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雪女
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「本人から聞いたわけじゃないし、私からは何も言えないけど……。遥にも、言い出せないことがあるんだと思う。きっと、自分をその雪女さんに重ねてるんじゃないかな」
遥にも何か隠していることがあるというのだろうか。
「騙すとか、裏切るつもりなんて全然ないけど、相手はそう感じてしまう。遥はきっと、それに気づいたんだと思う」
悠弥はカウンターの内側をやぶにらみしたまま、美琴の言葉の続きを待った。
「言い出すことは不安だし、でも隠し続けることにも罪悪感を持っていて……遥も迷ってるのかもしれないね」
遥さんに隠し事がある……そうだとして、俺はどうしたらいい?
声には出さず、胸中で自問した。
だいたい、何を隠しているというのだろう。雪女は自分があやかしであることを隠している。それに遥が己を重ねるということは……。
「まさか、遥さん……」
美琴が颯太と顔を見合わせてから、こちらに向けて同時に頷いた。
「悠弥なら大丈夫だよ。遥のこと、ちゃんと受け止めてあげられる。だからもう一度、ちゃんと話をしなよ」
ようやく解決の糸口は見つかったものの、何と言えばいいのやら、悩みは尽きない。
「そうだな……。とにかく、事情もわからず、過ぎたことを言ったのは謝ろう。あー……話してくれるかな……」
「大丈夫だって、二人ともきっかけを失ってるだけでしょ。なんなら私がセッティングしてあげよっか。最近飲みに行ってないし。颯太も行こうよ!」
「待て待て、それじゃただの飲み会じゃないか」
「ついでに仲直りすればいいじゃない」
「ついでにって……」
「おい悠弥、鳴ってるぞ」
颯太の指差す先、カウンターの上に放り出しておいたスマホが、遠慮がちに音を立てていた。
「遥さんだ……」
「なにやってんの、はやく出なさいよっ」
美琴に急かされ、悠弥は席を立って一旦店の外へ出る。
「はい、東雲です――」
電話の向こうの遥は、慌てた様子で用件のみを告げてきた。
明日は定休日だけど、予定がなかったら店に出てほしい――。
ひと通りの事情を聞いたところで、用件のみの電話が終わる。
右耳に遥の声が残る。久しぶりにこんなに言葉を交わしたのに、気持ちを伝えることはできなかった。
いや、それよりも大変なことが起きてしまったのだ。
すっかり暗くなった空に、ぽっかりと月が浮かんでいた。とうに日は落ちたというのに、まだ熱を帯びた風が肌を掠めていく。
一気に重たくなった空気を背負いながら、悠弥は再び店のドアを開けた。
「電話終わるの早くない? どうなの、ちゃんと仲直りできた?」
美琴の言葉と、颯太の視線が押し寄せた。
「いや……」
美琴の目に、思いのほか深刻な表情の悠弥が映ったのだろう。茶化そうとしていた雰囲気を一転、真剣に言葉をかけてくる。
「どうかしたの?」
「雪女さんが……消えたらしい……」
遥が告げたのは、松本武史からの電話の内容だった。
「消えたってどういう……まさか、さっきの話の……」
「おそらく、そのまさか、だと思う。自宅で突然、煙のように姿を消したらしい」
忽然と姿を消してしまった妻。困った武史は朝霧不動産を頼ってきたのだ。
「雪女の禁忌が破られたのかもしれないな」
颯太の冷静な声が悠弥の耳に重く冷たく響く。
「なあ颯太、雪女が消えてしまったとしたら、元に戻る方法はあるのか」
「ない……と思う。少なくとも、俺はそういう前例を聞いたことがない」
「そっか……」
泡のなくなったビールを片手に、悠弥は本日何度目かわからない深いため息をついた。
遥にも何か隠していることがあるというのだろうか。
「騙すとか、裏切るつもりなんて全然ないけど、相手はそう感じてしまう。遥はきっと、それに気づいたんだと思う」
悠弥はカウンターの内側をやぶにらみしたまま、美琴の言葉の続きを待った。
「言い出すことは不安だし、でも隠し続けることにも罪悪感を持っていて……遥も迷ってるのかもしれないね」
遥さんに隠し事がある……そうだとして、俺はどうしたらいい?
声には出さず、胸中で自問した。
だいたい、何を隠しているというのだろう。雪女は自分があやかしであることを隠している。それに遥が己を重ねるということは……。
「まさか、遥さん……」
美琴が颯太と顔を見合わせてから、こちらに向けて同時に頷いた。
「悠弥なら大丈夫だよ。遥のこと、ちゃんと受け止めてあげられる。だからもう一度、ちゃんと話をしなよ」
ようやく解決の糸口は見つかったものの、何と言えばいいのやら、悩みは尽きない。
「そうだな……。とにかく、事情もわからず、過ぎたことを言ったのは謝ろう。あー……話してくれるかな……」
「大丈夫だって、二人ともきっかけを失ってるだけでしょ。なんなら私がセッティングしてあげよっか。最近飲みに行ってないし。颯太も行こうよ!」
「待て待て、それじゃただの飲み会じゃないか」
「ついでに仲直りすればいいじゃない」
「ついでにって……」
「おい悠弥、鳴ってるぞ」
颯太の指差す先、カウンターの上に放り出しておいたスマホが、遠慮がちに音を立てていた。
「遥さんだ……」
「なにやってんの、はやく出なさいよっ」
美琴に急かされ、悠弥は席を立って一旦店の外へ出る。
「はい、東雲です――」
電話の向こうの遥は、慌てた様子で用件のみを告げてきた。
明日は定休日だけど、予定がなかったら店に出てほしい――。
ひと通りの事情を聞いたところで、用件のみの電話が終わる。
右耳に遥の声が残る。久しぶりにこんなに言葉を交わしたのに、気持ちを伝えることはできなかった。
いや、それよりも大変なことが起きてしまったのだ。
すっかり暗くなった空に、ぽっかりと月が浮かんでいた。とうに日は落ちたというのに、まだ熱を帯びた風が肌を掠めていく。
一気に重たくなった空気を背負いながら、悠弥は再び店のドアを開けた。
「電話終わるの早くない? どうなの、ちゃんと仲直りできた?」
美琴の言葉と、颯太の視線が押し寄せた。
「いや……」
美琴の目に、思いのほか深刻な表情の悠弥が映ったのだろう。茶化そうとしていた雰囲気を一転、真剣に言葉をかけてくる。
「どうかしたの?」
「雪女さんが……消えたらしい……」
遥が告げたのは、松本武史からの電話の内容だった。
「消えたってどういう……まさか、さっきの話の……」
「おそらく、そのまさか、だと思う。自宅で突然、煙のように姿を消したらしい」
忽然と姿を消してしまった妻。困った武史は朝霧不動産を頼ってきたのだ。
「雪女の禁忌が破られたのかもしれないな」
颯太の冷静な声が悠弥の耳に重く冷たく響く。
「なあ颯太、雪女が消えてしまったとしたら、元に戻る方法はあるのか」
「ない……と思う。少なくとも、俺はそういう前例を聞いたことがない」
「そっか……」
泡のなくなったビールを片手に、悠弥は本日何度目かわからない深いため息をついた。
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