38 / 76
雨女
約束の続きを
しおりを挟む
まったく騒々しい。
静かだった山は、連れ立ってやってくる人間たちでここ数日騒がしい。
男たちは、祠の跡地でなにやら作業をしはじめた。
「これでイイっスか、東雲さん」
「いや、もうちょっとこう……あ、そうそう、その角度」
壊れた祠の跡地に、粗末な小屋を取り付けようとしているようだ。
「でもこれって……やっぱり鳥の巣箱……」
「ん? なんか言ったか? 芦田」
「いや……なんでもありません……」
彼らが「祠」と呼んでいる代物は、とても祠とは言い難い仕上がりであった。
「ていうか、やっぱり日本建築って難しいんスね!」
「そうだな……。買うと高いわけだ……。なんとか作れる気がしてたんだけど」
「日曜大工じゃこれが限界っス」
「とはいえ、よくできたほうだと思いますよ」
「お前さっき巣箱だとか言ってなかったか?」
「いや、鳥の巣箱にしても、こんなにしっかりできてますし」
「あーしーだーーっ」
「いやいや、俺だって一緒に作ったじゃないですか! けなしてないですって! この扉のとこなんて結構苦労したんですよ!」
小ぶりの小屋の扉は開かれていて、その中には欠けた銅鏡が飾られていた。
鏡面が彼らの表情を映している。
ひとしきり騒ぐと、急に男たちは静かになり、横一列で祈りの姿勢をとった。
数秒の沈黙。
「よし、じゃ、帰るか」
「もうこれで大丈夫ですよね。山の神さま、許してくれますよね」
「大丈夫だって言っただろ。そんな器の小さいことを言わないよ、山姫さまは」
知ったような口をきく。
男がこちらを見たような気がした。
いや、気のせいだ。あの男に勘付かれるわけがない。
「また、来ますね」
祠の扉を閉め、男は再び手を合わせた。
まったくお節介な話だ。
私に信仰など必要ないというのに。
やっと静寂が戻ってきた。
祭りのあとのような、静寂だ。
だがその静寂もつかの間のことだった。
「いやぁ、素敵な祠ができたじゃないですか、山姫さん」
また騒がしいやつが来た。
「それは嫌味か、僧正坊」
「嫌だなぁ、褒めてるんですよ。銅鏡もちゃんと磨いてくれたなんて、彼、なかなかやりますねぇ」
山に似合わぬスーツ姿の青年。
鞍馬山の大天狗は、新しい祠をしげしげと眺めまわしながら言葉を続ける。
「時雨さん、とてもいい表情をしてましたよ」
ここで消滅を待つだけであった名もなき雨の神は、立派な名をもらい、人の町で暮らせることになったようだ。
「あやつに会ったのか」
「そりゃまあ……ほら、僕、連帯保証人ですし」
男はへらへらと笑いながら答える。
この男は人間社会に溶け込んでからというもの、随分と軟派になった。
「皆が頼りにする大天狗様は、さぞ大変で忙しかろう。さあ、早く巣へ帰れ」
「もー、そんなふうに言わないでくださいって。楽しみにしてたんですよ、貴女のお社の遷宮。噂の彼も見てみたかったですし」
人間が来たなどと口を滑らせたのがまずかったのだ。
この男のにやけた顔を何度も見ることになるとは。
「でもよく考えたら、朝霧不動産の人間ならいつでも会えるんですよねぇ! 直接話すのが楽しみですよ」
声高に笑いつつ、ちいさな小屋の扉を開く。
「おや……これは……」
「なんだ?」
ニヤニヤとしながら、中を見ろ、と指差す。
銅鏡のうしろ。祠の内壁が、なにやら緑色に塗られている。
「作法としては滅茶苦茶ですが……」
銅鏡を退かすと、そのうしろには絵が描かれていた。
「近年目にした祠の中では、一番いい」
緑色に塗られた壁面は、大きな木を描いたものであった。
その太い幹の下に、手を取り合う男女の姿。
決して絵心があるとは言い難い出来だが。
「強い想いが込められた、立派な祠ですよ」
手に取った銅鏡は、このあやかしの姿もはっきりと映した。
はじめてこの鏡を手にした、あの日と同じ表情を。
「まったく……おかしな奴よ……」
静かだった山は、連れ立ってやってくる人間たちでここ数日騒がしい。
男たちは、祠の跡地でなにやら作業をしはじめた。
「これでイイっスか、東雲さん」
「いや、もうちょっとこう……あ、そうそう、その角度」
壊れた祠の跡地に、粗末な小屋を取り付けようとしているようだ。
「でもこれって……やっぱり鳥の巣箱……」
「ん? なんか言ったか? 芦田」
「いや……なんでもありません……」
彼らが「祠」と呼んでいる代物は、とても祠とは言い難い仕上がりであった。
「ていうか、やっぱり日本建築って難しいんスね!」
「そうだな……。買うと高いわけだ……。なんとか作れる気がしてたんだけど」
「日曜大工じゃこれが限界っス」
「とはいえ、よくできたほうだと思いますよ」
「お前さっき巣箱だとか言ってなかったか?」
「いや、鳥の巣箱にしても、こんなにしっかりできてますし」
「あーしーだーーっ」
「いやいや、俺だって一緒に作ったじゃないですか! けなしてないですって! この扉のとこなんて結構苦労したんですよ!」
小ぶりの小屋の扉は開かれていて、その中には欠けた銅鏡が飾られていた。
鏡面が彼らの表情を映している。
ひとしきり騒ぐと、急に男たちは静かになり、横一列で祈りの姿勢をとった。
数秒の沈黙。
「よし、じゃ、帰るか」
「もうこれで大丈夫ですよね。山の神さま、許してくれますよね」
「大丈夫だって言っただろ。そんな器の小さいことを言わないよ、山姫さまは」
知ったような口をきく。
男がこちらを見たような気がした。
いや、気のせいだ。あの男に勘付かれるわけがない。
「また、来ますね」
祠の扉を閉め、男は再び手を合わせた。
まったくお節介な話だ。
私に信仰など必要ないというのに。
やっと静寂が戻ってきた。
祭りのあとのような、静寂だ。
だがその静寂もつかの間のことだった。
「いやぁ、素敵な祠ができたじゃないですか、山姫さん」
また騒がしいやつが来た。
「それは嫌味か、僧正坊」
「嫌だなぁ、褒めてるんですよ。銅鏡もちゃんと磨いてくれたなんて、彼、なかなかやりますねぇ」
山に似合わぬスーツ姿の青年。
鞍馬山の大天狗は、新しい祠をしげしげと眺めまわしながら言葉を続ける。
「時雨さん、とてもいい表情をしてましたよ」
ここで消滅を待つだけであった名もなき雨の神は、立派な名をもらい、人の町で暮らせることになったようだ。
「あやつに会ったのか」
「そりゃまあ……ほら、僕、連帯保証人ですし」
男はへらへらと笑いながら答える。
この男は人間社会に溶け込んでからというもの、随分と軟派になった。
「皆が頼りにする大天狗様は、さぞ大変で忙しかろう。さあ、早く巣へ帰れ」
「もー、そんなふうに言わないでくださいって。楽しみにしてたんですよ、貴女のお社の遷宮。噂の彼も見てみたかったですし」
人間が来たなどと口を滑らせたのがまずかったのだ。
この男のにやけた顔を何度も見ることになるとは。
「でもよく考えたら、朝霧不動産の人間ならいつでも会えるんですよねぇ! 直接話すのが楽しみですよ」
声高に笑いつつ、ちいさな小屋の扉を開く。
「おや……これは……」
「なんだ?」
ニヤニヤとしながら、中を見ろ、と指差す。
銅鏡のうしろ。祠の内壁が、なにやら緑色に塗られている。
「作法としては滅茶苦茶ですが……」
銅鏡を退かすと、そのうしろには絵が描かれていた。
「近年目にした祠の中では、一番いい」
緑色に塗られた壁面は、大きな木を描いたものであった。
その太い幹の下に、手を取り合う男女の姿。
決して絵心があるとは言い難い出来だが。
「強い想いが込められた、立派な祠ですよ」
手に取った銅鏡は、このあやかしの姿もはっきりと映した。
はじめてこの鏡を手にした、あの日と同じ表情を。
「まったく……おかしな奴よ……」
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
職業、種付けおじさん
gulu
キャラ文芸
遺伝子治療や改造が当たり前になった世界。
誰もが整った外見となり、病気に少しだけ強く体も丈夫になった。
だがそんな世界の裏側には、遺伝子改造によって誕生した怪物が存在していた。
人権もなく、悪人を法の外から裁く種付けおじさんである。
明日の命すら保障されない彼らは、それでもこの世界で懸命に生きている。
※小説家になろう、カクヨムでも連載中
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
百合系サキュバス達に一目惚れされた
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
鬼になった義理の妹とふたりきりで甘々同居生活します!
兵藤晴佳
キャラ文芸
越井克衛(こしい かつえ)は、冴えない底辺校に通う高校2年生。ちゃらんぽらんな父親は昔、妻に逃げられて、克衛と共に田舎から出てきた。
近所のアパートにひとり住まいしている宵野咲耶(よいの さくや)は、幼馴染。なぜかわざわざ同じ田舎から出てきて、有名私学に通っている。
頼りにならない父親に見切りをつけて、自分のことは自分でする毎日を送ってきたが、ある日、大きな変化が訪れる。
こともあろうに、父親が子連れの女を作って逃げてしまったのだ!
代わりにやってきたのは、その女の娘。
頭が切れて生意気で、ゾクっとするほどかわいいけど、それはそれ! これはこれ!
一度は起こって家を飛び出したものの、帰らないわけにはいかない。
ひと風呂浴びて落ち着こうと、家に帰った克衛が見たものは、お約束の……。
可愛い義妹の顔が悪鬼の形相に変わったとき、克衛の運命は大きく動き出す。
幼馴染の正体、人の目には見えない異界、故郷に隠された恐ろしい儀式、出生の秘密。
運命に抗うため、克衛は勇気をもって最初の一歩を踏み出す!
(『小説家になろう』『カクヨム』様との同時掲載です)
宵闇町・文字屋奇譚
桜衣いちか
キャラ文芸
【文字、売ります】──古びた半紙が引き寄せるのは、やおよろずの相談事。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
──その出会い、合縁奇縁(あいえんきえん)──
小動物(モフモフ)大好きな女性・秋野千代。
亡くなった祖母の書道教室を営むかたわら、売れっ子漫画家を目指すが、現実は鳴かず飛ばず。
稲荷神社に出かけた矢先。
供え物を盗み食いする狐耳少年+一匹を発見し、追いかけた千代が足を踏み入れたのは──あやかしと獣人の町・宵闇町(よいやみちょう)だった。
元の世界に帰るため。
日々の食い扶持を得るため。
千代と文字屋の凸凹コンビが、黒と紫色の世界を奔走する。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
キャラ原案/△○□×(みわしいば)
Picrewの「少年少女好き?2」で作成
https://picrew.me/share?cd=5lbBpGgS6x
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる