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第五章
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しおりを挟むこういうとき、頼りになる幼馴染みがいて本当によかったと思う。
「そういや深月って、前に呉内さんに会ったことあるんだよな?」
「うん、あるよ。高校のときに一回だけ、京兄に会いに俺が一人でアメリカに行ったの覚えてる?」
「ああ、あったな。夏休みに行ったんだっけ」
「そうそう。そのときにはじめて会ったんだけど……」
「けど?」
「……あ、そうか。あの子って理人だったんだ!」
深月はハッと何かを思い出し、またニヤニヤと俺を見て笑った。
「え? 何が?」
「向こうには一週間滞在してたんだけど、一回だけ三人で観光したことがあったんだ。朝から俺と京兄と二人で朱鳥さんを家まで迎えに行ったんだけど、そのときにさ、玄関のシューズボックスに朱鳥さんと誰かが一緒に写ってる写真が飾ってあったんだよね。チラッとしか見えなかったから、もう一人が誰なのかはわからなかった。でも、どっかで見たことあるなって思ってて」
「それが、俺との写真ってこと?」
「今思えばそうとしか考えられない。見るからに年下だったから、はじめは朱鳥さんにも弟がいるんだと思ったんだけど、本人に兄弟はいないって言われて。じゃあ、玄関にあった写真の子って誰ですか? って聞いたら、初恋の子って言われたんだよね」
「はっ……」
え、初恋……って、あの呉内さんがはじめて好きになったのが俺ってこと!?
たしかに俺の告白をオッケーしてたと言っていたが、あれは小学生の話に付き合ってるだけど思ってたのに。
「パッと見は男の子に見えたんだけど、あれくらいの年頃なら男っぽい女の子もいるから、そのときはあんまり深く考えてなかったんだ。でも理人なら納得だよね。今はないけど、小学生のころは何回か女の子に間違えられてたし」
「そう、だっけ……」
俺のことは忘れるつもりだったなんて言ってたのに、社会人になっても当時の写真を飾ってるとか……俺のことめっちゃ好きじゃん……。
「理人ってば、顔、真っ赤」
「うるせー」
氷が溶けて少し味が薄くなったコーヒーを一気に飲み干した。それでも顔の熱は冷めない。
「初恋は叶わないなんて、嘘だね」
「……何だよそれ」
「よくある迷信だよ。だって、理人が朱鳥さんに告白したら、朱鳥さんの初恋は叶うわけだし」
あんなかっこいい人の初恋が俺なのか。
「嬉しそうだね」
「そりゃ、まあ……」
「ついでに理人も初恋っぽいしね」
深月の言う通り、俺の初恋は事故前のことを入れても入れなくても、呉内さんだと思う。
これまで付き合った女の子たちに対して、こんな複雑な感情を抱いたことは一度もない。一緒にいるだけで嬉しくなったり、全身が熱くなるほど恥ずかしくなったり、何もかも全部生まれてはじめてだ。
今だって深月の話を聞いて、嬉しくてたまらない。
「なになに? 理人の初恋の話?」
頭上から聞き慣れた声がして顔を上げると、近野と柴本と相模がそれぞれ紙製のカップを持って立っていた。
「理人の初恋って、小五のときに付き合った彼女とか言ってなかったか?」
三人が隣のテーブル席に座りながら話す。近野の話を聞いて、そういえばそんなこと言ったことを思い出した。小五ではじめて彼女ができたから、周りに初恋について聞かれたときはそう答えていた。
「あー、そうそう。ちょっと昔話してただけだ」
まさか初恋が八歳年上の男で、おまけにちゃんと自覚したのがつい最近だなんて言えるはずもなく、適当に誤魔化すことにした。
「初恋ねえ……あ、そういえばさ、理人って呉内さんの連絡先知ってる?」
近野からその名前が出てくるとは思わず、一瞬言葉に詰まった。
「……何で?」
「いや、それが俺の高校の女友達が去年の学祭に来ててさ、女装コンテストで呉内さんを見て一目惚れしたらしいんだよ。その子、昔から恋愛とかよくわからないって感じで、だから呉内さんに一目惚れしてから今まで色々悩んでたらしいんだけど、どうしても好きだから連絡先知りたいって」
「つまり、その子にとっては初恋ってわけだ」
「そういうこと。まさか話したこともない人を好きになるとは思わなかったって、本人もめちゃくちゃ驚いてたけど」
「ま、あんだけかっこよかったらな」
話を聞いたとたん胸奥がざわついて、近野や相模たちの声がだんだん遠のいていく。返事をしないといけないのに言葉が出てこない。
「って、理人、聞いてる?」
「え、ああ……悪い」
「お前、住んでるマンション同じで、ある程度仲良いんだろ?」
今の俺には近野の話を断る明確な理由がない。同じマンションの住人で、見知った仲以上の関係ではない。他の女の子と連絡先を交換しないでくれ、なんて言う権利はない。
「もう、近野ってば、わかってないなあ」
俺がいつまで経っても返事しないことを見かねた深月が、さりげなく助け舟を出してくれた。
「何だよ」
「あんなイケメンに恋人がいないわけないじゃん」
「あ、やっぱそうか……」
「そりゃね。前に話したときに、すごく大切にしてる人がいるって言ってたよ」
「そっかー。じゃあ、仕方ないよな。友達にはそう伝えとくわ」
近野は申し訳なさそうに言うと、すぐにスマホを取り出して忙しなく指を動かしはじめた。
「あのイケメンの眼鏡に適うって、よっぽどの美人なんだろうな」
「そうだろうね。俺も相手のことは詳しく知らないけど」
「同じ会社の美女とか、取引先の社長令嬢だったりして」
「いやー、芸能人じゃないか? むしろあの人が一般人なのが不思議なくらいだけど」
近野たちが呉内さんの彼女を勝手に想像するたびに、胸の奥を鋭い針で刺されるような感覚に襲われる。
わかってる。呉内さんと並んで見劣りしないのは、そういう目に見えた美人だってこと。普通に考えたら、あんなかっこいい人が、大学生の、それも男を好きになるなんて想像もできないだろう。
でもあの人が好きなのは俺だって、本当は大声で叫びたい。勝手に他の女の人を並べるなってはっきり言ってやりたい。
「あ、そういえば話変わるけど、深月はバレンタインの飲み会来るか?」
柴本が思い出したようにスマホを取り出し、深月に訪ねた。どうやら参加者の確認をしているらしい。
「え、何それ」
「学科の飲み会だよ」
「お前らの学科、そんなのやるのか?」
相模は他学科なので知らないだろうが、バレンタインの飲み会はうちの学科では毎年恒例のイベントらしい。俺も今柴本に言われて思い出したが、入学当初にそんな話を聞いた覚えがある。
「うーん、俺は理人次第かな」
「あ、理人は強制参加だぞ」
「は?」
「え、だってお前が来るか来ないかで、女の子の集まり全然違うし」
「いや、悪いけど俺行く気ないから。つか、学科の飲み会なら参加人数結構いるだろ。一人、二人くらいいなくても変わんねえって」
バレンタインに呉内さんに告白するんだから、行けるわけないだろう、とは言えない。だからと言ってここで女の子とデートするからと嘘をつけば、根掘り葉掘り聞かれるのは目に見えている。
「何でだよ。お前、彼女いないんだからいいだろ。基本は学科の飲み会だけど、理人が来るなら他学科の女友達も呼ぶって言ってる子いるし」
「あのなあ……」
「な、頼むって! 理人が来ないと話にならないから」
柴本と近野が顔の前で両手を合わせる。この姿、去年も見たな。特に近野。
「あー、もうわかった。その代わり一次会で帰るからな。絶対二次会は行かねえ。あと酒も飲まない」
「お、おう。いいけど、何か用でもあんの?」
「モテる男はバレンタインは忙しいってわけか」
「まあ、そんなこと。俺にも色々あんだよ」
飲み会は夜の七時から九時までと言っていたので、一次会で帰ってそのあとに呉内さんにチョコを渡そう。十四日は平日だから向こうは仕事だろうし、どのみち日中や夕方に会うのは難しいだろう。
それから近野たちとバレンタインの飲み会について話をし、俺はレポート作成のために図書室に寄った。
入院していたせいで一月は一度も講義に出ておらず、留年を免れるため救済処置として各教科からレポートを課された。もちろん今週末に期末試験もある。入院中もできる範囲で勉強していたので、おそらく大丈夫だろう。
そうはいっても一年で留年するわけにはいかないので、深月にチョコレートづくりを教えてもらうのは、春休みがはじまってからだ。
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