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第六章
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しおりを挟む残り二回の特訓を終え、何とか呉内さんに渡すチョコレートが決定した。一つ目はトリュフ。そしてもう一つはスコーンだ。
深月に一通りつくり方を教えてもらったのち、レシピを動画で公開しているアプリを教えてもらったので、それを使ってつくることにした。
大学は休みなので昼の間にチョコをつくり、夜は飲み会に参加して、そのあと呉内さんに会って直接渡す。
先週の土曜に京斗さんと出かけた日、呉内さんとマンションで会うことができ、別れ際に十四日の夜に時間を空けてほしい頼んだ。飲み会があるので夜遅くなる可能性も伝えたが、二つ返事で了承してくれた。
つまり、今日の夜、俺は呉内さんに自分の気持ちを伝える。ずいぶん長い間待たせてしまった。でもバレンタインという後押しがあれば、勇気を出して伝えられるような気がする。
問題は、この飲み会をうまく切り抜けることだ。
「あ、理人じゃん!」
「お疲れー」
「理人、お疲れ! 隣来る?」
学科のイベントというだけあって人数が多い。先輩も大勢いるし、おまけに他学科の学生も混ざっているとかで、見たことのない人がちらほらいる。
居酒屋の二階を貸切にしており、各テーブルではわかりやすく着飾った女の子たちが、身を寄せ合ってスマホのカメラで撮影大会をしている。
男たちはそんな彼女たちに声をかけて、一人でも多くの人と連絡先を交換しようと躍起になっている。昔の自分なら平然とそこに混ざって、同じことをしただろう。でも今は、そういうのを見ているだけで気が重くなってくる。
「理人、こっち座れよ」
幹事の近野に呼ばれて隣に座る。コートを脱いでマフラーを外し、ハンガーにかける。
「結局、深月は来れないんだっけ?」
「ああ、両親が帰国するって言ってた」
深月の両親は、京斗さんが大学に進学したころから仕事の都合で海外に住んでいるため、年に一、二回しか会えない。今年は年末年始に帰国できなかったため、深月の大学が春休みになったこの時期に急遽帰国したらしい。
「仕方ねえな。まあ、こんだけ人数集まりゃ、問題ないか」
それなら俺がいなくてもよかっただろ。思わずそう言いそうになったが、ここに来てまでそんな話をしたところで意味はない。
予定時間から二十分遅れで、ようやく全員分のドリンクが揃い、乾杯した。俺は酒を飲むつもりはなかったが、乾杯の一杯くらい付き合えと言われて、ウーロンハイを注文した。
バレンタインの飲み会イベントと称してはいるが、要するに大人数で騒ぎたいだけなので、ただの飲み会と何ら変わりはない。酒を飲んで喋って、連絡先を交換して、そうやって賑やかな時間を過ごす。
「ねえ、ねえ、理人って本当に彼女いないの?」
「え、そうなの? でも入学したとき女の子と連絡先交換しまくってなかった?」
「もしかして全員とワンナイトで終わったとか?」
乾杯して十五分も経たないうちに、同じテーブルの女の子たちからの質問責めがはじまった。
「えー、セフレ募集してないの? 私、立候補しまーす! 彼氏いないし、つくる気もないから、サクっとヤれるよ。どう?」
「じゃあ、紗江は彼女に立候補する!」
次から次へと質問を浴びるが、ほとんど頭に入ってこない。俺が適当な返事しかしないせいで、隣にいる近野が代わりにせっせと答えている。
「お前なあ、もうちょいまともに対応しろよ」
近野がビールを飲みながら俺の脇腹を小突く。話題なんてすぐに変わるものだ。今は近野と同じく幹事を請け負っている柴本の、最近音信不通になったセフレの話でみんな盛り上がっている。
「ああ、悪い。けど、この人数相手にまじめに喋ってたら疲れるだろ」
「誰のせいで今俺が疲れてると思ってんだよ」
今この場で、どこの誰に彼女になりたいと言われようが、セフレに立候補されようがどうでもいい。大学入学当時なら、一人一人の話をそれなりに聞いて、その中から一人を選んでいただろう。
でも今はそれどころじゃない。頭の中はこのあと呉内さんにチョコを渡して告白することでいっぱいだ。対して興味もないくせに、顔だけ見て言い寄って来る女の子の相手をしている余裕はない。
このまま全員が柴本の話で盛り上がってくれたらいいのに、なんて思っていると、隣のテーブルから来た女の子のせいで、話題がこちらに戻ってしまった。名字はたしか宮崎だった気がする。下の名前は思い出せない。
「え、理人って彼女いないの? てっきり社会人と付き合ってるのかと思ったけど」
「何でそうなるんだよ」
「だって理人がつけてきたあのマフラー、めちゃくちゃ高いやつだし。年上の彼女からのプレゼントじゃないの?」
「は?」
宮崎は俺のコートと一緒にハンガーにかけてあるマフラーを指差した。
あれは去年のクリスマスに呉内さんから借りて、そのまま貰ったものだ。返そうと思っていたが、「理人くんにあげるよ」と言われたのでありがたく受け取った。
「ここのやつでしょ?」
「え、は? まじで?」
「たっか……」
「理人の彼女、やっばいね」
スマホで値段を調べたらしい宮崎とその周りの女の子たちが、口々に驚きの声をあげている。
「……そんなに高いのか?」
さすがに気になって聞いてみると、目の前にスマホの画面を突きつけられた。画面には俺が持っているものと同じマフラーの画像が映っており、その下にはブランド名と商品名、そして値段が記載されている。想像していたよりゼロが一つ多かった。
「じゅっ……」
十万!? え、あのマフラー、十万もするのか!? 思わずスマホとマフラーを交互に見る。「よく似合ってるから、ぜひ貰って」なんて言葉に喜んで受け取るんじゃなかった。
「理人の彼女って貢ぎ癖あるタイプ?」
「マフラーに十万はやばすぎ」
「年上のお姉様に貢がれるとか最高すぎない?」
「これだからイケメンは」
「あー、いや、そもそも彼女じゃない。知り合いから貰っただけ」
年上のお姉様じゃなくてお兄様だし……。
「もしかして知り合いに金持ちハイスペックイケメンがいるとか!?」
「ちょっと紹介してよ!」
「そもそもどこでそんな人と知り合ったの!?」
全員の目の色が変わる。だが絶対に紹介したくない。ここに呉内さんがいたら、確実に全員惚れるし。
「そういえば、理人今年チョコもらった?」
さきほど勝手に彼女に立候補していた同じ学科の赤坂紗江が、いつの間にか俺の隣に移動しており、勝手に肩にもたれかかってきた。甘ったるい香水の匂いが鼻につく。
「もらってねえよ。くれる相手もいないし」
「まじ? 理人、高校のときのバレンタインやばかったって聞いてたから、今年もすごい数もらってるのかと思ったのに」
「え、そんなにすごかったの?」
赤坂の言葉に一人が反応すると、連鎖するようにその場にいた半数近くがこちらに視線を向ける。
「あー、そんな大した話じゃねえって」
「いやいや、お前高校のとき、バレンタインで女の子の列できたって聞いたけど?」
柴本が酒を飲みながら茶化すように言う。そんなこと誰から聞いたんだよ。
たしかに高二のバレンタインはちょうど彼女がいなくて、それを知った女の子たちが集まってきたことがあった。
俺にチョコを渡す女の子たちの間で、あらかじめ抜け駆け禁止というルールを設けていたらしく、一列に並んで一人ずつチョコを渡してきた。
あまりにも面倒だったので、途中で深月に連絡して「友達に呼ばれたから」と言って無理やり学校を出た。そのまま深月とカラオケに行って、家に帰るとリビングのテーブルに受け取っていないはずのチョコが山積みになっていたのを見て、しばらくチョコが嫌いになった。
「理人ってモテるのに、何で彼女つくんないわけ?」
「べつにいなくても困んねえし、バイトが忙しいってだけ」
「ふうん。そうなんだ。じゃあさ、紗江、今日このあと理人んち行ってもいい?」
「は? 何で? 悪いけど俺このあと予定あるからすぐ帰る」
「何それ。もしかして二次会も来ないの?」
「行かねえよ。そんな時間ないし」
「えー、理人来ないとかつまんない」
赤坂がわざとらしく拗ねたように唇を尖らせる。誰に何を言われようと、今日は絶対に一次会で帰る。これ以上、呉内さんを待たせたくない。
「理人、ちょっといいか?」
他学科でありながらしれっと飲み会に参加してる相模が俺の隣に来た。相模の後ろには小柄な背の低い女の子がいる。見たことがないので、もしかしたら他学科の学生かもしれない。
「何だよ」
「この子がさ、お前と連絡先交換したいって」
相模の後ろでペコペコと頭を下げているのは、黒髪の落ち着いた雰囲気の女の子だった。
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