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第五章

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 週明け、大学の講義のあと深月と二人で学内のカフェに入り、アイスコーヒーを二つ注文して、空いている壁際の席に座った。もちろん俺と呉内さんの関係を話すためだ。

 呉内さんと出会ったのは小学一年生のころであり、一年以上家族ぐるみで仲が良かったこと。事故に遭った俺が当時の記憶を失くしたこと。呉内さんが中学を卒業後、海外に引っ越したため関わりがなくなってしまったこと。すべてを話し合える頃には、アイスコーヒーを半分ほど飲み終えていた。

 俺が話をしている間、深月は真剣に頷いたり相槌を打ったりしながら、最後まで黙って聞いてくれた。

「そっか。まさか理人と朱鳥さんが知り合いだったとはね」

   さすがの深月も驚いていた。たぶん京斗さんも何も知らないのだろう。
 
「俺と深月が出会ったのっていつだっけ?」
「小学四年生のときに同じクラスになったのがきっかけだよ。理人が交通事故に遭ったのは知ってたけどね。朱鳥さんのことは知らなかった」

   中学生のころ、深月に事故に遭ったときのことは話したが、そのときも事故のことはあまり覚えていなかった。

   呉内さんは俺が断片的に記憶を取り戻したと言っていたが、それは小学生の間の話だ。中学に上がってからは、新しく何かを思い出すことはなかったし、むしろ時間が経つにつれて古い記憶はどんどんと忘れていき、今ではほとんど覚えていない。

 おそらく小学生のころに断片的に思い出したという記憶もすでに忘れかけている。

「やっぱり思い出せないの? 朱鳥さんのこと」
「本当に何も思い出せない。呉内さんには言わなかったけど、思い出せないというよりは、本当に会ったことがないんじゃないかってくらい記憶がないんだよな。まあ、でも俺の家に呉内さんとの写真があってさ、土曜に二人でそれを見て当時の話を聞いたんだよ」
「えー、それ見たい!」

 深月がそう言い出すのはわかっていたので、あらかじめスマホで撮影し、データフォルダに保存していた写真を見せた。

   二人揃って甚兵衛を着て水ヨーヨーを持っている写真や花火を見ている写真、一緒にスイカを食べている写真など、何度見ても本当に仲のいい兄弟のように見える。

   だがその写真のどれも俺の記憶にはない。こんなに楽しそうなのに俺だけ何も覚えていないんだ。

「当たり前だけど、朱鳥さんすごく幼いね」
「中学生だしな。でも面影あるよな」
「うん。この時点ですでにイケメンだよね。これはモテそう。理人はこういう写真、実家で見なかったの?」
「事故のあと、呉内さんの記憶がないことを知った理香さんが全部片付けたらしい」
「そっか。まあ、理人からしたら知らない人になるもんね。でもどの写真も、本当に楽しそうだね」

   写真の中の俺は、本当に今が一番幸せだってくらい楽しそうに笑ってる。呉内さんのこと、お嫁さんにしたいって言ってたくらいだしな。

 あの日、俺の実家でアルバムを見てから、時間を見つけては当時のことを思い出そうと、目を閉じてあれこれ考えることがある。

 写真の中の俺と呉内さんが思い出してくれと言ってるようで、いっそ夢に出てきてくれればいいのに、なんて思いながら思い出せないままでいる。

「……大切な人なら忘れるべきじゃなかったのにな」

   もしも俺が呉内さんのことを忘れていなかったから、もっと前からこの写真みたいに二人で笑っていたような気がする。今でも当たり前のように二人で出かけたり、一緒に食事をしたり、もしかしたらもっと早くに……。

「大切な人だから忘れたかったのかもね」

 深月は残ったアイスコーヒーを一気に飲みほし、じっと俺の目を見つめてきた。

「え?」
「理人が事故に遭ったのって、朱鳥さんと会える最後の日だったんでしょ。忘れてしまえば悲しいも寂しいもないからね」

   深月が真剣な顔で言うから、俺も少しだけ真に受けてしまった。

「なんて、映画とかドラマならそういうことあるよね」
「真剣な顔で変なこと言うなって」
 「ごめん、ごめん。でも、あとは理人が答えを出すだけだよね」

 自分で決めたことなのに他人の口から言われると、急に恥ずかしくなってくる。

 呉内さんの気持ちは俺に告白したときから変わっていない。あとは俺がその告白に対してちゃんと返事をするだけだ。本人にも待っててくださいなんて、偉そうなこと言ったし。

「そうだな。もうずいぶん待たせてるし。でも俺、人に告白したことないんだよな……」
「昔は朱鳥さんに会うたびに告白してたんでしょ?」

 深月が珍しくニヤニヤと笑いながら言う。

「……してた、らしい」
「大丈夫だよ。朱鳥さんは理人のこと大好きなんでしょ?」
「……そうだけど」

 実家に泊まった日のことを思い出すと、呉内さんと付き合うとはどういうことなのか、色々と考えてしまう。

 あの日、朝起きたら呉内さんと同じベッドで眠っていた。どうやら俺がリビングで寝ていることを気にしたハウスキーパーさんが、呉内さんにそのことを話したらしい。そこで呉内さんが寝ている俺を部屋に運び、ベッドに寝かせてくれた。

 しかし和室に戻ろうとしたところで、寝ている俺に腕を引っ張られ、起こすのも申し訳ないからと、一緒に寝ることにしたんだとか。

 あんなことになるなら、はじめから自分の部屋に行けばよかったと深く後悔した。

 だって、寝起き様に見る呉内さんは本当に心臓に悪い。朝目が覚めて、あの大きな手で頭を撫でられて、笑顔で「おはよう」なんて言われるわけだ。朝から頭がおかしくなりそうになる。

 でも付き合うということは、つまりそういうことだ。むしろ恋人同士になれば、ベッドに入るときも呉内さんが隣にいるわけで……。

「あー、無理」
「何が?」
「……かっこよすぎて、俺の心臓が保たない」
「理人にここまで言わせるってさすがだね。でもちゃんと言葉にして関係性を変えないと、このままずるずる時間だけが経っちゃうよ?」
「わかってる……わかってるけど、告白っていつすればいいんだよ……」

 相手の気持ちをわかったうえで自分の好意を伝えるというのは、ハードルが低いように感じるが実際はそう簡単な話ではない。俺が告白されてから時間が経ったせいで、タイミングがわからなくなってしまった。

「もうすぐバレンタインだし、そこで告白すれば?」
「あー、バレンタインか……」

 たしかにバレンタインは告白するにはもってこいだ。というか、何かしらの理由とかきっかけがないと、告白できる気がしない。自分でも情けないとは思うが、できないものはできないのだから仕方ない。
 
「手づくりチョコを渡して告白、なんて可愛いと思うけど」
「手づくりチョコねえ……俺にお菓子づくりができると思うか?」
「もちろん、俺がちゃんと教えるから」
「え、いいのか?」
「うん。前に言った通り、俺は理人の幸せを願ってるから。一世一代の告白に失敗したもの渡したくないでしょ?」
「それは助かる……」

 ただでさえ相手は料理が得意なんだ。不味いものは渡せない。というか、呉内さんにそんなものは食べさせられない。

「凝ったものをつくるより、簡単なものにして味を完璧にしたほうがいいだろうから、バレンタインまでに練習しようよ。俺も京兄に渡すし」
「ぜひ、お願いします」

 バレンタインまであと十日ほどしかない。それまで深月の家に通って、チョコをつくる練習をすることになった。

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