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第一章 勇神祭
第五話 幼馴染の葛藤
しおりを挟むアイナは朝から帝都周辺の探索に出掛けていた。彼女の心中は穏やかではなかった。
アイナは、リヒトに手渡したあの小包に毒が入っていることを知っていた。知っていて、わざと手渡した。そして、すぐに自身の卑劣な行為を悔やんだ。
彼女としては、リヒトには勇神祭に出場しないでほしかった。もし今のリヒトが出場すれば、アマジバナの毒に冒されるよりも悲惨な出来事が待ち受けているのは目に見えていた。ケインなら、そういうことを平気でやりかねない。
ただ、勇神祭で優勝するというリヒトの夢を、悲願を、踏みにじるような真似をしてしまった。彼が全てを覚悟の上で勇神祭に臨もうとしているのもわかっていたのに。この上ない卑劣だ。後悔ばかりが押し寄せてくる。何もかも投げ出したい気持ちになった。
眠れない夜を過ごした後、アイナは幾分か正気を取り戻した。リヒトに会わなければ。会ったところで詫びがかなうかはわからないが、とにかく会わなければならない。
そんな思いを抱えて朝リヒトの家に駆け込んだが、彼は姿を消していた。一家の主ダインに訳を聞いても「さあな」としらを切る。息子のケインも関心がない様子だ。ダインの妻にも訪ねたが、何も知らなかった。
あの毒にやられてしまったとしたら、そう遠くにはいけないはずなのに、どうして。胸騒ぎが止まらなかった。帝都内で必死にリヒトの行方を探ったが、彼の姿を見た人は誰もいない。
正常な判断力を失ったアイナは、帝都周辺にまで探りを進めた。帝都内は散々探した。だから帝都内にいないとは限らないが、外であの芋菓子を食べ、行動不能になっている可能性もなくはない。
(私が、見つけなきゃ……!)
形はどうあれ、一度彼を陥れようとしたのだ。あれは大きな間違いだった。一生恥ずべき汚点だ。しかし、どの口が言うのかと自分でも思うが、今の彼を助けることができるのはきっと自分だけなのだ。それほどに、彼には味方が少ないのだ。
雑木林を踏み分けくぐり抜け、普段は足を踏み入れない領域にまでたどり着いた。このあたりの地形はあまり把握できていない。たしか魔女が封じられているという遺跡が近くにあるはずなので、あまり近づき過ぎないよう注意しなければならない。
慣れない森の探索を続け、日が真上に昇った頃だった。
「こんにちは」
突然、声を掛けられて全身がびくりと震えた。その方に向くと、女の子がいた。長い茶髪を結んだ、いかにも旅人といった装いの人だ。容姿からして歳もそう遠くない。
「こ、こんにちは」
「こんなところでどうしたの? 迷子?」
見た目に反して女の子は随分と大人っぽい雰囲気だ。不思議な人。もしかしたら、自分よりも何歳か上かも、とアイナは思った。人は見かけによらない。
「迷子、ではないですけど……人を探してるんです。朝から友達の行方がわからなくて」
「あ~……なるほど、道理で」
女の子は、何か思い出したように手を叩いた。
「その友達って、リヒト君のことじゃない?」
「! リヒトを知ってるんですか!」
「シッ! ちょっと声が大きいよ。今リヒト君が集中してるから邪魔しちゃだめ」
この人は誰なんだろう。察するに、今までリヒトの近くにいたようだ。二人はどういう関係なのか。帝都では見たことない顔だから旅人の類だとは思うが。
女の子は人差し指を口にあて「静かに」の合図をした。アイナの心は静まらなかった。
「リヒトは、無事なんですか……?」
「大丈夫。毒は食べてないから」
「!」
毒。
なぜその言葉がここで出てきたのか。
もしや、この人は全て知っているのか。
「私はミア。君はアイナちゃん、だね?」
「……はい」
ミアと名乗った少女は、何か確信した様子だった。
やはり、知られている。おそらくリヒトは、芋菓子に毒が仕込まれていることを察知したのだろう。そして、この人に話したのだろう。自分が毒入りの食べ物を手渡したことを。
「アイナちゃん。ちょっと、あっちの方で話そっか」
「……」
そこからアイナは、しばらくミア、もといミヤコの顔を直視することができなかった。
「今ね、リヒト君に稽古をつけてるとこなの。今は自主的に練習してもらってるけど」
「……そ、そうなんですか」
近くにあった川のほとりに二人して座り込み、言葉を交わす。アイナの方は、何か語りかけられても気のない返事をすることしかできなかった。
「アイナちゃん、怒られると思ってる?」
「……」
「そうしょんぼりしないで。別に昨日のことで責めるつもりはないんだよ」
先ほどまでは鋭い印象があったが、今のミアの口調は優しかった。
「君にも、何かしら事情があるんだろうなって、見ればなんとなくわかる。だからといってやったことが簡単に許されるわけではないけれど、私は責めはしない」
「え……」
そこで初めてミアの顔をしっかり見た。すごくかわいい。柔らかく微笑む姿が眩しくて、同性なのに少しだけどきどきした。
「私はね、リヒト君が勇神祭で優勝できるように応援したい、ただの旅人なの。赤の他人なんだ。昨日のは、本当だったら衛兵に出てきてもらう案件なんだろうけど……私は口出しせずに、リヒト君とアイナちゃんが直接話すべきだと思ってるんだ」
「…………」
「でも、なんで毒を盛ったのかは聞いておきたいんだよね。知っちゃった以上は」
アイナは再び顔を曇らせた。
昨日の出来事を思い出すと、どうにも自己嫌悪ばかりしてしまってかなわない。
ミアは尋ねた。
「……リヒト君には、勇神祭に出てほしくない?」
アイナはコクリと頷いた。
「どうしてそう思う?」
「リヒトが、勇神祭に出たら……死んでしまうと思ったから……」
勇神祭は真剣勝負。相手が戦闘不能になるまで誰も手加減などしない。一般的に卑怯とされていること以外は基本何でもありで、殺し合いに発展するおそれもある。
リヒトが通力を扱えずに悩んでいたのはアイナも知っている。戦いに活かせる能力が少ない点で、リヒトは死のリスクが人一倍高いといえる。
「彼は死なないよ。私が鍛えてるから」
だが、ミアの言葉は強かった。絶対にそうなると疑っていない様子だった。
「あの……ミア、さんは、何者なんですか」
「まぁ、さっきも言った通り、旅人だよ。通りすがりの」
「でも、赤の他人って言ったじゃないですか。リヒトとは、どういう……」
「うーん、そう言われると、私も答えに詰まっちゃうんだよね」
ミアは苦笑した。困ったように眉をひそめる様子は、どことなく哀愁を感じさせた。
「リヒト君とは昨日会ったばっかりだけど、ただ、なんというか、放っておけなくてね。あまりにもひどい環境にいるから、味方してあげたいって思っちゃった」
「…………」
ミアの言葉に嘘偽りはないだろうとアイナは思った。その気持ちはアイナにもよく理解できたからだ。
リヒトは何事にも一生懸命だ。そういう姿をずっと見てきているので、せめて自分だけは寄り添える存在でありたいと思うのだ。
しかし、何故だろうか。同じ思いの人を見つけて嬉しいはずなのに、胃がキリキリと痛む。
「こう見えて、私けっこー強いから、安心して! リヒト君が勇神祭で勝てるように導いてあげる!」
「……本当に、リヒトは大丈夫なんですか?」
「大丈夫。元々強くなれる素質はあったんだ。彼自身がそれに気づいてなかっただけ」
ミアは、リヒトのいる方に目を向ける。つられてアイナもそちらを見た。
木々の間から微かに姿が見える。彼はこちらに気づいていないのだろう。止まって剣を振り、止まって剣を振りという動作をひたすら繰り返している。
「彼は化けるよ。こんな短い時間で気の操り方のコツを掴んでる。午後の時間で慣らせば、通力を使う相手にも十分勝ち筋が生まれる」
雄弁に語るミアの言葉には、実力に裏付けされた自信のようなものを感じる。
「アイナちゃんが想像してたようなことにはならない。だから安心してよ」
ミアの微笑みは、アイナを元気づけてくれた。戦いのことはわからないけれど、この人に任せればきっと大丈夫だと思わせてくれた。
だがその時、ミアの顔から、ふっと笑みが消えた。
「ちょっと話戻るけどさ、毒を盛った理由って、一つじゃないよね」
「!」
「よくよく考えてみればおかしいと思ったんだ。勇神祭に出てほしくない、ただそれだけで毒を食べさせようとするのかなって。しかも君みたいな娘が。ちょっと大げさすぎない?」
アイナは、またミアと目が合わせられなくなった。このまま向き合っていたら、嫌なところまで見透かされてしまいそうな気がして、顔を背けた。
「致死毒ではないにせよ、毒を盛るなんて、かなり勇気のいることだよ。親しい相手にするなら尚更ね。ちょっと言い方悪いかもしれないけど、君は、親しい相手に毒を盛れるほど度胸のある人間だとは思えない」
「…………」
しばし沈黙が降りた。
アイナは思う。
毒入りの芋菓子をリヒトに渡した本当の理由。これを話すべきではない。でも、ミアは既に全部わかっているような気がする。自分が話さなくても、いずれバレてしまうような気がする。
もういっそ、全てさらけ出して楽になってしまおうか。なんだか疲れてしまったから。
「……あの、ミア、さん。私の話を聞いてくれませんか」
アイナの雰囲気が変わったことを察してか、ミアは神妙な面持ちでゆっくり頷いた。
◆◆◆
ミヤコは愕然とした。
まさかアイナを取り巻く問題がここまで根深いものだとは思っていなかった。
ミヤコは、凄まじい過酷を目前にしている若者が、リヒトだけではないことを知った。
「大体は理解した。でも、本当にいいの? リヒト君が優勝してしまっても」
「……はい。もう、いいんです。リヒトが救われるなら、私は……」
「わかった。勇神祭が終わるまでリヒト君と直接会うのはやめた方がいいよ。彼の集中を途切れさせてしまう。君も、リヒト君と少し距離をとって落ち着いた方がいい」
「はい……」
アイナの頬は大粒の涙をいくつも滴らせている。川のせせらぎは嗚咽にかき消された。
(さて、どうしようかね、リヒト君……)
ミヤコは行く先の不安を拭いきれず、ただただ天を仰いだ。むかつくほど綺麗な青が広がっていた。
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