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第五章
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しおりを挟む次の写真は、俺の実家のリビングがクリスマス仕様に飾り付けされており、理香さんが作ったとみられるホールケーキを俺と呉内さんが囲っているものだった。
俺はサンタの帽子を被った呉内さんに、後ろから抱きしめられるようにして座っており、室内なのになぜか手袋をはめている。
「このときの、たぶんうちにホームビデオとして残ってるんだよね」
「え、そうなんですか?」
「うん。これ、みんなで理人くんにサプライズしたから、その様子を雪人さんが撮影してたんだ。この家にもあるんじゃないかな」
「サプライズ?」
呉内さんが指差した写真には、幼い俺がサンタ宛てに書いた手紙が写っていた。
『サンタさんへ。ことしはいい子にしてた、ので、クリスマスは、あすかくんにあいたいです。らいねんも、いい子してるので、おねがいします』
「これ、俺が書いたんですか……」
「そうだよ。理香さんがこれを見てうちの親に連絡して、俺がサプライズで理人くんに会いに行ったんだ。この手袋はクリスマスプレゼントで渡したものだよ」
「それで部屋の中でもつけてるんですか」
「春先までずっとつけてたって、理香さんが言ってたよ。夏はわざとエアコンの温度を下げて、手袋をはめようとしてたらしい」
よほどクリスマスに呉内さんに会えたのが嬉しかったのだろう。写真の中の俺は本当に幸せそうに笑っている。
「また今度、一緒にホームビデオ見る?」
「……見る覚悟ができたら見ます」
話を聞いている限り、小学生の俺は呉内さんのことをとても慕っている。その様子を撮影した動画を今の俺が見るのは、写真を見る以上に恥ずかしいものがある。
次は両家で新年会をしている写真だった。イベントごとに呉内さんと一緒にいるんだな。
「あー、このときの理人くんね、すっごく可愛いかったんだよ。あ、かっこいいって言うべきかな?」
呉内さんが懐かしそうに目細めて写真に触れる。
「また何か、とんでもないことを……」
「みんなでご飯を食べたあとにね、理人くんに来年の目標は? って聞いたんだ。何て答えたと思う?」
子供の俺の目標なんて、どうせ来年もテストで学年一位を取るとか、体育祭で誰よりも活躍するとか、そんなことだろう。
「勉強を頑張るとか?」
呉内さんは俺たち以外に誰もいないこの部屋で、大切な内緒話でもするみたいに、小さな声で言った。
「『朱鳥くんをお嫁さんにします』って」
「は!?」
言われた瞬間、一気に顔に熱が集まった。
「みんなの前で宣言してたんだよ」
「……そ、それ、呉内さんは何て答えたんですか」
「不束者ですが、どうぞよろしくお願いしますって言ったよ」
「いや、何で了承してるんですか……」
「子供の言うことって可愛いよね」
まあ、小学一年生の言うことにいちいち本気で返すことないか。というか、何で俺が呉内さんをお嫁さんにもらう側として喋ってるんだろう……。
「小学生の俺って、すごい積極的ですね」
「そうだね。会うたびに俺に告白してたよ」
「告白……」
「毎回言うことが可愛くて、大人になったらねって、オッケーしてた」
これまで女の子から告白されることはあっても、誰かに告白をしたことなんて一度もない。それが会うたびに告白してたって、よほど呉内さんのことが好きだったんだな。
「こっちは君の誕生日の写真だね」
それは『理人くん、七歳のおたんじょうび、おめでとう』と壁に飾ってある部屋で、俺と呉内さんが二人で写っている。しかし、その場所には見覚えがない。
「ここは……」
「いつも理人くんの家だったから、この日は俺の実家に招待したんだ」
「呉内さんの家……」
今の俺はまだ行ったことのない場所。でも昔の俺はそこで楽しく過ごしていて、少しだけ羨ましくなった。
「理人くんのご両親も一緒に俺の家で食事をしてね。そのあとにみんなでドライブに行ったんだ」
「ドライブですか?」
「そう。この写真の景色、見覚えない?」
誕生日会の写真はたくさんあって、外の景色が写っている写真は次のページにあった。
「あ……」
夜景の写真だった。去年の、呉内さんと会って間もないころ、車で連れて行ってもらった夜景。家族と行ったと思っていたのに、あのとき呉内さんとも一緒だったのか。
「この夜景を見てさ、理人くんと一つだけ約束したんだ」
「約束、ですか?」
「うん。俺が一年後に海外に行くことは決まってたから、離れる前に約束したんだ。でもまだ内緒。そのときが来たら、俺から伝えるよ」
小学生の俺は呉内さんとどんな約束をしたんだろう。これまでの言動からして、大人になったら結婚するとか? いや、日本で同性婚は認められていないから違うか。
四月は呉内さんの誕生日会をした写真が複数枚あり、そのすべてにあるものが写っていることに気がついた。
「あれ……これって」
呉内さんの誕生日会の写真には、薄茶色のうさぎのぬいぐるみが写っていた。どの写真でも呉内さんが大切そうに抱きしめている。
「このうさぎのぬいぐるみはね、理人くんが俺の誕生日にプレゼントしてくれたんだよ」
「え……」
呉内さんの部屋の棚に座っているうさぎを思い出す。呉内さんが何年も前に人から貰って、大人になった今も大切にしているぬいぐるみだ。
「この日より前に会ったとき、理人くんと離れるのは寂しいって話したんだ。そしたら誕生日にぬいぐるみをプレゼントしてくれて、寂しいときはこのうさぎを抱きしめてって」
「俺がそんなことを……」
一緒に寝ていたとか、会うたびに告白してたとか、それ以上にこのエピソードは恥ずかしかった。
「中学生にぬいぐるみをプレゼントって……」
「俺はすごく嬉しかったよ。小さい理人くんが一所懸命考えて、選んでくれたものだからね」
呉内さんはとても嬉しそうに、写真のぬいぐるみを指でなぞった。写真の中のうさぎに汚れはなく、足や耳の先まで綿が詰まっていて、ぴんとしていた。ずっと不思議だった。あのうさぎだけ部屋の雰囲気に合っていなかったから、どうしてわざわざ一人暮らしの部屋に置いているのだろうと。小学生の俺がプレゼントしたものを今も大事に持っているなんて、覚えていないのに何だか嬉しかった。
それからもアルバムを見て、その当時の話を聞いた。みんなでお花見に行った写真、夏はキャンプや海に行った写真、秋は紅葉を見に行った写真やみんなで焼き芋を食べた写真などがあった。
花見をしたときは俺が迷子になり、桜の木の下でうずくまって花びらまみれになっていたのを、呉内さんが見つけてくれたらしい。キャンプに行ったときは、迷子にならないようにずっと呉内さんと手を繋いでたらしい。
そして呉内さんと出会って一年となる十月の写真を見たとき、俺は自分の目を疑った。
そこにあったのは、俺と呉内さんがソファに座って並んでいる写真。見覚えのある壁、見覚えのある食器、そして見覚えのあるケーキが写っていた。
「ここって……」
「カルラだよ」
「どういうことですか……」
「理人くんがはじめてお店で食べたロールケーキは、カルラのロールケーキだよ」
ずっと思い出せないでいた。俺がロールケーキを好きになったきっかけのお店が。親に聞いても知らないの一点張りだったから、ずっと有名な白桃屋だと思っていた。
「行ったこと、あったんですね……」
「うん。俺は幼いころから両親に連れられて、何度かカルラに行ったことがあったんだ。メニューの中ではロールケーキが一番好きで、理人くんにも教えたくて、母親に連れて行ってもらったんだ。だからさ、君がカルラで働いてるのを見たとき、幼いころからずっとロールケーキが好きだと言ったとき、本当に嬉しかった。たとえ覚えていなくても、君の中には当時のことが残っているんじゃないかって思った」
ただ知り合いから教えてもらった店だった。でもたしかに俺がカルラで働くと決めたのはロールケーキの味と店の雰囲気が好きだったからだ。
何となく懐かしいような気がして、落ち着く場所だと思った。レトロな内装だから懐かしいと感じたんだと思っていたが、小学生のころに呉内さんと来たことがあったのか。
「何で、思い出せないんだ……」
アルバムの中の俺はどの写真を見ても、本当に楽しそうで幸せそうに笑っている。きっと中学や高校のアルバムを見ても、こんなに幸せそうにしている姿はない。
「どの写真も、こんなに……こんなに幸せそうなのに」
俺が悲しむのはお門違いかもしれない。でもこんなに楽しそうな時間を過ごしたことはほかにない。それなのに、人生で一番幸せだった時間は、俺の中ではすべてなかったことになっている。
「俺はね、理人くんが生きてくれているだけで嬉しいよ。だって、またこうやって一緒にいることができるんだから」
呉内さんがそう言って笑うから、俺もつられて笑った。
「そういえば、一つ、聞いてもいいですか?」
「うん。いいよ」
「あの……嫌なことを思い出させるかもしれません。ただ、事故に遭ったときのことを聞いて気になってたんです。あの日、俺と呉内さんは二人でどこに行くつもりだったんですか?」
事故に遭った日、俺と呉内さんだけで外に出た。行き先は決まっていて、歩いて行ける距離。子供二人だけで一体どこに行くつもりだったんだろう。
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