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第四章
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しおりを挟む窓の開閉音のせいか、リビングに戻ったタイミングで呉内さんが目を覚ました。
「あれ……二人とも外に出てたの?」
「起こしちゃってすみません。理人と雪を見てたんです」
「へえ、雪降ってるんだ」
呉内さんは京斗さんを揺すり起こすと、雪がひどくなる前に帰ると言い出した。俺も帰ろうとダウンジャケットを羽織り、スマホや鍵がポケットに入っているかを確認する。
「今日はありがとうございました」
「また遊びに来てね」
京斗さんと深月に見送られ、俺と呉内さんは佐久間家をあとにした。
外に出るとその寒さに思わず身震いする。さっきベランダにいたときは大丈夫だったのに、今は寒くてたまらない。
「雪、結構降ってるね」
「そうですね。でも雪の中を歩くのって何かいいですね」
本来ならタクシーを呼ぶべきなんだろうけど、何となく歩いていたくて俺からは言い出さなかった。
歩くたびにざくざくと音がして、きれいな白に泥のついた足跡がつく。手袋もマフラーも持っていないので、少しでも寒さをやわらげるために、冷え切った両手をダウンジャケットのポケットに入れた。
「理人くん」
呼ばれて顔を上げると、呉内さんが身につけていたマフラーを外して俺の首に巻いた。香水ではなく呉内さん自身の匂いがする。
「寒いでしょ」
「え、あ……でもこれじゃあ、呉内さんが寒いですよ」
「大丈夫。こう見えても結構頑丈だから」
そういえば俺が風邪を引いたときも移った様子はなかったし、抱きしめられたときもその体格の良さに驚いた。
「小さいころから空手と柔道やってたから。今でもジムとか行くしね」
どうりで押し倒されたとき抵抗できなかったわけだ。いくら俺が男とはいえ、身長百八十五センチで空手や柔道をやってる人間に勝てるはずがない。
「ジムか。いいですね。大学では運動することってほとんどないんで」
「理人くんがよかったら、今度一緒に行ってみる?」
「いいんですか?」
「もちろん」
筋トレなんて中学以来やってないが、ジムで体を動かすのは楽しいかもしれない。というか、ジムで運動をしている呉内さんを見たい。
雪の中を二人でゆっくり歩きながらマンションに戻った。歩きながら、このままずっとこの時間が続けばいいのに、なんて見たこともないサンタの顔を想像して、願った。
「ねえ、理人くん。ちょっと上がって来てもらってもいい?」
「はい。大丈夫です」
エレベーターで七階に上がり呉内さんの部屋の前に着くと、寒いから玄関に入るように促された。呉内さんはコートを着たまま寝室に入って行く。
一分もしないうちに戻ってきたかと思うと、手には紙袋を持っていた。
「これ、クリスマスプレゼント」
「え……俺に?」
「うん。好みかどうかわからないけど、よかったら使って」
「ありがとうございます」
まさか呉内さんからクリスマスプレゼントを貰えるとは思ってもみなかった。今なら俺も自然な流れでプレゼントを渡せるかもしれない。せっかく買ったんだ。やっぱり使って欲しい。
「あ、の……これ、俺も呉内さんに……と思って……」
どう言って渡せばいいのかわからず、言葉を選びながら、ダウンジャケットのポケットに手を入れる。緑色の包装紙でラッピングされた細い箱は、ずっとポケットに入れていたせいで、サンタのシールが剥がれかけていた。
「貰っていいの?」
呉内さんが心底驚いたような顔をするので、やっぱり迷惑だっただろうかと不安になったが、すぐに笑って受け取ってくれた。
「ありがとう」
「持ってるのと被ってたらすいません」
「そんなのいいよ。何を貰うかじゃなくて誰から貰うかが大事だからね」
由莉奈さんからは何を貰ったのだろう。恋人から貰ったものなら、それこそ何でも嬉しいだろう。自分で想像して胸の奥が痛む。でも今だけは、俺のプレゼントを喜ぶ呉内さんがいるのだから、それだけでも十分だ。
「好きな子からのプレゼントって、やっぱり嬉しいね」
大事そうにプレゼントを抱える呉内さんは、子供みたいに笑っている。
……あれ、今この人何て言った?
「え?」
「ん? だって、これは理人くんが選んで買ってくれたんでしょ?」
「はい……そうですけど」
「今まで貰ったプレゼントの中で一番嬉しいよ」
もしかして由莉奈さんからクリスマスプレゼントを貰ってないのか? いや、付き合ってるのにさすがにそれはないよな。
「えっと……す、好きな子って……どういう……」
「どうって、俺が好きなのは理人くんなんだから、君からプレゼントを貰ったら嬉しいよ」
「え? あの……呉内さんって彼女いるんじゃないんですか?」
その言葉に珍しく呉内さんが固まった。
「俺に彼女なんていないよ」
「あれ……でも学祭の打ち上げのときに卒業生の人が、呉内さんには彼女がいるって……」
呉内さんは少しの間考える素振りを見せると、何かを思い出したようにくすくすと笑いはじめた。
「ああ、そういうことか。ごめんね。それは北川たちの勘違いだよ」
「勘違い……?」
「勘違いされるようなことを言ったのは俺だけどね」
「それはどういう……」
あの日、打ち上げで呉内さんが席を立ったとき、卒業生の二人が、呉内さんには彼女がいるというような話をしていた。だからてっきり由莉奈さんがその彼女なのだと思っていたのに。
「学祭の日、理人くんと会ってから三森教授たちと会ったでしょ? あれからコンテストがはじまるまでに北川たちも合流したんだよ。そのときに三森教授に『呉内にはいい人いないのか』って聞かれたから『いますよ』って答えたんだ。三森教授が言う『いい人』は結婚を考えるような相手のことなんだけどね、いないって言うと同じ学科の卒業生を紹介されるのはわかってたから、さりげなく断ったってわけ。あの人、結構お節介だからすぐにそういう話をするんだよね。北川たちはその話を聞いて俺に彼女がいると勘違いしたんだと思うよ」
「……で、でも、昨日由莉奈さんとデートしてたんじゃ……」
あの服装でデートじゃなかったら一体何なんだ。
「昨日? ……ああ、昨日は大学時代にお世話になった先輩の結婚式だったんだ。その人が三森教授の紹介で同じ学科の卒業生の女性と結婚したんだよね。由莉奈もその先輩と仲良かったら一緒に行っただけだよ」
……あれは結婚式に出席する服装だったのか。
「それに俺にとっての『いい人』は理人くんだから、いることは間違ってないしね」
「あ……」
つまり俺は盛大な勘違いをしてたってわけだ。
「俺はね、あの日、この部屋で告白したときから、今も変わらず君のことが好きなんだよ。会社の飲み会の日に、偶然君が女の子と歩いてるのを見たときは本当に落ち込んだし、今日だって深月くんと二人でベランダで話してるのを見てすごく妬いちゃったしね」
呉内さんが一歩ずつ距離を縮めてくる。
「だからさ、あんまり一人で俺の部屋に来ちゃダメだよ」
掴まれた左手首の傷はもうすっかり消えている。呉内さんはほとんど手に力を入れていない。たぶん、本気で掴まれたら振り払えないだろう。
それでも俺はまったく動けなかった。このままじゃ、ダメだとわかっていても、指一本動かすことすらできない。
「理人くん。早く振り払わないと、君のこと俺の好きにしちゃうよ?」
ドアに追い詰められたあげく、恋人繋ぎをするように左手をしっかりと握り締められた。
鼓動が早い。冬なのに全身が熱くてのぼせているかのようだ。何も考えられない。頭が混乱していて、逃げることも受け入れることもできない。
でも決して嫌なわけではなかった。
「……なんてね。前にも言ったけど、俺は心が伴わない行為はしたくないから。君がはっきりと答えを出してくれるまで待ってるよ」
さらっと手を離すと、呉内さんは俺の頭を優しく撫でた。
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