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雨女

約束の続きを

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 まったく騒々しい。
 静かだった山は、連れ立ってやってくる人間たちでここ数日騒がしい。
 男たちは、祠の跡地でなにやら作業をしはじめた。

「これでイイっスか、東雲さん」
「いや、もうちょっとこう……あ、そうそう、その角度」

 壊れた祠の跡地に、粗末な小屋を取り付けようとしているようだ。

「でもこれって……やっぱり鳥の巣箱……」
「ん? なんか言ったか? 芦田」
「いや……なんでもありません……」

 彼らが「祠」と呼んでいる代物は、とても祠とは言い難い仕上がりであった。

「ていうか、やっぱり日本建築って難しいんスね!」
「そうだな……。買うと高いわけだ……。なんとか作れる気がしてたんだけど」

「日曜大工じゃこれが限界っス」
「とはいえ、よくできたほうだと思いますよ」
「お前さっき巣箱だとか言ってなかったか?」

「いや、鳥の巣箱にしても、こんなにしっかりできてますし」
「あーしーだーーっ」

「いやいや、俺だって一緒に作ったじゃないですか! けなしてないですって! この扉のとこなんて結構苦労したんですよ!」

 小ぶりの小屋の扉は開かれていて、その中には欠けた銅鏡が飾られていた。
 鏡面が彼らの表情を映している。

 ひとしきり騒ぐと、急に男たちは静かになり、横一列で祈りの姿勢をとった。
 数秒の沈黙。

「よし、じゃ、帰るか」
「もうこれで大丈夫ですよね。山の神さま、許してくれますよね」

「大丈夫だって言っただろ。そんな器の小さいことを言わないよ、山姫さまは」

 知ったような口をきく。
 男がこちらを見たような気がした。
 いや、気のせいだ。あの男に勘付かれるわけがない。

「また、来ますね」
 祠の扉を閉め、男は再び手を合わせた。

 まったくお節介な話だ。
 私に信仰など必要ないというのに。
 やっと静寂が戻ってきた。
 祭りのあとのような、静寂だ。




 だがその静寂もつかの間のことだった。

「いやぁ、素敵な祠ができたじゃないですか、山姫さん」

 また騒がしいやつが来た。

「それは嫌味か、僧正坊そうじょうぼう
「嫌だなぁ、褒めてるんですよ。銅鏡もちゃんと磨いてくれたなんて、彼、なかなかやりますねぇ」

 山に似合わぬスーツ姿の青年。
 鞍馬山くらまやまの大天狗は、新しい祠をしげしげと眺めまわしながら言葉を続ける。

「時雨さん、とてもいい表情かおをしてましたよ」

 ここで消滅を待つだけであった名もなき雨の神は、立派な名をもらい、人の町で暮らせることになったようだ。

「あやつに会ったのか」
「そりゃまあ……ほら、僕、連帯保証人ですし」

 男はへらへらと笑いながら答える。
 この男は人間社会に溶け込んでからというもの、随分と軟派になった。

「皆が頼りにする大天狗様は、さぞ大変で忙しかろう。さあ、早く巣へ帰れ」

「もー、そんなふうに言わないでくださいって。楽しみにしてたんですよ、貴女のお社の遷宮。噂の彼も見てみたかったですし」

 人間が来たなどと口を滑らせたのがまずかったのだ。
 この男のにやけた顔を何度も見ることになるとは。

「でもよく考えたら、朝霧不動産の人間ならいつでも会えるんですよねぇ! 直接話すのが楽しみですよ」

 声高に笑いつつ、ちいさな小屋の扉を開く。
「おや……これは……」
「なんだ?」
 ニヤニヤとしながら、中を見ろ、と指差す。

 銅鏡のうしろ。祠の内壁が、なにやら緑色に塗られている。
「作法としては滅茶苦茶ですが……」

 銅鏡を退かすと、そのうしろには絵が描かれていた。
「近年目にした祠の中では、一番いい」

 緑色に塗られた壁面は、大きな木を描いたものであった。
 その太い幹の下に、手を取り合う男女の姿。
 決して絵心があるとは言い難い出来だが。

「強い想いが込められた、立派な祠ですよ」

 手に取った銅鏡は、このあやかしの姿もはっきりと映した。
 はじめてこの鏡を手にした、あの日と同じ表情かおを。

「まったく……おかしな奴よ……」
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