鸚哥が繋ぐアイのうた

七海澄香

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告白

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 翌朝は普段ならまだ布団の中にいる時間だけど、スッキリと目が覚めた。
 自分の部屋で着替えを済ませ、2階にある洗面台で顔を洗って髪を梳いてから1階のリビングに向かった。
 リビングは昨夜のうちに、あらかた片付けておいた。もちろん、ホッペのためだ。
 そうそう、インコの名前はホッペに決めた。最初に見たときのオレンジの頬っぺたが印象的だったから。

「あら、ハルちゃん早いのね」
 いつも通り、愛子さんは一番に起きて朝食の支度をしてくれていた。
「うん。今日はインコを迎えに行く日だから」
 愛子さんはこの時間でもしっかりと身支度を整え、軽く化粧もしている。

「そうね……でも……正一しょういちさん、急に仕事が入っちゃったみたいなのよね……」
 愛子さんが父のことを正一さん、と呼ぶのがどうも慣れない。そこにつまづいて、その先の話がすぐに理解できなかった。
「え? 仕事?」
「ええ、これから出かけなきゃならないって……」
 さすがに鳥かごや飼育用品一式を自転車で運ぶわけにはいかず、父に車で一緒にいってもらえるよう頼んでおいたはずなのに。

「そんな……」
 洗面所で身支度をしていた父のもとへ、わざと足音を立てながら駆けつけ、私は文句をぶちまけた。
「今日は一緒にインコを迎えに行くって約束したでしょ!」
「それが……どうしても外せない急な仕事なんだよ……延期にできないかな」
「私もインコも楽しみにしてたのに……」

 父は、母との離婚後、私と一緒に暮らすために勤めていた大手の会社を辞めた。それからは、知人が起業した会社に勤めている。小学生だった私を引き取るには、前の会社のような激務では難しかったらしい。
 今の会社は経営コンサルの仕事だって聞いたけど、業務内容までは詳しく知らない。でも、ひとつひとつの仕事が、お客さんとの信頼が大切なんだと、よく言っている。きっと今日のことも、父の会社にとっては大事な仕事なのだろう。
 あまりわがままも言えない。素直にわかった、とは言えないまでも、すでに自分を納得させてはいた。

「そうだ、愛子に頼んでごらん。車が必要なら、愛子も運転できるから」
「愛子さんに……?」
 愛子さんと私は、まだ二人きりで出かけたことがない。特別仲が悪いということはない。でも仲良しというわけでもないのだ。自分で言うのもなんだけど、微妙な距離感。
 父は、私と愛子さんとの間をもっと縮めたいと思っているに違いない。だから、ここぞとばかりに一緒に行くことを勧めるのだろう。
「私でよかったら、喜んで。昼過ぎからひとつ用事があるから、午前中でもいいかしら?」
 お父さんが頼んでみろっていうから、と遠慮がちにお願いした私に、愛子さんはむしろ嬉しそうにそう言ってくれた。
 三人揃って朝食を済ませ、いつも通りにスーツを着た父は、一足先に家を出た。帰ってインコを見るのが楽しみだ、とリップサービスも忘れない。



「ホッペですか。かわいい名前ですね」
 智貴さんはいつも通りの微笑みで私たちを迎え、いろいろと説明してくれた。
 ホッペと初めて会う愛子さんも嬉しそうで、一緒に来てよかったかも、と思えた。

 ホッペをカゴごと車の後部座席に乗せ、カゴにブランケットをかけて目隠ししてシートベルトをかけた。
 移動する時に外が見えると、驚いて暴れて怪我をすることがあるそうだ。
 なんだか落ち着かない様子で止まり木を右往左往するホッペに、しばらく声をかけて落ち着かせた。

 店内に戻ると、智貴さんと愛子さんが何やら楽しそうに話していた。
 私より愛子さんとの方が歳も近いだろうし、大人同士の会話の方が智貴さんも楽しいのかな……。
 どうしていつも、こうして愛子さんと誰かが楽しそうに話す様子を私は端から見ているんだろう。父といるときも、智貴さんさえも。

 なんだか、もやもやしてきて声をかけられずにいた。話の内容は、愛子さんが昔インコを飼っていた、という話題から発展しているみたい。

「おや、準備できたみたいですね。では、ホッペちゃんをよろしくお願いします」
 こちらに気づいた智貴さんが、話を切り上げた。
「あの、代金は……おいくらですか?」
 新品のカゴや餌などの用品と、ホッペの代金。金額を聞くのをすっかり忘れていた私は、ネットで相場を調べ、手元にあるお小遣いをかき集めて多めに持ってきていた。

「大丈夫、もうお支払いはしていただきましたよ」
「え?」
 智貴さんの視線の先を見て、私は事情を理解した。
「随分お安くしていただいちゃって……すみません」
「いえいえ。ホッペちゃんは私個人からお譲りする形です。用品の代金としては適正価格ですよ」
「なんで……」
 ホッペのために、全部自分で買おうと思っていたのに。

「ハルちゃん、私からプレゼントさせて」
「でも……」
 躊躇する私に、愛子さんはニコリと笑ってみせた。この人に悪意はないことはわかっている。
 それに、智貴さんはあの時、ホッペを買い取ってくれた。その代金だってあるはずなのに。
 戸惑う私に、智貴さんが微笑みかけた。
「ハルちゃん、ホッペちゃんは僕からのプレゼントです。昨日のお手伝いのお礼も兼ねて。どうか受け取ってください」
「ね、ハルちゃん」

 二人が意見を同じくしていることはちょっと複雑だった。
 でも、こういう時は、笑顔で頂戴しなさいって、ずいぶん前に父に教わった。ハルは遠慮しすぎだから、好意はもっと素直に受け取っていいものだよ、と。
 だから、私は精一杯の笑顔でそれを受け取ることにした。
「うん、ありがとう! 大事にするね」



 
 突然の告白があったのは、その晩だった。
 夕飯を済ませ、私がホッペのカゴのそばで声をかけていた時。
「ハル、ちょっといいかな。大事な話があるんだ」
 父の真剣な様子に、私は嫌な予感がした。

 ソファに座るよう促し、父は私と向かい合って座った。その隣に愛子さんが腰掛ける。
「今日からインコが家族になったけど、今日は、ハルにもう一つ……家族について報告があるんだ」
 ここで父は愛子さんと目を合わせた。愛子さんが小さく頷く。
「実は、愛子のお腹の中に赤ちゃんがいるんだよ」

 赤ちゃん。
「今、3ヶ月なの。そろそろハルちゃんにも報告したいと思って……」
 2人の赤ちゃん。

 一瞬、母の姿が脳裏に浮かんだ。父親の違うあの子を抱いて、私に背を向ける母……。
 嫌だ、思い出したくない。
 目の前の現実にだけ意識を向けて、ちらつく記憶を無視する。

 なんて言えばいいんだろう。私がどんな言葉をかけることを望んでいるんだろう。
 考えあぐね、黙り込んだ。
 私は一体どんな顔をしているだろう。ああ、そうだ、こういう時は、笑わなくちゃいけないんだ。
 きっと、にっこり笑って、おめでとうって言った方がいい。
 でも、どうしよう。
 おかしいな、笑えない。

「ごめんね、ハルちゃん。急にこんなこと……」
 愛子さんがみるみる不安そうな表情になる。
 心臓がバクバクと鳴るばかりで、息すらできなくなりそうだ。少し震える手をギュッと握る。
 よりによって、なんでホッペを迎えたこんな日に。素敵な日になるはずだったのに。

「ハル……」
 父の心配そうな声にハッとした。
 違う、大丈夫だから。赤ちゃんが嫌だとか、愛子さんを疎ましいなんて、思ってない!
 だってそんなこと思ったら、お父さんだって私のこと……。

 一度うつむいて、深呼吸をする。大丈夫、私は役者だ。どんな役でも演じきれる。
 父がそれ以上なにかを言う前に、私はできる限りの笑顔を作って顔を上げた。

「おめでとう! 私がお姉ちゃんになれるなんて、嬉しいよ。楽しみにしてる。ホッペも来たし、うちはいっきに大家族になるね!」

 これはエチュードなんだ。そう思った。演じよう、演じ続けよう。そうすれば、家族でいられるから。
 心臓は、まだうるさく鳴り続けている。
 でも大丈夫、私はちゃんと笑えているはず。
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