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第五章
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しおりを挟む約一か月間の入院生活を終えて、ようやく自宅マンションに戻った。その間、理香さんが俺の部屋にハウスキーパーを送り込んでくれたおかけで、室内は入院する前によりもきれいになっていた。
入院中は呉内さんや深月や京斗さん、カルラのスタッフ、近野たちも見舞いに来てくれたし、呉内さんの真似をして本を読むようになった。退屈な時間も多かったがそこまで苦ではなかった。
俺のスマホは由莉奈さんに盗まれていたらしいが、電源が切られていただけで無事に手元に戻って来た。
退院から三日後、土曜日の今日は呉内さんと二人で俺の実家に来ていた。理香さんと父親の雪人《ゆきひと》さんは毎月恒例のデートらしく、実家には誰もいなかった。代わりに頼んでおいたアルバムが俺の部屋に用意されていた。
病院で目を覚ましたとき、呉内さんが俺との関係を話してくれた。驚きはしたものの、小さいころから関わりがあったのかと思うと嬉しかった。でも結局、入院中も退院後の今も何も思い出せないままだ。
どうにかして当時のことを知りたくて、家族ぐるみで仲がよかったのなら、いくつか写真を撮っているだろうと思い、そのことについて理香さんに連絡したところ、写真はすべてアルバムにして実家に保管しているという返事が来た。
アルバムは事故のあと、呉内さんの記憶がないことを知った理香さんが、俺の目の届かない場所に片付けたそうだ。事故当初は写真を見せて思い出させようとしていたらしいが、何年経っても思い出せなかったからだ。
俺から見れば知らない人と写っている写真だから、気を遣ってくれたのだろう。たとえいつか再会したとしても俺にとっては初対面になるから、そのときはまた一から関係を築いたほうがいいと、理香さんたちは考えていたらしい。
「理人くんの部屋、懐かしいね」
実家に呉内さんがいるのは変な感じがする。大学の友達も知らないプライベートに入り込まれたような気分だ。でも決して悪い気はしないし、何よりその違和感があるのは俺だけだ。
「呉内さんは、うちに来たことあるんですか?」
「あるよ。何度か泊まりに来たことがあってね、そのときは二人で遅くまで映画を見たりゲームをしたりして……」
「……して?」
「理人くんのベッドで一緒に寝てたよ」
「えっ」
思わず壁際にあるベッドを凝視する。ここで二人で寝たことがあるのか。俺のベッドはサイズがセミダブルなので二人でも寝れないことはないが、それなりに密着しないと寝返りを打ったときに下に落ちる可能性がある。
「あれ、でもうちって来客用の布団があるはずなんですけど……」
「そうだね。いつもハウスキーパーさんが俺の布団を準備して、理人くんが勝手に片付けてたよ」
いや、何してんだよ。
「でも理人くんが大きくなったら、同じベッドで寝れなくなるよって言ったら、じゃあもっと大きなベッドだったら一緒に寝れるでしょって。本当、可愛いよね」
呉内さんは嬉しそうに笑っているが、俺の顔はたぶん引き攣っている。小学生の俺はどうやら積極的らしい。
「そんなことを……」
当時の俺は呉内さんと一緒にいたがったと、理香さんから聞いていたが、まさかそんなことまで言っているとは思いもしなかった。
「と、とにかくアルバム、見てもいいですか?」
考えているだけで恥ずかしくなり、俺は理香さんが用意してくれた一冊のアルバムを手に取った。二人でソファに座り、テーブルにアルバムを置く。ずいぶん分厚いもので、表紙には『理人、六歳から七歳』と記されていた。
表紙を開く手が震える。ここに俺の知らない俺と呉内さんがいるのだと思うと、どうしても緊張してしまう。
「青蓮大学の学祭っていつごろですか?」
「あそこは十月だよ」
ということは十月から見ていけばいいのか。アルバムを何度かめくり、『十月』と書かれたページを開いた。
「あ……」
十月のページの真ん中に、小学生の俺と中学生の呉内さんが二人で写っている写真があった。呉内さんは今よりも、由莉奈さんの部屋で見た写真よりもさらに若くて、でも中学生にしては大人っぽかった。
俺はたこ焼きを食べており、口元にソースがついている。でも向かいに座っている呉内さんは笑っていなくて、あまり楽しそうに見えない。
「はじめて会った日だね。小さい理人くん、可愛い」
「こうやって見ると恥ずかしいですね」
「俺も。このころはあんまり人と関わるのが好きじゃなくてね。君ともどう接していいかわからなかったんだ」
言われてみれば、初対面の小学生と一緒に学祭を回るのは、人によってはハードルが高いかもしれない。
「でもね、このあと一緒にいろんなお店を回って、そのあとお化け屋敷に入ってさ、理人くんってば、怖いのに強がって俺の手を引いて歩いてたの。でも出た瞬間、声も出さずに泣いちゃって。どうしていいのかわからなくて、とにかく大丈夫だよって手を握ってたら泣き止んでくれたんだ」
呉内さんが指差した写真の俺は、たしかに目が真っ赤になっており、中学生の呉内さんに頭を撫でられている。
あれ? これ俺、大丈夫かな。この先もこんなエピソードばっかりだったら、恥ずかしすぎてメンタルが保たない気がする。
「こっちはお揃いのガラスのインテリアを買ったときの写真だね。学生の手作り市で、理人くんが帰る前にお揃いのものが欲しいって言って、二人で選んだんだよ」
アルバムの左下には、うさぎの小さなガラス細工を持った俺と、たこ焼きのときよりも少し笑っている呉内さんの写真があった。
「……これ、この家にあります」
「まだ持っててくれたんだ」
この白いミニチュアサイズのうさぎは、他のガラス細工と一緒に実家のリビングのテレビの前に飾ってある。両親には旅行先で買ったものだと言われていた。
「呉内さんと選んで買ったんですね」
「そうそう。俺も実家に飾ってあるんだけど、実は年始に帰ったときに、こっそり今の家に持って帰って来たんだよね」
呉内さんがいたずらっ子みたいに笑うので、俺もつられて笑ってしまった。
「じゃあ、俺も持って帰ります」
「そしたらまたお揃いだね」
そう言われると何だか急に嬉しくなる。絶対、今日持って帰ろう。
次のページには俺と両親と呉内さん、そしておそらく呉内さんと思われる人物が両親が写った写真があった。レストランで食事をしているようだが、俺は小学生ながらにジャケットを羽織り、スラックスを履いている。襟元には蝶ネクタイをしており、学祭のときとは違い、顔が強張っている。
……何か気合い入ってるな。
「これは二回目に会ったときだね。みんなでレストランで食事をしたんだよ」
「あの、何で俺はこんな服装を……」
「あ、これはね。俺に会うから理香さんに買ってもらったって言ってた」
「えっ」
「ほら、俺たち年が離れてるでしょ? だから大人っぽくしたんだって。でも着慣れない服だったから緊張してたみたい」
会うのが二回目の中学生に対して、そんなに気合いを入れてどうするんだよ……。
「服装だけ大人っぽくてもダメだから、理香さんと雪人さんにテーブルマナーを教えてもらったみたいでね、一所懸命フォークとナイフ使って食べててさ、すごく可愛いかったよ」
小学生なのに大人っぽい服を買って、テーブルマナーを覚えるって、このときの俺は一体何を考えていたんだろうか。まったく想像もつかないし、まさか自分の過去を知ることで、こんなにも恥ずかしい思いをする日が来るとは驚きだ。
「あー、もしかしてこのころの俺ってそんなんばっかですか……」
「うん。理人くんは昔から可愛いからね」
「よし。次、見ましょう!」
俺のメンタルのためには、一つ一つのエピソードはあまり聞かないほうがいいかもしれない。
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