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第六章
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しおりを挟む夜ご飯まで時間があるので、せっかくなら買い物をしようという話になった。向かった先の百貨店で、呉内さんが初デートの記念にお揃いのものを買いたいと言ったので、二人でメンズショップを見て回ることにした。
「理人くんは何がいい?」
ショーケースに並んだネックレスや指輪、ブレスレットといったアクセサリーを見るが、提案してもらった時点で俺が欲しいものは決まっていた。
「あの……前から欲しかったものがあるんですけど……それでもいいですか?」
「もちろん。欲しいもの、教えてくれる?」
言うのは少し恥ずかしかったが、どうしても欲しかった。呉内さんがマンションのエントランスで井坂くんの話をしたときからずっと。
「……ピアスがいいです」
井坂くんに嫉妬してるみたいで言いたくなかったが、せっかくお揃いのものを買うならやっぱりピアスがいい。
「いいけど、理人くんってピアス開けてないよね?」
呉内さんの指が俺の耳に触れる。くすぐったいのを我慢して、耳に触れている呉内さんの手首を掴む。
「開けてないです……だから、呉内さんに開けてほしいなって……」
「いいの? 俺が開けても」
黙って頷くと、呉内さんは嬉しそうにそのまま後頭部を撫でた。
「じゃあ、ピアッサーも買わないとね」
二時間ほどかけて呉内さんと二人でお揃いのピアスを選び、そのあと別の店に行ってピアッサーを買った。明日の昼にピアスを開けてもらう約束をした。ただピアスは開けてから一ヶ月以上しないと穴が安定しないとのことで、お揃いのピアスをつけるのはまだ少し先になりそうだ。
夜はレストランで食事をした。せっかくだからと、個室があるレストランに連れて行ってもらった。呉内さんが選ぶレストランは高級感があって緊張するので、個室なのはありがたかった。何より、他の客の視線を感じなくて済むので、気楽に食事をすることができた。
今日も呉内さんの部屋に泊まる予定なので、このあとも、そして明日も一緒にいられる。それでも時間が経つということは、一緒にいられる時間が短くなっているということで、そう考えると胸の奥に小さな空洞ができたような気がしてならなかった。
その空洞を埋めようと、食事後のコーヒーを飲みながら呉内さんを盗み見る。
「ねえ、理人くん」
「は、はい」
「実はこのあと行きたいところがあるんだけど、いいかな?」
「もちろんです」
レストランを出て、コインパーキングに止めていた呉内さんの車に乗る。外はすっかり日が落ちて、道路と空の境目がわからないくらい暗くなっている。
冷蔵庫みたいに寒い車内は、エンジンをかけるとすぐに暖かくなった。車は静かに走り出す。車を運転する呉内さんはかっこいい。無意識のうちに運転席に目を向けてしまいそうになるので、窓の景色をじっと見続けていた。
「眠かったら寝てていいよ」
外を眺めていると、隣を走る白や赤の車がぼんやり見える。ときどき、呉内さんが運転しながら俺の頭を撫でるので、そのうち本当に眠たくなってきた。
シートの背もたれにもたれかかり、窓ガラスに頭を預ける。ミラーに自分の顔が映る。目を閉じると一気に睡魔に襲われ、体がぽかぽかと温かくなってきた。
「理人くん、着いたよ」
完全に眠り落ちる前に名前を呼ばれ、目を開けた。真っ先に視界に入ったのは呉内さんの顔で、思わず体に力が入る。車内のライトがついているおかけで、夜で呉内さんの整った顔がはっきり見える。
「すいません……寝かけてて」
「いいよ。それより、ほら、あそこ」
呉内さんがフロントガラスを指差したので、慌てて体勢を戻して前を見ると、そこには暗い世界に赤や白や、黄色といった色とりどりのビーズを散りばめたような、きれいな景色が広がっていた。
「きれい……」
「去年一緒に来た場所と同じなんだけど、ここなら車の中から見えるんだ」
車の中からでも見えるということは、外に出る必要がなく、二人きりでこの景色を堪能することができる。呉内さんがシートベルトを外したので、俺もつられてシートベルトを外し、前のめりになって、フロントガラスの向こうに広がる夜景を見た。
呉内さんは身を乗り出して後部座席置いてある茶色の紙袋を掴んだ。紙袋の中から俺でも知ってる有名なブランドの小さな紙袋が出てきた。
「理人くん、改めて誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
「前に二人で理人くんの家でアルバムを見たとき、夜景を見ながら君と約束したって話したの、覚えてる?」
「はい、覚えてます」
呉内さんが海外に行くことは決まっていたから、離れる前に俺と交わしたという約束。あのときは教えてもらえなかったし、今も記憶のない俺はどんな約束を交わしたのか知らないままだ。
「あのとき、まだ中学生だった俺は、親の仕事の都合で海外の高校に行くことが決まってた。その話をするとさ、理人くん、絶対泣くんだよ」
「え……」
「一年後には会えなくなるって言うとさ、朱鳥くんと離れたくないって、ずっと一緒がいいって、一所懸命手を繋いでくるの。可愛いでしょ」
「……そんなことが」
俺の実家でアルバムを見たとき、当時の俺の性格はよく教えてもらったので、今更驚きはしないが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
「だからね、君の七歳の誕生日にここで約束したんだ。理人くんが今よりも大きくなったら、必ず俺から会いに行く。そのときに、もしまだ俺のことを覚えていて、今と変わらず好きだと言ってくれたら、君の十九歳の誕生日にシルバーリングをプレゼントするって」
紙袋の中には小さな赤色の箱があった。呉内さんが箱についたリボンを外すと、箱より少し小さいリングケースが入っていた。
「『十九歳の誕生日にシルバーリングをプレゼントされた人は幸せになれる』。中学のころに流行った話でね。迷信かもしれないけど、離れていても君と俺を繋ぐ何かが欲しかったんだ。本当はプレゼントする相手は女性だって、あとから知ったんだけどね。でも俺にとって幸せになってほしいのは理人くんだから、君にこれを渡したかった」
赤いビロードのリングケースを開けると、中にはシンプルなデザインのシルバーの指輪が入っていた。
「もらっても……いいんですか?」
「君に、もらってほしい」
呉内さんは俺の左手を手に取ると、その薬指にゆっくりと指輪をはめた。サイズはぴったりだった。
「十九歳の誕生日おめでとう。この一年も、そしてこれからもよろしくね」
「よろしく、お願いします……」
胸がいっぱいになるというのはこういうことだと思った。本当はもっと言いたいことがあるのに、なかなか言葉が出てこない。ただ嬉しくて、薬指に光る指輪を見ていた。
その光に夢中になっていると、呉内さんが俺の左手に自分の右手を重ね、運転席から身を乗り出した。手を繋がられたまま重心をかけられ、俺がドアに背中を預けると、呉内さんは俺の唇に自分のものを重ねた。
「大好きだよ、理人」
窓の外では雨が降り始めていた。耳の近くでポツポツと雨水がガラスに当たる音がする。それは次第に強くなり、リズムよく頭の中に響いている。
何度もキスを重ねているうちに、顔が熱くなり頭がぼうっとする。体に力が入らなくなり、呉内さんの手を握ることさえ、精一杯だった。
俺も、大好きです。
そのうち雨の音が聞こえなくなった。静かな世界で、俺は呉内さんの体温を感じていた。
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