イージーモードな俺の人生を狂わせたアイツ

世咲

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エピローグ

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 この時期の夜は寒い。この寒さの中をずっと一人でいるのは本当に辛かった。でも明日になれば呉内さんに会える。これからもまた呉内さんの手料理を食べたり、一緒に出かけたり、同じベッドで眠ったりできる。

「早く会いたい」

 マンションのエントランスを通ってエレベーターに乗る。去年、呉内さんが帰国して一緒にこのエレベーターに乗ったとき、こんな未来が待っているなんて想像もしなかった。

 京斗さんの会社の同僚で、同じマンションに住む人。それ以上でもそれ以下でもなかった。でも今は違う。俺は今、呉内さんがいないと何もできない。どれだけ気温が高い日でも、寒くて心細くて一人で眠ることすら億劫だ。

 明日だ。明日になれば会える。あと半日ほど我慢すればいい。呉内さんのいない世界で眠るのは今日が最後だ。

 三階でエレベーターから降り、いつものように自分の部屋に向かって一歩踏み出したところで足を止めた。俺の部屋の前に人がいる。大きなスーツケースを持った、背の高い男の人。顔を見なくてもわかる。

 でも、何で……。

「呉内さん!」

 後ろから名前を呼ぶと、呉内さんはゆっくりと振り返り、目を細めて笑ってみせた。その耳にはお揃いのピアスが光っている。

「理人くん!」

 慌てて呉内さんの元に駆け寄ると、真正面から俺のことを抱きしめてくれた。

「ただいま」
「おかりなさい」

 抱きしめられたまま顔を上げると、呉内さんは俺の頭を優しく撫でる。髪は昨日の朝電話したときと変わらず少し伸びていて、笑っているが疲れたような顔をしている。それでもかっこいいから、思わず見惚れてしまう。

「会いたかったよ、理人くん」
「俺も……会いたかったです。でも、帰国って明日の予定だったんじゃ……」
「予定より早く仕事が終わったんだ。それで急いで帰ってきちゃった」
「そうだったんですね。少しでも早く会えて嬉しいです」

 まさかこんなに早く再会できるとは思ってもみなかった。嬉しさのあまりこのまま抱きついていたいが、外は寒いし、呉内さんは長時間のフライトで疲れているだろう。

「あ、部屋、開けますね」

 一旦、体を離してコートのポケットから鍵を取り出す。鍵を穴に差し込む手が震えていた。ドアを開けて、呉内さんに中に入るように促す。

「疲れましたよね。ソファに座っててください。あ、コーヒーか紅茶、どっちがいいですか?」
「じゃあ、コーヒーをお願いしようかな」

 呉内さんがソファに座ったことを確認し、キッチンに立ち、ポットでお湯を沸かしてドリップパックをマグカップにセットする。
 
「すいません、部屋ちょっと散らかってて」
「そう? すごくきれいだと思うよ。それに理人くんの部屋って落ち着くんだよね」

 泊まるときはだいたい呉内さんの部屋なので、自分の部屋に呉内さんがいるのはまだ慣れない。それも三週間ぶりの再会となるとなおさらだ。

 できるだけソファに視線を向けないようにして、沸騰したお湯をドリップパックに注ぐ。あとは二分半待てば出来上がりだ。

「理人くん」

 名前を呼ばれて振り返ると、正面から呉内さんに抱きしめられた。ジャケットを脱いでいるせいで、さっきよりも呉内さんの匂いと体温がよりはっきりと伝わってくる。息を吸って肺の中をその匂いで満たすと、ひどく安心する。

 恥ずかしくて目を合わせられずにいると、顎に手を添えられ、そのままキスをされた。なぞるように唇を舐められ、わずかにできた隙間から舌が入ってくる。

 唾液が混ざり合う音がする。鼻から息を吸おうとするがうまくできない。酸素が足りなくて頭がぼうっとする。肩で呼吸をしはじめたころに唇を離され、口の端に涎が垂れる。

「理人くんに会えなくて寂しかった。向こうにいるときもずっと君のこと考えてたんだ」  

 俺の存在をたしかめるように、呉内さんは俺の頬や鼻先、そして首に触れるだけのキスをし、最後に口の中に人差し指を入れ、中を掻き回した。

「んっ……ぁっ……」

 口内を指の腹が這い回るのが気持ち良くて、体が小さく震える。そのうちに腰が抜けそうになる。そっと指を抜かれ、脱力する。微笑む呉内さんの肩口に頭を預け、両腕を背中に回した。

「俺も……寂しくて……ずっと呉内さんに会いたかった……」

 声が聞きたかった。抱きしめて頭を撫でてほしかった。いっぱい好きだと言ってキスをして欲しかった。一ヶ月に満たない空白の時間は、それらの感情をより強くした。

「可愛い。理人くんも寂しかったんだ。それじゃあ、会えなかった分の埋め合わせをしないとね?」

 呉内さんに抱えられ、ベッドに運ばれる。背中に布団の柔らかい感触がある。呉内さんは俺に覆い被さるように馬乗りになり、ネクタイを緩めて外す。

 この三週間一人で眠っていたベッドに、今は大好きな人がいる。呉内さんの部屋のダブルベッドとは違い、シングルベッドは狭くて余裕がない。

「そうだ。ちょっとだけ気になることがあるんだけど」

 呉内さんが俺の首に指を這わせて、筋をなぞるように動かす。

「理人くん、香水変えた?」
「え?」

 変えたというよりも、そもそも今日は香水をつけていない。京斗さんと買った香水は呉内さんといるときにだけつけると約束したので、今は何もつけていない。気になって手首を鼻に近づけてみると、かすかに甘い匂いがした。

「あ、これ……たぶん、今日の新歓で隣にいた子の香水だと思います」

 今日、呉内さんが帰国すると知っていたら確実に着替えていたが、こればかりは仕方ない。

「そっか。じゃあ、脱がしてもいいよね?」

 呉内さんの目が鋭く光る。俺の服を捲りあげ、露わになった腹部をゆっくりと撫でる。ぞわぞわとした感覚が腹から頭のてっぺんを駆け抜ける。今度は傷口に沿ってキスをされ、そこから徐々に体が熱くなっていくのがわかる。

 ……もしかして妬いてる?

「いい、ですよ。その代わり……」

 顔を上げた呉内さんの頬に手を伸ばす。目と目が合う。熱っぽい視線にあてられて、頭がふわふわする。

「俺のこと……朱鳥さんの匂いでいっぱいにしてくださいね」

 呉内さんと出会ってから、俺の人生は狂わされっぱなしだ。だから、これは俺なりの精一杯のお返し。こちらを見下ろす呉内さんの耳が少しだけ赤くなっている。

「……理人くんが望むなら、お安いご用意だよ」

 静かな部屋の中を呉内さんの声が支配した。その瞬間、俺はすべてを取り上げられてしまったかのように、指一本動かすことができなくなった。

「でも、覚悟しててね」

 それは唇を食むような、深くて甘いキスだった。








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