すみかの小さな物語集

七海澄香

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夜の神さま

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 白い夜が続いていた。

 科学者もコメンテーターも、くたびれた居酒屋の老人たちも、沈まない太陽についての話題で持ち切りだ。

 夜が来なくなるなんて、誰も考えていなかった。誰しもが不安を吐露し、この世の終わりかと言わんばかりに嘆いた。

 人々は、なくしたものを取り戻そうと躍起になっているようだった。


 「夜」は、いま俺の隣にいる。
 夜を作る仕事をサボタージュして、気だるそうにベッドに腰掛けて。

「誰も暗闇なんか求めていないのよ」

 夜が来ないと、明るすぎて眠れないじゃないか。
 俺は反論した。

「だけど人は灯りを消さないじゃない」

 他の街がどうかは知らないが、この街は夜も明るい。

 アマテラス、ソル、アテン、ラー……太陽神と呼ばれる神様たちの名前を吐き捨てるように呟く。

「太陽ばかりを崇めるわ」

 確かにそうだけれど。

「いらないのよ、夜なんて」

 だから遊びに行きましょう、と「夜」は不敵に笑った。

 「夜」は眠りを忘れた夜の街を踊るように闊歩した。

 薄ぼんやりと白く明るい空を見上げる。

「闇夜のない世界をどうぞ、愛しい人間の皆様」

 「夜」は俺の隣で歌うように呟いた。
 今夜も日は暮れない。

 次の日も、その次の日も「夜」は俺の隣で過ごした。

 昼の時間はいつも通りに過ぎていく。

 異常気象、天変地異、災い、呪い、世界の終焉。乱れ飛ぶ禍々しい言葉に疲弊していく明るい街。

 やっぱり夜が来なければ困るよ、と俺は言った。

「じゃあなぜ私を忘れたの」

 それ以上何も言うことができず、俺は黙って「夜」の隣を歩いた。


 幼い女の子が俺たちの前を歩いていた。
 母親に手を引かれ、照りつける太陽を仰ぐ。

 ふわりと風が女の子の帽子を飛ばした。
 「夜」は手を伸ばし、それを掴んだ。

 帽子を受け取った女の子はとびきりの笑顔を見せた。

 ありがとう、おねえちゃん。

 「夜」は一瞬目を丸くした。そして小さく微笑んだ。

 それからしばらく「夜」は、口数少なく俯いて、俺の少し後ろを歩いた。


 俺は「夜」に右手を差し出した。

 いつか、彼女が俺にしてくれたみたいに。

 大きかったその手は小さくて、あたたかかった。

 とうとう「夜」は泣きだした。
 暮れない街に雨が降った。

 そして「夜」は俺の手を離した。

「今度は忘れないでよね」

 泣き腫らした赤い目をして、少し微笑んで。

 「夜」は久しぶりに暮れた街に紛れて消えた。

 少し寂しくなった俺の隣を、夜の街は煌々と照らした。
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