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第五章

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 京斗さんと出かけるのはいつぶりだろう。いや、二人で出かけるのははじめてかもしれない。

 土曜日、約束通り京斗さんとデートをすることになった。もちろんデートとは名ばかりで、実際はホワイトデーに深月にプレゼントするものを一緒に考えてほしいということだった。

「ごめんね、一緒に来てもらって」
「いえ。いつも深月には色々助けられてますから」

 京斗さんは土日が休みなので、深月もそれに合わせてなるべく土日にバイトを入れないようにしている。そのためプレゼントを買い行けるのは平日の仕事終わりのみ。もし残業があればその時間すら取れなくなる。

 だが、今日は出勤できる人数の関係で、深月が昼から夜までバイトに入っている。その間にプレゼントを購入し、当日まで隠しておこうと考えたらしい。

 俺が呼ばれた理由は、長い間離れて暮らしていたため、深月の好みが変わっているかもしれず、参考までに話を聞きたいとのことだった。二人で出かけることを知られないために、深月が出勤してから京斗さんと俺が合流し、退勤して帰ってくるまでの間に解散する。

 そんなわけでさっそくデパートや百貨店を歩き回り、深月に渡すプレゼントを二人で考えた。

 三時間ほど二人で悩んで、無事にプレゼントを購入することができた。京斗さんが休憩しようかと提案してくれたので、近くにあったカフェに入りケーキセットを注文した。もちろん俺はロールケーキとコーヒーだ。

 今時の可愛いらしい雰囲気のカフェで、店に入るなり京斗さんは注目の的だったし、声をかけてきた店員さんも、京斗さんをチラチラと見ていた。

「今日は付き合ってくれてありがとう。おかげでいいものが買えたよ」
「いえ。深月が好きそうなものがあってよかったです」
「うん。ネットで買っても俺が受け取れるかわからないし、深月が土日にバイト入るのはめったにないからさ。それに理人くんが来てくれて本当に助かったよ。俺一人じゃ、あと二時間は悩んでたかも」

 コーヒーを飲みながら京斗さんが嬉しそうにニコニコと笑う。

「でも深月は京斗さんから貰ったものなら何でも喜ぶと思いますよ。昔と変わらず、京斗さんのこと大好きですから」
「そう言われると嬉しいね。でもね、今日君を呼んだのはもう一つ理由があるんだ」
「もう一つですか?」

 京斗さんがマグカップをテーブルに置き、少しだけ前のめりになったので、俺もつられて少しだけ背中を丸めた。

「理人くんって、朱鳥と昔からの知り合いなんだよね?」
「え……」

 ここで呉内さんの名前が出るとは思わず、一瞬返事に詰まった。深月には話したが、京斗さんには話していない。もしかして呉内さん本人から聞いたのだろうか。

「海外の支社にいたとき、一度だけ朱鳥の家で君の写真を見たことがあってね。あのときは誰かわからなかったんだけど、前にカルラで君の誕生日会の写真を見たときに気がついたんだ」

 深月が呉内さんの家の玄関先で見たと言っていたあの写真か。そういえばカルラでロールケーキの話をしていたときに、俺の誕生日会の写真を一緒に見たことも思い出した。

「そうだったんですね。呉内さんとは小一のときに出会いました。って言っても、俺は何も覚えてないんですけど……」

 ということは、京斗さんも呉内さんの初恋の相手が俺だと知っているのか。自分の同僚と幼いころからの知り合いにそんな関係があると知って、京斗さんはどう感じたのだろう。

「朱鳥さ、理人くんのことすごく大切にしてるみたいなんだ。当時のことは覚えてないかもしれないけど、理人くんは今朱鳥のこと、どう思ってるのかなって」
「どうって……」

 京斗さんが俺たちのことをどこまで知っているのかわからない以上、まさか恋愛対象として見てます、とは言えない。子供ころの恋愛なら男同士でも可愛いものかもしれないが、大人になった今は違う。だからいくら昔からの知り合いでも気軽には答えられない。

 でも大切な存在であることに変わりはない。それだけははっきり言える。

「俺にとっても……すごく、大切な人ですよ。今も昔も、これからも……」

 言葉に詰まりながらもそう言うと、京斗さんは本当に嬉しそうに笑ってみせた。

「そっか。君がそう思ってくれてるならよかったよ」
「え?」
「朱鳥ってアメリカにいたときはもっとこう、機械っぽいっていうか、何にも興味がないみたいな感じでさ。誰と話してても楽しくなさそうだし、仕事も無理してたことが多かったんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。でもね、写真の子の話をするときだけはすごく楽しそうで、あ、本当に好きなんだって思ったんだ。そのときは名前とか詳しいことは教えてくれなかったんだけどね」

 人伝にそういう話を聞くと、胸の辺りがむず痒くなる。

「帰国してから人が変わったみたいに楽しそうにしたり、ときどき辛そうにしたり、感情が目に見えるようになってきてね。はじめは単に日本が落ち着くのかなって思ってたんだけど、カルラで君の写真を見たときに気づいたんだ。朱鳥の支えになってるのは、今も昔もずっと理人くんなんだって」

 思わず緩みそうな頬にぐっと力を入れる。

「だからね、理人くんに朱鳥のことをお願いしたいなって」
「俺にですか?」
「うん。あいつ、めちゃくちゃモテるから女の子たちに囲まれることは多いんだけど、どんな美人に言い寄られても興味なさそうで、つまらなさそうにしてるんだよね。でも君といるときは人間味が出るって感じかな。俺と朱鳥は社会人になってからの付き合いだけど、仲のいい友人が心から楽しそうにしてるほうが、俺も嬉しいんだよね」  
「お、俺も……呉内さんといるのは楽しいです。これからも一緒にいられたらいいなって思ってます」

 恥ずかしさのあまり、俯いたまま太もものあたりをぎゅっと握りしめる。アメリカにいたころからの付き合いである京斗さんにそう言われるのは本当に嬉しかった。

 でもきっと、京斗さんは歳の離れた友人として仲良くしてほしいと思っているのだろう。今の俺たちがその一線を越えようとしているのは知らない可能性が高い。

 もし、俺と呉内さんが付き合ったら、そのとき京斗さんは祝福してくれるだろうか。

「君がそう言ってくれて嬉しいよ。放っとくと料理と読書しかしないようなやつだからさ」
「呉内さん、料理上手ですよね。俺、料理苦手なんであんなに美味しくつくれるのはすごいなって……」
「わかる、わかる。俺もめちゃくちゃ苦手だから、いつも深月に頼りっぱなしなんだよね」
「深月もうまいですよね。呉内さんに渡すチョコづくりも、深月に助けてもらってますから」

 チョコの話をしていて、ふと、数日前に井坂くんが言っていたことを思い出した。

「あの、実はチョコをつくるうえで、ちょっと気になってることがあるんですけど」
「うん? どうしたの?」
「呉内さんに手づくりチョコを渡すのって……重いですか?」

 井坂くんは手づくりチョコは重いと言っていた。もちろん渡す相手との関係性によるだろうが、俺が呉内さんに渡す分にはどうなのかさっぱりわからない。深月に教えてもらう約束をした手前チョコづくりをはじめているが、やっぱり料理好きの人に渡すなら、確実に美味しいとわかっている専門店のチョコの方がいいのだろうか。

「ふふふ。そんなの気にしなくて大丈夫だよ」
「本当ですか?」
「うん。まあ、たしかに朱鳥は他人の手づくり料理とかお菓子は食べないタイプだけど、理人くんなら絶対大丈夫だから」
「俺なら?」
「むしろ喜ぶと思うよ」
「そうだといいんですけど……」
「もし朱鳥が君の手づくりチョコを嫌がったら、俺が全部食べるから大丈夫。ま、そんなこと絶対ないけどね」
「じゃあ、そのときはお願いします」

 ここまではっきりと言ってもらえると、練習してる甲斐があるというものだ。呉内さんに喜んでもらえるように、あと二回で何とか人に渡せるレベルのものをつくれるようにならないと。

「あの、京斗さん」
「ん?」
「俺も一つ、お願いしてもいいですか?」

 残り一口になったロールケーキにフォークを刺す。飲み込んだあとも生クリームの甘さが口の中に広がっていくのを感じながら、俺は京斗さんにこのあとの話をした。

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