを肩にかつぎ、後ろから襲ってきた顔も名前もわからない守り人にドラゴンブレス弾を見舞った。
ベレー帽の青年が緑の翼をはやし、空へと飛び立った。
その後ろから、彼らはやって来る。
踊り子のような装束に身を包んだ少女が、エメラルド軌跡を残し、兵士の膝裏を次々に切り裂いて行く。短刀を持った銀髪の女がそれに続く。地雷を踏んでもお構いなしだ。彼女たちは速すぎて、爆薬と金属くずが命を奪う前にその場を駆け抜けている。
大きな亀の甲羅の影から、これまた大きな斧を振り回して金髪の大男が現れる。反対側からは、薙刀を持った長髪の男が飛び出してくる。
あの二人は特に強い。大男の方は、兵士の襟を掴みあげると、城壁と同じ高さまで放り投げてみせた。長髪の男はワイバーンの羽で銃弾を弾き飛ばし、薙刀の一突きで三人の兵士を焼き鳥のように串刺しにした。
そして、待ちわびたホタルだ。甲羅の裏から顔を覗かせた。
ドレイクは胸が高鳴るのを感じる。
生きていたのか、よかった――彼女は歯を食いしばって、森番が持っていた武器を、なんとか抱えている。歩くのも精いっぱいだろうに、懸命に走っている。
「ふっふっふっ……はっはっはっはっ!」
ドレイクは愉快でゆかいでたまらなかった。両足のブーツでタップダンスして、精鋭たちに向かって駆け出した。
なんだ、まだチャンスはあるじゃないか。
ここでホタルをさらって、基地へ戻れば万事休すだ。あとはダインスレイヴの一射で全て片付く。
「まずいぞ……ドレイクだ!」
ドレイクの接近に気付き、ベレー帽の青年が地上に叫ぶ。
「ワシが残る!」
ディーゼルエンジンのようなガラガラ声で、金髪の大男が斧を担ぎ上げる。
「なんだと!?」
薙刀の若造が、銀色の眉をハノ字に歪め、兵士を新たに切り殺す。
「王の間までいけば街中に声が届く!突破するにはお前が必要だろう!」
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「俺ぁいらん!てめでとっとけやい!」
若造が投げた餞別の言葉を、金髪の大男は嬉しそうに投げ返す。
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森番のそれとは比較にならない強さだ。
足元の石畳は、木っ端みじんに砕け散り、近くに埋めてあった地雷が勘違いして爆発した。
ドーナツ状の衝撃波が瞬きの間に城壁をうがち、それを背中に受けたホタルや友人が、ボーリングのピンのように飛んで倒れた。
「そんなことでこけている場合か!立て!」
薙刀の若造に叱咤され、ホタルはすぐに走り出した。
痛いだろうに、泣きだしたいだろうに、ご立派なことだ。ドレイクは一人で感心する。その余韻を台無しにして、金髪の大男が体重をかけてくる。ドレイク自身、二メートル近い巨体だが、こいつは縦にも横にもさらにでかい。さすがのドレイクも、蒼い力を引き出さざるを得なくなる。
「出したな!伝家の宝刀を!」
「出さなきゃ吹き飛ぶでしょうが!腕が!」
「返せ!それは本来、守り人が持つべきものだ!」
「返す場所があるから気になるんだ。安心しろ、オレが来た!」
やって来た力の奔流を、ためらうことなくぶつける。全神経を右腕に集中させ、巨大な斧ごと、金髪の大男を弾き飛ばす。
大男は、一瞬だけF1の最高速度に匹敵する速度で飛んで行った。
しかし、背中から金色の羽を生やして、びたっ!とその場にとどまった。
巨大な斧をぽんぽんと手で叩き、地雷で吹き飛んだ地面に、もっと大きな足跡をつける。
極太の二の腕を見せつけるように力こぶを作り、斧を振り上げる。
「我が名はグリッド・オーガ・サンダルフォン!」
「そうだな!」
守り人だけが行う決闘の儀式だ。
「我らが王、フェニアス・バックスの参謀にして智将!」
「頭を潰してやる!」
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